米英諜報界内部の暗闘としてのトランプのスキャンダル2019年12月27日 田中 宇米政界では、トランプ大統領に絡んだ3つのスキャンダルが動いている。ウクライナゲート、ロシアゲート、スパイゲートの3つだ。ウクライナゲートは、トランプが今年7月25日のウクライナ大統領との電話会談で、政敵の民主党のバイデン元副大統領(現大統領候補)に絡む犯罪捜査をやらないと軍事支援を出さないぞと脅す公私混同をやったのでないかという疑惑だ。この疑惑をもとに民主党は、米議会でトランプを弾劾して辞任させようとしているが、案の定、容疑がお粗末すぎて失敗に瀕している。 (自分の弾劾騒動を起こして軍産を潰すトランプ) ("I'm Not Going To Go There Anymore" - Pelosi Refuses To Answer Any More Media Questions On Impeachment) ウクライナゲートは、民主党がトランプを弾劾し辞任に追い込むために始めたものだが、これから年明けに米上院で審議されると、バイデンが副大統領時代にウクライナ側から収賄(息子をウクライナ政府系企業の役員にして報酬を受領)していたことの方が不正で、トランプがウクライナ大統領に「バイデンを捜査しろ」と要請(加圧)したことが不正でなく妥当なものだったことが見えてくる(もしくは、トランプと共和党が上院でバイデンの疑惑を審議しない見返りに、民主党に他分野で譲歩させる談合をやるかも)。どちらにせよ、すでにバイデンへの支持率は落ちている。来年の大統領選においてバイデンは、左派と中道派が内紛する民主党内で、中道派の最有力候補だ。民主党の大統領選の運営を仕切っているオバマ前大統領は、すでにバイデンを見捨て、左派(転向組)のエリザベス・ウォーレンに政治献金が集まるように采配している。ウクライナゲートはトランプを辞任に追い込まないどころか、逆に、トランプ登場まで米政界を牛耳っていた中道派の没落を引き起こして終わる。 (Joe Who? Obama Privately Telling Top Donors To Rally Around Warren) (トランプを強化する弾劾騒ぎ) (Pelosi’s attempt to chew gum and walk with Trump) 2つ目のロシアゲートは、トランプがロシアのスパイでないかという疑惑だ。この疑惑は、トランプとヒラリーとの大統領選さなかの16年夏に英諜報機関MI6の元ロシア担当部長だったクリストファー・スティールが、ヒラリー傘下の民主党本部から調査費をもらってまとめた「スティール報告書」に依拠している。この報告書に依拠して米捜査当局のFBIが、当選後のトランプ陣営の側近らのロシアとの関係を捜査した。だが、それらしいものは出てこず、あまり関係ない微罪でマイケル・フリン(安保担当補佐官)らが辞任に追い込まれた程度で終わった。民主党は当初、ロシアゲートの容疑でトランプを弾劾したかったが、容疑が不十分なので見送った。(そのあと民主党はウクライナゲートでのトランプ弾劾に踏み切ったが、これもお粗末で行き詰まっている) (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党) (An Apology To Carter Page?) 3つ目のスパイゲートは、ロシアゲートがFBIと民主党によるトランプに対する濡れ衣攻撃だったのでないかという疑惑だ。ロシアゲートとスパイゲートは同じ事件をどっちから見るかという裏表の関係だ。トランプの忠臣であるバー司法長官は今年3月に長官就任以来、熱心にこの疑惑を捜査している。この疑惑の容疑はFBIと民主党でわかれている。FBIへの容疑は、FBIがスティール報告書がお粗末な伝聞や与太話の寄せ集めにすぎないことを知りながら、それを隠してトランプ陣営を捜査するのに必要なFISA(外国のスパイでないかと疑われる米国民を捜査する際に許可を出す独立法廷機関)の許可をとったのでないか、つまりFBIがFISAを騙す不正をやったのでないかということ。民主党への容疑は、トランプにロシアのスパイの濡れ衣をかけるための根拠薄弱なスティール報告書の作成に、ヒラリー・クリントンが仕切っていた民主党本部(DNC)がカネを出していたことだ。 (In Stunning Public Rebuke, FISA Court Slams FBI, Says Worried About 'Other Warrants') (George Soros behind FBI collusion against Trump, FISA abuse) 3つ(見方によっては2つ)のスキャンダルに共通しているのは、一見、トランプが「悪者」に見えるが、よく見るとトランプは濡れ衣をかけられているだけで悪くなく、真に悪いのはトランプに濡れ衣をかけている民主党やFBI、米英諜報界の方であることが見えてくることだ。しかも、トランプに対する濡れ衣はかなりお粗末なもので、濡れ衣をかけた民主党やFBIの方が、非難されたり犯罪捜査されたり、バイデンを失ったりしている。 (Democrats From Split Districts Face Hard Impeachment Choice) (Here's How Trump Is Using Impeachment To His Political Advantage) トランプ弾劾騒動であるウクライナゲートは、米議会下院の諜報委員会を率いる民主党のアダム・シフ議長(民主党下院議員)今年10月に「トランプは今年7月25日の電話会談でウクライナ大統領に不正な圧力をかけた」と言って満を持して始めたものだが、数日後にこの電話会談の速記録が公開され、トランプは何も不正行為をやっていないことがわかった。この時点でウクライナゲートがトランプでなくバイデンを危うくするものであることも見えてきた。シフやペロシ下院議長ら民主党上部は引っ込みがつかなくなり、多数決を利用して共和党の反対を押し切ってバイデンのことを全く議論しないまま最短距離で突っ走り、12月18日にトランプ弾劾を決議した。しかし議案を上院に送るとバイデンの不正を審議されてしまうので送れず、弾劾騒動は途中で行き詰まっている。 (Why Pelosi Plans To Delay Sending Impeachment Articles To The Senate) (GOP Senators Seek Quick Acquittal for Trump. The President Wants More) 民主党がトランプ弾劾に動く前に、米諜報界の有力な誰かが「7月25日の電話会談の件でトランプを弾劾できるぞ」と、シフやペロシをそそのかしたはずだ。諜報界からの有力な入れ知恵がなければ、今回民主党の初動のような自信たっぷりの動きにならない。シフやペロシは、この入れ知恵によってだまされたことになる。今回の弾劾の根拠はあまりに稚拙であり、民主党に入れ知恵した諜報界の有力者がプロなのに判断を間違えたとは考えにくい。諜報界の有力者は、稚拙な弾劾策を、絶好の策略であるかのように偽って、シフやペロシを故意に騙し、トランプ弾劾が民主党の汚点と没落につながるように仕組んだ可能性が高い。民主党は、諜報界にババをつかまされた。 (How The Deep State Sunk The Democratic Party) (ロシアゲートとともに終わる軍産複合体) 同様の「ババつかみ」はロシアゲート(スパイゲート)のスティール報告書についても言える。この報告書は、出所が匿名な伝聞と推論から成り立っている。この報告書は裁判での証拠として使えないほど質が悪いと、米司法省の監察官が指摘した粗悪品だ(トランプ傘下の司法省が、スパイゲート捜査の一環として監察官に調査させた)。まさに「ババ(糞)」であるこの粗悪な報告書が、ロシアゲートの最大の根拠だった。FBIは16年秋にロシアゲート(当時のトランプ側近のカーター・ペイジがロシアのスパイでないかという疑い)の捜査を開始時、捜査に必要なFISA令状をとる際、スティール報告書をほぼ唯一の根拠として使っている。 (FBI misled judges on Christopher Steele's truth record) ("It Was Real Sloppy": Comey Comes Clean On FISA Abuse: "Horowitz Was Right, I Was Wrong") FBIは、世界有数の強い捜査機関だ。英MI6は、対ロシア諜報の「プロ中のプロ」だ(スティールは「元MI6」だが、いちど諜報機関に勤めたら、辞めても一生諜報要員だ。辞任や定年は表向きの話にすぎない。"Once CIA, Always CIA"は有名な格言)。MI6が作成した報告書に基づいてFBIが捜査する。それは最強、最良であり、間違いなどないはずだった。しかし実は、超稚拙で不正で失敗だった。FBIは、トランプを潰したいなら、もっと確定的な証拠を見つけてから捜査すべきだった。これは過失でなく、少なくとも「未必の故意」だ。おそらく「未必」でなく「故意」そのものだ。FBIは、民主党やマスコミを巻き込んでトランプを延々と攻撃するロシアゲートを、稚拙なスティール報告書を最大の根拠として始めてしまったため、FBIや米諜報界、民主党やマスコミの全体(これらを総称したものが軍産複合体や深奥国家)を自滅に追い込み、トランプ側の現司法省がスパイゲートとしてFBIや民主党を捜査し、トランプを優勢にする結果を生んでいる。 (Not a single official involved in “Spygate” has yet to be indicted, much less convicted and sent to prison) (Steele dossier) これまで何度か書いてきたように、トランプは就任前から、諜報界やマスコミなど軍産複合体に対して喧嘩を売っている。諜報界は一枚岩でトランプを敵視しているのでなく、バー傘下の司法省や、ポンペオ前CIA長官傘下のCIAなど、トランプを応援する勢力が諜報界の中にいる。トランプが諜報界の親トランプ勢力を育てたのでなく、諜報界の中にトランプを権力の座に就かせたかった勢力が先にいて、それがトランプ政権を生み出したと考えた方が自然だ。つまりトランプ当選以前に、米(英)諜報界の内部は、トランプのような存在を生み出したい勢力(親トランプ系)と敵視したい勢力(反トランプ系)とに分裂して暗闘していた可能性が高い。 (Eric Holder Reveals Deep State Running Scared) (軍産の世界支配を壊すトランプ) (トランプと諜報機関の戦い) そのような見立てを踏まえて上記の3つのスキャンダルを見ると、親トランプ系が反トランプ系をだまして稚拙な証拠を使ってトランプを攻撃する戦略をとらせ、反トランプ系による稚拙な攻撃に対してトランプ側が反撃して反トランプ系を潰すやり方で、反トランプ系の自滅を招いたのでないかという仮説が成り立つ。何でこんな複雑なことをするかというと、それはマスコミや学術界など知的な権威筋が反トランプ系(国際主義リベラル派)に牛耳られており、彼らはトランプを悪く言う方向の歪曲報道・善悪不正操作しかやりたがらないので、稚拙な根拠でトランプを悪く言うように仕向け、それにトランプ側が反撃して反トランプ系を潰す形にした方がやりやすいからだ。 (Snyder: By Impeaching Trump, Dems Are Destroying Our Political System And Their Chances In 2020) (トランプと米民主党) 親トランプ系と反トランプ系がそれぞれ誰なのか、私の熱心な読者はすでにわかっているはずだ。親トランプ系は「隠れ多極主義者」「資本の側」であり、国際連合創設、ニクソン、レーガン、イラク戦争の意図的な失敗などを起こした流れだ。反トランプ系は「米英覇権主義者・軍産複合体」「帝国の側」であり、冷戦構造、911テロ戦争などを起こした流れである。この対立は、18世紀の産業革命後の資本と帝国の相克以来のものだ。人類の200年の近現代史の根幹にある、覇権システム(世界システム)のデザインや運営をめぐる暗闘だ。 (世界のデザインをめぐる200年の暗闘) (資本の論理と帝国の論理) 諜報界内部の暗闘は、レーガンが1990年前後に冷戦を終わらせた段階で、いったん資本の側が勝ったが、約10年後の2001年の911事件で帝国の側がクーデター的に復権し、世界をテロ戦争の構図にはめ込んだ。だが資本の側は、軍産内部にネオコンを送り込み、03年に稚拙な「大量破壊兵器」というババ(糞)を開戦事由に据えたイラク侵攻を挙行して米国の国際信用と覇権を意図的に失墜させ、帝国の側が構築したテロ戦争の構図を自滅させた。どっちつかずなオバマ政権の後、トランプが登場し、ネオコン戦略の進化形である、稚拙な敵視と和解姿勢・覇権放棄の間を行ったり来たりする右往左往戦略で、米国の信用・覇権をさらに低下させた。これに加えて、今回説明した、諜報界の資本の側が帝国の側を騙して稚拙なトランプ弾劾などの攻撃をやらせ、軍産マスコミと民主党を自滅に追い込んでいる。事態は再び、レーガン政権時代のような、資本の側が帝国の側を破壊する状況に近づいている。 (諜報戦争の闇) (ネオコンは中道派の別働隊だった?) 資本と帝国の相克で重要なのは英国の立場だ。今回、帝国の側を自滅に追い込んでいるスティール報告書を作ったのは英諜報機関のMI6だが、イラク戦争で帝国の側を自滅に追い込む元凶となった、イラクが大量破壊兵器を持っていないのに持っているかのように歪曲するための捏造文書「ニジェールウラン契約書」などを作ったのも英MI6だった。英国は戦後、国家としては、英諜報界が米諜報界に入り込んで米国の覇権運営を牛耳る帝国の側であり、トランプの敵だ。その点では、英諜報界が帝国の側を自滅させるババ(糞)な機密文書を作り続けてきたのは不可解だ。(米諜報界は、司法省などが後から足跡をたどる捜査をしにくいよう、機密の怪文書の作成を外国勢力である英諜報界に依頼する傾向があるが) (大統領の冤罪) もっと大きな視点で見ると、英国は産業革命によって人類史上初めて世界をひとつのシステムにまとめた勢力であり、世界システム・覇権構造の創設者だ。世界システムを、英国や米国(英国が黒幕)の単独覇権体制にするか、国際連合など超国家的な国際機関(世界政府)が世界を運営する覇権の機関化をするか、機関化しても英軍産に牛耳られかねないので中露印欧米などに覇権を分散して多極化するかといった、システムのデザインや運営をめぐる暗闘は、もともと英国(大英帝国)内部の暗闘である。米諜報界は、第2次大戦の時代に英諜報界をコピーして作られており、米英は一体、もしくは英国側が米国側を隠然と牛耳る構図になっている。覇権が英国から米国に移る(拡張する)とともに、資本と帝国の相克は、英米(とその傘下の全世界)の共通の問題となった。 (資本主義の歴史を再考する) (米英を内側から崩壊させたい人々) 英国は、国家的な利益で見ると反トランプな帝国の側だが、資本主義の元祖という立場では、内部に親トランプな資本の側を内包している。だから、英諜報界にトランプと親しいナイジェル・ファラージやボリス・ジョンソンがいて、彼らが英国(帝国の側)をEUから離脱させて、国家として自滅・分解(スコットランドや北アイルランドの分離独立)に追い込もうとしている。 (The beginning of the end of the United Kingdom) (米民主党の自滅でトランプ再選へ) トランプをめぐる3つのスキャンダルは、親トランプ系が反トランプ系にババをつかませて自滅させるために作ったものなので、今後、来年秋の大統領選挙に向けてスキャンダルがさらに展開し、民主党や軍産という反トランプ系の勢力を不利にして、トランプを優勢にする働きをするだろう。 (Buchanan: Is Impeachment Backfiring On Democrats?)
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