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米朝会談の謎解き

2018年3月14日   田中 宇

 私は以前、左翼的な文在寅政権の韓国が、北朝鮮と和解することを優先し、平昌五輪終了後、今年の米韓軍事演習の中止を決めるのでないかと予測していた。トランプの米国は最近まで、北に対して先制攻撃や制裁強化といった好戦的な強硬姿勢しかとらず、北を敵として実施する米韓演習も、五輪後に予定通りやると言っていた。 (急に戦争が遠のいた韓国北朝鮮) (North Korea: US military drills harm reconciliation

 だが韓国政府としては、せっかく五輪外交で南北の和解ムードが醸成されたのに、米国の言いなりで北敵視の軍事演習を実施すると、北が激怒し、南北関係が敵対に戻ってしまう。北との和解を目標にしてきた文在寅は、和解の好機を逃さず、米国との関係を悪化させても、今年の米韓演習の中止を一方的に発表するのでないかというのが私の予測だった。 (五輪で和解する韓国北朝鮮、わざと孤立する米国) (South Korea, US ‘to resume joint drills in early April’ despite warning by North

 だが実際には、五輪終了直前の2月20日、韓国政府は今年の米韓演習を予定通り4月末に実施すると発表した。不可解に思っていると、北朝鮮の金正恩は3月5日、南北首脳会談の露払いとして平壌を訪問した韓国代表団に対し、米韓が予定通り今年の軍事演習を実施することについて承知していると表明した。金正恩は、2月9日の五輪開会式に妹の金与正を派遣した時点で、与正から韓国側に、今年の米韓演習を予定通りやっても良いと伝えさせたのでないか。そうでなければ、北の顔色をうかがいつつ五輪外交を展開してきた韓国政府が、2月20日に米韓演習の実施を発表するのは奇妙だ。 (N.K. leader expresses understanding about S. Korea-U.S. military drills: Seoul) (South Korea, U.S. to continue joint military drills

 金正恩が了承したので、今年の米韓演習が予定通り行われることになった。これは私にとって計算外だった。しかし、これまでさんざん米韓演習を北への宣戦布告に等しいと非難してきた金正恩が、なぜ突然ものわかりよく演習の実施を了承したのか??。この新たな不可解は、3日後に解けた。韓国代表団は3月5日に平壌で金正恩と会った後、米国に飛び、3月8日にトランプに対し、金正恩からの伝言を伝えた。それは「米国が北の国家安全を保障してくれるなら核兵器を全廃する」「そのための米朝首脳会談を開きたい」という提案だった。トランプは即座にこの提案を了承し、5月に史上初の米朝首脳会談が開かれることになった。 (And Now For The Good News : Justin Raimondo

 おそらく金正恩は、自分がトランプに首脳会談の開催を提案したら、トランプが了承することを事前に予測していたのだろう。北朝鮮にとって米朝首脳会談の実施は、99年のクリントン政権の末期にあと一歩で開けなかった時以来の20年間の悲願だ。米朝首脳会談を開けるなら、軍事演習の1つや2つ、どうぞご自由におやりくださいというのが金正恩の姿勢だろう。 (Advancing Ties, North Korean Leader Makes Agreement With South

 上記の私の分析の当否は、今回の米朝首脳会談が、いつ誰によって発案され、具現化するまでにどのような経緯を経たのかによって変わってくる。たとえば、3月5日の韓国代表団の訪朝時に金正恩が突如思いついて韓国側に提案したのが事実なら、私の分析は間違いになる。しかし、それまで文在寅がいくら南北対話や南北の五輪共催を提案しても全く無視していた金正恩が突然、五輪に北の選手団を派遣すると発表したのは今年の元旦の演説だ。 (北朝鮮の核保有を許容する南北対話

 金正恩は、米国が敵対姿勢である限り、韓国と対話して軍事的に譲歩するのは米国にやられやすくなるのでまずいと考え、昨年中は文在寅からの対話提案を無視してきた。突然、五輪に出ると言って南北対話に応じ始めた元旦の時点で、すでに金正恩は米朝会談への道を目指していたはずだ。

 別の見方として、今回の米朝会談への道を実現した裏方(黒幕)は文在寅の韓国だというのがある。韓国の代表団が、平壌とワシントンをシャトル外交して米朝双方を説得し、首脳会談の実現にこぎつけたという筋だ。しかしすでに述べたように、昨年末まで、北は韓国からの和解提案を全く無視していた。韓国が黒幕であるなら、元旦の時点で、韓国はトランプから「金正恩に会っても良い」という感触を得て、それを北に伝えて信用させておく必要がある。元旦のころは、まだトランプが今にも北を先制攻撃しそうな演技をしている最中だった。韓国黒幕説は無理がある。 (The Man Behind the North Korea Negotiations

▼トランプが金正恩に、五輪外交で韓国と仲良くしたら首脳会談してやると伝えてあったとか??

 私の推論は「トランプ黒幕説」だ。覇権放棄屋・隠れ多極主義者のトランプは、米国主導の北問題解決でなく、韓国と北朝鮮が中国やロシアの助けを借りつつ、米国抜きで対話して北問題が解決していくのが良いと考えている。米国自身が北と対話してしまうと、北問題解決後も朝鮮半島の面倒を米国が見なければならなくなる。ビル・クリントンまでの米国はそれで良いと考えていたが、ブッシュやトランプの米国は、朝鮮半島の先々の面倒を見るのは米国でなく中国だと考えてきた。トランプは北と対話したくないので敵視し続けていた。

 だが北は米国との対話を望み、韓国からの対話提案を無視していた。トランプは文在寅から「北は米国との和解が前提でなければ韓国とも対話してくれない。五輪にも出てくれない」と相談を受け、北に対して秘密裏に「平昌五輪に出て韓国と仲良くするなら、そのあと米朝対話しても良い」と伝えたのでないか。北は元旦に突然態度を変え、五輪に出ると宣言した。韓国は突如、北から対話を許され、10日後に北選手団の五輪派遣をテーマに念願かなって久々の南北対話が開かれ、トントン拍子に五輪外交が進んだ。

 金正恩は文在寅に南北首脳会談を提案し、4月に板門店で会談することになった。南北首脳会談の詳細を決めた韓国代表団の平壌訪問の席上、金正恩は韓国側に「このあとワシントンDCに飛んでトランプに(約束通り)米朝首脳会談をしてくれと伝えてほしい。米国が我が国の国家安全を保障してくれるなら核兵器を廃棄するし、もう核やミサイルの実験もしないと約束するから」と依頼した。3月8日、韓国代表団が訪米すると、トランプは韓国側の説明を途中でさえぎり、金正恩と会うことを即答した。 (Trump Is Making Diplomacy Great Again : Justin Raimondo

 マスコミなどでは、北が本当に核兵器を廃棄するのかどうか、廃棄したと宣言しつつ一部を隠し持つのでないかといった懸念が渦巻いている。北が核を隠し持つ懸念が残る限り、北は核を廃棄したと認められず、米国が北の国家安全を保障したり米朝の国交を正常化したりできないので、5月の米朝首脳会談は失敗する、という論調だ。米国は以前、北朝鮮やイラク、イランなどに対し、核など大量破壊兵器を隠し持つ懸念を全て潰す廃棄方法「完全で検証可能、不可逆的な武装解除(CVID)」を要求していた。「米国と中国が、北朝鮮が核のCVIDを履行するまで経済制裁を解かないことで合意した」という報道も3月10日に流れている。 (Trump, Xi commit to dialogue, denuclearisation - White House

 フセイン政権のイラクは、米国主導の国連からCVIDを求められ、大量破壊兵器を持っていないのに「まだ持っているはずだ」とイチャモンつけられた挙句、侵攻されて潰された。それ以来CVIDといえば、米国が気に入らない国を潰す時のやり方として知られている。90年代にいったん核廃棄に応じた北朝鮮が、その後、核兵器開発を再開したのは、米国がCVIDを求めている以上、核廃棄しても米国に許されることはなく、それならいっそ核保有して抑止力を持った方が良いと考えたからだ。北が核武装したのは米国のせいである。 (北朝鮮問題の解決が近い

 今後、米朝首脳会談で「北が核廃棄するなら、米国が北と和解し、北の国家安全を保障する」と合意したとしても、その場合の「北の核廃棄」が米国から無限に査察を求められイチャモンつけられ続けるCVIDを意味するなら、北は途中で「これ以上無理だ」と言って席を立ち、米朝和解も途中で頓挫する。トランプが金正恩と会って和解的な共同声明を出しても、軍産が席巻する米議会が北と和解(国交正常化)する条約を批准しなければ話が進まない。かつてニクソンが中国と和解した時も、米議会が米中の国交正常化を批准するまで7年かかっている。 (How a Donald Trump-Kim Jong Un Summit Scrambles the Calculus for Key Players

 だが現実を見ると、米国側には事態を放置する余裕などない。米国側がCVIDにこだわって北核問題を解決せず放置すると、北はやがて核やミサイルの開発・実験を再開し、米本土を核攻撃できる能力を高めていく。今後、北が本格的な核抑止力を持つほど、北を譲歩させるのが難しくなる。北核問題の軍事的解決(=先制攻撃)は韓国を壊滅させるので、軍産すら望んでいない。トランプは、仇敵である軍産を脅すために「北を先制攻撃するぞ」と叫んでいたのであり、本気ではない。米国は、北と首脳会談して緊張関係を緩和するしかない。トランプが決めた首脳会談に対し、米マスコミでの反対論が意外と強くないのはこのためだ。 (Give Trump Credit for the North Korea Opening

 トランプと金正恩が会い、和解的な共同声明を出しても、米議会は条約としての米朝和解を批准しないかもしれない。だが条約がなくても、米朝首脳が和解的な共同声明を出すだけで、米朝の対立は大きく緩和される。米朝は味方でないが敵でもない状態になれる。それだけで北朝鮮が米国から受ける脅威が大きく減り、米国を気にせず南北が和解できるようになる。南北が和解すると、在韓米軍の必要性も低下する。トランプはすでに北朝鮮問題を解決するカギを握っている。 (Trump's Opening to North Korea Is No Surprise

▼軍産に介入されぬようトランプは米国務省を外して韓国政府を事務方として使い、国務長官も入れ替えた

 米政府で外交を担当するのは国務省だが、国務省は軍産複合体の一部だ。トランプが米朝首脳会談を行うに際しての事務方を国務省に任せていると、国務省はトランプにわからないように妨害工作を行い、会談が行われないという結末になりかねない。そのためトランプは、米朝会談に至る事務方の仕事を、米政府の国務省でなく、文在寅の韓国政府にやらせてきた。

 トランプは、駐韓国の米国大使すら置かずに空席にしており、米国務省(軍産)が今回の首脳会談の決定過程から徹底的に外れるように仕向けた。今回3月8日、米大統領府で、トランプが金正恩からの提案を承諾して米朝首脳会談が行われることになったという記者発表おこなったのは韓国政府の代表団であり、トランプ政権の要人は参加していない。 (Kim to Trump: Let’s Make a Deal

 トランプは、首脳会談までの期間をできるだけ短くして、米国務省が会談の準備と称して介入してくるのを防いだ。トランプは、韓国代表団の説明を聞くと「今すぐ米朝会談をやろう」と言ったが、韓国側が「4月の南北首脳会談を先にやらねばならない」と指摘し、米朝会談は5月に決まった。その後、トランプは自分で大統領府の記者会見室に行き、まもなく重要発表があると記者団に伝た。マスコミ(=軍産傘下)が嫌いなトランプは記者室に来たことがなかったので、記者団の方が驚いた。軍産系の側近陣が動いて「もう少し良く検討してから発表した方が良い」という話にして米朝会談が葬り去られるのを防ぐため、トランプは早々と記者団に伝え、韓国人に記者会見させた。すべてが前代未聞だった。 (Trump on Kim Talks: ‘Tell Him Yes’) (Kim is willing to dismantle nukes, South Korea says

 史上初の米朝首脳会談の決定から5日後の3月13日、トランプは国務長官をティラーソンから、CIA長官をしてきたポンペオに交代させると発表した。これも、国務省内の軍産陣営と良い関係を築き、国務省を代表する形でトランプに異論を発していたティラーソンを辞めさせ、トランプのいうことを何でも聞いて国務省の高官たち(軍産)を無力化するポンペオを国務長官にすることにした (Rex Tillerson and Mike Pompeo on North Korea

 北朝鮮に対する姿勢は、ティラーソンの方が穏健で「北は米国の敵でない」と言い続けてきた。ポンペオは、トランプと同様「北への先制攻撃も辞さず」「米国は北に一歩も譲歩しない」と、ネオコン的な好戦発言を繰り返してきた。この点を見ると、トランプの米朝首脳会談の事務方としては、ポンペオよりティラーソンの方が適役に見える。だが、国務省など軍産の目的は、北朝鮮と米韓を恒久対立させ、在韓米軍を恒久駐留することだ。トランプが、本気で北を軍事攻撃しそうな素振りを見せてきたので、それを薄めるために、国務省はティラーソンに「米国は北の敵でない」と言わせてきた。今後、一転してトランプが北と対話すると、国務省や米マスコミなど軍産は「北は核廃棄を約束通りに履行していない」と言い出すだろう。 (Donald Trump Gambles on North Korea and Kim Jong Un) (Trump, by Firing Head Diplomat, Recasts U.S. Foreign Policy

 ポンペオは「北が約束を履行しない場合、容赦しない」と言っているが、彼が言う「約束」とは、北が米朝会談まで核やミサイルの実験を凍結し続けることであり、北がその約束を守るのは難しくない。トランプやポンペオは、見かけ上の態度が好戦的だが、内実は甘々だ。 (CIA's Pompeo on North Korea talks: "This administration has its eyes wide open"

かつてレーガン大統領は側近陣に好戦派(若い時代のネオコンたち)を配置し、当初ソ連を「悪の帝国」と呼んでことさら敵視したが、最後はソ連と決定的に和解し、軍産が永続化したかった冷戦構造を終わらせた。トランプにとって今回の米朝首脳会談の決定は、レーガンがゴルバチョフとの会談・和解を決定した「レーガン・モメント(レーガン的な瞬間)」である。ネオコンも、ネオコン的なトランプも、その手下を演じるポンペオも隠れ多極主義者だ。



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