得体が知れないトランプ2016年9月16日 田中 宇米大統領候補のドナルド・トランプが、元CIA長官のジェームズ・ウールジーを、安全保障問題の顧問として招き入れた。ウールジーは、ビル・クリントンの時代にCIA長官をやった民主党系で、石油利権や軍産複合体の人だ。911後、共和党系のネオコン(新保守主義者)と一緒に「イラクに侵攻してフセイン政権を倒すべきだ」と主張し、03年のイラク侵攻を実現させた勢力の一人だ。彼は911直後、CNNで「これからテロ戦争が(冷戦と同じ長さの)40年は続く」と述べ、911が「第2冷戦」であると早々と示した(彼は冷戦を「第3次世界大戦」、テロ戦争を「第4次世界大戦」と呼んだ)。 (Donald Trump Secures Former CIA Chief Woolsey as Adviser) (R. James Woolsey Jr. From Wikipedia) トランプは、イラク侵攻を愚策・大惨事と強く批判し、軍産の中心であるNATOを「時代遅れの組織」と呼ぶ、軍産敵視の人だ。軍産を代表してブッシュ政権に巣食い、イラク侵攻を引き起こしたネオコンは、軍産敵視のトランプが大嫌いだ。共和党がトランプに乗っ取られたので、ネオコンは民主党に鞍替えし、クリントンを支持している。トランプは、以前の顧問団の説明によると、国際的な敵対を扇動する軍産複合体と正反対の、非合理な敵対構造を外交によって崩して和解で外交問題の解決する「リアリスト(現実主義)」の戦略を持つ。リアリストのはずのトランプが、軍産やネオコンに属してイラク侵攻を扇動したウールジーを安全保障の顧問として招き入れるのは、意外なことだ。「トランプを、反軍産のリアリストだと思って支持した人は騙されたぞ」という指摘が出ている。 (Wise Up, Folks) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (Former Clinton-Era Intelligence Director Woolsey to Advise Trump) ウールジーは、もともと民主党支持なのにトランプの顧問になる理由について、トランプが防衛費の急増を約束しており、福祉を重視して防衛費を増やしたがらないクリントンよりましだと考えたからだと言っている。たしかにトランプは、軍産を敵視し、NATOや在日・在韓米軍の撤退を語る一方で、防衛費の急増を春先から何度も約束している。 (Woolsey: Trump won't 'blab' national security secrets) トランプは、軍産嫌いのはずなのに軍産の代理人ウールジーを顧問にした。経済政策の面でも、同様のことが起きている。トランプは、自由貿易体制や、TPPやNAFTAといった自由貿易圏によって、米国の雇用が中国や日本、メキシコなどの諸外国に奪われていると主張し、自由貿易圏を否定し、保護主義的な貿易体制を支持している。だが、8月にトランプの経済政策の顧問として選ばれた、ヘリテイジ財団の経済分析者であるスティーブン・ムーアは、自由貿易論者として知られている。ムーアは、規制を全廃して市場原理のみを重視した方が経済発展を実現できると主張するサプライサイド論者(市場原理主義者)でもある。「トランプは、ムーアのことを何も知らずに経済顧問に選んでしまったのでないか」と指摘されている。 (Does Donald Trump Know Anything About Stephen Moore?) ムーアは7月、市場原理主義者を集めた会合で、トランプ陣営の経済戦略について語った。それによると、トランプが政権をとったら、市場原理主義に基づいて米政府のエネルギー省、商務省、教育省を廃止し、政府が貧困家庭に出している救済金も廃止する。米国内の、石油ガスや鉱山の開発に絡むすべての規制を撤廃し、シェールの石油ガス掘削時のフラッキング(環境破壊が問題になっている)も自由化する。トランプが雇用創生を約束したラストベルト(ミシガン州などすたれた製造業地帯)の失業者たちには、石油開発の設備を製造する仕事が与えられるという。 (Behind Closed Doors, Donald Trump's Adviser Explains His Real Economic Plan) (米大統領選と濡れ衣戦争) これは要するに、米共和党における強い勢力である、レーガン以来の市場原理主義者と、(かつてのブッシュ家に象徴される)石油利権の業界にとって非常に好都合な政策だ。トランプ陣営が全体で決めた政策というより、市場原理主義者であるムーア個人がトランプにやらせたいことを並べた感じでもある。世界経済が悪いので、国際石油価格は来年まで1バレル50ドル以下の安値が続きそうで、米国の石油産業は利益を出せない。規制緩和を強めても、石油ガス産業で米経済の全体を蘇生させるのは無理だ。この策でラストベルトの失業者を吸収できるという話は、いかがわしい空論だ。 (Global oil glut to last into 2017 — IEA) (シェールガスのバブル崩壊) (米サウジ戦争としての原油安の長期化) トランプの安保政策の顧問になったウールジーが象徴するネオコンの戦略と、経済政策の顧問になったムーアが打ち出している市場原理主義と石油利権の戦略を合体させたものが、トランプが当選した場合の米国の次期政権の政策であるとすると、それは、イラク侵攻やリーマン危機につながる経済破綻、貧富格差急拡大を生み出した、かつてのブッシュ政権の政策と、かなり似たものになる。 トランプが草の根から席巻し、大統領候補になることが決まった7月の共和党大会は、同時に、ジェブ・ブッシュが立候補をあきらめ、共和党におけるブッシュ家(石油利権)の影響力が失われた時でもあった。ブッシュ家など、軍産や石油利権といった主流派の支配を打ち破ったところから、トランプの新戦略が出てきているはずだった。だが、実のところトランプはブッシュの再来でしかないのか?、と思える事態が、選挙まで2か月を切り、クリントンが健康不安やメール、献金の疑惑で自滅していくかもしれない今になって出現している。 (Late Stage Lying: Pneumonia Theory vs. Parkinson's Disease Theory; Doctors Chime In) ▼戦略を明示しないのがトランプの戦略。だから得体が知れない ・・・とはいうものの、トランプが当選後どんな政策を実際に進めるか不透明だ。トランプは、軍事費の急増、大規模な減税、オバマケア(健康保険制度)の廃止、TPPやNAFTA見直し、雇用創設、ロシアと関係改善してテロ退治、同盟諸国への軍事負担増の要求など、政策の断片を語っている。だが、政策の全体像を詳細に語っていない。 (Trump Needs Foreign Policy) クリントンは従来型の候補で、軍産などからの政治献金も多く、これまでの米政界の流れに沿って政策を出しているが、トランプはもっと型破りだ。自己資金なので資金的なしがらみがなく、政策の詳細を公約せず、大きな裁量を残したまま当選することを狙っている。敵に知られないのが強い戦略だと、孫子も言っている。民主主義に反しているが、同時に、軍産や石油利権など、米政界に巣食う圧力団体の介入を受けずに大統領になることで、従来のゆがんだ政治から脱却できる。 軍産複合体や石油利権の代理人を政策顧問にしても、彼らの主張がそのまま当選後の新政権の政策になるわけでない(なるかもしれないが)。ウールジーやムーアを顧問にすることで、トランプは、これまであまり協力を得られなかった共和党の主流派に対し「あなた方が好む政策をやりますよ」というメッセージを送ったのだろう。草の根からの支持を集めて当選を狙うトランプは、党の主流派が持っている集票装置に頼る必要がないとも言える。だがマスコミは、クリントンを好印象で、トランプを悪い印象で報じる傾向が強い。 (米大統領選挙の異様さ) (Under President Trump, US economy to shrink $1 trillion: Oxford Economics) グーグルも、ネットの検索結果がクリントンに有利になるように取り計らっていると指摘されている。グーグルは、検索結果を操作し、人々を洗脳することで、本来トランプに入れそうな300万人の有権者を、クリントンに投票させることができるという。マスコミやグーグルは、軍産の一部だ(グーグルは軍産・諜報界を支配しているともいえる)。トランプが共和党の主流派から本格的な支持を得れば、これまでのようにマスコミやグーグルがクリントンを有利にする歪曲行為がなくなり、クリントンの優勢を引き剥がし、トランプ当選に持ち込める。その意味で、ウールジーやムーアを顧問にすることがトランプにとって重要だ。 (Research Proves Google Manipulates Millions to Favor Clinton) (覇権過激派にとりつかれたグーグル) 米国の次期政権が、軍産や石油利権に支配されてしまう可能性はある。第二次大戦後の米国の政権は、常に、軍産支配との戦いだった。軍産に取り込まれてひどい戦争(ベトナム、イラク)をしてしまう時もあるし、ひどい戦争からの脱却を口実に覇権の多極化を進め、軍産の支配力を削げる時(ニクソン訪中、冷戦終結、シリアをロシアに任せる)もある。軍産との暗闘は、来年からの政権でも変わらない。 (軍産複合体と闘うオバマ) トランプとクリントンの政策を比べると、貧困層にとってはクリントンの方が良い政策を出している。クリントンは、オバマケアの国民皆保険制度を改善すると言っているが、トランプは廃止すると言っている。オバマケアは、すでに失敗している(請け負った保険会社が損失しか出せず、どんどん抜けている)が、健康保険制度がなくなると、困るのは貧困層だ。ウールジーが批判するとおり、クリントンは軍事より福祉を重視している。しかし貧困層は、今の選挙戦終盤になって、従来の民主党支持をやめてトランプ支持に変える傾向になっている。自分らがさらに貧しくさせられるのに、そうとも知らずに「変化」を重視してトランプ支持に回る。安倍政権を支持した末に貧困に突き落とされている日本人と同じだ。民主主義なので自己責任だ。 (Trump Proposes Repealing Obamacare) 対照的に、トランプの特長は、米国のエリート支配の詐欺性を暴露していることだ。米連銀が、米国の実体経済を改善するとウソをついて金融界だけを延命させる金融バブル膨張策をやっていること、いずれひどい金融危機が起きることを、トランプは鋭く指摘し続けている。この点で、トランプと元連銀議長のグリーンスパンは、ほとんど同じことを言い続けている。クリントンは「中央銀行の政策に介入するのは悪いことだ」と、教科書通りの今や陳腐になった理屈でトランプを批判するばかりだ。トランプは、今年中の連銀の利上げはないと言っている。 (Greenspan: "Crazies May Undermine The Country") (Trumps Slams "Totally Politically Controlled" Fed, Sees No Rate Hike Until Obama Has Left) (いずれ利上げを放棄しQEを再開する米連銀) NATOや日韓米軍など、軍産が作るプロパガンダの構図も、トランプは指摘し続けている。軍産による米国支配は、日韓や西欧諸国など、米国にぶら下がる同盟諸国が軍産を後押ししているので続いている。トランプは、同盟諸国に厳しいことを言って振り落とし、軍産支配を脱却しようとしている。「兵器を(米国からでなく)中露から買う」と言い出したドゥテルテ大統領のフィリピンや、中露への接近を強める英国など、すでに同盟諸国の離脱が始まっている。トランプが勝つと、この流れに拍車がかかる。 (世界と日本を変えるトランプ) (ロシアと和解する英国) トランプは、ロシアと和解して米露でISISやアルカイダを退治すると言っている。これは、すでにオバマがやっていることだ。先日のシリア停戦をめぐる米露外相会談で、テロ退治の米露協調が強まった。オバマは、国防総省(軍産)の反対を押し切って対露協調を決めた。パウエル元国務長官によると、オバマとクリントンは仲が悪い。オバマの真の後継者は、クリントンでなくトランプだ。 (Newly Leaked Colin Powell Emails Confirm Clintons And Obamas Can't Stand Each Other)
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