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中国が米国に代わって日韓北を仲裁する

2019年11月22日   田中 宇

韓国が安全保障問題で、いくつもの危機や騒動を抱えている。危機の一つは、トランプの米国が韓国に対し、在韓米軍の駐留費の一部として韓国が米国に支払う分担金を、従来の9億ドルから約5倍の47億ドルに急増しろと要求していることだ。あまりに過酷な値上げなので韓国が渋ったところ、トランプは2万8千人の在韓米軍のうち4千人を撤退させる報復措置(?)を示唆した(米国防総省は撤退を否定)。11月19日の米韓交渉は2日間の日程で始まったものの、米国側が1時間で交渉を打ち切って決裂して終わった。米国は譲歩を強く拒否し、米国の要求を韓国が丸のみするか否かの話だと断言し、韓国に交渉の余地を与えなかった。韓国民の96%が増額に反対で、国会でも増額の要求を拒否すべきだという声が強い。たとえ韓国政府が米国の要求に従っても国会がその法案を否決する可能性が高い。 (Trump Demands Five-Fold Increase in Payments From South Korea) (South Korea is one of the most loyal U.S. allies. Now we’re being bullied by Trump

韓国が抱える2番目の危機(というより騒動)は、軍事の諜報共有をめぐる今夏以来の日韓の対立だ。日韓は今春以来、徴用工や従軍慰安婦の問題における対立が、日本から韓国への半導体貿易の制裁に発展し、その報復として韓国は今年8月、日韓の諜報共有の協定(GSOMIA。日韓秘密軍事情報保護協定)を更新しないと発表した。この協定は2016年11月23日に署名され、1年ごとに自動更新されてきたが、韓国は、日本が半導体貿易の制裁を解除しない限り、今年11月23日の更新を行わない(協定を破棄する)と8月22日に発表した。その後も日韓は対立したまま、GSOMIAは失効する。日韓の関係悪化が固定されていく。

【2019年11月23日の追記】この記事を書いた数時間後、韓国政府がGSOMIAの失効(不更新)の表明を土壇場で撤回(凍結)した。これはたぶん米国(軍産+トランプ)からの差し金だ。米国(とくに軍産)は、GSOMIAを失効させると中国が日韓間の仲裁役として台頭してしまうので、それを避けるためにGSOMIAを継続させたのだろう。トランプの特技である「戦略的右往左往」の一つという感じもする。米国側が日韓の喧嘩を扇動することをやめたとは思えない。【追記ここまで】

日本も韓国も対米従属の国であり、重要な軍事秘密情報は自力で集めず米国からもらっているので、日韓間での諜報の横のつながりはさして重要でない。米国は自国の軍事負担の軽減のため日韓の対米自立的な横のつながりを求めてきたが、対米従属を続けたい日韓は横のつながりを作りたがらなかった経緯がある(だからGSOMIA失効や慰安婦問題など日韓関係の悪化は「危機」でなく「騒動」)。

しかしトランプの米国は、世界中の諸国の対米従属を断ち切っていく「覇権放棄」を進めており、すでに書いたように、韓国に対する嫌がらせとして在韓米軍の駐留費負担を5倍にしろと言っている。トランプは日本に対しても、在日米軍の駐留費負担(思いやり予算)を、従来の年間20億ドルから80億ドルへと4倍にしろと要求してきている。従来は、米政界の軍産複合体の力が強く、トランプの覇権放棄策を阻止してきたが、軍産がトランプに濡れ衣をかけて潰そうとしたロシアゲートやその延長である弾劾騒動においてトランプが生き残り、逆に軍産が弱体化させられる流れになっている。トランプが軍産に勝つほど、日韓への法外な駐留費負担の値上げに象徴される覇権放棄策が「トランプの思いつき的な妄想」から「現実としての米国の要求」になっていく。 (トランプを強化する弾劾騒ぎ) (Trump asks Japan to hike payments for US troops to $8bn: Foreign Policy

トランプは、日韓に法外に高額の駐留費負担を要求して断らせ、それを口実に駐留米軍を撤退させる覇権放棄を具現化していく。長期的に見て、安全保障を米国に頼れなくなり、軍事情報を自力で集めねばならなくなっていく日韓は、効率化のため両国が自力で集めた軍事情報の共有が必要になっていく。日韓は、これから長期的にGSOMIAの協定が必要になっていく時に、協定を失効させている【とりあえず今回は土壇場で撤回したが】。日韓のGSOMIAの失効は、短期的に「騒動」だが、長期的には「危機」である。 (U.S. breaks off defense cost talks, as South Korea balks at $5 billion demand

韓国は「米朝交渉がうまくいっていない」という3つ目の危機も抱えている。トランプは昨年から、金正恩と米朝首脳会談を繰り返し、北の核廃絶と米朝和解、朝鮮半島の対立の終結・南北和解、在韓(と在日)米軍の撤収を実現ようとしたが、今年はその歩みが遅くなっている。北朝鮮側は今年4月に「今年末までに米朝交渉が妥結しない場合、再び強硬姿勢に出る」と表明しており、今年末が米朝交渉の事実上の期限となっている。 (北朝鮮に甘くなったトランプ) (Year-end could see return to North Korea 'provocations,' says U.S. envoy Biegun

米国は表向き、北との交渉を熱心に進めるそぶりを見せ、米韓軍事演習の実施も延期した。だがトランプは実のところ「北が先に大幅な核廃棄をしない限り、北に対する経済制裁を緩和しない」という、以前の強硬な姿勢を崩していない。10月初めのストックホルムでの米朝交渉でも、米国側はその姿勢のままだった。北は、米国の要求を受け入れられず、このままだと年明けに再び北が軍事的な強硬姿勢をとり、朝鮮半島が一触即発の状態に戻りかねない。 (North Korea is Calling, But Trump’s Too Busy to Answer ) (North Korea Says "Will Not Offer Anything For Trump To Brag About" Without Receiving In Return

文在寅政権の韓国は昨年来、米朝交渉の進展を見越して、南北国境である38度線の大幅な武装解除などの対北和解策を進めてしまっており、もし年明けに北が再び軍事的な強硬姿勢に戻ると、韓国側はそれを受ける軍事的な態勢ができていない。韓国は、米軍駐留費の負担金を5倍にしないと米軍に撤退されてしまいかねない状況のなか、38度線も丸腰の状態で、年明けに敵対を増強しそうな北朝鮮に向きあわねばならなくなっている。これも文在寅の韓国にとって大きな危機である。 (韓国と北朝鮮が仲良く米国に和平を求める新事態

▼韓国、日本、北朝鮮の安全保障に首を突っ込み始める中国

ここまでの話だけだと「間抜けな文在寅の韓国が自業自得の3つの危機に陥っている」という、韓国をけなすことにしか興味がない最近の日本のプロパガンダ記事と同じだ。大事なのはここからである。韓国は3つの危機を抱えているが、いずれも中国が危機を「解決」してくれそうな流れになっている。 (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ

1つ目の、分担金の大幅値上げの交渉決裂で、在韓米軍が守ってくれていた韓国の安全保障が危うくなっている話は、米国からの安全保障が減る分を穴埋めするかのように、中国が韓国の安全を守ってくれそうな動きが始まっている。米韓の交渉決裂より2日前の11月17日、韓国と中国の防衛相がバンコクで開かれていたASEAN+3の安保会議のかたわらで2国間会談を行い、中韓で軍事ホットラインの増設などを盛り込んだ安全保障協定を結ぶことで合意した。 (China signs defence agreement with South Korea as US angers Seoul with demand for $5bn troop payment

中国と韓国はすでに2015年に軍事ホットラインを開設しているが、その直後、在韓米軍が中国をも無力化しうる迎撃ミサイルTHAADを配備したため安保面の関係が悪化し、ホットラインも一時機能していなかった。今回はそれを乗り越える関係改善で、ホットラインの増設や防衛分野の交流拡大などを合意した。 (China signs defence agreement with South Korea as US angers Seoul with demand for $5bn troop payment

軍事ホットラインの開設は日本と中国の間でも行われており、大したことでない。韓国が中国と軍事ホットラインを増設しても「韓国が米国との同盟関係をやめて中国との同盟に鞍替えする」とは言えない。だが、トランプの米国が韓国との関係を疎遠にしていく覇権放棄策を進める一方で、中国が東アジアの地域覇権国として韓国や日本への影響力を強める「多極化」の流れの中に、米韓の駐留負担金交渉の決裂と、中韓の安保協定の強化があることは間違いない。韓国は、米国の覇権下から追い出され、中国の覇権下へと移りつつある。 (Containing China through the South Korea–US alliance) (日中防衛協調と沖縄米軍基地

韓国が抱える2つ目の危機(騒動)である「日韓の対立」に関しては、日韓対立を中国が仲裁して仲直りさせるための日中韓3か国サミットが12月に中国の成都で開かれることになった。日中韓3か国サミットは08年から3か国の持ち回りで開かれてきた年次の定例的なものだが、ここ数年、日韓の関係悪化などのため開かれない年が続いた。 (East Asia and the world would benefit if China, Japan and South Korea work as one

日中韓サミットの開催は11月初めにバンコクで開かれたASEAN+3のサミットで決定したが、この時には安倍首相と文在寅大統領との日韓会談も1年半ぶりに行われている。上に書いた中韓の軍事交流拡大もASEAN+3の場で決まった。ASEAN+3は中国の隠然とした主導力が増しており、中国の地域覇権組織になりつつある。全体として、日本や韓国の安全保障に中国が協力する新体制が生まれつつある。 (Sichuan to host China-South Korea-Japan summit as tensions strain Tokyo-Seoul ties

中国の覇権拡大や多極化(米国覇権体制の崩壊)を認めたくない人々は「日中韓サミットは定例会合でしかなく、中国が日韓を仲裁するためのものでない」「中国が仲裁してもうまくいかない」「中韓のホットラインは大したことでない」と言うだろう。確かに、中国が仲裁しても日韓の和解はなさそうだ。しかしその一方で「対米従属の国々である日韓の安保面の対立を中国が仲裁する」「中国の仲裁を日韓が受け入れる」ことは、数年前まであり得ない話だった。 (Moon-Abe meeting 'encouraging' for Seoul-Tokyo ties - senior U.S. diplomat

中国は少し前まで、日韓に米軍が駐留する理由(口実)となる「仮想敵」だった。日韓のGSOMIAは、米国の安保体制(覇権)下の諜報共有協定であり、GSOMIAで日韓が共有してきた米国の軍事情報には、従来の仮想敵である中国に関するものも含まれていた。中国敵視の体制下にあったGSOMIAが日韓の対立によって失効し、その日韓対立を敵だったはずの中国が仲裁し始める。この仲裁はなかなか成功しないだろうが、日韓にとって中国が「(米国の覇権運営のための)敵役」から「仲裁役(覇権国)」に転換していく流れの象徴であり、画期的である。【とりあえず今回は土壇場でGSOMIA失効が撤回されたが、長期的な流れは変わらないだろう】 (在韓米軍も在日米軍も撤退に向かう

GSOMIA失効問題や半導体貿易制裁など、今年の日韓対立は、米国(軍産とトランプの両方)が安倍政権をけしかけてやらせたものだ。軍産は、日本と韓国が対立して個別に対米従属を続ける新体制を作ることで、米国覇権の延命策とした。トランプは、日米が組んで韓国に意地悪することで、韓国を北や中国の方に押しやる多極化策にした。結果としては、日韓が中国を仲裁役として受け入れる多極化の流れが浮上している。トランプのネオコン戦略(軍産の策を過激に稚拙にやって米覇権を崩して多極化する)が成功している。 (日韓対立の本質) (Why the Hawks Are Wrong About China Too

韓国の危機の3つ目である、北朝鮮の核廃絶に向けた米朝交渉の停滞と年末の期限について、私は「トランプは、中国に北朝鮮問題の主導役をやらせるために、米朝交渉をわざと停滞させているのでないか」と疑っている。年末を超えて中国が北問題を傍観し続けていると、年明けに北が再び好戦的な姿勢をとりかねない。それならむしろ中国は早く北問題の主導権を握ってしまった方が良い。トランプは、中国にそう思わせようとしているのでないか。 (South Koreans Are Pleading for a Breakthrough in the US–North Korea Talks

すでに書いたように、中国は、韓国や日本の安全保障に協力する「地域覇権国」になりつつあり、北朝鮮問題に関連する北朝鮮、韓国、日本、ロシアに影響力を行使できる状態になっている。以前(03年からの「6か国協議」のころ)は韓国と日本が米国の側におり、中国が北朝鮮問題を主導すると、親北の中朝露と反北の米日韓との冷戦対立の構図に押し込められてしまう。米国の敵にされたくない中国は主導役をやりたがらなかった。

だがその後、韓国や日本が中国を地域覇権国(仲裁役)として認めつつある。この新たな状況下で中国が北問題解決の主導役をやると、北と日韓露という米国以外の関係諸国が中国に協力し、米国は傍観・黙認するだけという、中国に有利な状況下でやれる。以前の状況下だと、北が中国を出し抜こうとして米国と直接取引したがり、この点も中国にとって難題だった。だが米中の覇権交代によって米国との関係が北にとっても重要でなくなると、この難しさも消えていく。中国は今年、北との良好な関係を回復した。中国が間もなく北問題解決の主導役をやり始めると思われる兆候はまだないが、中国が主導役をやっても損しない状況になりつつある。 (Lips and teeth: Repairing China-North Korea relations



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