シリアの停戦2016年2月23日 田中 宇シリアの内戦が、2月27日から停戦に入ることになった。これは昨年12月にロシアが国連に提案して可決され、1月末に開始されたシリア和平構想(半年交渉、その後1年以内に選挙して決着)に沿ったものだ。ISIS(イスラム国)とヌスラ戦線(アルカイダ)という、テロ組織とみなされている2つのシリア反政府勢力は停戦の対象でなく、引き続きシリア政府軍や露空軍に攻撃されるが、それ以外の反政府勢力は停戦に参加できる。停戦への参加を表明しない場合「テロ組織」とみなされ、露軍の空爆対象にされる。 (Syria conflict: US-Russia brokered truce to start at weekend) (Syria ceasefire to begin on February 27) (UN Hopes Six Months of Syria Talks to Start Friday) 今回の停戦では、露軍が必要に応じて空爆を続けることが認められている。内戦は露軍とシリア政府軍の側が勝っており、停戦は事実上、反政府側に降伏を求める内容だ。米国に支援されてきた反政府勢力は、不公平だと言って停戦案に反対したので、米露で交渉した結果、正当防衛のためなら停戦に応じた反政府勢力も武力を行使して良いことになった。シリアの多くの場所で、ISISやヌスラといった「テロ組織」と、それ以外の反政府勢力が同じ地域内に混在しており、露軍とテロ組織の戦闘にそれ以外の反政府派が巻き込まれて「正当防衛」せざるを得なくなり、停戦が破綻しそうだと予測されている。 (U.S., Russia announce terms for Syria ceasefire to start Saturday) (US casts doubts on Russia's March 1 ceasefire initiative in Syria) 停戦が短期間で破綻するという米欧マスコミなどの予測と裏腹に、私は、停戦が意外とうまくいくと思っている。ISISとヌスラ戦線は、もともと一つのアルカイダから派生した組織で、内部が多くの分派から成り立っている。ISISとヌスラがアサド政権軍に勝っていた間は、反政府勢力のほとんどがISISとヌスラの傘下にいた。だが昨秋から露軍の支援を受けてアサド軍が盛り返し、今ではISISとヌスラの方が敗北寸前まで追い込まれ、傘下にいた多くの勢力が離反し、アサド政権の側に寝返っている。今回の停戦は、この寝返りに拍車をかけるための、ロシアとアサドの策略だ。ISISは、原油の密輸出という資金源を断たれ、兵士に給料を払えなくなっている。金ももらえず、露軍に空爆されて死ぬよりも、ISISやヌスラから離反して停戦に応じ、アサド政権と和解して、そちらから金をもらった方が得だ。 (Obama's `Moderate' Syrian Deception by Gareth Porter) (◆露呈したトルコのテロ支援) 米露が停戦を発表した直後、アサド政権が、4月13日に議会選挙を実施すると発表した。停戦開始から投票まで1カ月半しか選挙の準備期間がない。停戦後も多くの地域で戦闘が続くなら、議会選挙どころでない。アサド政権は、停戦したらすぐに多くの地域で情勢が安定し、選挙の準備が可能になると考えていることがうかがえる。シリアは2011年に内戦になってから、野党(反政府)勢力の多くが亡命し、米国の支援を受けている。彼らは、停戦が成就してシリアが安定したら帰国し、きたるべき選挙の準備を開始してアサド政権を選挙で倒そうと考えている。 (Syria's President Assad announces April parliamentary elections) (Assad calls Syria parliamentary election for April) 米政府は今回の停戦に懐疑的で、亡命中のシリアの野党人士の多くもシリア政府が無事に議会選挙を実施できると思っていないので、急いで帰国して選挙の準備だという話にならない。その中で、停戦が意外とうまくいき、議会選挙が予定通り4月13日に実施されると、野党は準備不足で敗北し、アサド政権のバース党連合(NPF)が圧勝する。定数250のシリアの議会は4年ごとの選挙で、前回2012年の選挙ではNPFが168議席を取ったが、それを上回る可能性が高い。アサドは、議会選挙の圧勝をテコに、その後に行われる大統領選挙で再選を目指せる。 (Syrian parliamentary election, 2012 - Wikipedia) 民主的に再選されると、米欧もアサドを不当に扱えなくなる。停戦が露アサドの巧妙な策略だとすると、米欧が停戦に懐疑的であるほど、アサドにとって有利だ。米欧のマスコミ(軍産傘下)はプロパガンダの役割上、露アサドを敵視するので「奴らの停戦がうまくいくはずがない」と書きたがる傾向が強く、亡命中のシリア野党人士もそれに引っ張られる。この軍産のプロパガンダが、逆にアサドを有利にする。ロシアのプーチン大統領は「停戦後に劇的な転換がありうる」と、含みを持たせる発言をしている。 (Putin Says "Radical" Turn Possible In Syria After "Ceasefire" Deal) シリアの内戦が早期に終結するかどうかのカギは、北部の大都市アレッポにある。重要な激戦地として残っているのはアレッポ周辺だけだ。シリアの人口密集地のうち、南部のダマスカス周辺と、ラタキアなど地中海岸地域は、すでに露アサド連合軍によってほぼ平定されている。東部のラッカ周辺もISISの本拠地として残っているが、砂漠の中のユーフラテス川沿いの細い地域で、隣のアレッポ地域が解放されれば、陥落が時間の問題だ。 (Syrian Islamists Face Growing Pressure on Multiple Fronts) (Russia helps shift balance against rebels in southern Syria) 昨年10月に露軍が進出してアサド軍の反攻が始まって以来、内戦の最大の焦点はずっとアレッポだった。今年に入り、アサド軍が南から、露アサドと連携するクルド軍が北からアレッポを包囲し、反政府勢力の陥落が時間の問題になっているが、なかなか「解放」の瞬間が訪れない。今回の停戦の発表や、プーチンの「劇的な転換が起きるかも」という発言を聞いて私が思ったことは「もしかしてアレッポの反政府勢力はすでにほとんど掃討されており、露アサド側は、意図的に停戦を先に始めてから、アレッポの解放を発表するつもりでないか」ということだった。 (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出) (Syrian rebels are losing Aleppo and perhaps also the war) すでに書いたように、なし崩しに内戦が終わって事態が安定していくと、野党人士が早々にシリアに戻って政治活動を再開し、今後の選挙でアサドが不利になる。米国(軍産イスラエル)やトルコに支援される野党人士の中には、シリアを政治的に不安定化するために存在する勢力も多く、シリアを安定させるには、野党でなくアサドが続投した方が良い。ロシアやイランはこのように考えて、アレッポ解放の発表を後回しにして、先にアサドに政権維持の準備をさせ、準備がすんでからアレッポ解放と内戦の終結を劇的に顕在化する策でないかと私は見ている(うがって考えすぎかもしれないが)。1カ月以内に、この仮説の正否がわかるだろう。 (Putin's Aleppo Gamble Pays Off) (Peace Talks "Paused" After Putin's Triumph in Aleppo) (Will Aleppo Be The `turning Point' Of The Syrian War?) 米露が停戦開始を発表するとともに、関係諸国間の外交が急にさかんになっている。ロシアの外相が事前発表なしに突然イランを訪問し、シリア情勢についてイラン側と話し合った。サウジアラビアは、自国が支援してきたシリア反政府勢力をリヤドに集め、停戦の対策会議を開いている。これらの急な動きからは、停戦が実効力を持ったものであることがうかがえる。英国の外相は「シリア内戦を終わらせられるのは(英米欧でなく)プーチンだけだ。彼は、アサドに電話するだけで内戦を終わらせられる(のに、それをしないので悪い奴だ)」と、恨み節を発している。 (Russia's defence minister on surprise visit to Iran) (Syria opposition meets in Riyadh to discuss truce) (Russian leader could end Syria war by phone call: Hammond) 露アサド側が有利になっているのと対照的に、非常に窮しているのが、シリアの北隣のトルコだ。内戦勃発以来のシリアに対するトルコ(与党AKPのエルドアン大統領)の目標は、米国がアサド政権を倒した後、AKPが育てたイスラム主義のムスリム同胞団を政権に据え、シリアをトルコの傘下に入れることだった。シリアだけでなくエジプトやパレスチナもムスリム同胞団の政権になり、それらをトルコのAKPが兄貴分として支配し、中東全域に影響力を行使して「新オスマン帝国」を作るのがエルドアンの野望だった。アサド政権がなかなか倒れないので、エルドアンは、米国(軍産)が作ったISISがアサドに戦いを挑むのを支援してきた。 (Erdogan has to find an exit from the Syria situation) (中東諸国の方向転換) だが、昨秋の露軍のシリア進出とともに、トルコの野望は崩壊している。トルコ軍機が露軍機を撃墜したのは、欧米諸国に「トルコは冒険主義で危険だ」という印象を与え、失策に終わった。さらにトルコにとって悪いことに、アサドが内戦に勝つためにシリア北部のトルコ国境沿いに住むクルド人勢力に自治を約束して味方につけ、トルコが支援してきたISISを、トルコが敵視してきたクルド人の軍勢(YPG)が破り、トルコの国境のすぐ向こうにクルド人の自治区(事実上の国家)ができつつある。シリアのクルド人の国家創設は、トルコ自身のクルド人の分離独立の意識を掻き立てる。 (トルコの露軍機撃墜の背景) (Taking Advantage of Syrian Offensive, Kurds Move Against Rebel-Held Base) シリア内戦の天王山であるアレッポの戦いでテロ組織側(ISISやヌスラ)が強かったのは、トルコが武器などの物資を補給していたからだ。だが、昨秋来のクルド軍YPGの伸長により、トルコとアレッポをつなぐ何本かの補給路がある地域が、しだいにテロ組織の支配下からクルド人の支配下に転換していき、テロ組織の支配地として残っているのは、国境のシリア側の町アザズを通る1本のみだ。 (Azaz: the border town that is ground zero in Syria's civil war) (Why Azaz is so important for Turkey and the Kurds) (わかりやすい地図あり Kurdish gains risk Turkish overreaction in Syria) クルド人の支配地(自治区)は、アザズの東西にあり、アザズを奪取すると、テロ組織はトルコからの物資を受け取る補給路を失ってアレッポの戦いでアサド軍やクルド人に敗北し、同時にクルド人の東西の自治区がトルコ国境沿いに長くつながって一体化する。トルコ政府にとっての悪夢が、2ついっぺんに実現してしまう。トルコは、クルド人がアザズを奪取するのを何とか阻止しようと、クルド人の拠点を越境砲撃したり、NATOやサウジアラビアを誘って地上軍侵攻をする構想を表明したりしている。 (Kurdish gains risk Turkish overreaction in Syria) (Turkey Attacks North Syria, Targeting Military, Kurds) (クルドの独立、トルコの窮地) しかし、トルコ軍がシリアに侵攻すると、それは国連から正当な政権とみなされているアサド政権の許可を取らずに実施されるだろうから国際法違反であり、露軍機の空爆対象にされる。米国ですら、露軍機に空爆されたくないのでシリアでの米軍の動きを事前にロシアに通告している。露軍機撃墜以来ロシアと対立するトルコが、シリアに派兵することは不可能だ。エルドアンはヒステリックに騒ぐばかりで、実際の動きを起こせない。関係諸国は、すでにそれを見透かしている。 (Ground troops only solution to Syria conflict: Turkey) (Turkey ups the ante against Russia, Kurds following hospital attack) トルコはNATOの一員で、トルコ軍がシリアに侵攻するとNATOも責任を問われる。シリアに侵攻するぞとトルコ政府が何度も表明するのでて、NATOの他の諸国は侵攻への反対を表明し、トルコを迷惑がる傾向を強めている。 (NATO Warns Turkey It Won't Support Ankara in Conflict With Russia) (US calls on Turkey to stop shelling Kurds in Syria) トルコは自国の安全確保を口実に、欧米を巻き込んで、トルコ国境からシリア側に幅10キロほどの帯状の地域を「飛行禁止区域」に指定してもらおうとしてい。この帯状の地域は、クルド人が自治区を作ろうとしている地域とまさに重なっており、トルコの提案の本質は、自国の安全確保よりも、クルド人を無力化するためのものだ。難民問題でトルコに頼みごとが多い哀れなドイツのメルケル首相は、この茶番なトルコの案に何度も賛意を表明した。メルケルは、シリアの事態に影響力を持たない。影響力を持っているプーチンは、トルコの提案を拒否している。 (Turkey to `secure' 10km line within Syria, including Azaz) (Merkel calls for `no-fly zone' in Syria) (Russia dismisses proposal for creating no-fly zone in Syria) ISISと戦うことを建前とする米国は、ISISと戦うクルド軍YPGを昨秋から支援しており、米軍の特殊部隊がYPGと一緒に動いている。トルコが仇敵とみなすYPGを、米国が味方としていることは、トルコを苛立たせている。苛立つトルコを横目で見ながら、米政府は先日、代表をYPGの本拠地コバニに派遣して追加支援を約束した。エルドアンは激怒し「米国は、クルドかトルコかどちらかしか選べない。トルコを捨ててクルドに味方するのか」と米国に詰め寄った。オバマ政権はこれを受け流し、クルドと和解すべきだとトルコを諭した。国家でもないクルドと同列に扱われたエルドアンは、プライドを傷つけられ、ますます怒っているが、怒るほど自国を孤立に追い込んでいる。 (Erdogan: US Must Choose Between Turkey and Syrian Kurds) (Turkey `Shocked' by US Putting Them in `Same Basket' as Kurds) (In Attacking Syrian Kurds, Turkey Risks Tensions With US and Russia) 先日トルコの首都アンカラで爆破テロがあり、トルコ政府は「シリアのクルド人(YPG)の仕業だ」と発表した。このテロには、トルコ国内のクルド人勢力(TAK)が、トルコ軍に弾圧されているので仕返ししたと犯行声明を出した。しかしトルコの首相は、TAKの犯行声明を無視して、犯人はYPGだと言い続けている。トルコ政府は、アンカラのテロをYPGのせいにしてシリアを砲撃する口実に使おうとしており、国内からの犯行声明を無視している。トルコの野党などが、アンカラのテロはエルドアン政権の自作自演でないかと言い出している。 (Turkey Insists Syrian Kurdish Militia Behind Ankara Attack) (Ankara Bombing: A False Flag to Justify Erdogan's Invasion of Syria?) エルドアンらトルコ政府の言動は、しだいに常軌を逸するようになっている。トルコは、米欧とロシアの両方を敵に回す愚策に陥り、アサド政権を倒すことだけでなく、シリアでのクルド人の自治区創設すら阻止できなくなっている。この事態を放置すると、クルド人やISISの残党がテロや武装蜂起を頻発し、シリアが安定化するのと反比例的にトルコが不安定化、内戦化しかねない。せっかく自分のために大統領制を強化して独裁的な長期権力を獲得したエルドアンは、どうやって方向転換するかを考えているはずだ。 (US rejects Turkish president's remarks) 米オバマ政権は、おそらく意図的にエルドアンを怒らせている。加えて米国は「強くなってしまったロシアに米国が戦いを挑むわけにいかない」とうそぶき、おそらく意図的にシリアでのロシアの台頭を容認している。これは、おそらく米国の意図的な、隠れ多極主義的な戦略だ。エルドアンは、それに気づくのが遅かったが、気づいた段階で方向転換していくだろう。 (シリアをロシアに任せる米国) かつてイラクの大量破壊兵器などをめぐって大嘘を書き続けたNYタイムスのネオコン的な記者デビッド・サンジャーは最近、ロシアがこれだけ強くなってしまうと米国はもう選択肢がないと書いている。911以来、嘘に満ちた過激な好戦策をやりまくった挙句、米国が行きつく先はやはり、多極化と自国の衰退を容認することだった感じだ。 (Russian Intervention in Syrian War Has Sharply Reduced U.S. Options)
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