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敵味方が溶解する中東

2013年12月16日   田中 宇

 11月下旬にイランと米国など(米露中英仏独、P5+1)が6カ月間の暫定和解協定を結び、米国主導のイラン敵視策が解体に向かっている。米国のイラン敵視策は、イスラエルが米国を傭兵のように使って中東のライバル国を倒す戦略として続いてきたが、同時に、サウジアラビアが主導するペルシャ湾岸アラブ産油諸国(GCC)にとっても、ペルシャ湾の対岸にあって中東の大国を目指すイランを米国が制裁し続けて貧しいままにしておくのが好都合だった。米欧が、イランに対する核兵器開発の濡れ衣を解いてイランを許したことで、サウジが米国に頼らずイランと対峙せねばならなくなった。これは米国のせいなのだが、厚顔な米国の軍産複合体は、ここぞとばかりにサウジなどへ高価な武器の売り込みを加速している。 (`US arms deals in ME could backfire') (Hagel seeks to ease Gulf security concerns

 東アジアにおいて中国が台頭し、米国の影響力が潜在的にゆらぎを増している中、日本は、中国との敵対を加速し、米国が日本との同盟から逃げていかないようにすることで対応し、中国も、自国の台頭を加速できるので、日米との敵対を煽っている。この東アジアの例を広げて考えると、サウジも、イランと米国の和解を全力で阻止し、米サウジやイスラエルによるイラン敵視策の再強化を試みそうに見える。そのように分析する記事もある。 (Iran: It's Not about Nuclear Weapons) (Breakthrough Iran talks - Ripple effect is in progress

 しかし実際のところ、イランもサウジも意外と柔軟に、顕在的な敵対を避ける道を選んでいる。イランが米国などと核の暫定協約を結んだ後、イランのザリフ外相がペルシャ湾岸諸国を歴訪し「イランは地域の安定に貢献する」「イランとアラブ諸国が協調し、中東の諸問題を解決していきたい」と呼びかけた。イランは、米欧に核の濡れ衣を解かせて和解する戦略を実現した後、サウジと和解することを次の国家戦略としている。 (`Iran seeks broader ties with PG states') (Iran seeks Arab help for regional stability

 イランの外相はサウジ自体を訪問しなかったが、イラン外相がカタールを訪問中に、サウジ高官と会談した。サウジ王政は内心、米イラン協約を歓迎していないはずだが、表向きは、協約に対して歓迎の意をあらわすともに「イランが中東の安定に貢献したいと言うなら、言葉だけでなく行動して結果を見せてほしい」と表明した。昨年まで米国の敵視策に同調してイランをさかんに非難していたGCCは、イランへの態度を大転換している。 (With nuclear deal signed, Iran eyes Saudi Arabia as next foreign policy goal) (Gulf Arab leaders urge Iran to prove its goodwill

 シリア内戦でも、イランはアサド政権を支援し、サウジは反政府勢力を支援して対立してきた。最近、アサド政権の政府軍が優勢になり、反政府勢力の内紛がひどくなり、ここでもサウジよりイランが優勢になっている。今後もしイランとサウジが和解すると、シリア内戦も終結に近づく。内戦終結のための会議が、ことし何度も延期された末、来年1月に予定されている。会議にイランとサウジの代表も招待し、シリア内戦の和解だけでなく、イランとサウジの和解協議も行ってはどうかとの提案が出ている。 (After Iran deal, the next step is to end the Middle East proxy war in Syria

 サウジとイランが和解することは、オスマントルコ崩壊以来100年続いてきた米欧の中東支配戦略の崩壊を意味する。米欧は、サウジなどスンニ派の諸国と、イランなどシーア派の国や勢力との対立を煽り、イランとの敵対を強めてサウジに対米従属を強いることで、中東を分断支配し、世界有数の産油諸国であるサウジ(GCC)とイランが結束して国際石油市場の主導権を米欧から奪うことを阻止してきた。米欧がイランの台頭を許し、サウジが米国への依存を弱めてイランと和解すると、長期的に、イランとサウジが結束して国際石油市場の主導権を米欧から奪っていくことになる。オバマの対イラン和解は、米国の覇権の自滅につながりかねない。 (What's Really at Stake in the Iranian Nuclear Deal) (Middle East: Cracking up) (米覇権後を見据えたイランとサウジの覇権争い

 サウジなどGCCは、米イラン協約が結ばれた後、GCCの経済・軍事の統合を加速することを決めている。これは「今後イランが台頭して脅威が増すので、GCCが軍事面で結束を強めることにした」と解説されている。しかしGCCの統合は軍事だけでなく、市場や通貨の統合を含む「EU型」を目指している。イランと敵対するための軍事統合が主眼でなく、逆に、イランと和解してペルシャ湾地域が安定し、イランやイラク、インド方面までにらんだ地域経済が活性化しそうなので、GCCが市場統合するとも考えられる。 (GCC nations step closer to an EU-style union with joint military command plan) (Iran Deal Could Usher in New Era of Trade, Opportunities

 年末には、GCCの共通通貨を作る通貨統合策を発表する予定だとも報じられている。GCC諸国の通貨はいずれも米ドルにペッグ(為替相場固定)されているので、通貨統合は比較的容易だ。しかしGCCの通貨統合は、何年も前から検討されながら実現していなかった。GCCが通貨統合すると、いずれドルペグをやめて中東地域の基軸通貨をめざし、世界の石油決済をGCC統合通貨でおこなう方向性になるので、対米従属を旨とするGCCは通貨統合に踏み出さなかった(日本が円の国際利用に消極的だったのと同じ理由)。 (Four GCC countries to announce common currency by end-December) (通貨5極体制へのもくろみ

 米国がイランを許したことで、GCCはイランと和解して地域を安定化し、対米従属の必要性が低下する。そのため、これまで躊躇していた通貨統合を進めることにしたと考えられる。ドルが国際基軸通貨だった大きな理由の一つは、原油の国際決済が必ずドル建てだったからだ。GCC通貨による原油決済が拡大すると、ドルの基軸性が低下する。オバマの対イラン和解は、外交面だけでなく、通貨の面でも米国の覇権低下につながりかねない。 (原油ドル建て表示の時代は終わる?

 サウジとイランの例でみるように、米イランの暫定協約とともに、中東の各地で、敵味方の関係が溶融し始めている。サウジは、イランだけでなく、イスラエルとの和解も模索している。サウジで米国離れの外交戦略を推進しているバンダル王子が最近、ジュネーブでイスラエル高官と会談した。会談の主題は、両国が協調してイランと戦う戦略についてだったという。サウジが、イランとの和解しそうな一方で、イランとの戦い方をイスラエルと謀議するのは矛盾している。いつものように、イスラエルやサウジは、マスコミに事実と違う説明をしたのだろう。 (Iran report: Saudi intelligence chief met Israeli officials in Geneva

 サウジがイスラエルと話し合いそうな案件は「イランの倒し方」でなく「米覇権が低下する中で、両国がどうやって国家存続していくか」だ。具体的には、イスラエルがパレスチナ和平を成就したら、サウジがイスラエルを国家承認する話や、シリア内戦を終わらせてアルカイダがゴラン高原を奪回しようとイスラエルに戦争をしかけてくるのを防ぐ件などだ。 (米国を見限ったサウジアラビア

 今秋、イスラエルのネタニヤフ首相がロシアを訪問し、イラン制裁の継続を求めてプーチン大統領と会談したと報じられたが、これなども、ネタニヤフがプーチンにお願いしたのは、イランの件でなく「米国の覇権低下後の中東でイスラエルが国家存続できるよう協力してくれ」という話で、プーチンは「協力してやるから早くパレスチナ和平をやれ」と答えたはずだ。イスラエルの諜報界の幹部たちは、こっそりイランとの協約を支持しているし、イランの核兵器よりパレスチナ和平を実現できないことの方がイスラエルにとって脅威だと考えていると報じられている。 (Ex-Shin Bet chief: Iranian threat dwarfed by danger of failed peace talks) (Under the radar: Israel's security establishment supports new Iran agreement

 今回ロシアは「P5+1との協約によって、イランが核兵器を持たなくなった以上、イランの核ミサイルを迎撃するため(と称して、実は米国がロシアにミサイルを撃ち込むため)米国がポーランドに配備し始めているミサイル防衛システムは不要になった。米国は早く撤去してくれ」と言っている。そもそもイランから米国に向かう弾道は東欧を通らず、米国のミサイル防衛構想は茶番だったが、イランが核兵器開発しようとしているという一つの虚構が崩れると、イランのミサイルを迎撃する口実で米国がロシアのすぐ脇にミサイルを配備する虚構も連鎖的に崩れる。虚構、誇張、濡れ衣、自作自演などを重ねて構築している米国の軍事戦略の理屈は、米国の金融バブルと同様、崩壊すると連鎖的に広がる。 (Russia: Iran deal will eliminate need for missile defense in Europe

 イスラエルは、早くパレスチナ和平を進める必要に迫られているが、政界では和平絶対反対の右派が強い。パレスチナ側の交渉担当者が辞任したままで、和平は頓挫している。英国に加え、オランダやルーマニアも、入植地問題でイスラエル制裁を強めている。南アフリカのマンデラ氏の死を機に「イスラエルは現代のアパルトヘイトだ」「イスラエルは南アのアパルトヘイト政権を支援していた」「南アが核兵器を廃棄させられた時、イスラエルはこっそり南アからの核兵器材料の横流しを受けた」といった、前から言われてきた話が再びどっと出た。 (Israel's isolation grows as it falls out with Romania and the Netherlands) (Israel inches closer to 'tipping point' of South Africa-style boycott campaign

 何とか和平を進めようとするネタニヤフ政権を潰そうと、与党リクード内の右派は、連立与党を分裂させることを画策している。早ければ今週中に分裂が顕在化するだろう。イスラエルは国家危機の度合いを増している。 (Israeli Ruling Bloc Split Expected Next Week) (Lapid: Split on Peace Talks, Israeli Coalition Could Crumble) (Is an axis of politicians conspiring to unseat Netanyahu?

 クウェートの新聞は、米外交官の話として、オバマが来年中にイランを訪問する予定だと報じた。米政府は、イランが国内に2つ目の原子力発電所を作る工事を進めることに了承したとも伝えられている。英国の仲裁で、米国が、レバノンのイラン系武装勢力ヒズボラと和解する秘密交渉を進めているという話もある。米国のイスラエル系圧力団体AIPACが、オバマ政権に圧力をかけて対イラン協約を撤回させようとする努力をあきらめたとも報じられた。これらの話からは、米国が本気でイランと和解しようとしていると感じられる。 (Report: Obama Arranging Tehran Visit for Next Year) (Key Israel Lobby Groups Back Off Attacks on Iran Deal) (Britain mediating in secret talks between Hezbollah and the U.S. as relations between Washington and Iran improve

 しかし対照的に、米政府は、イランの国営タンカー会社と取り引きしていたパナマやシンガポールの企業の在米資産を、イラン制裁法違反で没収した。米国は今回の対イラン協約で、イラン制裁の発動を半年間凍結すると約束した。イラン側は、米政府の行為が協約違反だと怒り、P5+1との担当者レベルの協議の場から退席した。米政府は「イラン企業の資産を没収したのではないから協約違反でない」と抗弁している。 (Minister Says Iran Will Continue Nuclear Talks) (Iran Quits Talks Over Latest US Sanctions

 米議会には、協約など無視してイランを追加制裁すべきだと主張する議員が両党とも多い。米政府は「核問題では、半年間イランを制裁しないと協約で決めたが、人権問題など核以外で、イラン制裁することはできる」と言っている。今回の暫定協約で米国は、制裁で凍結されている総額1000億ドルのイランの在外資産のうち、70億ドルの凍結を解除したにすぎない。米国は、イランと和解しようとする動きと、敵対を続けようとする動きの両方を(意図的に?)発している。半年間の暫定和解期間が終わった後、米国は再びイランを敵視し、結局イランへの敵対を解かないかもしれない。「イラン協約は失敗するために締結された」という分析も流れている。 (US Might Okay `Non-Nuclear' Iran Sanctions) (Tehran accord designed to fail? By Gareth Porter) (Four Emerging Myths About the Iran, P5+1 Deal

 しかし、11月に暫定協約が調印された後、イランと協約する国際的な動きが、雪崩のように同時多発的に起きている。米欧の大手石油会社が、先を争ってイラン石油相と会談し、手つかずのイランの石油を開発する商談を進めようとしている。米議会の有力議員が「暫定協約期間が終わった後、イランと取引した石油会社の在米資産を没収するかもしれないので、イランとの商談を進めない方が良い」と警告しても無視されている。 (Congress Warns Oil Companies: Don't Get So Cozy With Iran) (Eni's CEO first to meet with Iran oil minister

 アフガニスタンからはカルザイ大統領がイランを訪問し、NATO軍が撤退した後のアフガンの安全保障や治安維持に関し、イランの協力を得るための話し合いをした。カルザイはもともと米国の傀儡だが、無茶な注文を何度もつけてくる米政府と対立気味だ。イランとの安保協定は、中国ロシアとの協定と合わせ、カルザイを米国の傀儡から離脱させかねない。米国がイランとの和解を撤回しても、カルザイはイランとの安保協力を維持するだろう。歴史的にヘラートなどアフガン西部はイランの影響力が強い。 (Exploring Afghanistan's 'Iran option') (Afghanistan agrees on regional security pact with Iran

 英国も、2011年から断絶していたイランとの外交関係を復活し、外交官の相互訪問を再開した。英国は最近、中国にすり寄ったり、イスラエルの入植地との取引を英企業に禁じるなど、既存の米覇権体制にさからって多極化に迎合する「多極主義の傀儡国」へと転じている。多極化迎合を顕在化したことは、英国が、米国の覇権衰退が不可逆と判断したことを意味する。米国覇権が蘇生するかもしれないと考えている限り、英国は、イランや中国にすり寄ったりイスラエルを制裁したりしない。米国が今後、イラン敵視を再開しても、英国はイランとの協調を撤回しないだろう。イランを再敵視すると、米国は国際社会で孤立を深めることになる。 (Iran envoy to make first London visit as icy relations thaw) (Britain edges towards boycotting Israel) (中国主導になる世界の原子力産業

 シリア問題では、米国が今年8月、アサド政権に化学兵器使用の濡れ衣をかけ、アサド政権が仲裁役のロシアの提案に応じて保有する化学兵器の全廃をすすめ、最近廃棄が終了した。その直後、米国の記者セイモア・ハーシュが、8月に化学兵器を使った攻撃を行ったのはアサド政権でなく、米国が支持してきた反政府勢力の可能性が高く、そのことを米政府自身も知っていたのに隠し、アサド政権に濡れ衣をかけていたことを論証する記事を書いた(米国のマスコミが掲載を拒否したので英国の図書専門誌に載った)。米諜報界からハーシュへの情報リークが、アサドが化学兵器を廃棄していく中で発せられた点が興味深い。 (Whose sarin? Seymour M. Hersh) (Syria sarin report blows holes in US claims

 米国がアサド政権に濡れ衣をかけたことは、8月下旬に化学兵器攻撃が行われた直後から、あちこちで指摘されており、私も何度か記事にした。しかし、関係者の確たる証言をともなった具体的な報道は、今回のハーシュが初めてだ。今後、米国がアサド政権に濡れ衣をかけて空爆しようとして、ロシアの取りなしで化学兵器全廃という前向きな展開に何とかつなげたことが「史実」として確定していくだろう。これは、ブッシュ政権時代の米国が、イラクに大量破壊兵器保有の濡れ衣をかけて侵攻し、何十万人ものイラク人が殺害された後になって、濡れ衣が露呈して「史実」になった展開の繰り返しである。「ブッシュは最悪だったがオバマは良い」という印象が間違いだったことになり、米国の国際信用の長期的な失墜に拍車がかかりそうだ。 (Hagel Says America's Syria Policy in Turmoil) (シリア空爆騒動:イラク侵攻の下手な繰り返し) (無実のシリアを空爆する

 シリアの反政府勢力には、穏健(世俗)派のSNC(シリア国民連合)と、アルカイダ(イスラム主義)系の「アルヌスラ戦線」などがあり、米国はこれまでSNCを支持してきた。最近、両派間の内紛や同士討ちがひどくなり、ついにSNC傘下の自由シリア軍(FSA)が負けて、司令官だったイドリス将軍がシリアからトルコに逃げ出した。米国などFSAに支援していた武器を貯蔵した倉庫がアルヌスラに奪われ、SNCはシリア国内の武装勢力を失った。しかたがないので米国は、アルカイダ系のアルヌスラを支持する検討を始めている。支持が実現すると、米政府がテロ戦争の仇敵(犯人)であるアルカイダを公式に支持することになる。 (US Open to Backing Syria's Islamist Rebels) (Routed by Islamists, Pro-US Rebel Commander Flees Syria

 これは、テロリスト支援を禁じた米国自身の「愛国法」に反し、皮肉な自体だ(もともとアルカイダはCIAなどが作った実体の曖昧な組織で、テロ戦争自体が自作自演的なのだが)。こうした事態も、米国の外交的な信用を落としている。イランとのサウジが和解に動く半面、米国が敵だったはずのアルカイダ支持へと流され、敵味方の関係が溶融しているのが、今の中東情勢だ。 (アルカイダは諜報機関の作りもの



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