露イランのシリア安全地帯策2017年5月8日 田中 宇5月6日、ロシアが主導し、イランとトルコも誘って策定した、シリアの安全地帯策が発効した。シリアの内戦が下火になり、終結に向かっているため、停戦状態を維持する監視団をロシアとイランとトルコで結成する。内戦が再発しかねないシリア国内の4つの地域を「安全地帯」(安定化地域)として設定し、監視団が現場の事態を監視する。米国が敵視する露イランが手がける策なので、米欧日のマスコミは、この安全地帯策を愚策と批判する傾向が強い。だが、それらは偏向報道だ。今回の安全地帯は、シリア内戦終結への大きな一歩になる。 (Syria's 'de-escalation zones' explained) シリアの内戦は、米国(軍産複合体)がISISやアルカイダ(ヌスラ戦線)をこっそり支援して誘発・激化したものを、ロシアやイランが鎮静化している。シリア内戦を終結・解決できるのは、露イランが主導する策だ。安全地帯策には、アルカイダが市民を殺した化学兵器による攻撃を、米欧の政府やマスコミがアサド政府軍のせいにして非難した濡れ衣戦争の2つの現場(ゴウタとイドリブ)も含まれており、露イランが、米欧の濡れ衣戦争の再発を防ぐ策にもなっている。濡れ衣戦争をやれなくなるマスゴミが、露イランの安全地帯策を「愚策」と批判するのも、濡れ衣戦争の一環というわけだ。(いまやジャーナリズムを称賛する人は軽信的なテロ支援者である) (Coming Soon to Syria: Peace?) 今回の安全地帯策は、アサド政権や反政府勢力も参加し、カザフスタンの首都アスタナで連続的に行われているシリア安定化会議で決定され、米国のトランプ政権、国連、ISカイダをずっと支援してきたサウジアラビアなどの支持も得ている。安全地帯を監視する「後見人」3か国の一つであるトルコも、サウジからカネをもらってISカイダを支援してきた。サウジやトルコは、自国の国際的立場を維持するため、潰されていくISカイダを見捨て、シリア安定化の枠組みを認めることにした。(亡命勢力でなく)シリアの地元の反政府勢力のうち27組織は、安全地帯の設定を支持している。 (Syria supports Russian initiatie on de-escalation zones) (Syria to get ciilian safe zones) ▼軍産アルカイダの濡れ衣攻撃を抑止する露イランの安全地帯 今回定められたシリアの安全地帯は、(1)北西部のトルコ国境のイドリブ周辺、(2)中部のホムス周辺、(3)首都ダマスカスとゴウタの周辺、(4)南部のイスラエルやヨルダンとの国境地帯、の4か所だ。(1)のイドリブ周辺は、アレッポやその他の北部地域での政府軍との内戦に負けて投降したアルカイダ系の勢力とその家族の、投降後の移住先として指定された地域だ。もともとシリアのアルカイダを支援していたトルコが、投降後も彼らに食料を支援するなど面倒を見ており、そのためトルコ国境に近いイドリブが移住先になっている。このアルカイダ系勢力が再び政府軍を攻撃したり、地元の無実な人々を殺戮しないよう監視するのが、この1番目の安全地帯の目的だ。 (★4つの安全地帯の地図★) (Syria de-escalation zones deal takes effect: Russia Defense Ministry) (アレッポ陥落で始まった多極型シリア和平) イドリブ郊外の村では4月4日、何者かが化学兵器で多数の村人を殺す攻撃があった。トランプや米政府、マスコミは即座に「シリア政府軍が無辜の村人を化学兵器で大量殺戮した」と非難したが、その後、米欧は、国連が現場で調査をしないよう圧力をかけ、真相究明ができないようにしている。イドリブ近郊の村には武装解除されたアルカイダ勢力が多く移住しており、シリア政府もそれを認知している。ロシア政府によると、アルカイダ勢力が、武装解除後の保有を禁じられた化学兵器の材料(塩素系?)を村に備蓄していることがわかり、シリア政府軍が備蓄庫を空爆したところ、飛散した化学物質で村人が死傷した可能性がある。 (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃) (Russia’s 4 Syrian ceasefire zones – Kremlin spin) 後述するが、アルカイダは13年夏に、ダマスカス郊外のゴウタで、意図的に化学兵器(サリン)で市民を大量殺戮し、それをシリア政府軍のせいにする濡れ衣戦争をやった。米国の諜報機関から依頼されたトルコの諜報機関がアルカイダにサリン原料を渡して作らせて使わせ、それを米国の諜報機関や傘下の米マスコミが政府軍のせいにして喧伝する作戦だった。当時のオバマ大統領は、制裁的なシリア空爆を検討したが、濡れ衣作戦であることを察知し、いったん決意した空爆を取り消した。オバマは、代わりに問題解決をロシアに丸投げし、今に続くロシアがシリアを傘下に入れる動きが始まった。このようにアルカイダは、米軍産と組んで化学兵器を使った濡れ衣戦争をやりたがる。 (米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動) (A Flawed UN Investigation on Syria Gareth Porter) そのことから考えると、4月4日のイドリブも、政府軍の空爆にかこつけた、アルカイダの濡れ衣攻撃だった可能性もある。アルカイダの一味には、表向き、内戦で死傷した市民を助けるNGOとして活動している「白ヘルメット」がいる。彼らは、正義のNGOのふりをして欧米マスコミの取材を受け、アルカイダによる殺戮を、シリア政府軍やロシア軍による殺戮だとまことしやかなウソをつき、それをマスコミが意図的に鵜呑みにして喧伝し、世界の軽信的な市民たちがそれを信じる構図が延々と続いてきた。シリアを調査したスウェーデンの医師団が、白ヘルの極悪性を伝えている。その白ヘルメットが、イドリブで再び化学兵器の濡れ衣攻撃をやりそうだと、イドリブの反アルカイダの地元勢力が指摘していると、イランの通信社が報じている。 (Syria White Helmets Preparing Another False-Flag Operation Similar to Idlib's Chemical Incident) (Photos From Syria Show White Helmets And Nusra/Qaeda Are The Same Organization) (Syria! Swedish Medical Associations Say White Helmets Murdered Kids for Fake Gas Attack Videos) アルカイダと白ヘルと米諜報界やマスコミという、軍産傘下の極悪組織が組んでイドリブでまた濡れ衣化学攻撃をやって多数の村人が殺される前に、ロシアやイランがイドリブ周辺に監視団を派遣し、攻撃を防いだり、濡れ衣を暴露する必要がある。このことが、ロシアが今回の安全地帯の設定を急いだ一因だったとも考えられる(他の理由は、後述するが、ラッカ陥落が近いこと)。安全地帯は、まだ詳細な境界線が決定していない。監視用の鉄塔などの建設もこれからだ。それらの準備に1か月はかかる。 イランは、シリア政府の依頼を受け、数年前からシリアでISアルカイダと戦う地上軍(民兵団、ヒズボラ)が活動をしており、その点で空軍だけ出しているロシアよりシリアの事態に詳しい。イドリブ周辺はシリア領だが、この地域を監視・介入してきたのはトルコなので、トルコも仲間に引き入れておく必要がある。安全地帯の監視役(後見人国)がロシアとトルコとイランの3か国になっているのは、そのためだろう。 今回策定された4つの安全地帯のうち、2つ目のホムス周辺は、まだアルカイダと、政府軍+イラン民兵団の間で戦闘が断続的に続いている。この地域には、4月6日にトランプがミサイルを撃ち込んだシリア空軍のシャイラト基地がある。3つ目のダマスカス近郊の地域は、すでに述べた、13年夏にアルカイダが化学兵器で濡れ衣攻撃をやったゴウタが含まれている。主目的であるアルカイダの戦闘再開を防ぐことのほか、米国とアルカイダが組んでやってきた濡れ衣戦争を抑止することが、今回のロシア主導の安全地帯策の目的と考えられる。 (★シリアの勢力分布図★) 安全地帯の上空では、シリア軍を含む空軍機の侵入が禁止される。ロシアは5月1日から安全地帯の上空飛行をやめている。米国もやめることを義務付けられた。米政府は、そんなの無視すると言っているが、おおむね履行するだろう。 (Defense Ministry: Russian air force not used in Syria since May 1) ▼イランをやり込めるはずがやり込められたイスラエル 安全地帯の4つ目である、イスラエルやヨルダンとの国境地帯は、別の問題を抱えている。イスラエルは以前から、中東戦争でシリアから奪って占領しているゴラン高原と、シリア本体との間に、シリアの内戦がイスラエル側に波及してこないようにする緩衝地帯を作ってほしいと、オバマ時代の米国やロシアに求めていた。イスラエルの仇敵であるイランの民兵団やヒズボラ(レバノンのシーア派武装組織)が、アサドに頼まれてシリアに進軍し、昨年後半から、南部にいるアルカイダを蹴散らしてイスラエル(ゴラン高原)国境の近くまでやってきて陣地を作るようになった。イスラエルは建国以来初めて、イラン軍(革命防衛隊と傘下の民兵団)と直接対峙することになった。イスラエルにとって、大きな脅威の出現だった。 (Trump-Putin safe zones deal ousts Iran from Syria) (Netanyahu seeks buffer zones against Iran and Hezbollah on Syria’s borders with Israel and Jordan) イスラエルは、シリア南部の自国の近くでイラン民兵団やシリア政府軍と戦うアルカイダの軍勢に兵器をこっそり支援したり、負傷兵を治療したりして加勢した。アルカイダが不利になると、イスラエル空軍が、イラン民兵団やシリア政府軍の拠点を電撃的に空爆する攻撃もやっていた。だが、イランやシリアの背後にいるロシアは、イスラエルより強いため、ロシアからの苦情を受け、イスラエルは攻撃を控えざるを得なくなった。 (Trump-Putin deal on Syria bears on Israel security) イスラエルは、自国とイラン軍の間に、国連軍や米軍のような中立もしくはイスラエル寄りの軍隊に、兵力引き離しの国際軍(無料の衛兵)として来てほしかった。オバマはイスラエルと仲が良くなかったが、親イスラエルを掲げるトランプは、イスラエルのために米国とロシアでシリアのゴラン高原近くに兵力引き離しの安全地帯を作って米露が共同で派兵することに賛成し、就任直後の1月下旬、その構想の具現化を検討することを大統領令として決定した。イスラエルの意に沿って、イラン系の軍勢をシリアから追い出す策も検討され出した。 (Syria to get civilian safe zones) (Safe Zones in Syria) だが、トランプが出した安全地帯の構想は、ロシアと和解する策の一環として打ち出されたため、ロシア敵視を何より重視する軍産やその傘下のマスコミが全く賛成しなかった。米軍は、表向き親イスラエルだが、イスラエルの言いなりで無料の衛兵をさせられるのを昔から嫌がっており、トランプの派兵案に反対した。それから2週間後、トランプ側近の安保担当だったマイケル・フリンに対する濡れ衣・微罪的な「ロシアのスパイ」スキャンダルの勃発で、トランプは対露和解をあきらめざるを得なくなり、米露共同でのシリア安全地帯策は立ち消えた。 (Pentagon Has Doubts Over Trump’s ‘Ambiguous’ Syria Safe Zone Plans) (Trump’s First Big Mistake Syrian “safe zones”: a disaster waiting to happen) イスラエルは、数年前からロシアとも仲良くしてきたので、その後は、ロシアだけが主導する形で、安全地帯の構想が進められた。だが、イラン敵視の米国と対照的に、ロシアはイランを、中東安定化策の伴侶として重視している。ロシアは、イランをシリアから追い出すどころか、逆にイランと組んで停戦維持の国際軍(監視団)を作ることを決めた。米国やロシアが、イスラエルのためにイランを追い出してくれる親イスラエル的な安全地帯は、ロシアやイランが、イスラエルとアルカイダの結託による攻撃をやめさせる反イスラエル的な安全地帯として具現化してしまった。 (IS SYRIA BEING PARTITIONED INTO ‘DE-ESCALATION’ SAFE ZONES?) ロシアは、イランやヒズボラを仲間としつつ、シリアの後見人をしている。この状態が続く限り、イスラエルは、イラン、ヒズボラ、シリアと戦争できない。イスラエルが、イランやヒズボラやシリアを戦争で打ち負かし、自国の安全を守る戦略は不能になった。だが逆に見るとイスラエルは、ロシアが中東にいる限り、ロシアと話をつけさえすれば、イラン、ヒズボラ、シリアから攻撃される懸念もなくなる。シリア南部にできた安全地帯は、シリアの安全だけでなく、イスラエルの安全をも保障するものになりうる。イスラエル周辺では最近、ガザのハマスが、イスラエル敵視を外した新要綱を発表した。イスラエルをめぐる緊張関係が、全体的に大きく低下している。この件は改めて分析する。 (Israel seeks buffer zone on borders with Syria) このような状態で、今後新たに出てくる話は「ゴラン高原の返還」だ。イスラエルは、1967年の中東戦争でシリアから奪ったゴラン高原を、シリアとの対立が自国の本体に及ばないようにする緩衝地帯として占領している。今後もしイスラエルがシリアと和解して対立がなくなれば、ゴラン高原を占領する意味がなくなり、返還してもいい地域になる。90年代末、パレスチナ和平が頓挫した時、イスラエルは、ゴラン高原を返還して、パレスチナより先にシリアと和解する策を検討したことがある(00年のアサド父の死で流れた)。立ち上がりつつある中東のロシア覇権が長期安定するものになるなら、イスラエルはゴラン高原をシリアに返し、シリアやレバノン、イランとの対立を解消することが可能になる(パレスチナ問題との抱き合わせの解決が必要だろうが)。 (Don’t Get Involved in Syria) 今回ロシア主導の安全地帯策で、イランがシリアの後見人国の一つに正式に選ばれたことは、これまで米国の濡れ衣で極悪のレッテルを国際的に貼られてきたイランの国際地位を大きく向上させる。アサド政権は最近、イランに長期的な軍事支援を依頼した。イスラエルは猛反対しているが、シリアに今後もイラン軍やヒズボラが居残ることが確定的だ。国連のユネスコは、イスラエル非難決議をまた出した。イランがしだいに「正義の味方」として国際認知されるのと対照的に、イスラエルが「悪の化身」のレッテルを貼られている。これは以前からの傾向だ。 (続くイスラエルとイランの善悪逆転) ▼もうひとつ隠れた安全地帯がある ここまで、ロシア主導で制定されたシリアの4つの安全地帯について書いてきたが、実のところ、今のシリアには、もうひとつ、目立たない形で安全地帯が策定されている。それは、米軍が、クルド軍(YPG)とトルコ軍との兵力引き離しのため、シリア北部のユーフラテス上流域に展開しているものだ。トランプは、米国の軍産やトルコが育ててきたISを、本気で退治する策を進めている。 (Trump to tell Turkey: We're going to take Raqqa with the Kurds) トルコは、トランプのIS退治に協力すると申し出たが、トルコにやらせるとISを退治するふりして強化するので信用できない。代わりにトランプは、ISやトルコの仇敵であるクルド人のYPGを軍事訓練して、ISのシリアの「首都」であるシリア東部・ユーフラテス沿いのラッカを陥落させることにした。プーチンも賛成し、ロシア軍もYPGの訓練に参加している。ラッカ攻略は今年3月から本格化し、うまくいけば5月末までに達成される。 (Russia 'to train US-allied Kurds in Syria') 米軍は少数の特殊部隊を同行させているだけであり、ラッカ攻略の主力はYPGだ。ラッカが陥落されると、その後の周辺地域において、クルド人の影響力が強くなる。もともとアラブ系の町であるラッカまでクルド自治区に含まれて、クルド人がアラブ人を追い出す「民族浄化」の展開すらありうる(ロシアなど後見人国が了承しない可能性が強いが)。このようなクルドの拡大は、トルコにとって看過できない。トルコは4月、米国の制止を無視してラッカの近くまで地上軍で侵攻し、クルド軍を攻撃した。クルドとトルコの本格戦争になりかねないので、米軍が兵力引き離しのために増派された。 (Syria’s Kurds march on to Raqqa and the sea) トランプの就任直後の米露共同の安全地帯案には、トルコを仲間(後見人国)に入れつつ、クルドのラッカ攻略を応援する構図が組み入れられていた。だがトルコがクルドの伸長に猛反対し続けた上、米国の軍産がトランプに対露協調を許さなかったため、ロシアがトルコとイランを誘って4つの安全地帯を作り、それとは別に米国がクルドを守りつつラッカ攻略のIS退治を進めるという、今の二刀流の構図になった。ラッカは、早ければ5月中に陥落し、シリア内戦は終結に向けて大きく動く。それに間に合うよう、ロシアは今回の安全地帯の制定を急いだ。これらの動きが一段落すると、次は、内戦後のシリア政府をどう形成していくかという、政治交渉へと舞台が移る。 (US move to protect YPG could push Turkey into Russia's arms) (Syria’s Kurds have ended up at the heart of Middle Eastern geopolitics – here’s why)
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