中露に米国覇権を引き倒させるトランプ2019年6月24日 田中 宇6月5日、中国の習近平主席がモスクワを訪問してプーチン大統領と首脳会談し、中東から北朝鮮までの安保問題、一帯一路など広域の経済開発事案など、ユーラシア広域における中露共同の覇権運営のやり方を決めた。トランプの米国が、米中貿易戦争など世界の貿易体制の破壊や、ドルの基軸性を悪用した経済制裁の乱発、イランやパレスチナ、サウジアラビアによる人道犯罪などの中東の諸問題での偏向的・好戦的な態度、北朝鮮問題解決の頓挫、露中イランへの濡れ衣に基づく敵視など、覇権国として不適格な行為を各所で続けているため、中露が結束して米国覇権を抑止し、中露がユーラシアの覇権運営を手がける傾向を強めることにした。手始めにイランやパレスチナなどの中東問題を中露共同で手がけていく。これは、冷戦後の世界的な米国の単独覇権体制を解体して多極型の覇権に転換しようとする、初めての明示的な戦略の発表であり、画期的だ。6月5日の中露首脳会談は、地政学的な転換点として記憶されるべきだろう。 (Declassified: The Sino-Russian Masterplan To End U.S. Dominance In Middle East) (米国の覇権を抑止し始める中露) 中露は、03年の米イラク侵攻の後ぐらいから、ユーラシアの覇権運営を米国に任せず中露が手がける方向性を打ち出し、13年からの中国の習近平政権はユーラシア覇権計画である一帯一路を進めてきた。しかし17年のトランプの登場まで中露は、自分たちが米国より弱いうえ、覇権をとるとコストもかかるため、米国の覇権を抑止してユーラシアの覇権を中露がとる「覇権奪取」の姿勢をとらなかった。だがトランプは就任後、覇権の放棄策や自滅策をとり続け、中露がユーラシアにおいて米国の覇権を奪取するハードルが大幅に下がった。米国の無茶苦茶を傍観して迷惑を被るより、米国から覇権を奪ってしまった方が手っ取り早くなった。覇権放棄屋のトランプは、中露のために、米国覇権を引き倒しやすい状況を作ってやった。 (多極化の目的は世界の安定化と経済成長) 今年に入り、それまでの「中国が米国に輸出し、その儲けで米国債を買い支える」という米国の経済覇権体制に中国が従う米中の共存共栄体制が、トランプの対中貿易戦争によって破壊され、中国は米国の覇権に付き合うことをあきらめた。中露間にはそれまで、米国覇権の打倒に積極的なロシアと、消極的な中国との齟齬があったが、今年に入って中国も米国覇権の打倒に積極的になった。4月の米中貿易交渉の破談の後、5月13日の中露の外相会談で中露共同のユーラシア覇権運営のやり方を内定し、6月5日の中露首脳会談で正式決定した。 (America Must Prepare for the Coming Chinese Empire) (米中百年新冷戦の深意) トランプと中露は、トランプが棄てた覇権を中露が拾うという「連携関係」にある。6月5日の中露首脳会談後、連携が最も進んでいるのがイラン問題だ。トランプの米国は、6月13日のオマーン湾での日本系などのタンカーの爆破事件をイランが犯人だと無根拠に決めつけた後、6月20日に米海軍の無人偵察機を意図的にイランの領空に入れる飛ばし方をやり(イラン領空に入るときにトランスポンダを切っており、意図的な侵入だった)、イランが正当防衛策として米偵察機を撃墜すると、米国側は報復としてイランのミサイル基地などを空爆することを準備したが、実行予定の10分前にトランプが空爆を取りやめる決定を下した。 ("Bomb, Bomb, Bomb... Bomb, Bomb" Iran) (Iran Says US Drone Entered Iranian Airspace, Turned Off ID Transponder) この一件は、国際社会における米国の信用失墜を加速することになる。欧州など、従来は親米・反露の側にいた米同盟諸国が「トランプの米国は信用できないので、ロシアや中国と協力して今回のイラン危機の真相究明(誰がタンカーを爆破したかなど)を行い、米国が悪い場合は、米国に毅然とした態度をとる必要がある」と考えるようになり、欧州と中露が共同で米国を批判するようになっていく。トランプは、意図的にこの流れを作っていると考えられるので、トランプと中露が連携して米国の覇権失墜と多極化を引き起こしていることになる。 (Trump Says He’s ‘In No Hurry’ to Confront Iran) (China Warns: US About To Open "Pandora's Box" In Middle East) イランへの報復攻撃をとりやめたトランプは、おそらく今後もうイランを軍事的に攻撃すると言わなくなる。米国が今にもイランを軍事攻撃しそうな状態なら、中露やEUは傍観するしかないが、米国がイランを攻撃しそうでなくなると、ロシアが主導し中国やEUも協力し、米国抜きでイラン問題を解決していこうとする多極化の傾向が増す。 (Trump says will be Iran's 'best friend,’ thanks for not downing US plane) (Mike Pompeo, Top US Official Set Condition That Will Trigger Military Action Against Iran) 中露は6月5日の首脳会談で、米国がドルの基軸性を利用してイランなどに対し、不条理な経済制裁をしていることを問題にした。世界の貿易決済の大半がドル建てで、ドルの国際決済は米国のNY連銀に通知されるので、米当局は決済を不許可にすることで経済制裁できる。イランは、核兵器開発をしておらず核協定(JCPOA)を守っているのに米国から石油ガス輸出のドル決済を禁じられ、制裁されている。中露は米国の不正行為を指摘し、イランがドル建てでない形で石油ガスを輸出できるようにする対抗措置の実施を決めた。これも、中露が米国の覇権を抑止し始めた一例だ。 (‘We were cocked & loaded’: Trump’s account of Iran attack plan facing scrutiny) (Schumer: Trump must get congressional approval before any military action against Iran) イランとのドル建てでない石油ガス取引については、トランプが核協定を離脱してイランを制裁し始めた後、EUがこのトランプの動きを不当とみなし、ユーロ建て(?)でイランと貿易できる特別な機構(SPV。INSTEX)を作った。だがトランプが「EUがSPVを稼働させるなら、米国はイランだけでなくEUの対米ドル決済も禁止する制裁をやるぞ」と脅したのでEUはSPVを延期・棚上げしている。ロシア政府は6月21日、EUがSPVを棚上げし続けるなら、ロシアがSPVに替わる非ドル的な決済機構を作り、それでイランと世界が取引できるようにするつもりだと発表した。ロシアは、すでに米国からドル決済を禁じられる制裁を受けており、イランを擁護しても追加の国家的な損失がない。ロシア政府は、産油国であるロシアがイランの石油輸出を代行する(ロシアが代行輸出したのと同量の石油をイランがロシアに輸出する)構想も発表している。 (Russia Will Help Iran With Oil, Banking If Europe's SPV Payment Channel Not Launched) (Iran, Europe and Trump) EUのSPVはユーロ建てのようだが(米国に制裁されたくないのでシステムが今ひとつ不明確)、ロシアは「主要通貨のバスケット建て」によるイランとの取引を構想している。「主要通貨のバスケット」として最も有名なのはIMFのSDRだが、最近、SDRを意識した通貨バスケット建ての暗号通貨「リブラ」を新たに創設すると発表したのはフェイスブックである。リブラの発表は、影響力が巨大な米国の大企業が、ドル覇権の低下につながる非ドル通貨の発行を発表したことを意味するので驚きだ。ロシアとフェイスブックが同じこと(米覇権の引き倒し)を考えているのも驚きだ。詳しいことは最近の有料記事に書いた。 (Trading with Iran via the special purpose vehicle: How it can work) (フェイスブックの通貨リブラ:ドル崩壊への道筋の解禁) イランは、米軍侵攻前のイラクなどより軍事的にはるかに強い国であり、イランと戦争すると米国は大きな被害を被るし、戦争は何年も続く。米民主党を主導するペロシ下院議長は6月20日「米国はイランと戦争する意欲がない」と明言している。米議会は超党派で、トランプのイラン攻撃をやめさせるため、911事件の時に制定した、大統領が議会に許可をとらずに外国を攻撃できる「テロ戦争」の有事立法を無効化しようとしている。これが無効化されると、トランプはイラン攻撃だけでなく、アフガニスタン占領もやめねばならなくなるし、サウジがやっているイエメン戦争への支援もできなくなる。 (Pelosi: US has no appetite for war with Iran) (U.S. Intel to Congress: No Evidence al Qaeda Is Helping Iran) トランプは表向き大統領権限の剥奪に抵抗しているが、本音では、アフガンやイエメンから撤退したいと思っている。米軍が撤退すると、その後アフガニスタンの面倒を見るのは中露やイラン、パキスタンといった上海協力機構(中国主導)の国々だ。米軍がイエメンから撤退したら、サウジはロシアなどの仲裁を受けてイエメンのフーシ派と仲直りせざるを得ない。フーシ派の背後にはイランがおり、サウジはイラン敵視もやめていかざるを得ない。いずれも、米覇権の低下と中露イランの台頭、多極化につながる。 (Taliban: US Has Accepted Full Withdrawal From Afghanistan) (Senate Blocks Arms Sales To Saudi Arabia In Bipartisan Trump Rebuke) トランプはパレスチナ和平案も手がけているが、イスラエルの言いなりになりすぎて、アラブ諸国がついてこれない和平案になっている。ヨルダンは、対米従属なのでトランプの和平案に賛同せざるを得ないが、国民(野党=ムスリム同胞団)はトランプ案に猛反対で、デモ行進など反対運動が盛り上がっている。ヨルダン王政が対米従属を貫こうとすると、政権転覆される危険が増す。各国はトランプの和平案に乗れなくなっている。代わりの和平案を出すとしたらロシアだ。 (Jordan likely to attend Bahrain summit despite reservations) (Kushner conference was supposed to bring Israelis and Palestinians together. Neither side is likely to show up.) イスラエルはシリア内戦終結後の今、レバノン、シリア、ガザという3つの隣接地域がイラン系の勢力(レバノンのヒズボラ、シリアのアサド政権、ガザのハマス)に支配される結果になっている。このまま米国の中東覇権が低下すると、イスラエルは3方から敵のいらんに包囲され、危機に陥る。イスラエルが国家存続したければ、シリア内戦でイランとともに勝者になったロシアに頼るしかない。 (Putin, Netanyahu break ground on deeper Russia-Israel engagement) (Hundreds of Israeli security experts warn of annexation dangers) イスラエルは9月にやり直し選挙をするが、そこで大幅台頭しそうなのは、ロシアとのパイプ役をしてきたリーベルマン元国防相(ロシア出身者)の政党だ。リーベルマンがキングメーカーとなり、右派のリクードと中道派の青白連合を連立させ、米国でなくロシア主導の新たな中東和平策に乗るといった展開が考えられる(だからリーベルマンはネタニヤフの連立組閣を失敗させ、4月の選挙を無効にしたのかも)。イスラエルは話が複雑なので恐縮だが、こうした事態も、トランプが意図的に稚拙な中東和平をやってロシアとイスラエルをくっつける覇権放棄・多極化策な観がある。 (Liberman: We’ll force gov’t with Likud, Blue and White to block ultra-Orthodox) (The final round: Netanyahu versus Liberman) トランプは議会の反対を押し切ってサウジに兵器を売るなど「武器商人」も演じているが、実のところ、ロシアは無敵でコスパが良い迎撃ミサイルS400を世界各国に売りまくっている。トランプが各国に無理やり米国の兵器を買わせようとするほど、各国は嫌がり、ロシアや中国の兵器の売れ行きが良くなる。S400が世界に普及するほど、米国は戦争をやれなくなる。これもトランプの多極化策だ。詳しいことは最近の有料記事に書いた。トランプは、非常に多角的に覇権放棄・多極化を進めている。それに気づかない間抜けな人が多いので驚く。 (S400迎撃ミサイル:米は中露イランと戦争できない) (India "Risks Triggering Sanctions" Over Russian S-400 Deal, US Warns) ユーラシア以外では、ベネズエラ情勢が、米国に不利、ロシアに有利になっている。トランプは、ベネズエラの左翼のマドゥロ政権を倒すと宣言し、野党党首のフアン・グアイドを支援したが、グアイドは4月末にクーデターに失敗し、マドゥロ政権の続投がほぼ確定している。報じられている「お話」によると、トランプは、ベネズエラの政権転覆を昔から狙っていた側近のボルトン顧問の言い分を信用してグアイド支持を決めたが、グアイドがクーデターに失敗したためトランプはボルトンを叱りつけ、それ以来、ベネズエラに対する関心を失ってしまったという。米国がやる気を喪失したため、米国に対抗してマドゥロを擁護しに入ったロシアの勝ちとなった。トランプの「関心喪失(の演技)」は、ロシアの覇権拡大につながっている。 (Trump losing interest in Venezuela amid stall, aides say) (Why Venezuela Needs Russia) ('Frustrated' Trump Sours On Venezuela Regime Change After Bolton 'Got Played') 中露は6月5日の首脳会談で、北朝鮮問題についても話し合ったようだ。その後、6月19日に習近平が北朝鮮を訪問した。北朝鮮問題の解決は最近頓挫しているが、それは韓国が北朝鮮と経済交流を進めたくても、北朝鮮に対する国連制裁に抵触するのでできないからだ。中露が国連安保理で制裁の一部緩和を提案し、米国がそれに反対しなければ、北問題の解決が再び進む。こういったシナリオが進んでいるのかどうか、近いうちにわかる。 (China likely to tread carefully on North Korea as power dynamic shifts) (多極化への寸止め続く北朝鮮問題) 6月27-29日の大阪でのG20サミットでは、トランプがまた保護主義・孤立主義的・自由貿易否定の態度をとるかもしれない。中露が欧州勢と組み、米国に代わって自由貿易や国際協調的な世界運営を主導する意欲を見せ、議長国である日本の安倍がトランプの親友(笑)として中露とトランプを仲裁しようとする・・・。そんなおきまりの演技が展開されるかもしれない。安倍もトランプによって、非米・多極の側に押しやられている。 (米欧同盟を内側から壊す) (Is the G20 destined to fade into irrelevance in a leaderless world – courtesy of Donald Trump?) トランプはG20の大阪のあと、6月29日から韓国を訪問する。もしかすると、トランプは板門店まで行って金正恩と3回目の米朝首脳会談をするかも、という予測も出ている。板門店なら北の国内であり、金正恩も簡単に来れるので、金正恩の暗殺防止策として事前の十分な準備が必要だった国外での2回の米朝首脳会談と異なり、事前の準備なしに米朝首脳会談を実施できる。 (North Korea’s Kim receives ‘excellent letter’ from Trump, state media says)
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