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安倍とネタニヤフの傀儡を演じたトランプの覇権放棄策

2017年12月20日   田中 宇

 1か月ほど前に「安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ」と題する記事を書いた。米国のトランプ大統領が11月に日本などアジアを歴訪した際、米政府は、これまで使っていた「アジア太平洋」という地域的な呼び名を「インド太平洋」に変えた。同時に、米国、日本、豪州、インドという「民主主義」の4か国が、独裁的な中国を包囲する中国包囲網的な安保共同体を構成することも打ち出した。しかし、この4か国の中国包囲網を「インド太平洋」の概念として打ち出したのは米国の発案でなく、07年に日本の安倍首相が打ち出したものの焼き直しだった。トランプは、日本の安倍政権の中国包囲網戦略を、そのまま米国の戦略として使い始めている。 (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ

 今回、1か月前に書いた記事を取り出したのは、12月6日にエルサレムをイスラエルの首都と認めると宣言したことなど、中東和平に関するトランプの一連の動きが、ネタニヤフ政権のイスラエルのパレスチナ占領戦略を、そのまま米国の戦略として使っていることと、やり方が合致しているからだ。トランプが12月6日のエルサレム首都演説で語った内容は、ネタニヤフがこれまでに言ってきたことと、そっくり同じだった。米国がパレスチナ自治政府やアラブ諸国などに提案した中東和平の「クシュナー案」は、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地を撤去せず、残りの地域とガザだけでパレスチナ国家を作るもので、イスラエルが求めてきたこととほとんど同じだ。 (トランプのエルサレム首都宣言の意図

「インド太平洋」4か国による中国包囲網は、トランプ政権の東アジアに対する基本戦略となっている。同様に、エルサレム首都宣言やクシュナー案は、トランプ政権の中東に対する基本戦略だ。トランプは、東アジアにおいて日本の戦略を、中東においてイスラエルの戦略を、そのまま米国の基本戦略として使っている。トランプは、東アジアの戦略で安倍の言いなりで、中東の戦略ではネタニヤフの言いなりになっている。米国は、世界を率いる立場にある覇権国なのに、東アジアと中東において、地域の国の言いなりになり、米国自身が率先して戦略を発案して動くことをしなくなっている。これは異様な状態だ。 (Trump on Jerusalem: a quintessential Netanyahu

 日本もイスラエルも、覇権国である米国を使って、自国の利益になることをやらせようとしてきた。日本は、米国が中国を永遠に包囲して台頭を抑止してくれれば良いと考えてきた。イスラエルは、米国がイスラエルによる西岸占領を容認するとともに、イスラエルにとって最大の脅威となったイランを米国が潰してくれれば良いと考えてきた。だがトランプは、日本やイスラエルの傀儡になるふりを演じつつ主従を逆転させ、日本やイスラエルにとって不利な状況を出現させている。 (Farewell Uncle Sam, hello Uncle Donald

▼米国抜きなのでおざなりになる中国包囲網

 安倍の戦略である「インド太平洋(戦略ダイヤモンド)」は、07年に米国から、日本も何か中国包囲網的な戦略を作って主導しろと言われ、おざなりで作ったものだ。わざわざ米国が使うようなものでない。日本の願望は永遠の対米従属であり、中国包囲網を主導することでない。しかし11月のトランプ歴訪に際し、トランプは、米国に中国包囲網を作らせたい日本の希望を逆手にとって、昔の安倍が作った「インド太平洋」の中国包囲網戦略を引っ張り出してきて「シンゾーの案に沿って中国包囲網をやろう。シンゾーが4か国をまとめてくれ」と強引に提案し、日本に主導役を押し付けた。 (Trump gives glimpse of ‘Indo-Pacific’ strategy to counter China

 その後、12月13日に、インドのニューデリーで、インド太平洋の戦略会議が開かれた。だが米国は参加せず、日印豪の3か国会議として行われている。日本は対米従属の一環として、米国に中国包囲網を主導してもらい、日本はそこに追随したかったのに、トランプの謀略によって、日本が米国抜きで、インドと豪州を誘って中国包囲網を主導するかたちをとらされてしまっている。米国は全く参加しないわけでないが、今後もおざなりな参加しかしないだろう。 (India, Japan & Australia firm up partnership for free and open Indo-Pacific region

 実質的な米国抜きの状態では、日本もやる気が出ないので、3か国で会議を開いても、通りいっぺんの中国批判を表明して終わるだけだ。プロパガンダ機関と化しているマスコミは、4か国の密接な協調、強い中国包囲網の維持を喧伝し、多くの人がそれを軽信し続けるだろうが、現実はそうでない。 (An RIC to nowhere?

 インド太平洋の戦略会議が開かれる直前、同じニューデリーで、定例的なインドとロシアと中国の3か国外相会談が開かれている。ロシアはインドに対し、建設的でない中国包囲網に参加するのをやめて、代わりに中国が主導しロシアが協力する「一帯一路」に参加した方が良いと勧め、国境紛争やパキスタン支援で対立しているインドと中国を仲裁しようとした。ロシアの仲裁を受け、中国とインドは、12月20日に、国境紛争を解決するための話し合いを半年ぶりに再開することにした。 (India, China to hold border talks on Dec 20-21

 インドは、ロシアに勧められたからといって、中国包囲網を離脱するわけでない。中国はインド洋において、モルディブやスリランカといった、もともとインドの影響圏だった島の国々に対して旺盛な経済支援を行い、中国軍が軍港を借り上げたりして、インド包囲網を形成している。インドにとって中国が脅威であるのは確かだ。だが同時に、米国や日本がおざなりに展開してくる中国包囲網の策に乗ることが、インドにとって得策かというと、そうでもない。インドは今後も、中立的な姿勢から脱却しないだろう。 (When China woos, it usually wins) (Russia: Russia nudges India to join OBOR, demurs India-Japan-US-Australia quadrilateral

 日本が嫌々ながら中国包囲網を主導させられている現状が今後も続いていくと、中国包囲網は無意味化し、インドは足抜けする傾向が増す(マスコミは人々に別の幻影を見せるかもしれないが)。豪州も似たようなものだ。豪州政府は11月下旬に発表した外交白書で、急速に台頭する中国に対し、米国が十分な抑止策をとれず、豪州は対米依存しない外交戦略をとらざるを得なくなっていると認めている。 (Australia’s 2017 Foreign Policy White Paper offers more wishful thinking than concrete ideas

 日本の安倍首相自身、トランプから「シンゾーが中国包囲網を主導してくれ」と命じられた後にやったことは、中国に対して「日本は中国の敵じゃないですよ」と目立たないように呼びかけることだった。安倍は、6月の演説で、中国の一帯一路と日本主導のTPP11をつなぐことを提案して中国に擦り寄っているし、9月には東京の中国大使館の国慶節の行事に、首相として15年ぶりに参列する「対中しっぽ振り」をやっている。安倍は「トランプから押し付けられて中国包囲網の主導役をやってますけど、これは本心でないです。本心は中国と仲良くしたいのです。日本企業を制裁しないでくださいね」というメッセージを中国に発している。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本

 オバマ前政権の中国包囲網も、かなりおざなりなものだったが、それでも米国主導だったので、日本は大喜びで米国に追随していられた。だがトランプになって、日本主導でやれと言われ、おざなりになってしまい、インドや豪州も米国主導時より積極性が低下し、中国包囲網の戦略自体がガタガタになっている。対米従属の諸国を振り落とすトランプの策略は成功している。 (Canberra voices fears but who will contain the dragon?

▼中東和平の仲介役を露中イランに与えてしまったトランプ

 中東において、トランプがイスラエルの傀儡を演じ始めたことは、米国がイスラエルとパレスチナの仲介役であるという中東和平の従来の構図を破壊している。米国に仲介を頼めなくなった以上、ロシアや中国に仲介してもらうしかないということで、パレスチナ自治政府やヨルダン、エジプトといった関連諸国が、ロシアや中国に仲介役を要請している。これは、イスラエルにとって好ましくない展開だ。 (Palestine sends delegates to China and Russia to urge greater role in peace talks

 米国が傀儡となってくれること自体は、イスラエルの国益に沿っている。だが同時に、米国は、中東和平の仲介役でなければならない。米国は表向き公平な仲介役だが、実はイスラエルの傀儡で、いつもイスラエルの思惑に沿って和平交渉を破綻させ、それをパレスチナ人のせいにしてくれる、という従来の状況が、イスラエルにとって現実的な最良のものだった。トランプは、エルサレムを首都と宣言することで、イスラエルの傀儡であることを表に出し、公平な仲介役として機能できなくなった。米国はイスラエルに対し、資金や軍事の面で今後も支援するだろうが、国際政治的にはすでに支援力が大幅に低下した。 (◆中東和平の終わり。長期化する絶望

 中東和平にとって、米国は裏表のあるインチキな仲介役だが、ロシアや中国が仲介役になると、裏表が少ない公平な仲介役となる(ロシアがイスラエル寄り、中国がパレスチナ寄りを演じ分けるかもしれない)。イスラエルは、これまでのような西岸占領を国際的に黙認される状況を望めなくなる。和平に応じず、占領や入植地拡大を続けるなら、しだいに世界からの非難や経済制裁を強く受ける。和平交渉に応じる場合、従来のようなウソが通じず、これまでにない譲歩を迫られる。 (Trump, Netanyahu, & Bin Salman: Destroyers Of The Neoliberal World Order

 中東和平をめぐるトランプの策略は、イランを共通の敵としてイスラエルとサウジアラビアを和解させる、これまた裏表のある策略と一体になっているが、サウジがイスラエルに接近する中でトランプが中東和平の仲介役を放棄したので、サウジも米イスラエルの一味とみなされ、サウジはこれまでアラブ諸国やイスラム世界で得てきた尊敬を一気に失っている。 (What Trump has done: The entire US-Middle East political framework just collapsed

 サウジに代わって、中東和平において正しいことを言っている国として注目されているのがイランだ。イランは、内戦後のシリアでイスラエルのすぐ近くに軍事拠点を持ち始め、軍事的にもイスラエルににらみが効く存在になった。トランプの戦略は、イスラエルをサウジとくっつけて強化し、イランを潰すものとして、イスラエルやサウジに売り込まれたのに、結果として、イランを強化し、イスラエルやサウジを窮乏させている。どれもこれも、トランプが露骨なイスラエルの傀儡になったことが転換点となっている。 (Revolutionary Guard Commander Says Iran Will Support Palestinian Forces In Fight Against Israel

 トランプは表向き、米国との同盟関係を強めたい日本やイスラエルの国策に全面的に乗り、これ以上ないぐらい日本やイスラエルの傀儡になりつつ、結果として、日本やイスラエルが米国に頼れない状況を作っている。これは偶然の産物でなく、トランプの戦略が成功した結果だと私は考える。トランプは選挙戦の時から、NATOや日韓米軍駐留に批判的であるなど、米国の覇権を崩していくような趣旨のことをあれこれ言っており、就任演説も米国中枢の覇権運営勢力(エスタブリッシュメント=軍産複合体)と戦えと米国民を扇動する内容だった。就任後はTPPやNAFTAを潰し、G7に喧嘩を売り、中国包囲網を日本に押し付け、中東和平の仲介役を放棄し、北朝鮮との敵対を煽っておいて解決を中韓露にゆだねている。 (トランプ革命の檄文としての就任演説

 これらの言動から考えて、トランプが米国の覇権放棄、覇権の多極化を目標としていることはほぼ確実だ。トランプは、資本と帝国の百年の暗闘における、資本側の代理勢力だ。トランプは今後も、裏表のある風変わりなやり方で、覇権放棄策を続けていくと予想される。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ



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