米露首脳会談で何がどうなる?2018年6月30日 田中 宇トランプとプーチンの米露首脳会談が7月16日にヘルシンキで行われることが、米露両政府によって正式に発表された。EUを中心とする米国の「同盟諸国」は、米露会談によってトランプが、ロシア敵視で米国と諸国が団結してきた冷戦後の「擬似冷戦構造」を破壊するのでないかと懸念している。彼らの懸念は、たぶん的中する。 (The Trump-Putin Summit: What the Europeans Fear) トランプは、6月上旬のカナダでのG7サミットで「ロシアをG7に再招待してG8に戻すべきだ」と提案した。G7は、冷戦後の97年にロシアを招待して入ってもらいG8になったが、14年のウクライナ内戦の発生とともにロシアがウクライナ領だったクリミアを併合したこと非難し、ロシアを排除してG7に戻っていた。ロシアがクリミアを併合したことと、ロシアがウクライナ内戦でウクライナ東部(ドンバス)のロシア系住民を支援していることが、これまで「米国と同盟諸国」のロシア敵視の最大の理由だった。トランプは、G7サミットでロシア再招待を提案した際、「クリミアの住民(の80%)はロシア語を母語とするロシア系なのだから、クリミアはロシア領でかまわない」と発言した。この発言は「米国と同盟諸国」のロシア敵視戦略の根本を破壊するものだ。 (Trump reportedly claimed to leaders at the G7 that Crimea is part of Russia because everyone there speaks Russian) トランプは明言していないが、クリミアだけでなくウクライナ東部(ドンバス)も住民の70%がロシア語を母語としており、トランプの理屈を適用すると、ドンバスもウクライナからの自治獲得(または分離独立・ロシア編入)を認められるべきだということになる。これらは、ウクライナ内戦の対立構造の中で、トランプが「米国と同盟諸国」でなくロシアを支持したことを意味する。トランプの米政府は、クリミア併合を理由にロシアを経済制裁し続けているが、今後は首脳会談を経て米国が対露制裁をやめていく可能性も出てきた。 (ウクライナ東部を事実上併合するロシア) そもそもウクライナ内戦は、オバマ政権時代の米国務省(の軍産複合体勢力)が、ウクライナの極右勢力を扇動して親露政権を倒して反露・極右な政権を樹立させ、この米傀儡の反露極右政権が、長年のロシアとの信頼関係を破壊して、ロシア軍が租借しているクリミアのセバストポリ軍港をロシアから取り上げるとか、ドンバスのロシア系のロシア語文化を剥奪すると宣言したことから起きた。イラクやリビアの政権転覆と同質の、米国による濡れ衣戦争だ。 (プーチンを怒らせ大胆にする) クリミアは1950年代までソ連のロシア共和国の領土だったが、ウクライナ人のフルシチョフが、ソ連邦強化策(各共和国間の境界線の無茶苦茶な引き直しによる共和国弱体化策)として、ウクライナ領に編入した。セバストポリはロシア軍の最重要な軍港であるため、ソ連崩壊後、ロシアはウクライナからクリミアを取り戻したかったが、当時のロシアは混乱して弱かったため、ウクライナがロシアと友好関係を維持することを前提に、クリミアをウクライナ領のままにして、セバストポリ軍港をウクライナから租借していた。ロシアがプーチン時代になって国力を取り戻していた後の2014年、米国がロシア敵視策としてウクライナに傀儡政権を作ってセバストポリを返せと要求させたのだから、ロシアとしては安全保障の危機であり、これに対処するためクリミアの住民にウクライナからの分離独立とロシアへの併合を住民投票で決めさせて併合したのは当然であり「正当防衛」だった。米国と同盟諸国のマスコミはこの経緯を全く報じず、ロシアの悪さを歪曲的に喧伝してきた。 (揺れる米欧同盟とロシア敵視) トランプは、このあたりの専門家風の経緯を詳述せず、代わりに「クリミア人はロシア語が母語だからロシア領でいいだろ?」という、一般の米国人にわかりやすい言葉で端的に表明した。このトランプの6月上旬のG7での親露的な表明は、貿易問題でドイツやカナダなどの同盟諸国に喧嘩を売るという「反同盟国」的な策略と対になっている。軍産と同盟諸国のロシア敵視策の構造に風穴を開けた直後、トランプは、プーチンとの首脳会談を挙行する姿勢をとり始め、ネオコン(=隠れ多極主義)的な側近ボルトンが訪露し、今回の首脳会談の日取りと場所の決定になった。トランプは、その直後の6月29日にも、首脳会談でクリミアをロシア領と認めるかもしれないと記者団に話している。米国は今後、クリミア併合を理由としたロシア敵視をやめていくことが、ほぼ確実になっている。 (Trump Leaves Door Open to U.S. Recognizing Russia's Crimea Grab - Bloomberg) (貿易戦争で世界を非米・多極化に押しやるトランプ) ▼ロシア敵視を基盤とする欧米同盟を破壊するのがトランプの米露首脳会談の目的 7月の米露首脳会談が、6月の米朝首脳会談の後であることも、同盟諸国を恐れさせている。6月の米朝会談でトランプは、これまで「核問題」を理由に敵視してきた北朝鮮を、同盟国(とくに日本)を置いてきぼりにして和解(米朝首脳間で「義兄弟のちぎり」を締結)してしまった。北を敵視することで米国(軍産)が日韓を対米従属させてきた冷戦型の構造を、一度の首脳会談で破壊した。その後、北は核廃絶を進める気配がないが、そんなことおかまいなしに、トランプは北を支持し続け、中国は北への制裁を事実上解除し、韓国は北朝鮮との和解を進め、北敵視の国際構造の解体が進んでいる(日本は茫然自失)。そして、米朝会談を「成功」させた後、トランプは次なる「成功」を狙って米露首脳会談に取り組んでいる。 (北朝鮮に甘くなったトランプ) 北敵視とロシア敵視は同じ構造を持っている。米国(ブッシュ政権)は、北を政権転覆すると脅し続ける一方で、北が核とミサイルの技術をパキスタンやエジプトなどから得ることを黙認し、北を核武装へと走らせて、米国と同盟諸国にとっての「和解不能な敵」に仕立てた。これは、ウクライナを政権転覆させてロシアをクリミア併合やドンバス支援に走らせて「和解不能な敵」に仕立てたのと同じ構図だ。トランプは、和解不能なはずの敵国の首脳と会談して「個人的に親密な関係」を作ったと宣言する。米国傘下の軍産や同盟諸国がいくら批判しても、最高司令官であるトランプは「金正恩もプーチンも習近平も、信頼できる立派な指導者だ」と頑固に言い続け、軍産的な敵視戦略を構造的に破壊していく。 (Donald Trump, Vladimir Putin Expect to Hold July Summit) (核兵器をばらまいたのは誰か) トランプは、7月11-12日にブリュッセルで行われるNATOサミットの直後の日程でプーチンに会う。この点も、軍産と同盟諸国にとって破壊的だ。NATOは「ロシアの脅威」を理由に、米国(米英)が欧州諸国を従属させる(諸国が米国の安保機能にぶら下がる)ための機関だ。ロシア敵視の構造がないと、NATOは存続できない(冷戦終結後、地域紛争解決やテロ退治など、ロシア敵視以外の存在基盤が模索されたが、コソボ、アフガン、アフリカなど、全て不成功で終わっている)。トランプがNATOサミット直後にプーチンと会って意気投合すると、NATOの存立基盤が壊される。NATOのストルテンベルグ事務総長は、米欧関係の悪化によってNATOが存亡の危機にあることを認めている。 (NATO Chief Warns "Alliance May Not Survive") (多極化に圧されるNATO) 対米従属にぶら下がって権力や利権を維持してきた軍産要員や同盟諸国首脳たちは、NATOサミットで、トランプを批判したり翻心を促したりするだろう。反論されると喧嘩を売られたとみなして猛反撃するのがトランプだ。トランプはNATOサミットの場で、思い切り自分の米露首脳会談やロシアのやり方を正当化するとともに、「安保タダ乗り」の同盟諸国を声高に非難する。防衛費がGDPの2%に達していない同盟諸国の多くはトランプに攻撃される半面、同盟諸国はトランプがプーチンと会談・和解することを「NATOの結束を壊す」「悪どいロシアを許してしまう不正行為」と批判し返し、双方が不満を抱え、亀裂が入ったままNATOサミットが終わる。この構図は、貿易紛争をめぐってトランプと独仏カナダが喧嘩した6月のG7サミットの繰り返しだ。トランプは、同盟諸国との関係を破壊する一方で、プーチンや金正恩と仲良くなり、米国の覇権や軍産の支配構造を壊していく。 (At the Brussels Summit, NATO Faces a Crucial Test) 欧州では、すでにイタリアやハンガリー、オーストリア、ギリシャなどの政権が「親ロシア」と「反EUエスタブリッシュメント(ポピュリスト、いわゆる極右極左、反独仏、反軍産、反移民、反リベラル)」を掲げ、軍産や対米従属構造を破壊するトランプの味方になっている。何年も続く、中東からの難民(違法移民)問題で、欧州の人々は、ドイツのメルケルに代表されるEUエスタブ陣に不信感をつのらせている。独仏などエスタブ側は、反移民なポピュリストの側に譲歩していかざるを得ない。メルケル政権はなんとか延命しそうな感じだ(代わりにEU域内を人々が自由に越境できるようにしたシェンゲン条約の体制が壊れていく)が、それは移民反対勢力への譲歩の結果だ。トランプは、欧州のポピュリストを扇動したがっている。 (German MP suggests collapse of Merkel's migration deal would doom Schengen Zone) トランプは、ケリー首席補佐官やマティス防衛長官など、閣内に残っている軍産系の高官を辞めさせていく方向だ。トランプと軍産の戦いは、トランプの優勢が増している。米2大政党の相方である民主党は、党内のエスタブ(軍産)と草の根(いわゆる極左)との対立がひどくなっており、対立を統合する指導者も出てきていないので、今後よっぽどの新展開がない限り、中間選挙も次期大統領選挙も共和党のトランプに負ける。 (John Kelly Expected To Leave White House This Summer: WSJ) (Mattis Increasingly Shut Out Of Major White House Decisions) この流れの中で、軍産系の組織であるNATOやG7は、さらに強くなるトランプに存立基盤を破壊されて事実上瓦解(空洞化)していく。組織として消失するのでなく無意味な存在になっていくだけなので、歪曲的で軍産傀儡のマスコミはNATOやG7の瓦解を報じず、米欧日の多くの人は解体に気づかないままだろう。だが人々の認識(騙され)と裏腹に、NATOやG7はトランプによって空洞化・瓦解させられていく。国防総省は、ドイツに駐留する米軍の兵力数(現在3万5千人)の削減も検討している。 (終わりそうで終わらない旧世界体制) (U.S. assessing cost of keeping troops in Germany as Trump battles with Europe) 欧州諸国はすでに、こうしたトランプが巻き起こす動きに対応している。トランプが、ロシアによるクリミア併合を容認し始めたのと同時期に、EU諸国などで構成する国際法廷「欧州人権裁判所」(ECHR)は、クリミアのセバストポリ市の自然保護地区内の土地を所有する60人の市民が、当局の自然保護担当部局を相手として、ECHRに提訴した土地使用をめぐる行政訴訟で、原告の60人を「ロシア人」と認定した。これは、欧州諸国の国際裁判所であるECHRが、クリミアをロシア領と初めて認めた画期的な判断であると、ロシア系のメディア(fort-russ.com)が報じている。 (Is the EU closer to recognizing Crimea as Russia?) 欧州諸国は、これからNATOが瓦解していきそうなことにも対処している。米露首脳会談の開催決定と前後して、欧州諸国は、2種類の軍事統合を加速することを決めている。一つはEUの軍事統合(PESCO。Permanent Structured Cooperation on security and defence)であり、もう一つはEU軍事統合に入らない英国や北欧諸国などとEU(独仏伊西など)が安保で連携する新たな軍事協定EII(European Intervention Initiative)の立ち上げだ。「ドイツ帝国」の再来を感じさせる欧州軍事統合に対し、統合に参加しない英国や北欧諸国が懸念を感じていることを受け、マクロンのフランスが提唱して立ち上げたのがEIIだ。 (France Moves From EU Defense to European Defense) 欧州軍事統合はかなり前から模索されてきたが、欧州内にある「米国の安保の傘の下(=NATO)にいるだけの方が安上がりで良い」という軍産・対米従属的な考え方に阻止され、進展が非常に遅かった。今回、トランプが独仏との同盟関係を切りたがる一方、ロシア敵視の放棄につながる米露会談を画策する中で、欧州は対米従属(=NATO)に安住できなくなり、PESCOとEIIを急進展させることにした。 (EU green lights PESCO projects) トランプの米国がロシア敵視をやめるなら、欧州諸国もロシアとの敵対を扇動して自分たちを危険にする必要がなくなる。米国もEUもロシアと和解していく。ロシア敵視の道具として作られていたウクライナの米傀儡の極右政権は、米欧からの支援を失って潰れていき、ウクライナがもっと穏健・現実的・親露な政権に替わり、ロシア系のドンバス地方に自治を認め、ロシアと関係改善してウクライナ問題が収拾していく道筋が見え始めた。 (Amid Record Approval Ratings, Trump Set To Roll The Dice With Putin Summit In July) トランプの対露和解は、ソ連・ロシアの脅威を理由に戦後ずっと欧州に駐留していた米軍が撤退していく流れにつながる。欧州諸国は、米国に頼れなくなり、自力での防衛を迫られる。ロシアの脅威は誇張されなくなり、欧州とロシアの関係は今より良くなるだろうが、ロシアが欧州のすぐ隣にいる軍事大国であることには変わりがない。このため、北欧や東欧の諸国の中には最近、ロシアの脅威に対抗する自衛力を強めようとする動きがある。 (Why neutral, peaceful Sweden is preparing for war) 中立主義でNATO非加盟のスウェーデンは6月6日の国家記念日に、これまで50年近くやっていなかった2万人の予備役全員に招集をかける軍事演習を抜き打ちで実施した。5月には、戦争が起きたら何をすべきかを書いた冊子を、冷戦後初めて再印刷して全世帯に配布している。スウェーデン軍は昨年からNATOの軍事演習への参加も拡大した。ノルウェーやフィンランド、ポーランドなども防衛力の強化を進めている。これらは一見、軍産的なロシア敵視の加速のようにも見えるが、トランプの米国がロシア敵視を放棄して欧州から出て行こうとしていることを前提にすると、米軍が去った後の自国の安全を北欧諸国が考えていることが感じられる。 (War cry: Sweden mobilizes all its reservists for 1st time in 40 years) (Sweden marks national day with major military exercise) 米露首脳会談で話し合われて最も進展しそうな議題は、シリア内戦終結後の中東をどうするかということだ。シリアに駐留しているイラン系の軍勢に対してイスラエルが戦争を仕掛けることを、米露が協力して防ぎ、イランとイスラエルとの対立緩和からパレスチナ問題まで広げ、中東全域の今後についての話が、米露会談の具体的な議題として最大のものになる。このからみで最近クシュナーなどトランプの側近たちが中東を訪問し、イスラエルやサウジやヨルダンやエジプトとの話し合いを詰めている。 (Trump missing piece in Putin’s Syria plan) (Trump Is Working on an Israel-Palestine 'Deal of the Century' and Needs Putin's Cooperation) トランプは、中東の覇権運営をロシアに任せようとしている。これが米露首脳会談の大きなテーマになる。これはトランプの覇権放棄策だが、最初のきっかけを作ったのは13年、シリアの内戦の泥沼に米軍を差し向けるのがいやで、ロシアに頼み込んで丸投げしたオバマだ。米朝首脳会談で極東の米国覇権をひっくり返したトランプは、次に米露首脳会談で中東と欧州の米覇権をひっくり返そうとしている。トランプは、覇権放棄・軍産支配の破壊・多極化を、ものすごい勢いでやっている。トランプは、70年代の米中和解で極東をひっくり返したニクソンと、80年代の米ソ和解で欧州をひっくり返したレーガンという、共和党・多極主義的な大統領として先輩の2人を合わせたような大事業をやっている。 (シリア空爆策の崩壊) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) ビルダーバーグ会議の(元)出席者であるコンラッド・ブラック(カナダのマスコミ経営者)は最近、「トランプは、エスタブリッシュメントとの無血内戦に勝っている」と述べた。米欧の最上級のエスタブたちを集めて非公開の年次会議を開いてきたビルダーバーグは、エスタブそのものだ。そのエスタブ自身(しかもマスコミ経営者という軍産そのもの)が、トランプとの戦いで自分たちが敗けていることを認めている。 (Former member of the Bilderberg Group NWO Member Conrad Black: Trump is Winning a “Bloodless Civil War” Against the Establishment) (The Beginning Of The End Of The Bilderberg/Soros Era) また、トランプ敵視・ロシア敵視・濡れ衣政権転覆やり放題の軍産・エスタブの象徴である投資家のジョージ・ソロスも最近、トランプの世界革命が成功しつつあり、それと対照的にソロス好みの世界秩序が危機に瀕していることを認める発言をしている。ソロスとビルダーバーグについては、それぞれ書きたいことがある。それだけで壮大な裏読み覇権論になるので、改めて書く。米露首脳会談で、シリアやイスラエルなど中東の何がどうなっていくのかも、次回に回すことにする。 (Soros Steams That Trump's "Revolution In World Affairs" Is Succeeding)
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