他の記事を読む

不透明な表層下で進む中東の安定化

2017年2月27日   田中 宇

 まず本文執筆前の予定的な要約。トランプはIS退治が最優先だと強調するが、具体策に中身がない。シリア北部に安全地帯を設ける構想は、難民支援のためというが、実現したらテロ組織に隠れ場所を与えることになりマイナス。安全地帯を警備する地上軍を誰が出すのかも不明。米軍が行くと泥沼にはまる。費用はサウジに出させるとトランプは言うが、財政難のサウジはカネを出さない。 (Trump’s vow to build safe zones in Syria remains ‘ambiguous’) (Trump: Gulf States Will Pay for Syria Safe Zones

 米国が具体策を出さない不透明感の下で、中東に関係する各国は、米国抜きの新秩序を作る動きを進めている。シリアでは、隣国イラクの空軍がアサド政権やロシア軍と連絡を取り合い、初めてシリア国内のIS拠点を越境空爆した。米軍傀儡のはずのイラク軍が、米軍の敵である露アサドイランの連合体に入っている(米軍は、イラク軍との協調関係が続いていると、後で弁明した)。 (Syria ‘safe zones’ for refugees pose dangers for U.S. alliances

 ジュネーブでのシリア和平会議では、これまでアサド政権と対面する形式の交渉を拒否していた反政府勢力が、最近初めてアサド側との対面交渉を望むようになった。国連もアサドの辞任が和平に必須だと言わなくなった(後から、やっぱりアサド敵視だと言い直したりしている)。米国が敵視、露イランが支援してきたアサド政権が、シリアの安定に不可欠だという見方が国際社会で広がっている。各所に目くらましが入りつつ、目立たないかたちで中東の非米化が進んでいる。 (U.S. Troops Don't Belong In Syria: America Should Stay Out Of Another Middle Eastern Ground War

 イスラエルは、米欧の仲裁で2国式(パレスチナ建国)の中東和平を進める従来路線を放棄し、代わりにイランと対決する構造を作るといって、サウジ(GCC)やヨルダン、エジプトなどアラブ諸国との和解を進めようとしている。イスラエルのこの動きに対抗し、イランは、オマーン、クウェート、イラクといった中立傾向の国々を介して、サウジやGCCに接近し、イスラエル=アラブ和解と、イラン(シーア)=アラブ(スンニ)和解が、競争的に進んでいる。2国式放棄で米イスラエルから邪険にされたパレスチナ自治政府も、イランに急接近している。 (Iran has sudden policy change towards Saudi Arabia) (Saudi's Adel Al-Jubeir makes surprise visit to Baghdad

 レバノンでは昨秋、イラン傘下のヒズボラ(シーア派)と、サウジ傘下のハリリ(スンニ派)が和解し、双方が納得するマロン派のアウンが大統領になり、2年半の対立的な空位状態が解消されている。米イスラエルが敵視するヒズボラは、隣国シリアの内戦にアサド支援で参戦して勝ち、本国レバノンで台頭を続け、サウジから譲歩を引き出せるようになった。 (Turnaround in Saudi-Iranian Relations?) (Iran Troubled by Signs of Emerging Israeli-Arab Reconciliation

 イスラエルも、隣接するヒズボラやアサドと和解せねばならないが、それにはイランとの和解が必須だ。イスラエルとアラブ、イランとアラブの競争的な対立解消は、いずれイスラエルとイランの和解につながる。リビアではロシアとエジプトが、キプロスでは英国やロシアが仲裁し、和平交渉が勧められている。全体的な和解が進むほど、米国が中東に介入する必要がなくなる。要約ここまで。 (Turkey Cyprus reunification stalled in row over 1950 vote) (Libya's Seraj sees Russia as possible intermediary with eastern commander

▼無知でないのに頓珍漢なシリア戦略を出すトランプ。目くらまし戦略か?

 米トランプ政権は1月20日の就任直後から「シリア北部に、難民救済用の安全地帯を設ける」と何度も言っている。北シリアの安全地帯(飛行禁止区域)は従来、トルコやサウジが、自分らが育てているISやアルカイダが、露シリア軍からの空爆を逃れる場所を作る「テロ支援」の目的で、米国に要請していた。北シリアに居住地があるクルド人は、自分たちがISカイダやトルコの攻撃を避けられるよう、トルコサウジ案とは異なる安全地帯の創設を米国に要請していた。米国のオバマ前政権はいずれの案も拒否し、ロシアやアサドも安全地帯に反対してきた。 (Trump's hopes for Syria safe zones may force decision on Assad) (Turkey and Russia skeptical of Trump's plan to create safe havens in Syria

 このように、北シリアの安全地帯は、難民のための策でない。トランプは、ロシアと和解してIS退治すると宣言しているのに、ロシアが反対するIS保護にしかならない北シリアの安全地帯を作りたがっている。米国が安全地帯を作ると、その警備のために米軍の地上軍を北シリアに派兵せねばならない。新たな海外派兵も、トランプが嫌ってきたことだ。 (Safe Zones in Syria) (Pentagon Has Doubts Over Trump’s ‘Ambiguous’ Syria Safe Zone Plans

 トランプはなぜ北シリアに安全地帯を作りたがるのか?。無知だから?。いや彼は、米政界における自分の最大の敵である軍産複合体が、覇権維持策としてISカイダを涵養し、ロシアを敵視してきたことを把握しており、だから「ロシアと組んでIS退治」を打ち出した(アルカイダよりISの方が米当局とのつながりが深い)。トランプは事態をよく把握している。彼はここまで知っているのに、その先の具体策として「北シリアの安全地帯」とか頓珍漢なことを言っている。中東分析者の多くが、トランプの案に首をかしげている。北シリア安全地帯は、トランプがまっとうにやろうと思っている策でなく、軍産をだますための目くらましでないか、というのが私の読みだ。 (Trump’s First Big Mistake - Syrian “safe zones”) (Syria Warns US Safe Zones Would Be Unsafe Without Coordination) (米国を孤立させるトランプのイラン敵視策

 北シリア安全地帯は、シリアの混乱をトルコ国内に波及させないようにするためと、トルコがシリアでの謀略を準備するための地域だ。だが、今のシリアは混乱が収集しつつある。今のトルコはアサドやロシアの了承をとりつけてからシリアで動いており、露アサドの反対を押し切ってまで安全地帯を作りたいと思わない。昨春までのトルコは、米軍産の下請けとしてシリアのISカイダを支援していた(サウジやカタールが資金を出し、トルコが実働)。だがトルコは昨年6月末、英国EU離脱決定を「英国の欧米覇権戦略からの離脱(欧米覇権の終わりの始まり)」と見て取り、その日のうちにロシアに謝罪してすり寄る大転換を開始した。トルコは、ISカイダ支援を打ち切り、ロシアやイランと一緒にISカイダを退治する側に転向した。トランプの安全地帯構想に対し、トルコやサウジは沈黙している。 (Will Turkey get its way in Raqqa?) (欧米からロシアに寝返るトルコ

 トランプの中東政策を目くらましとして見ると、米国以外の関係諸国の中東での動きが立体的に見えてくる。シリアとイラクの両方で、IS退治が進んでいる。シリアではISの「首都」であるラッカを奪還しようと、シリア政府軍、クルド軍(YPG)、そしてクルドの拡大を止めるためにアサドの了解をとりつけてシリアに入ってきたトルコ軍の3者がバラバラに攻略している。同士討ちを避けるため、ロシアが最低限の介入をしている。 (Turkey presents Raqqah occupation plan to US

 トルコ軍が入ってこないと、シリア政府は、ラッカ奪還に協力してくれたクルド人に事後に自治を与えねばならないが、トルコがISとクルドの両方をやっつけてくれると、シリア政府は漁夫の利を得られる。米軍の顧問団が、トルコの敵であるクルド軍と一緒に動いており、米軍はクルド軍に武器支援もしているが、同時に米国はNATOを通じてトルコの軍事同盟国であり、敵味方関係が錯綜している。全体を統括しているのは、米国でなくロシアだ。 (Race to Raqqa Puts ISIS Enemies at Odds With One Another

 米議会の共和党好戦派を代表するマケイン上院議員は、対露和解などをめぐってトランプ陣営と敵対関係にあるが、そのマケインが最近、北シリアとトルコ、サウジを訪問した。北シリア安全地帯について調べて回っている感じだ。マケインは以前にも北シリアを訪問しており、ISを支援する軍産の策略を統括してきた人だ。マケインは、米露敵対の最前線であるウクライナにもよく行っている。トランプとマケインは対立しつつも、トランプが対露和解を延期したり、目くらましのえさ(レッドへリング)的に置かれた北シリア安全地帯策にマケインが食いついたりして、暗闘しつつ談合の関係にある。 (Senator John McCain Makes Secret Trip to Syria) (McCain made secret trip to Syria

▼米国傀儡から脱して露イランアサドと協調するイラク

 イラクではISの第2の首都であるモスルを奪還しようと、イラク政府軍とその顧問団の米軍、イラン傘下のシーア派民兵団、イラク政府に出て行けと言われても残留しているトルコ軍が、攻略している。米軍とイランは仇敵どうしのはずだが、IS(軍産傀儡のスンニ派)との戦いにおいて、反軍産トランプとシーア派イランは呉越同舟の味方だ。ここでも敵味方が交錯している。 (Iraqi Forces Begin Bitter Battle for Mosul in Effort to Destroy Isis

 2月24日、イラク政府軍の戦闘機が、バグダッドでISがやった爆破テロの報復として、初めてシリアに越境し、ラッカのIS拠点を空爆した。イラク軍の広報官(Tahseen Ibrahim)は「ロシア、シリア、イランと軍事諜報を共有した上で空爆を挙行した」と発表している。記者から「米軍は関与していないのか?」と尋ねられ、広報官は「知らない」と答えた。 (Iraq hits ISIS in Syria - with Russia, without US) (‘No surprise if Damascus approved Iraqi airstrikes against ISIS in Syria'

 イラク軍は、米軍の傀儡勢力で、今回の空爆に使った戦闘機も米国製のF16だったが、イラク軍は米軍でなく露イランアサドと協調して動き始めている。イラク軍が米軍を見捨ててロシアやアサドに接近、と喧伝されてはまずいと考えたのか、米軍は後から「イラク戦闘機のシリア越境空爆に、米軍も情報提供などで関与していた」と発表した。後からとってつけた感じで、これも目くらましっぽい。 (Iraqi jets hit targets across the border in Syria for first time) (U.S. provided intelligence for Iraq strike in Syria: Pentagon

 米欧国連が主導してジュネーブで続けられているシリア和平交渉はこれまで、米国がこだわるアサド辞任が交渉妥結の大前提だったので、何も進まなかった。しかし最近、国連は、アサド辞任を意味する「政治転換(political transition)」を、ジュネーブ交渉の目的から外した。同時期に、シリアの反政府の有力な勢力(High Negotiations Committee)が、それまでの交渉形式を改めて、アサド政権の代表団と直接に交渉する形式をとることを希望すると初めて表明した。ジュネーブ交渉はこれまで、アサド政権と反政府勢力が別々に米欧国連の仲裁者と会う、間接交渉の形式をとっていた。 (U.N. shifts on Syria talks language, in concession to Assad) (Syrian opposition calls for direct talks with government

 直接交渉の要請が出たことは、アサド政権の国際的な立場が強くなる中で、反政府勢力が従来形式に固執していると、アサドの優勢に反比例する形で自分たちの国際地位が低下してしまうので、それを食い止める意図がある。とはいえ、この話にも目くらましがついている。国連(米国?)のシリア交渉関係者は、いったん国連が認めた「政治転換(アサド辞任)を交渉の目的から外す」という決定を上書きするかのように、匿名で記者に対し「依然として政治転換が交渉の主目的だ」と言っている。政治力学的に見て、アサドが優勢になる傾向は確実なものだ。米国や国連は、それを世界の人々に知られないよう、マスコミを通じて諸々の目くらましを発していると考えられる。 (Geneva talks to encompass Syrian transition process: U.N.

 フランスでは、オランド政権がいまだに米国と組んでアサドに濡れ衣を着せているが、次の候補のルペンはレバノンに来て「シリアを安定させるには、アサド政権を認めるしかない。欧州のキリスト教徒が、中東のキリスト教徒を生かしたいのなら、アサドを認めるしかない」と表明した。欧米のエリート政治は左右問わずダメだ。ルペンは反エリートなので正鵠を穿てる(トランプのように、当選したら豹変しうる)。 (Marine Le Pen Expresses Her Support For President Assad

▼シリア化学兵器の濡れ衣でオバマを継承するトランプ。国連ヒステリも再演

 トランプは当初、ロシアとの和解を希求していたが、最近は、対露和解してロシアを強化するのをあきらめ、オバマを真似て、ロシアを敵視しつつ強化する姿勢に転じつつある。今後、この傾向がさらに強まるだろう。たとえば最近、国連安保理で米国と英仏が新たに提案している「アサド政権は自国民を化学兵器で殺したので(ロシア製)軍用ヘリの販売禁止などの経済制裁をせよ」という決議が、まさにそれだ。これは2013年夏に、シリアのダマスカス郊外でアルカイダが化学兵器サリンを使って市街地を攻撃して市民を殺したのに、米国が「アサドがやった」と濡れ衣で言っている案件だ。 (Russia vows to veto sanctions on Syria over chemical weapons) (シリア空爆策の崩壊) (米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動

 当時のオバマは、この件を口実にシリアを空爆する計画を進めたが(濡れ衣なので)途中でやめて、ロシアに問題解決を任せ、それ以来、ロシアがアサドの側に立ってシリア内戦を平定する活動を続けている。13年夏のサリン使用については、国連が捜査を進め、アルカイダ犯人説がほぼ確定しているが、まだ最終報告書が出ていない(米国が止めている?)。この、最終報告書が出ていないことを利用して、トランプ政権は「アサドがやった」「制裁しろ」と言い出している。ロシアやイランは「米英仏はアサドに濡れ衣をかけている」と批判し、ロシアは拒否権を発動して米英仏案を潰すと言っている。安保理の評決は、早ければ今週中だ。米露は、トランプ政権の豹変によって、和解から敵対へと急速に転換している。 (Trump Administration Poised to Collide With Russia Over Syrian Chemical Weapons

 トランプ政権のヘイリー国連大使は、ヒステリックにロシアやアサドを非難している。まさにオバマ政権時代のサマンサ・パワー国連大使を超える好戦性だ。ヘイリーの個人プレーであるかのように報じる向きもあるが、トランプ自身が命じなければ、こんな過激さで演じられない。前任のパワーは、オバマの命令で好戦的なヒステリを演じていた。 (Trump’s Ambassador to UN: We Must Sanction Assad Over Chemical Weapons!

 化学兵器使用を口実にしたシリア制裁案は、ロシアに拒否権発動させ、米露関係を悪くするためにトランプが出した策だ。トランプは、パワーやオバマの好戦性を非難して当選したのだったが、大統領になってみると、前政権と同じことをやっている。これは、トランプが好戦的な軍産に豹変し(化けの皮を脱ぎ捨て)たのでなく、オバマのやり方に学び、ロシアと仲良くして強化するという困難な策から、ロシアを敵視して強化するという無理の少ない策に転じたことを意味する。ケネディ、ニクソン的な公然の多極主義より、レーガン、ブッシュ、オバマの隠れ多極主義の方がやりやすい。

 中東では今後、ますますロシアやイランの影響力が増す。露イランは、米英仏に敵視されていた方が、米英仏が言ってくる余計な策を無視しやすくなり、シリアや中東全域を安定させやすい。敵視が相手を強化する。この逆説的な戦略に気づかないと、この10年、そして次の10年の国際情勢を的確に読み解くことはできない。

 イスラエルとアラブ、イランの関係については、今回書ききれない。中東情勢は一つ一つが複雑なので、中東の記事はいつも尻切れになる。続きは次回に書きたい。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ