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貿易戦争で世界を非米・多極化に押しやるトランプ

2018年6月8日   田中 宇

 6月1日、米トランプ大統領が、カナダ、メキシコ、EUから米国に輸出される鉄鋼とアルミニウムを「米国の国家安全にとって脅威」とみなし、最大25%という高率の懲罰関税をかける政策を発動した。課税理由の「国家安全への脅威」とは「敵性諸国からの輸入品に米市場が席巻されると国家安全が損なわれる」という意味だ。冷戦時代の1962年に作られたGATTの例外条項を活用した。カナダメキシコEUの3地域は米国の同盟国だ。カナダから米国に輸入された鉄鋼やアルミは米軍の兵器や装備にも使われており、米国の安全保障にむしろ役立っている。同盟国を敵国扱いして発動された今回の懲罰課税に対し、3地域は怒りを表明している。 (Get to Know Section 232

 カナダのトルドー首相は6月4日に「カナダは、第2次大戦で米国と一緒に(独日と)戦って以来、常に米国の国家安全に貢献してきた。それなのにトランプは、カナダ製品が米国の国家安全に脅威だと言って懲罰関税をかけてくる。これはカナダに対する侮辱である。許せない」という趣旨の悲嘆を表明した。だがトランプに相手にされなかったので、その後6月7日には、安全保障を理由にカナダ製品の輸入を罰するのは「馬鹿げたお笑い草だ」と辛辣な言い方に変わった。トルドーとトランプの対立もひどくなった。 (Trudeau: It's 'insulting' that the US considers Canada a national security threat) (Trump trade blasts send a chill over Canada

 トランプは、鉄鋼アルミに懲罰関税をかける政策を今年3月に決めた。政策を決めたものの、同盟国に対する敵国扱いが各方面から批判され、これまで3地域のほか、韓国や豪州、ブラジルなどの課税が見送られていた。日本や中国からの鉄鋼アルミには、すでに懲罰関税がかけられている。トランプは今回、政策決定から3か月間の検討期間(猶予期間)を経て、カナダメキシコEUとの貿易関係に改善がみられないとの理由で課税に踏み切った。当初は「国家安全への脅威という課税理由は、米国の敵である中国に向けられたものだ。同盟諸国も対象になっているのは、トランプがこれを貿易交渉の道具に使いたいからだ。真に受ける必要はない」といった解説が流布していた(今も流布している)。しかし、それから3か月たち、そのままの理屈でカナダメキシコEUが課税対象に加えられた。 (Three Reasons This Isn’t a Trade War

 同盟諸国を敵国扱いして懲罰関税をかけるのは、トランプの意図的な戦略だ。米国は従来、ドルの基軸通貨性を維持するため、積極的に米国市場を無関税で世界に開放し、対米輸出する諸国は輸出代金で米国債を買い込み、この需要が米国債の金利を下げ、米国が貿易と財政の双子の赤字を拡大してもドルと米国債による経済覇権が維持される仕組みだった。覇権放棄を隠れた主戦略としているトランプは、同盟諸国からの輸入に対する関税を引き上げることで、この仕組みを壊そうとしている。この点は、以前の記事でも分析した。 (自由貿易の本質とトランプ) (トランプの貿易戦争は覇権放棄

 今回の鉄鋼アルミ関税の問題点は、同盟諸国と米国の両方に経済損失をもたらすだけでなく、同盟諸国を敵国扱いすることによる政治的な損失が米国にとって大きい。同盟諸国の多くは、米国を信頼し続けることができなくなっている。トランプは、ドイツからの高級自動車などにも懲罰関税をかけることを検討している。このように次々と懲罰関税をかけると言いまくることで、同盟諸国は安心して米国と貿易できなくなり、戦後何十年も続いてきた対米輸出に依存する経済戦略を見直さざるを得なくなる。米国と各国との信頼関係が失われ、米国の覇権の力が下がっていく。 (House Republicans Try to End Trump's Trade War

 トランプが覇権放棄をやる理由は、01年の911事件以来、米国の上層部で軍事諜報界(軍産複合体)が世界戦略の運営権(覇権)を牛耳っている隠然独裁状態を壊すためだ(911は、冷戦終結によっていったん無力化された軍産が復権するための、事実上のクーデターだった)。オバマは、覇権を軍産の手から取り戻そうとしたが不成功に終わった。トランプは、覇権を取り戻すのでなく、米国が覇権を放棄して中露イランやEUなどに引き取らせ(押し付け)る覇権放棄・多極化・世界の対米自立化を、自らの隠れた主戦略としている。トランプの意図を見抜いた軍産側は、傘下のマスコミなどを使い、選挙戦段階からトランプをさかんに攻撃・中傷してきたが、トランプは負けていない。米朝会談、イラン核協定離脱、NAFTAやTPPからの離脱、それから今回の鉄鋼アルミ関税は、いずれもトランプの覇権放棄策である。 (米覇権の転覆策を加速するトランプ

 今回の懲罰関税と並び、5月8日に発表したイラン核協定からの離脱も、トランプの覇権放棄策だ。懲罰関税とイラン協定離脱は、とくにEUを対米自立に追い込むためのダブルパンチ的な戦略だ。いずれも、軍産から強い反対を受けずに、米国の覇権を削いで軍産の力の低下を引き起こせる。(イラン協定離脱は軍産の一部であるイスラエルが渇望してきた。懲罰関税は軍産の専門外である貿易分野) (A Middle East with No Master

 5月以降、米国がイラン協定から抜けてイランを再制裁すると言い出したため、EUがイラン協定に残ったままだと、イランと取引する欧州企業が米国に制裁される可能性が強まった。EUは、(A)米国抜きで露中とともにイラン協定を運営し続け、米国との対立も辞さず、米国からの制裁への報復や回避措置をとるか、(B)米国に追随してイラン協定から離脱するか、の二者択一を迫られて(A)の対米自立の道を選んだ。EUは、イランとの経済関係で得られる利得を重視したのに加え、(A)の方が国際法上、正しい選択だった。EUがイラン協定に関して対米自立の道を歩み始めたのを見計らったように、トランプは次の策として、懲罰関税をEUにかけてきた。 (トランプがイラン核協定を離脱する意味

 懲罰関税も、WTOが定めた自由貿易に反する国際法違反だ。イラン協定で、米国との対立を辞さず国際法遵守の道を選んだEUは、懲罰関税に対しても、同様の道を選んだ。EUは、どんどん米国との同盟関係から遠ざかっている。トランプがEUを対米自立に追いやっている。今回、懲罰関税をかけられたEUカナダメキシコの3地域のうち、トランプの戦略の標的としての「本命」は、イラン協定離脱とのダブルパンチとなっているEUだ。カナダとメキシコは、NAFTAについて米国との再交渉をまとめるのは無理だと両国に思わせるために懲罰関税の対象に入れられたと考えられる。 (Has the Western World Started Shunning America?

(7月1日にメキシコで大統領選挙が予定されており、その後、新大統領が就任する12月まで、NAFTAの再交渉ができなくなる。すでに年内の妥結は不可能だ。メキシコの大統領には、トランプと同様ポピュリズムに依拠して人気を集めているロペスオブラドルが勝ちそうで、その点もNAFTA再交渉を難しくしている。いずれトランプはNAFTAからも離脱するだろう。日独中韓などの製造業諸国が、メキシコに工場を作って米国に輸出するNAFTA型の貿易が不可能になる。米国は今よりさらに、世界の消費を担当する経済覇権国でなくなっていく) (Trump’s Mexico Problem) (In Dire Straits: Trump Stepping Up Pressure on EU Members Over Nord Stream 2

 EUの主導役であるドイツに対し、トランプ政権は最近ほかにもいろいろな「意地悪」をしている。米国は、ドイツなどがロシアと合弁で建設しているロシアから欧州への海底パイプライン「ノルドストリーム2」を作るなと圧力をかけている。米金融当局は、一昨年からドイツ銀行に嫌がらせを続け、米国での業務縮小に追い込んでいる。新任の駐ドイツ米大使リチャード・グレネルは、ドイツなど全欧の極右を鼓舞する発言を発し、極右の台頭とたたかうメルケルら独エスタブ勢力を驚愕激怒させている。米国務省の広報官(Heather Nauert)は6月6日のDデイ(連合軍が独軍に勝ったノルマンディー上陸作戦の記念日)に、Dデイの対独戦勝記念行事がドイツと米国の親密さの象徴であると、ドイツ人の神経を逆なでする発言を放った。などなど、トランプ政権はドイツへの意地悪を加速し、ドイツに困難を与えたり怒らせたりして、対米自立に押しやっている。 (Deutsche Bank’s U.S. Operations Deemed Troubled by Fed) (米司法省が起こしたドイツ銀行の危機) (US ambassador Richard Grenell should 'reconsider role' after Europe comments: German lawmaker) (US State Dept Cites D-Day as Example of ‘Strong Relationship’ With Germany

 敗戦国であるドイツは日本同様、米国に理不尽なことを言われても、できるだけ対米従属していくのが国是だった。米国のレーガン政権(トランプの先輩にあたる隠れ多極主義者)にけしかけられて独仏国家統合のEUの主導役になった後も、ドイツの上層部は対米従属派、軍産傀儡に満ちていた。ドイツだけでなく、世界中の親米諸国が似たような状態だ(戦後の米国覇権は「CIAのスパイ」が親米諸国の大統領や国会議員、高級官僚、権威ある学者や記者になることで維持されてきた)。親米諸国の傀儡性のおかげで米覇権は、イラク侵攻など、米国がこれみよがしに国際法違反をやって一時的に世界が反米感情で席巻されても、何か月かすると忘れられ元に戻る「蘇生力」があった。この蘇生力こそ軍産(深奥国家、国際諜報ネットワーク)の底力であり、そのせいでニクソン以来の多極主義者たちは苦労してきた。 ("The World Is On Fire": Merkel Warns Of Unprecedented Disasgreement At G7 Summit) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ

 今回、ドイツを筆頭に、親米諸国(西側国際社会)は、トランプから理不尽な仕打ちを受け続け、6月1-2日に開かれたG7の蔵相会議では、米国以外の6か国(G6。独仏伊加英日)がトランプの懲罰関税策を批判し、G7史上かつてない対立構造が表面化した。G7は「G6+1(米国)」になったと言われ始めた。これまで対米批判を避けてきた独メルケル、加トルドーといった首相たちが、公然とトランプの米国を批判し始めている。 ('G6 plus one': Frustration with US grows ahead of G7 summit

 トランプの懲罰関税は、韓国や豪州といったG7以外の親米諸国が特例的に除外されている半面、G7諸国はすべて課税対象とされている。トランプはG7を壊すために懲罰関税を課していると考えられる。G7は、ニクソンの71年の金ドル交換停止によって基軸性が破壊された後のドル(=米国覇権)を立て直すため、当時米国と並ぶ経済力を持ち始めた日独や、その他の西側親米諸国が、為替市場介入などドル支援の策をやるための「ドル・米覇権の支援機関」として創設された。米覇権を自滅させたいトランプが、G7の解体を狙うのは当然だ。 (Merkel sees ‘contentious’ G7 summit with Trump

 トランプの理不尽な策略が奏功し、G7はG6+1に変身した。ドイツのマルムストローム通商担当は、米国の貿易政策に反対する諸国の国際団結をめざすとぶち上げている。親米諸国が反米諸国になる勢いだ。リーマン危機の直後とか、イラク侵攻の前後に匹敵する、米覇権体制の崩壊感が感じとれる。しかし、親米諸国の反米的な勢いや方向性がいつまで続けられるものなのか、怪しい感じもする。G6の指導者たちは「世界が米国を批判し続ければ、トランプが理不尽な策を引っ込めるだろう。そのための反米戦線だ」と示唆している。だが、トランプの理不尽策は、親米諸国を反米に押しやるための意図的なものだ。世界が米国を批判するほど、トランプはほくそ笑み、理不尽策を拡大する。 (EU trade chief marshals leading world economies against Trump) (Why Angry Europeans Won’t Isolate Trump at G-7 Summit

 仏マクロンが、トランプとの電話会談で懲罰関税を強く批判しつつ説得を試みたたところ、トランプは激怒して強く拒否し、会談は失敗した。若いマクロンは、トランプが批判を受け入れて説得に応じるだろうと正攻法で考えたが、トランプはそうでなかった。親米諸国がトランプを変えることは不可能だ。トランプは就任後の1年半で、米政界内の反対派(軍産傀儡)からの攻撃を打破しており、米政界の反対派と組んでトランプを変えるのも無理だ。 (Trump and Macron’s ‘terrible’ phone call: report

 親米諸国がトランプを変えて、再び米市場に無関税で入れるようにする道はない。トランプ政権が続く限り、親米諸国は理不尽な扱いを受け続ける。この難局から逃れるには、親米諸国が米国依存をやめて「非米諸国」に変わるしかない。経済面では、米国以外の市場との関係を拡大するしかない。まず思い浮かぶのは中国やインドだ。EUは、中国との経済関係の強化を急いでいる。安保面では、NATOなど対米従属・ロシア敵視の機関からの自立が必要だ。トランプがEUを対米自立に押しやるのと同期して、ドイツとフランスはEUの軍事統合を前進させることで話をまとめつつある。 (Merkel voices support for Macron's proposed European defence force

 政治経済いずれの対米自立も、EUはかなり前から手がけているが、なかなか進まなかった。これまでは政治的に米国覇権が絶対的だったし、経済面でも成熟した巨大市場は米国だけだからだ。中国など新興市場が、世界からの輸出を吸収するには時間がかかる。事態はなかなか変わらない。政治家の口先以上の実質的な変化をG6諸国が本気でやる気なのかどうかすら、何か月か経ってみないとわからない。 ("The Old Order Is Over": Trump To "Confront" G-7 As Macron Plans On "Standing Up" To US President

 長期的に、EUはいずれ立ち上がる多極型世界における「極」の一つになりうる。日本は、米国抜きの海洋アジア(TPP11)の主導役になりうる。何もしなければ、中国の「東方の小島」に戻る。だが、カナダは米国に近すぎる。カナダは経済的にも安保的にも、米国と無関係に存在できない。これらの国々の国家戦略が今後どうなっていくか、まだ不確定が大きいが、トランプ政権が続く限り、米国は、親米諸国を対米従属から手荒く引き剥がし続ける。 ("We Cannot Defy The US": European Refiners Fold To Trump, Will Stop Buying Iran Crude

 独仏やカナダはさかんに米国を批判し、英国も弱々しくだが米国を批判した。日本は、G6の中で最も米国批判が少ない。独仏やカナダでは、国民が反米感情を募らせている。対照的に日本では、国内の反米感情に火がつかないよう「トランプの課税による悪影響は少ない」と強調する報道が流布している。本来、悪影響の多寡にかかわらず、この関税はWTO違反であるだけでなく、日米間の安保面の信頼関係を損なう侮辱的なものだ。だが日本はいまだにプライド皆無の対米従属一本槍なので、米国に抗議する国民的な動きを作るのでなく、逆に、米国に抗議したくなる感情を国民に持たせないよう、報道の論調が操作されている。米国による侮辱に対して「見えないふり」をしている。日本人のほとんどは、世界で起きていることの本質を全く知らされていない。

 トランプの懲罰関税のもう一つの大きな対象国は中国だが、今回は書ききれない。中国は、米国から大豆などを追加輸入して米国にカネを流す見返りに、懲罰関税をやめてもらう買収作戦を採っている。最終的にこの戦略も失敗させられるだろうが、今のところ断続的に交渉が行われている。



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