産油国の非米化2022年10月10日 田中 宇サウジアラビアが主導する産油諸国の国際組織OPECに、非加盟のロシアを加えた「OPEC+」が10月5日、米国の反対を無視して、11月から日産200万バレルずつ減産すると決めた。2月末のウクライナ開戦後、米国側が対露制裁としてロシアの石油ガスを買わなくなったため、石油の国際価格が1バレル120ドルぐらいまで高騰し、米国側の経済に打撃を与え、先進諸国が不況になった。だがその後7月ぐらいから、不況の影響で世界の石油消費量が減ったため(それと金融界による信用取引を使った石油相場の上昇抑止で)逆に石油価格は下がり、先月は80ドル以下になった。その対策として今回OPECが減産を決めた。石油やガソリンが再び値上がりしそうだ。 (Biden Regime Declaration of War on OPEC?) 米国でガソリンなどが値上がりしてインフレが激化すると、バイデン政権や与党民主党への支持が減り、11月の議会の中間選挙で、民主党がトランプの共和党に負けて野党に転落しかねない。バイデンは石油やガソリンの値上がりを防ぐべく、石油価格が高騰していた今年7月にOPECの盟主サウジを訪問して増産を要請したが、断られてしまった。その後、不況と金融手法によって石油は値下がりしていたが、今回OPECが米国に反逆する形で減産を決め、今後は反騰へと流れが転換する。かつて米国の言いなりだったサウジやUAEが米国に反逆してきたため、バイデンと民主党の米政府は激怒し、サウジやUAEを経済制裁すると言い出している。 (What is NOPEC, the U.S. bill to pressure the OPEC+ oil group?) 米政府はサウジやUAEに対し、兵器販売を減少・中止したり、WTOに提訴したり、在米資産を凍結することまでも検討している。民主党主導の米議会は、OPECを独占禁止法違反の組織として裁判所ゆ有罪判決を出させるNOPEC法案を審議している。これらの策は一見、サウジなどを困らせる策に見えるが、実のところサウジなどに対する米国の影響力・覇権を低下させる自滅策だ。サウジやUAEは、米国が兵器を売ってくれなくなったらロシアや中国から買うだけだ。在米資産を凍結されるなら、サウジなどOPECは石油をドルでなく人民元やルピーなど非米諸国の通貨で売るようにして、ドルや米国を回避する傾向を強める。BRICSは、ドルを使わない国際決済体制の具現化を急いでいる。この流れはドルの基軸性喪失・ドル崩壊につながる。 (The Rise Of The Global South & The Foundation Of A New Currency System) これまでサウジは石油をドル建てで売り、その売上金で米国債など米国の金融商品や高級品を買いあさり、その結果、米国の金融界と産業界は儲かり、米国債の金利が低く維持されていた。サウジは石油代金のドルで米国の兵器を旺盛に高値買いし、米国の軍産複合体を潤わせていた。この「ペトロダラー」の循環が、中国が製造業の下請けで儲けた資金で米国債を買っていた中国循環と並び、米国の豊かさと覇権の源泉だった。今後、米国がサウジへの敵視を強めて兵器を売らなくなり、在米資産を凍結すると脅し続けると、それはペトロダラー体制つまり米国覇権の崩壊になり、サウジでなく米国が破綻する。サウジは、米国側でなく非米側の新興諸国に石油を売り、非米側の露中から兵器を買えばいいだけだ。 (The Radical Plans To Counter High Oil Prices) 米国覇権の崩壊は、欧州などを含む米国側全体の経済崩壊を引き起こし、米国側の諸国は長い不況・経済破綻を経験するので石油消費も減る。米国側はもうサウジの石油販売のお得意様でなくなるから、サウジが米国側を重視する必要もなくなる。今後の世界経済で発展するのは米国側でなく、中国インド中南米アフリカなど非米側の新興諸国や途上諸国だ。サウジが非米側と積極的に付き合い、米国側が怒って離れていくことは、長期的にサウジを発展させる良い戦略だ。その皮切りとして、今回サウジとロシアが主導したOPECの減産は画期的だ。 (House Democrats Move to Pull US Weapons From Saudi Arabia, UAE in Retaliation for OPEC Oil Cuts) OPECは1970年代に、米国覇権を壊そうとする非同盟の国際政治運動として、減産して国際石油価格を高騰させる石油危機を起こした。だがその後、1980年代にかけてサウジは米国にすり寄り、世界最大の石油生産余力を使って石油価格を引き下げ、OPECはサウジと米国の主導に転換した。サウジが米国に協力して石油価格を引き下げた結果、ソ連の石油収入が減ってソ連崩壊と冷戦終結を引き起こした。世界は米国覇権の一極支配になり、サウジのペトロダラー(と中国による製造業下請け)が米覇権を支えた。だが2001年の911テロ事件で、サウジ王室のイスラム主義運動(ワハビズム、サラフィ)がテロ組織アルカイダになったという理屈で米国がサウジを敵視し始め、それ以来サウジは米国から嫌がらせを受け続けた。実のところアルカイダは米諜報界に育成されていた。(米国は同時期に中国敵視も開始)。 (Dems propose full break from Saudi Arabia, UAE after OPEC’s ‘hostile act’) (アルカイダは諜報機関の作りもの) 2015年には米国の謀略でサウジ軍がイエメンに侵攻させられ、泥沼のイエメン戦争が始まった。イスラエルが米国にやらせたイラン敵視にサウジも巻き込まれ、サウジはイランとの敵対を強要され続けた(もともとスンニとシーアを対立させて中東を分断したのは英米の策略)。2018年には、事前に米国が裏で認めたサウジ王政によるジャマル・カショギ暗殺事件が、米国がサウジを非難する事態に発展し、サウジははしごを外されてますます敵視された。OPECを独禁法違反として潰そうとする米議会のNOPEC法案も、米議会で20年前から提案されていた。911以来、米国がサウジに意地悪をし続けたのは、米覇権を下支えするサウジを非米側に押しやって米覇権を自滅させようとする諜報界の多極派の謀略と考えられる。だが当のサウジは、どんなに米国から意地悪されても耐え続け、米国の傀儡であり続けた。その理由は、米国の単独覇権体制が圧倒的に強く、サウジが非米化して米国に本当に敵視されると、政権転覆などされて潰されかねなかったからだろう。(その点は日本も同様) (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) (サウジを対米自立させるカショギ殺害事件) 米国の覇権が強大な限り、サウジは米国からいくら虐められても非米化・対米自立をしなかった(サウジは、2016年にロシアと組んでOPEC+を作ったり、中国への人民元建ての石油輸出など、隠然とした非米化はやっていたが、あからさまな非米化はやらなかった)。だが、状況は今年2月末にウクライナ戦争の開始で米国側とロシアが決定的に対立した後、転換し始めた。ウクライナ開戦と同時に、米英中銀群がリーマン危機後のドルの唯一の支えだったQEをやめてQTを開始し、ドルと米覇権の崩壊が時間の問題になった。世界が、資源類の大半を握るロシア主導の非米側と、金融バブルだけが取り柄の米国側に分裂し、米国側がバブル崩壊して自滅していく流れが始まった。OPECにはイランやイラク、ベネズエラやアルジェリアも入っているが、いずれも米欧からひどい目に合わされてきた歴史があり、米覇権の自滅と多極化を歓迎している。 (Vladimir Putin's Battle Cry Against The Deep State) サウジは、2016年から用意していたOPEC+でのロシアとの結束を活用し、ロシアとサウジが協力して米国側の石油価格をつり上げ、経済面から米国覇権を潰そうとする策略が強められた。米覇権を運営する諜報界はこの四半世紀、ロシアと中国とサウジを別々に敵視し、嫌がらせを続けてきた。以前は米国が圧倒的に強かったので、サウジ、中国、ロシアの順番で、敵視されても無視して米国と仲良くしようとしていたが、ウクライナ開戦後、露中サウジが結束して米国覇権を潰して世界を多極型に転換しようとする流れに転換した。20年前の敵視開始から今年の転換まで、米諜報界(多極派)の長期戦略に沿っていると考えられる。 ("OPEC's Action Is Testimony To A Staggering US Geopolitical And Geoeconomic Error") 民主党バイデンの米政府は、11月の米中間選挙での敗北に直結しかねない石油製品の高騰を防ぐため、サウジに増産を頼んだものの断られ、むしろ今回減産されてしまったので、拙速な対策として、米政府が持つ非常用の戦略備蓄の石油を放出し、石油製品の価格を引き下げようとしている。米政府は、短期間に戦略備蓄の25%を放出した。この傾向が続くと、今後もし本当に戦略備蓄の石油が必要になった時に備蓄不足の状況になりかねない。バイデン政権があがいても、中間選挙は共和党の圧勝になり、民主党は議会の上下院とも多数派を共和党に奪われそうだ。 (US Strategic Oil Reserve Hits Lowest Point in Decades) サウジ王政もプーチンも、米国が共和党政権になることを望んでいる。共和党のトランプ前大統領は、ロシアやサウジと仲良くしたがっていた。民主党はマスコミなどと組んでインチキなロシアゲートをでっち上げ、トランプとプーチンが仲良くするのを妨害してきた。露サウジが今回減産したのは、1ヶ月後の中間選挙で民主党を負けさせ、共和党に両院を取らせるための策略ともいえる。バイデンは不人気が増しているのに再出馬するので、2024年の大統領選でトランプが返り咲く可能性も高まっている。トランプの共和党が政権を奪還すると、米国は多極化を容認して覇権放棄や孤立主義化を進め、NATOや日韓との安保関係から手を引く傾向になりそうだ。日韓はすでに、多極化の準備として中国にすり寄って米中両属の隠然策を強めている。欧州は対米従属とロシア敵視策のはしごを外され、エリート支配が崩れて非米型のポピュリズムが強くなる。世界は長期的に、露中サウジが満足する方向に進んでいる。 (Escobar: The Whole Chessboard Is About To Be Radically Changed)
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