トランプが米中貿易交渉を妥結?。その意味2019年3月7日 田中 宇これまで中国との貿易品に高率の懲罰関税をかけて戦うぞと息巻いていた米トランプ大統領が、3月末に予定されている米中首脳会談を前に態度を急に緩和している。米中双方がある程度ずつ譲歩し、貿易戦争がとりあえず妥結することが内定しつつあると報じられている。 (Trump pushing for trade deal with China in hopes of boosting stock market ahead of 2020 bid) (U.S., China Close In on Trade Deal) 中国に対する貿易赤字を減らすことについて非常に好戦的だったトランプが、ここにきて急に態度を緩和した理由は何か。一説には「中国との貿易戦争が米株式相場を下落させるので、株価をつり上げて大統領再選につなげたいトランプは、中国敵視をいったんやめて貿易で和解したのだ」といわれている。 (Trump Pushes China Trade Deal to Boost Markets as 2020 Heats Up) (Fearing Life Behind Bars, Trump Begs China to Help Him Juice the Stock Market) トランプは2月24日のツイートで、3月2日に予定していた中国から米国への輸入品に対する懲罰関税の引き上げを延期すると発表したが、ツイートが発せられたのは米国の株式先物市場が寄り付く20分前のタイミングで、ツイートを好感して米国株が上昇した。このことから、トランプが自分の再選に必要な株価テコ入れのために中国との貿易戦争を延期・緩和したのは疑いがないとゼロヘッジが書いている。 (The "Secret" Reason Trump Is Ready To Fold And Cut A China Trade Deal) 米国株は確かにヤバい感じになってきている。米国(や日本など)の株価は、昨年末にかけていったん大幅に下がったが、今年に入って反騰し、金融危機の懸念が去ったと報じられていた。だが、2月後半から「反騰はもう終わりだ」といった「3月暴落説」的な分析をよく見るようになった。3月暴落が現実になると、それはトランプの政治基盤を破壊し、もともと軍産マスコミによって誇張歪曲されたプロパガンダでしかない「ロシアゲート」などが弱体化したトランプを弾劾して潰す事態に発展しかねない。トランプは株価をテコ入れしておく必要があった。3月の暴落を防ぐため、トランプがそれまでの対中強硬姿勢を緩和し、株価をつり上げたと考えることができる。 (Insiders Are Selling Most Stocks Since 2008!) ('Father Of Reaganonomics' Warns "Get Out Of The Market... And Put Your Money In Cash") (The Doomsday Scenario For The Stock And Housing Bubbles) (BofA: Here Is The Sequence Of Events That Will Lead To The Next Crash) しかし私が見るところ、3月暴落を防いでいる大きな要因は、米中貿易戦争の緩和でなく、別のものだ。それは、日本の日銀がこっそりQEを維持して資金を作り、米国に注入していることだ。3月に入り、円安ドル高になって資金が円からドル、日本から米国に移動している観がある。この資金が米国株を買い支えるとともに、暴落が放置されると潰されるドル(米国覇権)の究極のライバルである金地金の相場を急落させた。米連銀と欧州中銀はQEをやめたことを公言しているが、日銀だけは態度を明確にしていない。日銀のステルスQEの資金が米国の株や債券を買い支え、巨大なバブルを延命させている観がある。 (QE Party Goes Dry, Bank of Japan Tries to Confuse the Markets) 金地金相場は、1オンス1350ドルを超えるとそれよりさらに上に続騰してしまうので、ドルと米国の債券と株を延命させて米国覇権を守りたい日本など同盟諸国の中銀群は、先物を使って地金相場を低下させ、1300ドル以下まで引き下げた。金相場はこの5年間で4回にわたり、1350ドルに近づくたびにドル(日銀QE?)の側から潰され、反落させられてきた。今回も、とりあえずは同様の結果になっている。 (Hello Old Friend... Gold Nears $1,350 Resistance (That Has Repelled It 4 Times In 5 Years)) (Importance Of All This Central Bank Gold Buying) この流れはまだ途上だ。3月株価暴落の可能性がもうゼロだと言い切れるかというと、そうでもない。しかし、今のところジャンク債の相場も落ち着いており、ヤバい感じの高まりはない。 (ICE BofAML US High Yield Master II Effective Yield) ▼トランプは隠れ親中国 トランプが中国との貿易戦争を緩和する理由は、株価のつり上げ・金融バブル維持・自分の再選という金融面の理由だけでなく、ほかにもある。それは、以前の記事ですでに書いている「中国に北朝鮮のめんどうを見てもらう見返りに、トランプが貿易での中国敵視を緩和する」という筋だ。 (2度目の米朝首脳会談の意味) (ハノイ米朝会談を故意に破談させたトランプ) 2月末のハノイでの米朝首脳会談の前には、米朝会談の直後に米中首脳会談が行われるという説が流布しており、北朝鮮問題の主役を中国に戻すことと、トランプの対中和解とが連動している感じがあった。実際は、米中首脳会談が3月末に延期され、米朝首脳会談もトランプによる意図的な破談で終わった。この現実の裏には、中国が北朝鮮問題の解決役を主導することに対して、今ひとつ消極的なままであることが存在しているように見える。 (米朝と米中の首脳会談の連動) (Trump says China has been 'a big help' in US dealings with North Korea) 北朝鮮問題と米中貿易問題が連動している感じは、依然として続いている。先日の記事に書いたように、トランプは米朝会談を破談にしたことで、北朝鮮問題の解決を「寸止め」している。寸止め状態を醸成する理由は、中国や韓国に「自分たちがもう少しがんばれば、米国の反対を押しのけて北朝鮮問題を解決できる」と思わせる「隠れ多極主義」だ。 (ハノイ米朝会談を故意に破談させたトランプ) (US Said To Prepare "Final China Trade Deal" But Skeptics Aren't Buying It) 中国が、北朝鮮問題の解決役を主導することに消極的な理由は、トランプに乗せられて中国と韓国とロシアで北問題の解決(核廃絶を事実上無視して南北和解)を進めると、トランプは喜んで在韓米軍の撤退を急ぐ。これは一見、中国が喜びそうなことだが、実のところ、中国は性急な在韓米軍の撤退を望んでいない。中国は、在韓米軍に撤退していってほしいが、それは、韓国や中国が事後体制の準備に十分な時間をかけられるゆっくりした速さでやってほしい。日本と北朝鮮の和解もまだ実現していない。在韓米軍の性急な撤退は、朝鮮半島を不安定にするし、中国や韓国が引き受ける事後のいろんなコストやリスクが大きくなる。だから、トランプがハノイで米朝会談をいったん破談にしたことを、むしろ中国は喜んでいる。中国好みのゆっくりした展開に近づくからだ。 (China says difficulties in U.S-North Korea talks unavoidable) (Why China Isn't Mourning the Collapse of the Trump-Kim Summit) トランプは、中国の意向を汲み取って、米朝の和解の速度を低速に切り替えたといえる。3月末のフロリダでの米中首脳会談は、貿易問題が主題のふりをしつつ、実のところ米中間の地政学的な問題を話し合うサミットであると分析されている。米中間の地政学的な問題とは、北朝鮮問題だけでなく、台湾問題や、日米同盟の希薄化後の日本を米中がどう制御していくかということ、南シナ海・東南アジアをめぐる問題、印パやアフガニスタンの問題、中東の覇権転換(米国からロシアへ)と中国の役割、ロシアと米国・中国の関係など、多岐にわたる。 (Japan Grows Nervous About the U.S.) (China says Taiwan talks must benefit 'reunification') これは、ブッシュやオバマが途中まで手がけたが中国が乗って来なかった「米中G2」(米中による世界分割。2極化)の話に見える。だが、トランプは前任者たちと異なり、中国を引っ張り上げるだけでなく、米国を自ら引きずり下ろす、覇権放棄と多極化の路線を進んでいる。トランプは、いったん米中G2的な状況を作りかけても、その後再び中国敵視の姿勢に戻り、和解と敵視を繰り返しつつ、中国が米国に頼らず、米国よりロシアやBRICSと組んで世界運営をやりたがる地域覇権国になるように仕向けるだろう。 (Xi's Trump card: Tying US trade talks to Kim summit) そのために、いったん中国と和解しようとするトランプに反対して楯突くライトハイザー通商代表ら中国敵視派を、政権中枢に残している。トランプは、いったん中国と和解しても、その後再びライトハイザーらの手綱を緩めて中国敵視を発動し、トランプ自身が「やむを得ず対中強硬派に同意する」という演技をやりかねない。トランプは中国との貿易戦争をやめていない。一時休戦しているだけだ。トランプは、貿易でライトハイザー、安全保障でボルトンを「吠え役・噛みつき役」として側近に配置し、覇権放棄・多極化策に使っている。 (Trump Asks China To "Immediately Remove All Tariffs On Agricultural Products") (Having Failed to Clinch a Deal With North Korea, Trump Turns to China) 中国は、しだいに米国を恐れず大胆に覇権行動をするようになってきているが、それでもまだ慎重な姿勢だ。米国側から「中国製造2025は中国の経済覇権戦略だ」と非難されたので、中国は、全人代の文書から中国製造2025の文字を全部削ってしまった。中共は昨年まで3年間、中国製造2025の標語を使い続けてきたが、今年は黙っている。しかし、野心的な中国製造2025に盛り込まれていた5G通信やAI・人工知能など、今後の世界経済で支配的な影響を持つと予測されている技術に関して、すでに世界の主導役は、米国や欧州でなく、もちろん日本でもなく、中国である。 (Beijing vows to upgrade country’s manufacturing in Two Sessions conference – but makes no mention of Made in China 2025 for first time in three years) (Huawei looks to show its lead in 5G technology at world’s biggest mobile industry exhibition) 今回はこのほか、トランプがこれまでの米国中心の世界の貿易に関して、NAFTAや米中などの貿易体制を、いったん切って再びつなぎ直すこと、再交渉したがることは「切ってから(微妙に無茶苦茶な結線で)つなぎ直して敵のシステムを破壊する」という、アニメの映画「Fate」に出てくる「衛宮切嗣」(えみやきりつぐ)の攻撃手法と同じであるという「トランプ=きりつぐ説」を書こうと思っていたのだが「きりつぐ」がマイナーな存在なので、詳しく書かないことにした。これだけで、わかる人にはわかるだろう。 (衛宮切嗣)
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