カタールを制裁する馬鹿なサウジ2017年6月9日 田中 宇6月5日、サウジアラビア、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)などアラブの5か国が、同じくアラブの小国であるカタールに対し、国交断絶と厳しい制裁を発表した。カタールが、イランやムスリム同胞団といった、サウジなどが敵視する勢力に対して寛容な姿勢をとってきたことが断交の理由とされている。カタール君主が作った衛星テレビ局アルジャジーラがサウジ王政を批判してきたことも一因とされている。カタールは、ペルシャ湾の領海内に世界有数の天然ガス埋蔵量を持ち、ガスの輸出収入で一人あたりの国民所得が世界最高(年収900万円)の国だ。原油価格の下落で財政難のサウジが、カタールを侵略併合してガス田を自分のものにしたいのだといった憶測まで出ている。 (The Saudis Demand Total Surrender But Qatar Will Not Fold) ("Forget Terrorism": The Real Reason Behind The Qatar Crisis Is Natural Gas) カタールは、サウジを盟主とするペルシャ湾岸の6つの君主制アラブ諸国で構成するGCC(湾岸協力機構)の一員で、もともとサウジとの関係がわりと良かった。今回、GCCのうち、サウジ、UAE、バーレーンという、イラン敵視が強い3か国はカタールと断交したが、クウェートとオマーンという、イランに寛容な2か国はカタールとの関係を保持している。エジプト、イエメン、モルジブなどは、サウジから経済援助をもらっている関係で、カタール制裁に参加した(サウジの外交はいつもカネだ)。 (What’s going on with Qatar?) (アルジャジーラがなくなる日) サウジやUAEは、2014年にも今回と似た理由でカタールを制裁している。当時、エジプトの軍部(現在のシシ政権)がクーデターでムスリム同胞団のモルシー政権を転覆させて政権をとった直後で、同胞団を敵視するサウジはシシの軍事政権を支持し、シシへの支持をGCC全体の政策にしようとした。だが、転覆された同胞団を支援していたカタールがシシへの支持を拒否したので、サウジとUAEはカタールから自国の大使を帰国させる制裁・抗議行動をした。この時は8か月間の大使召還だけで終わった。だが今回は完全な国交断絶であり、おそらくカタールの君主が退位しない限りサウジは断交をやめない。途中で態度を緩和するとアラブ世界での権威に傷がつくので、サウジは簡単に後戻りできない。 (Saudi Arabia, U.A.E., Bahrain and Egypt Cut Diplomatic Ties With Qatar) (Trump points finger at Qatar over terror financing) カタールは、1995-2013年に在位していた前君主のハマド・アルサーニが、ガス田開発による国富の急増、投資庁創設による国際投資活動、米軍を誘致して中東最大の米空軍基地の建設、イランやイスラエル(08年ガザ戦争まで)、ムスリム同胞団やハマスとの関係改善、サウジなどの王政への批判報道を展開するアルジャジーラの設立、エジプトやリビア、シリアなどでの同胞団による「アラブの春」の政権転覆活動への支援、国際会議の誘致(WTOドーハラウンド、地球温暖化対策会議など)、2022年ワールドカップ大会の誘致などを行った。カタールの現君主は前君主の息子で、父親の影響下にあるとされる。サウジの今回の断交は、サウジの権威に楯突くような勝手なことを続けるカタールの君主親子を退位させるのが真の目的と言われている。 (Hamad bin Khalifa Al Thani - From Wikipedia) (What’s Happening in the Persian Gulf) 今回のサウジ主導のカタール制裁は、5月20-22日に米国のトランプ大統領がサウジを訪問した直後から画策が始まっている(トランプのサウジ訪問時、カタール君主もトランプとアラブ諸国とのサミットに出るためにサウジに招待されていた)。トランプは、サウジ訪問時、アラブ諸国に対し、ISやアルカイダといったスンニ派のテロ組織を根絶するとともに、シーア派のイランと敵対することを呼びかけた。トランプから、アラブとイスラムの盟主として称賛されたサウジ王政は、自らの権威が急上昇したと感じ、以前からやりたかったカタール制裁に踏み切った。カタールは、シリア内戦で(オバマ時代の米国から頼まれて)ISやアルカイダを支援していたし、イランに寛容なので、トランプが敵視する方向と合致していた。トランプは、サウジのカタール制裁に賛成する趣旨のツイートを発した。 (Qatar’s Tensions With GCC Took Root During the Arab Spring) (Trump Says Arab Leaders Accused Qatar of Funding Extremism) ▼カタールを自分の傘下からイランの傘下に追いやった馬鹿なサウジ これで、サウジの思惑どおりカタール君主親子が窮して退位に応じると、この話はアラブ諸国内だけのごたごたで終わる。だが今後、そのような展開にはならない。サウジのみと陸続きであるカタールは、食料や日用品の多くをサウジからの輸入に頼っており、断交されて食糧難に陥ったが、すぐにイランとトルコが食料などの供給を開始した。 (Isolating Qatar will not solve crisis, Turkey´s Erdogan says) カタールの天然ガスのLNG船は、UAE沖からホルムズ海峡を経由して輸出される。UAEがカタールからの船の領海航行を禁止したため、一時は天然ガスが輸出できなくなると懸念されたが、UAEの対岸にあるイランがすぐに自国の港を貸すことにしたため、この問題も回避された。イランは、カタールを擁護し、サウジこそがISやアルカイダを支援してきたテロ支援国家だと非難している(ISやアルカイダが信奉するワッハーブ派のイスラム教はサウジ王室が総本家)。 (Qatar Says "We Will Never Surrender", Welcomes Turkish Troops As Iran Offers Food, Ports) トルコは昨年、カタールと軍事協定を結び、トルコ軍はカタールに基地を作って150人の兵士を駐屯させている。サウジがカタールと断交してカタールへの軍事侵攻も辞さずとの態度をとり始めると、トルコのエルドアン大統領は、すぐに議会に要請してカタールへのトルコ軍増派を決議させた。エルドアンの与党AKPは、ムスリム同胞団との親和性が強く「隠れ同胞団」ともいうべき政党だ。同胞団を擁護するカタールを、エルドアンが支援するのは当然だ。サウジがカタールに軍事侵攻したら、トルコと戦争せねばならなくなる。サウジは軍事的に米国の傘下にあるが、トルコもNATOを通じて米国の同盟軍だ。トルコ軍がいる以上、サウジはカタールに侵攻できない。エルドアンは、自国のエゴでカタールを制裁したサウジを批判し、早く和解しろと言っている。 (Turkey parliament approves troop deployment to Qatar) カタールには、中東最大の米空軍基地であるアルウデイド基地がある。米政府は、カタールに対して邪険にできない。トランプは、サウジがカタールと断交した直後、サウジを支持してカタールを批判したが、側近たちからまずいですよと言われたらしく、そのあと軌道修正し、サウジとカタールは早く仲直りすべきで、必要ならホワイトハウスで和解交渉を取り持っても良いと言い直している。欧州ではドイツが、当初から、カタールよりもサウジを批判する態度を表明している。 (Trumpification of relations causing trouble in Middle East: German FM) カタールは今後、イランやトルコから支援され、サウジなどから断交されたままでも国家の安全を確保し、経済を回していくだろう。この事態が長引くほど、カタールはサウジやアラブの傘下から離れ、イランやトルコと親密になっていく。カタールとイランのガス田はペルシャ湾の海底にあってつながっており、一体的な開発や積み出しができる。世界の3大天然ガス産出国はカタールとイランとロシアだが、イランとロシアはイラン核問題やシリア内戦を通じて親密な「反米諸国同盟」を形成している。そこに、サウジやトランプから意地悪されたカタールが入ってくると、露イランカタールという世界の3大ガス産出国のすべてが、反米非米同盟として結束してしまう。 (Long Promised, the Global Market for Natural Gas Has Finally Arrived) サウジの今回の断交は、カタールを、親米的なGCCから切り離し、反米的な露イラン同盟の方に押しやり、天然ガスの巨大利権を、反米非米的な存在にしてしまう。サウジは、全く馬鹿なことをやっている。米軍は、今後もカタールの空軍基地から出て行かないだろうから、カタールは反米の国にならないが、露イランやトルコとの関係を強化すると、カタールは非米色が増す。 (反米諸国に移る石油利権) サウジは今回、イランの国際影響力を削ぐために、自国傘下のGCCにおいてイランと比較的親密だったカタールを制裁し、親イランな姿勢をやめさせようとした。だがその結果、カタールはむしろサウジの傘下から出てイランの傘下に入っていこうとしている。イランの影響力を削ぎ、サウジの影響力を拡大するための策略が、逆に、イランの影響力を拡大し、サウジの影響力を削ぐ結果となる。 (Iran enters the Qatar-Saudi conflict as war draws near) そもそも、ISやアルカイダの思想信条的な生みの親は、オサマ・ビンラディンの故郷でもあるサウジだ。シリア内戦において、サウジとカタールは、一緒にISやアルカイダ(ヌスラ戦線)にカネを出していた。サウジこそ、古くからのテロ支援国家であり、カタールのテロ支援を非難できる立場にない。 (Iran's Shockingly Honest Reaction To Trump's Visit To Saudi Arabia) 一昨年来、サウジの国家戦略は、新国王の息子であるサルマン副皇太子が決定している。私は当初、彼がバランス感覚のある人で、イランとの敵対を緩和していくのでないかと予測したが、この予測は外れている。サルマンはイランとの敵対から抜けられず、新たなイラン敵視策を打つたびに、逆にイランの影響力が拡大する結果を招いている。シリアでもイエメンでも、今回のカタールでも、それが起きている。米国にしてやられて開始したイエメン戦争も終わらせられず、泥沼の戦闘が続いている。石油価格の操作と財政政策でも失敗し、サウジは財政難がひどくなっている。 (サウジアラビア王家の内紛) (中東諸国の米国離れを示す閣僚人事) (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) 今回のカタール制裁は、サウジ自身の発案でなく、UAEの駐米大使(Yousef al-Otaiba)が、米国のイスラエル系のネオコンなシンクタンク(Foundation for Defense of Democracies)と謀って進めたものだと、米政界の地政学戦略の分析が鋭いジム・ローブが書いている。サルマンは、軍産複合体・ネオコン系の側近の戦略を重用し、それがサウジにとって自滅的な隠れ多極主義的な効果をもたらしているのかもしれない。サウジの国家戦略は、異様に失敗している。 (What’s Happening in the Persian Gulf) ▼隠れ多極主義の罠にはまってイランを強化しつつ自滅する馬鹿なサウジ 今回のサウジの失策は、シリア内戦が露イラン・アサドの勝ち、サウジやカタールが支援したISアルカイダの敗北で終わろうとしていることと同時期に起きている。イランと、その傘下のイラク政府軍・シーア派民兵団は、イラクのモスルでも、ISを壊滅させようとしている。これらのIS退治が終わるとシリアとイラクは安定に向かいそうだが、シリアもイラクも、イランの影響圏になる。トルコは、もともとサウジやカタールと協力してISアルカイダを支援していたが、シリア内戦が終結する今、イランと協調関係を強化しつつある。 (Battle to Liberate Raqqa from Isis 'Will be Over Quicker Than Mosul') 今後、シリアとイラクでは、クルド人の国家建設の動きが強まる。イラクのクルド人は、モスル陥落予定後の9月末に独立を問う住民投票を行うことにした。シリアのクルド軍YPGは、米軍に支援され、ISの首都ラッカの攻略を開始した。シリアのクルド人は、シリア北東部の広範な地域を支配することになる。クルドは劇的に台頭している。 (Iraqi Kurds plan independence referendum on Sept. 25) (Kurdish YPG says 'major operation' on Syria's Raqqa to start in days) クルドの国家建設が大きな脅威であるトルコは、同じくクルドを包囲するイランやイラク政府(シーア派)、アサド政権(露イラン傘下)と協力していかざるを得ない。クルド人が台頭するほど、トルコにとって、イランとの関係が重要になる。NATOやサウジとの関係は切り捨てられる。サウジに敵視されたカタールを、トルコがイランと一緒に支援するのは、トルコにとって大きな意味がある。 (Rouhani, Erdogan seeking new chapter in Iran-Turkey ties) こうした中東の国際関係の組み直しの中で、サウジは負け組に入っている。トランプはサウジに、パレスチナ和平を進めるよう要請したが、その直後にサウジが挙行したのは、パレスチナの対立する2つの派閥の一つであるガザのハマスを擁護してきたカタールを制裁し、ハマスとの縁を切れと要求することだった。サウジが中東和平をやるには、カタールと仲良くして、カタールやエジプトがハマスの、サウジやヨルダンがファタハの後見人となり、両者を和解させた上でイスラエルと交渉する必要がある。だがサウジは、エジプトも巻き込んでカタールを敵視し、パレスチナを和平に向かわせる方向性を自ら破壊した。 このサウジの動きを見て、イスラエルで中東和平に反対する勢力は大喜びしている。親イラン・親ハマスのカタールを切り捨てたサウジやエジプトと、イスラエルが協力関係を強める好機だという言説がイスラエルで流れている。確かにそうだが、サウジは、カタールを切り捨ててイラン側に押しやり、自らの国際政治力を低下させ、中東和平も推進できなくなった状態で、仕方なくイスラエルと組むことにしかならない。そんな弱まったサウジと組んでも、イスラエルにとって大したプラスにならない。イスラエルにとって今後の大きな問題は、サウジでなくイランとの関係をどうするかになっている。イランが台頭し、サウジは大したことない存在になっている。この変化は、東アジアにおいて、中国が台頭し、日本が大したことない存在になっているのと似ている。 (Israel backs Saudi Arabia in confrontation with Qatar) サウジがカタールと断交した2日後の6月7日、イランの首都テヘランの国会議事堂とホメイニ廟で、ISによる同時多発テロがあった。イランの政府や軍部(革命防衛隊)は、ISがサウジ系のワッハーブ主義のイスラム教を信奉していることから、テロの背後にサウジがいると非難している。間抜け(不運)なことに、このテロが起きる直前、サウジの国家戦略を決めているサルマン副皇太子が「イランはメッカを奪いにくる。それを防ぐために、今後のイランとの戦いはサウジでなくイランの国内で展開せねばならない」とテレビで発言した。イラン側が、この発言とテロを結びつけ、サルマンが傘下のISに命じてテヘランでテロをやらせた、と非難する事態になっている。 (Iran releases information on, photos of terrorists in Tehran attack) テヘランのテロは、イランの国際影響力を強化する効果を生んでいる。イランではそれまで、革命防衛隊や宗教指導部が、巨額の資金を必要とする、シリアやイラク、レバノンなどへの軍事支援強化に積極的な半面、一般市民は、なんでそんな外国を救うことに大事な国家の資金を使うのか、もっと国内の経済対策にカネを回せと批判的だった。この市民の批判が、最近の大統領選挙での穏健派ロハニの再選につながっている。 (Re-elected Iran Moderate Rouhani Faces Entrenched Interests) 今回のテロは、そうした対外支援反対のイラン市民の従来の姿勢を急減させ、ISなどサウジ傘下のテロリストをやっつけるため、シリアやイラクやカタールを支援すべきだという国民意識を扇動する結果になっている。サウジは王政の独裁だが、イランは一応民主主義だ(宗教指導部に嫌われたら立候補できない「イスラム共和制」)。イランの民主主義の殿堂である国会議事堂を、サウジと親しいISがテロ攻撃したことは、イラン市民から見ると、独裁のサウジがイランの民主主義を憎んでテロをしたということになる。これはイラン人のナショナリズムを掻き立てる。現在のイランの国体を作ったホメイニの廟をISが襲撃したことも、同様の扇動行為だ。ISのテロは、イランを強化している。 (Iran's Sunni militants boosted by regional sectarian tension) (Iran blames Donald Trump for escalating Qatar diplomatic crisis) テヘランのテロで得をしたのはISやサウジでなく、ISやサウジを最も敵視するイランの革命防衛隊や宗教指導部である。サウジのサルマンがISに命じてテヘランでテロをやらせたのだとしたら、サルマンは全く馬鹿なことを、馬鹿なタイミングでやっている。実際にISにテロをやらせうるのは、サルマンらサウジ王政でなく、ISの生みの親である米国の軍産CIAだ。テヘランのテロは、隠れ多極主義的な事件である。もしくはイラン当局の自作自演かもしれない(イラン南部には反政府的なスンニ派アラブ系住民がおり、当局のスパイが彼らをそそのかしてテロをやらせられる)。トランプは、テロはイランの自業自得だとツイートしている。トランプが(わざと)がさつな放言っぽい感じで発するコメントが、イランの市民の反米ナショナリズムをますます煽る。 (Iran FM slams Trump’s remarks on Tehran attacks as ‘repugnant’) (敵としてイスラム国を作って戦争する米国) カタールは、軍産CIAネオコンの忠実なしもべだった。カタールは08年まで、イスラエルと仲が良かった。アラブの春は、米国の軍産CIAとその一味たる米民主党が好んだ政権転覆策であり、エジプト政府がムバラクから同胞団に変わったのは、オバマとカタールのおかげだった。カタール君主が作ったアルジャジーラは、軍産ネオコンが好む中東民主化を扇動してきた。 (Qatar cut off by major Arab states for supporting terrorism following Trump’s Saudi visit) トランプは、軍産CIAネオコン民主党の敵である。そのトランプが、サウジをけしかけてカタールを制裁させ、カタールを軍産CIAの傘下から、軍産CIAの仇敵であるイランの傘下に押しやった。そして、中途半端に軍産CIAにぶら下がるサルマンのサウジが馬鹿を見ている。このように読み解くと、今回のサウジのカタール制裁が、トランプ革命と関連していることも見えてくる。トランプは最近、CIAに命じて、イランに嫌がらせするための専門の部局を新設した。こうした部局も、嫌がらせを通じてますますイランを強化する効果を生むことになるかもしれない。国際政治は全く逆説的で興味深い。 (CIA Creates New Mission Center to Turn Up Heat on Iran)
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