ロシアとOPECの結託2016年3月10日 田中 宇ロシアと、サウジアラビアが主導するOPEC(石油輸出国機構)が、産油量の「凍結」で話を進めている。サウジ、カタール、ベネズエラというOPEC内の3か国とロシアは、2月16日にカタールの首都ドーハで非公開の会議を開き、1月の生産量を今後の毎月の原油生産量の上限とする産油量凍結の協定を結んだ。サウジは、この産油凍結協定をOPEC加盟諸国に提案し、OPECの正式な協定にすることを狙っている。 (Saudis and Russia agree oil output freeze, Iran still an obstacle) (Saudi Arabia and Russia ministers agree oil production freeze) 次回は3月20日にモスクワで会合が開かれる。核開発疑惑の経済制裁を解かれたばかりで産油量を増やしたい盛りのイランは、協定自体に賛成だが自国に与えられそうな産油枠に反対しているとか、戦争から再建して産油量の増加を狙うイラクも反対だとか、対照的にベネズエラと並んで原油安で財政難になっているナイジェリアは凍結を早く正式化したいと表明するなど、OPEC内で賛成反対の様々な意見が出ていると報じられている。 (Iran rejects oil freeze call as `joke') (Oil exporters to meet March 20 to discuss freeze) (OPEC To Meet With Russia Around March 20 On Output Freeze Plan) サウジとロシアが生産凍結したことを受け、原油価格(WTI)は1バレル当たり10ドルはね上がり、2月中旬の27ドルから、現在38ドルまで回復している。凍結によって、産油量の減少と、非常に安い水準になっている原油価格を引き上げると考えられ、原油安で経営が悪化している石油産業の株価も一時上昇した。 (Why Tomorrow's "Secret" Meeting Between Russian, Saudi Oil Ministers Will Not Lead To A Cut In Production) (OPEC to oil market: Firm commitment before cut ? `Oil freeze deal seems to be working') だが、今回の「凍結」は「減産」でない。むしろ逆だ。ロシアとサウジなどは、1月の産油量を超えて増産しないという産油量凍結をしたが、1月の産油量はサウジもロシアも史上最高に近い水準だった。サウジとロシアは、いずれも日産1千万バレル級の、世界最大の産油量を持っている。サウジは今回の原油安が始まる前の2014年に日産960万バレル程度の生産だったが、その後増加傾向で、1月は1981年以来の最大の産油量である1020万バレルに達した。30年ぶりの高水準で「凍結」するのだから、これは減産でなく増産の協定だ。 (What Russia and Saudi Arabia's OPEC Agreement Means) ("I Know Of No One Who Predicted This": Russian Oil Production Hits Record As Saudi Gambit Fails) ロシアの産油量も史上最高の水準だ。ロシアは近年開発された油田の立ち上がり期間の増産が一段落し、今の約1千万バレルの水準をピークとして、これから産油量が漸減していくと予測されている。ロシアもサウジも、これ以上増やせない水準で「凍結」している。この協定は、産油量を抑制する効果を持っていない。 (Saudis, Russians Fail To Cut Oil Production, Will Freeze Output At Record January Level) (Petroleum industry in Russia - Wikipedia) (Russia Crude Oil Production) 産油量を抑制する効果がない協定をわざわざロシアとサウジが結ぶ理由は、ベネズエラ、ナイジェリアなど、OPEC内の他の諸国の中に、原油の生産コストが比較的高く、現在の原油安が続くと財政赤字が拡大して経済難になる国がいくつもあるからだ。これらの諸国は、以前からOPECに「生産凍結」を求めていた。今年に入り、原油相場が1バレル30ドルを割り、OPEC外の産油国アゼルバイジャンは財政が行き詰ってIMFに救済を求めた。次はベネズエラとナイジェリアが危ないと言われていた。 (This oil producing country may need a bailout) (Azerbaijan Currency Crashes 50% As Crude Contagion Spreads) 14年から続く原油安は、12年ごろから新技術で産油量を急増した米国のシェール石油産業が、OPECによる石油市場の支配を壊す脅威となったため、OPECの盟主で世界最大の生産余力を持つサウジが、世界経済の不況傾向に逆らって増産傾向を維持した結果、起きている。OPEC内の中小の産油諸国は「米国勢を追い詰めるのは結構だが、自分たちを財政破綻に追い込まない程度にしてくれ」と、ひどくなる原油安の中で嘆願している。これを放置すると、OPEC内のサウジの指導力が低下しかねない。 (Nigeria hopeful OPEC producers will meet in Russia by end of March) (Saudi debt sale at mercy of oil volatility) (米サウジ戦争としての原油安の長期化) ロシアとサウジは、原油安で困窮する産油国の代表としてベネズエラも呼んで協議し、生産凍結を決めた。この協定は産油量を減らす効果を持たないが、「凍結」という言葉につられて原油相場は10ドル上がり、産油諸国は収入が増えて一息ついている。米国のシェール石油産業は、原油が1バレル50-60ドルにならないと利益が出ない。現在の1バレル40ドル前後の水準だと、米シェール産業は、困窮度が低下するものの、まだ赤字だ。ロシアとサウジは、原油相場を少し引き上げ、OPEC内の中小諸国が何とかやっていけると同時に、米シェール産業の赤字が続く状態で維持することを目的に、今回の協約を進めたと考えられる。ロシアのプーチン大統領は、今年中に原油が1バレル50ドルを超えることはないと言っている。 (5 Things on the Saudi-Russia Oil Meeting) (The Oil Price Ceiling Has Been Set: "Above $40 And We Start Pumping Again") 今回の協約は、各産油国に増産を許す仕組みになっている。OPECは各国の産油量として2種類の数字を発表している。一つはの各国の公式な発表数字で、もう一つは石油業界関係者が契約やタンカーの動きから概算した実勢値だ。最近、OPECの多くの国で、公式な数字が、実勢値をかなり上回っている。イランは今年1月、発表値が日産337万バレルだったが、実際は293万バレルしか出さなかったと概算されている。イランは核問題で制裁される前、日産350万バレル出しており、発表値はそれに近い。 同様にベネズエラは1月分として、日産232万バレルしか出していないのに256万バレルと発表していた。これらの食い違いは、もし原油相場が再び下がったら、単価の低下による石油収入の減少を、産油量の増加で補って良いという余力の付与が、今回の協定に含まれているのでないかと考えられている。この枠組みなら、イランも制裁前の産油水準に近づけることができ、不満が減る。 (OPEC Oil output freeze - OK, but at which levels?) 今回の協定の発案者の一人は、ロシアの国営石油会社ロスネフチの経営者でプーチン大統領の側近でもあるイゴール・セチンだ。OPECの減産をめぐって、主導役のサウジと、ベネズエラなど困窮する諸国との対立が激しくなっているのを見て、ロシアが仲裁役を買って出た感じだ。「生産量凍結」なのに「減産」でなくむしろ「増産」だという詭弁の構図を作るのは、プーチンが得意とするところだ。彼はシリアでも、「停戦」と言いつつISISやアルカイダを潰す戦争を続け、それ以外の停戦に応じた反政府諸派を「降参」させる巧妙な詭弁策を展開し、シリアを安定に導いている。 (Russia's Sechin floats idea of oil output cuts) (シリアの停戦) 詭弁がうまいロシアと対照的にサウジは訥弁で、今回の策がサウジの発案という感じがしない。サウジが主導するOPECはこれまで親米で、80年代にはソ連の財政難を悪化させる原油安攻勢を米国のために展開し、ソ連崩壊の原因を作った。冷戦後、01年にOPECとロシアが減産協定を結んだが、ロシアは協定を守らず増産し、サウジとロシアは関係改善しなかった。親米だったサウジがOPECを引き連れ、米国勢をつぶすためにロシアと組むことにした今回の協定は、歴史的にも、地政学的にも画期的だ。 (OPEC watching Iran, Russia, unlikely to cut output in June) (Column The Saudi-U.S. relationship: Shakier than ever) サウジやロシアと、米国のシェール石油産業の、原油安を使った「果し合い」「我慢比べ」は、長期戦の様相を呈している。米シェール産業が我慢比べに負けると、連鎖倒産によってジャンク債市場が崩壊し、米国の金融危機を再発させる。それを防ぐため、米金融界はシェール産業が赤字でも融資や投資を続け、連鎖倒産を防いでいる。シェール産業は意外と長く延命しており、OPECが仲間割れして原油価格が上がると米国の勝ちとなる。だが、ロシアはその展開を嫌い、今こそ米国覇権をつぶす好機と考え、OPECの仲間割れを仲裁し、サウジに恩を売った。 (Energy Wars of Attrition) (ジャンク債から再燃する金融危機) 米国のシェール産業は倒産が広がっているが、全面崩壊していない。しかし、すでに米国の銀行界は、原油安が今後も続くことを予測し、株価が高いうちにシェール産業に新株発行を勧めて資金を作らせ、銀行から借りた金を返済させている。銀行は「逃げ」に入っている。最後にババをつかまされるのは、シェール産業の新株を高値で買う投資家たちだ。サウジ側はロシアによってテコ入れされ、さらなる長期戦が可能になった。米国側は劣勢になっている。 (The Oil Short Squeeze Explained: Why Banks Are Aggressively Propping Up Energy Stocks) ロシアは、米国が敵視してきたイランと親しいうえ、昨秋からシリアに軍事進出して成功し、大産油地域である中東の安全保障を握り始めている。シリア内戦を解決するロシアは国際的な信用が上がり、サウジの言うことを聞かない産油国も、ロシアの言うことは聞く。シリアに関してロシアは親アサド、サウジは反アサドという敵対関係だが、今回の産油協約は、その対立を超えてサウジとロシアを接近させている。ロシアとOPECは合計で世界の石油生産の73%を握る。 (Will Russia End Up Controlling 73% of Global Oil Supply?) 07年にFT紙が「新しいセブン・シスターズ」という記事を書き、私はそれを自分なりに解読して「反米諸国に移る石油利権」という記事を書いた。FTが言うところの新セブン・シスターズは、サウジ、ロシア、中国、イランなどの反米・非米諸国だったが、今回のOPECとロシアの結束は、まさにそれを具現化している。07年当時は、まだ今より米英の石油支配が強く、石油利権が反米非米諸国に移るという予測は「妄想」とみなされがちだったが、9年たった今、事態は大きく変わった。 (反米諸国に移る石油利権) サウジ(OPEC)とロシアの協調は、米シェール産業がつぶれるまで続く。シェール産業の壊滅は、債券危機を経て米国覇権の崩壊につながるので、米国覇権が延命するほど、サウジとロシアの協調関係も長期化する。イスラエルの傀儡と化した米国に核兵器開発の濡れ衣を長く着せられ、昨年ようやく解除されたイランは、米国覇権の崩壊を大歓迎しているので、サウジとロシアの凍結協定に基本的に賛成だが、自国の産油量が制約されることに反対している。イランは生産余力を多めにもらうことで納得していくだろう。今後、イランとサウジのスンニ・シーア対立をロシアが仲裁する傾向が強まる。 (Iran gives oil freeze plan cautious welcome) (サウジアラビア王家の内紛) ロシアとOPECの接近は、石油業界の範疇を超え、石油代金が米ドルで決済されて産油国が石油収入で米国債を買って資金を米国に還流させていた「ペトロダラー」の構図を崩す。この流れはいずれ、ドルと米国債が頂点だった世界の基軸通貨体制を、多極型の基軸通貨体制に転換していく。中国はすでに、ロシアやサウジから人民元建てで石油を買う動きを始めているし、イランは欧州にユーロ建てで石油を売りたがっている。 (Iran wants to dump dollar in crude trade - report) (米国を見限ったサウジアラビア) ロシアが輸出する原油の価格は冷戦後、英国の北海ブレントの石油価格から「ロシア・プレミアム」を差し引いた安値で売られていた。プレミアムの幅は、今でこそ1バレルあたり1ドル以下になっているが、冷戦終結直後は5-6ドルもあった。それだけロシアは米英からさげすまされていた(対照的に英国は、日産100万バレルしか産油していないのに、北海ブレントが世界の原油の3分の2の価格を決めている。覇権とはこのようなものだ)。プーチンは、この屈辱的な体制を打破するため、モスクワに原油市場を新設し、プレミアムなしのルーブル建てで自国の原油を輸出する構想を進めている。OPECとの協調強化は、こうした構想の実現性を一気に増加させる。これはまさに地政学的な転換だ。 (Russia Breaking Wall St Oil Price Monopoly William Engdahl) (Russia Preparing to Launch Its Own Oil Market) 米国は軍事費をどんどん増やしている。米国は覇権を守るためと称して軍事費を増やし、失敗するとあらかじめわかっている戦争を各地で展開し、巨額の予算を費やしてなお、覇権を自滅的に失墜させている。政府の資金を浪費する「軍事兵器」を多用する米国と対照的に、OPECとの協約によるロシアの覇権拡大は、資金を稼ぐ「石油兵器」を多用している。 (多極化の申し子プーチン) (エネルギーで再台頭めざすロシア) 米国の覇権維持は巨額の金がかかっているが、ロシアの覇権拡大は非常に安上がりだ。プーチンのロシアは今年、原油安で財政難であることを理由に、軍事費を5%減らすことにした。ロシアはシリアに派兵しているが、古い兵器を流用するため、シリア派兵の費用(1年あたり約15億ドル)は、露政府の軍事費(同500億ドル)の3%でしかない。軍事費の総額を5%減らしても、シリア派兵は続けられる。 (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出) (Russia to Cut Military Spending by 5% in 2016)
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