中東諸国の方向転換2014年2月6日 田中 宇1月29日、トルコのエルドアン首相らの一行がイランの首都テヘランを訪問し、経済協力や特恵関税に関する協定を2国間で締結した。両国はテヘランで協議した後、合意した協定文書に署名したが、その際、トルコ政府を代表して署名式に出たゼイベックチ経済相が、署名を拒否して着席せず、経済相に署名するよううながしたトルコのダウトオール外相との間で小声の口論になった。最終的に、エルドアン首相からも署名するよう命じられたゼイベクチ経済相が、いやいやながら署名する一幕があった。 (Senior CHP official slams Turkey-Iran deal, criticizes AK Party) トルコの野党幹部によると、ゼイベックチ経済相が署名を拒否した理由は、協定文書がペルシャ語(イラン語)でしか書かれておらず、トルコ語版が用意されていなかったからだった。本来なら、両国間でトルコ語版も用意し、その内容をトルコ外務省が詳細に吟味してからでないと、政府として署名できない。外国語でしか書かれていない協定文書に、政府を代表して署名するわけにいかないと経済相が考えたのは当然だった。 (Tehran, Ankara ink preferential trade agreement) 別な説として、両国間の交渉で決定した文書に、勝手にイラン側が条項を加筆して署名式に出してきたので経済相が署名を拒否したと、イスラエルのハアレツ紙が書いている。いずれにしても、イラン側が協定の文書に関してトルコの不利になることをやったため、トルコの経済相がいったん署名を拒否したが、トルコの首相と外相が「不利でもいいから署名しろ」と経済相に命じて署名させた。 (As Erdogan rebuilds shattered foreign policy, Turkey moves closer to Iran) エルドアン首相はここ数年、イランに対して冷淡な政策をとっていた。トルコは2010年にブラジルと組み、米欧がイランの原子力開発に「核兵器開発」の濡れ衣をかけて制裁してきた問題を仲裁しようとした。その時点では、トルコとイランの関係が良く、米欧から制裁されて困っているイランをトルコが仲裁して助けてやるという、トルコ優位の情勢だった。その後、シリアで内戦が起こり、イランがアサド政権を支援し、トルコがアサド転覆を狙う反政府勢力を支援するという敵味方になり、トルコとイランの関係が悪化した。 (善悪が逆転するイラン核問題) シリア内戦はしだいにアサド政権の優勢になり、昨年9月に米国のオバマ大統領がシリアを空爆すると言った後で撤回し、アサドを支持するロシアに解決を頼んだ後、アサドの優勢が決定的になった。アサドを非難するトルコが不利になり、アサド支持のイランが有利になった。オバマは、シリア空爆を放棄した後、返す刀でイランとの和解も進めたため、ますますイランが優勢になった。 (シリア空爆策の崩壊) (Tehran's Challenge to American Hegemony) 米欧は昨年末、イラン制裁を解除していく暫定合意をイランと結び、シリア内戦を外交的に解決するための和平協議も行われた。トルコのエルドアンは2011年の時点で、米欧がシリアに軍事侵攻してアサドを倒すだろうと考え「アサド後」のシリアに対する影響力拡大をねらい、反アサドの陣営についた。背景には、エルドアンの「新オスマン帝国主義」(近代以前、アラブやペルシャ、バルカンを広く支配していたオスマントルコ帝国の影響圏復活をめざす外交策)があった。しかし、米国がシリアへの侵攻やイラン敵視を放棄した今、エルドアンはもくろみが外れ、方向転換を余儀なくされている。 (近現代の終わりとトルコの転換) (敵味方が溶解する中東) オバマ政権は、軍事での政権転覆による中東支配をやめて、イランやアサドの再台頭を黙認しつつも、外交力で中東への影響力を保持しようとしている。しかし米議会では、イランやアサドを敵視し続け、関与を拒否する姿勢が強い。こうしたオバマと議会のせめぎ合いで、米国がイランやアサドを敵視しつつ再台頭を黙認している間に、ロシアや中国がイランやアサドに接近し、中東に対する影響力を米国から奪い、中東における覇権多極化が進み、米国は孤立主義に傾いている。 (A chance to narrow the gaps with Iran) (EU to start lifting Iran sanctions on Monday) そのような中、トルコがイランやアサドに冷淡なままだと、中東におけるトルコの影響力は低下するばかりだ。トルコは新オスマン主義と逆方向の外交的衰退になりかねない。イランとトルコの関係は、イランが不利だった2010年前後と反対に、トルコの不利が進んでいる。エルドアンが急いでイランを訪問し、経済協定を結んだ理由はそこにあった。エルドアンは、経済協定だけでなく、アサド政権が存続しそうなシリアにおけるトルコの利権確保もイランに頼んだ。古代ペルシャ帝国以来の狡猾な外交術を持つイランは、トルコの不利を見て、経済協約を自国に有利にするための策を打った。エルドアンはあえてそれを黙認し、署名したがらない経済相をいさめて署名させた。 イランはすでに事実上、経済制裁を解かれている。ダボス会議に参加したイランのロハニ大統領は、石油ガス産業を中心に、欧州などの大企業の経営者や投資家から相次いで面談を申し込まれ、引っ張りだこだった。米欧がイランへの経済制裁を開始した1979年のイスラム革命後、ずっとイランとの闇貿易の拠点だったUAEのドバイでは、テヘラン行きの飛行機が連日満席だ。エルドアンが急いでイランを訪問したのも無理はない。 (Iran courts western oil majors at Davos) (Dubai eager to capitalise on Iran opening) イランは米欧からの経済制裁によって年率5%で経済が縮小したといわれるが、今後は逆に経済発展が予測されている。ロハニ政権は「30年後にイラン経済を世界の10大国の一つにする」と野心的だ。ロハニは順風満帆に見えるが、経済重視で宗教面が穏健なロハニは、これまでイラン政界を席巻してきた宗教強硬派から強く反発され、イランの内政は内紛が続いている。先日は、強硬派のプロパガンダ面の牙城である国営テレビ局がロハニの演説を中継することを拒否し、代わりにイスラム革命の歌を流し続けた。1時間後にロハニがツイッターで放映拒否に言及し、内紛が公開されたため、ようやく中継が行われた。かつて米イスラエルがイランの政権転覆のための国際プロパガンダの道具として活用したツイッターが、ロハニの窮地を救う構図は面白い。この件は同時に、イランが独裁国でなく、選挙で勝ったロハニが強硬派と政争する民主主義の国であることを示している。 (Political tensions over nuclear deal spill over in Iran) (Hassan Rouhani outlines plan for Iran's growth for next decade) トルコも、イランと並ぶ中東の民主主義国だが、ここでも過去に独裁的な権力を持っていた世俗派(アタチュルク主義)の軍官複合体が、反世俗・イスラム主義の方向にトルコを持っていくことを試みて3選されてきたエルドアン政権を引きずりおろそうと、暗闘が続いている。トルコでは昨年末、世俗派の牙城であるイスタンブールで、官僚機構の一部である捜査当局が、エルドアン政権の閣僚ら与党AKPの高官を次々と汚職容疑で捜査・逮捕する動きを突然に開始した。1月に入り、エルドアン政権が人事権を発動して捜査の担当者を閑職に追いやったり、捜査当局に自分たちの動きを政府に報告することを義務づけたりして反攻し、捜査を事実上禁止して今に至っている。 (2013 corruption scandal in Turkey From Wikipedia) (Turkish politics and the death of conspiracy) 米欧の新聞は、表層的な観点で「エルドアンは自分らの不正を隠すため捜査を妨害した」という書き方だが、この件は、世俗派とイスラム派の権力闘争の観点で見た方がトルコを理解できる。捜査当局の背後に、以前にエルドアンと組んでいたイスラム穏健派の宗教組織「ギュレン運動」があるともいわれている。ギュレン運動は、日本の創価学会と似て、信者を官僚機構や法曹界に送り込むことを、隠然とした戦略にしてきた。 (Fethullah Gulen: Turkish Scholar, Cleric - And Conspirator?) ギュレン運動は、エルドアンがクーデターを多用する独裁的な軍官の権力と戦い始めた当初、エルドアンと組んでいた。ギュレンは軍部に狙われる存在だった。しかし、創始者のフェトフッラー・ギュレンが米国に本拠を移したことと関係しているのか、エルドアンが米国の敵であるイランに接近するのと同時期に、ギュレンが黒幕とされるエルドアン潰しの不正捜査が始まり、ギュレンとエルドアンは敵同士になった。エルドアンは今回の件で在トルコ米大使館が内政干渉的に動いているとも言っている。 (Erdogan cracks down on Gulen movement) (Erdogan rallies Turks to thwart 'plot' against nation's success) エルドアンは08年、軍官複合体を無力化するため、軍官が世俗派の秘密結社「エルゲネコン」を作ってトルコを非民主的に支配していると主張して、将軍や野党、マスコミの幹部らを失職させている。今回は、その逆襲版ともいえるが、エルゲネコン騒動の時と同様、今回も最後はエルドアンが勝つのでないかと、パキスタンのメディアなどが予測している。エルドアンは従来、比較的親米の立場で国家戦略を立ててきたが、今回の政争に勝ったら反米的な傾向を強めるだろう。すでにトルコはNATO加盟国なのに中国から兵器を買っており、米政府を怒らせている。 (Erdogan may prevail at high cost in Turkey's political civil war) (イスラエル戦争の波紋) 米国の中東支配が減退し、トルコやイラン、シリアの3国関係がゆらいでいるすきに、百年前から果たせずにいる民族自決の計画を進めようとしているのが、3国とイラクの4カ国で分割されているクルド人だ。クルド人は先日、シリア内戦が一段落したすきに、シリア北西部でクルド自治区の樹立を宣言した。シリアが安定して再統一されると再びクルド人が弾圧されるので、民族自決に動くのは今しかないと考えたのだろう。 (Syrian Kurds Declare Autonomous Region in Northeast) (Kurdistan Election Results Mean Closer Ties With Ankara) トルコ政府は従来、自国内のクルド人の分離独立運動を厳しく弾圧してきた。しかし、シリア内戦でトルコが支援する反政府勢力が不利になったため、トルコ政府はアサド政権の再席巻を妨害しようとクルド人に接近している。イラクのクルド人地域には、キルクークなどに大きな油田があるが、内陸部なので搬出する手段がとぼしかった。シーア派主導(親イラン)のイラク政府は、クルド人に勝手な油田開発を禁じている。しかしトルコはこのほど、イラクのクルド人地域からパイプラインを敷いてトルコ国内のパイプライン網につなげ、クルド人が石油をトルコ経由で海外に輸出できるようにした。イラク政府は怒っているが、トルコは無視している。 (Turkey and Iraqi Kurds seal 'secret oil deal') (Kurdistan in first pipe shipment to Turkey) クルド人は第一次大戦でオスマントルコ帝国が英国主導で解体された際、一時は英国からクルド人の国を作ることを許された。だがその後、トルコがアタチュルクによって世俗派(反イスラム・親欧)の国家として再編されることになったため、英国が翻意し、クルド人は4カ国に分割して住む「国家なき民」として放置された。03年のイラク侵攻前、米イスラエルはクルド人に独立をちらつかせ、北イラクのクルド人地域を、フセイン政権のイラクに対する諜報活動の拠点にしていた。 (クルドの独立、トルコの変身) しかし米国は、フセイン政権打倒後、クルド人がイラクから分離独立することを許さず、親イランのマリキ政権に統一イラク国家を継承させた。クルド人は百年前に英国に裏切られたように、今回も米国に裏切られた。クルド人は、シリア和平の国際会議にも招待されずに外されている。ロシアや中国も、中東の安定を重視し、国境線の変更が必要なクルド国家の新設に反対なのだろう。民族国家を持てる可能性は低いが、クルド人が今後ももがき続けるのは間違いない。 (Iraq's oil-rich Kurds move steadily toward independence) イラクではクルド人と並んで、シリアに隣接する中部に住んでいるスンニ派が、多数派であるシーア派主導のイラクからの分離独立を求めている。内戦のシリアから武装勢力がイラクのスンニ派地域に流れ込み、スンニ派の中心都市ファルージャの市役所などを占拠し、イラクからの分離独立を宣言した。しかし、武装勢力が「アルカイダ」を自称しているため国際的な支持が得られず、親イランのイラク政府が「テロ戦争」としてファルージャを掃討することが容認されている。 (Iraq Escalates Fallujah Shelling, Prepares Invasion) 中東ではエジプトも、米国の影響力低下と、その反動であるサウジアラビアの介入によって、国家体制が揺れ動いている。エジプトで11年に、独裁だが米国傀儡のムバラク政権を倒そうとする民主化運動が盛り上がった際、米国は「中東民主化」策を過激に適用してムバラクに辞任を求めて辞めさせ、エジプトにムスリム同胞団の政権ができることを許した。同胞団の台頭に、サウジアラビアが大きな脅威を抱き(同胞団は国際運動なのでサウジの王政転覆を画策しかねない)、米国の方針を無視してエジプト軍部(旧ムバラク派)をテコ入れし、軍部が昨年、同胞団政権を潰すクーデターを起こすのをサウジが扇動した。 (サウジとイスラエルの米国離れで起きたエジプト政変) エジプトでは、軍政の最高責任者であるシシ将軍が、形式だけ軍人をやめて自ら設定した大統領選挙に出馬することを表明し、シシ政権が樹立される見通しになっている。軍事政権のトップが形だけ軍服を脱いで独裁的な大統領になるのは、かつてムバラクがやったことだ。 (Egypt's Abdel Fatah al-Sisi given go ahead to run for president) 同時に軍政は、形式的に「報道の自由」を表明しながら「国内法に反しない場合のみ」と但し書きをつけ、同胞団を取材したアルジャジーラの駐在記者団を「テロ扇動」の容疑で逮捕するなど、外国メディアを含む報道機関への弾圧を強めている。これもムバラク時代と同じだ(アルジャジーラはカタール君主が創設したマスコミで、カタールは同胞団を支援してきた。これは「報道の自由の弾圧」というより、同胞団とエジプト軍部との戦いともいえる)。 (Egypt fires a warning shot at the foreign press) エジプト軍政は、同胞団政権が制定した憲法を無効にして、軍政に都合の良い新憲法を制定し、国民投票にかけて可決させた。国民投票では、投票者の98%が賛成票を投じたと発表されたが、この98%という数字は、ムバラクが大統領に再選されるたびに発表された得票率で「この投票結果は不正です」と宣言しているような数字だ(シリアのアサド大統領も、自分を再選する茶番選挙で98%の得票率を出すのが好きだった)。ここまでムバラク時代を再現する茶番劇が展開されるのは滑稽ですらある。エジプトでは、軍事独裁の「出戻り」が演じられている。 (The Shame and the Danger of Egypt's 98% Vote) かつて「中東民主化」を声高に叫んでいた米政府は、こんな事態に対して黙っているが、ひそかにエジプトとの仲を疎遠にすることはやっている。米国はすでにエジプトに対する経済援助を減額してサウジに任せているし、先日の「米アフリカサミット」にエジプトを呼ばなかった。米国は、ジンバブエやスーダンといった「ならず者諸国」を同サミットに呼ばなかったが、エジプトも同類とされた。まだ米国の同盟国だと思っていたエジプトの軍政は、この米国の仕打ちに怒り、ますますサウジ頼みになっている。 (Egypt 'surprised' by exclusion from US-Africa summit) もう一カ国、中東で同様に揺れ動いているのはイスラエルだ。米国の影響力が低下した後に備え、イスラエルはパレスチナ和平の推進が不可欠になっており、米国のケリー国務長官に頼んで和平交渉を再開し、近くケリーがパレスチナ国家の創設を中心とする玉虫色の「枠組み合意」を発表する予定だ。 (Kerry's "Framework Agreement" - The End of Palestine?) 政権内を含むイスラエル政界は、親イスラエルのふりをした反イスラエル派ともいえる、和平絶対反対の右派が席巻している。パレスチナ国家を創設しないと、イスラエルが世界から経済制裁され国家の自滅につながる。ケリーがそれを指摘したところ、イスラエルの右派が一斉に「ケリーは反ユダヤだ」と非難した(ケリーは祖父がユダヤ人だ)。イスラエル右派の本質を象徴する事態だ。ネタニヤフは政権内の右派を煙に巻くため「間もなく締結する和平合意は骨抜きで意味がない」と、意図的に過小評価する発言を繰り返している。 (Israel's left must shout, not whisper, its support for Kerry) すでに長々と書いてしまったので、今回はイスラエルのことを詳しく書かない。和平交渉の進展を見ながら、あらためて書くつもりだ。中東全体が、米国の覇権低下を受け、揺れ動きながら、しだいに米国抜きの国際秩序へと向かいつつある。
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