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トランプの貿易戦争は覇権放棄

2018年3月4日   田中 宇

 3月1日、トランプ大統領が、全世界から米国に輸入される鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税をかけることを発表した。輸入品におされて不振が続く国内の製鉄業を立て直して雇用増にする「米国第1主義(経済ナショナリズム)」の実現(による中間選挙や次期大統領選挙での勝利)と、中国やロシアなどからの輸入品に席巻されることによる安全保障面の懸念から、これまで非関税だった2品目に課税することにしたという。 (The Foolishness Of Trump's Steel Tariffs In One Simple Chart

 関税の発表後、米国や日本などの株価が下落した。新関税は、世界各国の政府と、米国のマスコミや政財界で評判が非常に悪く、各方面から強く批判されている。批判の多くは妥当なものだ。まず、今回の関税は米国の雇用と経済成長にプラスだというトランプ政権の主張は間違いだ、という批判がある。それは、先例からみて正しい。 (Donald Trump Girds for a Trade War (and He Just Might Get It)

 米政府は、2002年のブッシュ政権も輸入鉄鋼に最大30%の関税をかけたが、課税直後から、輸入鉄鋼の価格が課税された分だけ値上がりし、米国の製鉄業界はそれに便乗して値上げするだけで、増産も雇用増も少なかった。鉄鋼を使う側の自動車業界などは、自分らの最終製品(たとえば自動車)の価格を値上げするわけにいかないので、鉄鋼が値上がりした分、他の分野で費用削減せざるを得ず、人件費を減らすために鉄鋼を使う側の業界(自動車、造船航空電機などの製造や建設業)の全体で5万人が解雇され、米経済は成長するどころか逆に1年間で40億ドルの損失を被ったとする報告書が出されている。米国の製鉄業は14万人しか雇用していないが、鉄を使う側の産業は650万人を雇用している。02年の鉄鋼関税は、失策とみなされて1年9か月後に撤廃された。 (The Steel Follies Redux

 トランプは16年の大統領選で、鉄鋼や自動車などの製造業がすたれて長く経済難のイリノイ州など「ラストベルト(錆びた地帯)」の人々(もともと民主党支持)に「製造業を復活してやるからオレに投票しろ」と説いて支持され、当選した。その流れから見ると、製造業の象徴とも言うべき鉄鋼やアルミに対する新関税は、今秋の中間選挙(議会)で、トランプや共和党を有利にする宣伝効果がありそうだ(すでに述べたように、実は製造業の雇用を増やさないだろうが、有権者の多くはそこまで考えない)。新関税は政治的な効果がある。だが、経済効果はマイナスだ。 (米大統領選と濡れ衣戦争

 トランプ政権が、新関税のもうひとつの理由として挙げている「安全保障」の面もインチキだ。米国が輸入する鉄鋼のうち、中国からの輸入は全体の2・2%のみだ。ロシアからは全体の8・7%を占めている。鉄鋼は世界的に供給過剰で余っている。ロシアや中国が米国を困らせようと鉄鋼の対米輸出をやめても、日韓カナダなど、他の国々からいくらでも輸入できる。国内製造にこだわる必要がない。高関税をかけて輸入を抑止するのは安全保障上も意味がない。 (Trump’s Tariffs Rile Allies and Threaten Global Cooperation

 今回の新関税は、中国ロシアだけでなく、世界中からの鉄鋼アルミ輸入に課税する。米国の鉄鋼輸入先の上位は、カナダ(輸入総量の16%)、ブラジル(13%)、韓国(10%)、メキシコ(9%)で、いずれも米国と仲の良い国々だ。トランプの鉄鋼関税は、中国やロシアといった「敵国」よりも、カナダや韓国といった「同盟国」に大きな打撃を与える。加えて、米国の製鉄業が作って輸出する鉄鋼のうち、約半分がカナダに輸出されている。カナダ政府がトランプへの報復として、米国からの鉄鋼に課税して輸入を急減したら、米国の鉄鋼業は大きな打撃を受ける。EUや韓国はWTOへの提訴を検討している。WTOがトランプの関税を不正とみなすと、米国の輸出産業が被害を受ける。国際戦略として、トランプの新関税は馬鹿げている。 (Trump’s Tariff Folly

 EUは、トランプの新関税への報復として、ハーレーダビッドソンのバイク、バーボン、リーバイスのジーンズといった、米国文化を象徴するような製品群への関税課税を検討している。トランプが経済ナショナリズムをふりまわして不当な関税をかけるなら、その報復として米国のナショナリズムを感じさせる製品群に関税をかけてやるぞ、という趣旨だ。こうしたEUの対抗姿勢に対し、トランプは、EUが対抗してくるなら、米国はさらなる対抗措置として欧州車に懲罰的な関税をかけるぞとツイートしている。同盟国であるはずの欧米間で、貿易戦争が始まりそうになっている。 (EU says it will hit back at Donald Trump with tariffs on Harley Davidsons, Bourbon whiskey, and Levi’s jeans) (Trump Threatens Europe: "We Will Apply A Retaliatory Tax On Their Cars"

 鉄鋼アルミ以外の米国の産業界の経営者の多くは、トランプの新関税はマイナス面が大きいと考えて批判的だ。米国の覇権運営を担ってきた軍産複合体も、日韓カナダEUなどの同盟諸国に迷惑をかける新関税を嫌っている。トランプの側近たちの中で新関税に賛成なのは、ロス商務長官とライトハイザー通商代表、通商担当のナバロなどだが、ロスは製鉄所を保有し、ライトハイザーもロビイストあがりで、いずれも私利私欲から賛成した感じだ。 (The Steel Follies Redux

 軍産の牙城である国務省と国防総省のトップをつとめるティラーソンとマティスは、いずれも新関税に反対してきた。マスコミも軍産の傘下なので反対論が強いのは当然だ。トランプと側近陣の中で、新関税の発表直前まで決行するかどうかもめ続けたらしく、当日の朝に「新関税は延期された」と誰かがマスコミにリークし、それが喧伝されたものの、数時間後には予定通り新関税が発表された。

▼米国から邪険にされた貿易黒字国が保有米国債を売り、米金融を崩壊させる

 鉄鋼やアルミは多くの国が製造しており、わざわざ世界を敵に回して米国内の産業を保護する必要がある分野でない。保護するなら、もっとハイテクな分野にすべきだ。トランプはなぜこんな馬鹿げた政策を、世界の反対を押し切ってやるのだろうか。同種の疑問は、トランプが米国第一主義・経済ナショナリズムの具体策として、NAFTAやTPP、米韓FTAなどの自由貿易体制を壊したがっていることに関しても発生している。 (National Security Is a Good Reason for Protection. But Not of Steel and Aluminum

 私の記事を長く読んできた読者は、すでに答えをご存知だろう。トランプは、米国が背負ってきた世界覇権を放棄するために、世界が米国に対して愛想を尽かし、米国に頼らない世界運営を各国がやるよう仕向ける覇権体制の転換策として、これみよがしに自由貿易体制を壊している。米国第一主義は「世界(覇権運営)は二の次」という意味だ。トランプは馬鹿だからこれらの策をやっているのでなく、意図的にやっている。 (NAFTAを潰して加・墨を日本主導のTPP11に押しやるトランプ

 保護主義的な関税の対象として鉄鋼などを選んだのは、ラストベルトの有権者のトランプ支持を維持拡大し、中間選挙や次期大統領選挙に勝つことにつなげられる政治的な品目だからだ。トランプは、自分の政治生命を維持しつつ、覇権放棄・多極化を進めていきたい。トランプがお門違いな保護主義を強行し、世界が米国支配に愛想を尽かすほど、米覇権を運営してきた軍産複合体の影響力が低下し、軍産によるトランプ潰しも失敗する。

 トランプの米国が、鉄鋼など保護する意味が低い分野の製造業にこだわって保護している間に、中国は、人工知能や航空宇宙、電気自動車、バイオ技術など、これから発展する製造業分野において、世界を制覇する戦略「メイドインチャイナ2025(中国製造2025)」などを進めている。中国はもはや「発展途上国」でなく「先進国」である。中国とドイツは最近、両国の製造業のハイテク化計画である「中国製造2025」と「インダストリー4・0」を相互乗り入れして連携する動きを開始した。ドイツ・EUは、米国との間で、鉄鋼や自動車やバーボンやジーンズといった古い品目の製造業で喧嘩をする一方、中国との間で、製造業の最先端分野で協力を深めている。 (China, Germany set 11 innovation platforms to strengthen cooperation) (世界資本家とコラボする習近平の中国

 ドイツやEUは経済面で、すでに米国より中国を重視している。トランプが就任以来続けてきた、お門違いで時代遅れな産業保護政策にこだわり続けるほど、米国は世界経済の進展から取り残されていく。中国が、世界の最先端になっていく。そんな中、ドイツは米国よりも中国と組むようにしているのに、アジア太平洋の日本やオーストラリアやカナダは、依然として米国最重視・中国敵視でやっていくのか??。そんなはずはない。日本の安倍政権は昨年来、表向き中国敵視を続けているように見せかけつつ、中国との協調関係の強化に力を入れている。豪州も、中国のスパイに入り込まれていることを懸念しつつ、中国を重視せざるを得ない。米国が保護主義になるほど、中国が、世界の貿易規範を決める国、つまり世界的な経済覇権国になる。 (Japan’s Belt and Road Puzzle, Decoded) (Japan’s TPP Architect Warns China Could Set Global Trade Rules

 トランプが保護主義策を強行して世界との貿易対立が深まると、世界の側は、これまで米国との協調的な貿易関係を前提に保有してきた巨額の米国債を手放すようになり、米国債金利が高騰し、米国の金融システムが危機に陥りかねない。中国、日本、ドイツなどの対米貿易黒字国は従来、対米輸出で儲けた貿易黒字のドルを使って長期米国債を買い、米国の長期金利の安定に貢献することで、貿易不均衡を米国に容認してもらってきた。 (China Weighs Slowing or Halting Purchases of U.S. Treasuries) (China Downgrades US Credit Rating From A- To BBB+, Warns US Insolvency Would "Detonate Next Crisis"

 だがトランプは、貿易赤字が続くことを強く嫌い、保護主義策を展開している。対米貿易黒字を容認されなくなった国々は、中国も日本も米国債の保有を減らし始めており、指標となる10年もの米国債金利は危険水域の3%をわずかに下回るところまで上がってきている。中国政府は表向き、米国債を売らないと言っているが、中国政府の上層部では、米国債を売り放つべきだという対米強硬論が出ている。中国政府系の債券格付け機関である大公は今年1月、米国債を格下げした。これは、中国が米国債を持ちたがらなくなったことを示している。中国は、米国債を売って米国の金融システムを破壊するという「金融核兵器」を持っていることになる。 (The "Nuclear Option" In Global Trade Wars: Dumping US Treasuries... But Will They?) (China denies it intends to reduce US Treasury purchases



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