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超金融緩和の長期化

2015年5月23日   田中 宇

 QE(中央銀行による債券買い支え)など、米日欧の当局による過激な金融緩和策が、世界的な金融バブルの膨張を危険水域にまで拡大していることが、しだいに顕在化している。米国では社債(ジャンク債)が5月に1千億ドル売れ、リーマン以前のバブルがすっかり戻っている。株式も、相場を押し上げる自社株買いが史上最高の水準だ。米連銀のイエレン総裁自身が、株価が上がりすぎだと認めるほどの激しいバブルだ。 (Government bond woes trigger broad market turmoil) (US corporate debt sales move beyond $100bn for May) (Stock Buybacks Hit New Records

 株や債券から、不動産や絵画までが高騰し、多くの分野の資産がリスクの大きな状況になっている。住宅ローンを、返済困難な低所得層に貸すサブプライム型のローンも再び増えている。 (Government Using Subprime Mortgages To Pump Housing Recovery - Taxpayers Will Pay Again

 08年のリーマン危機の時、米国を中心とする先進諸国の当局は、財政的にも、金利水準的にも、中央銀行の勘定的にも、今よりずっと余裕があった。その余裕は、リーマン危機後の金融救済策によって、ほぼ使い尽くされている。英HSBC銀行の分析者(Stephen King)は、世界経済を、救命ボートが足りないまま危険な水域に入っているタイタニック号にたとえている。 (HSBC WARNS: The world economy faces a `titanic problem') (QEの限界で再出するドル崩壊予測

 いつ起きても不思議でない金融危機の一つの可能性は債券市場の「テーパー・タントラム(taper tantrum)」だ。もともとの意味は、当局がQEなど金融緩和策をやりすぎ、緩和策を縮小(テーパー)する時に、債券市場がわずかなことでパニック(かんしゃく。タントラム)になって急落(金利高騰)を引き起こすことだ。最近は、米日欧のすべてが緩和策をやっている異常な状態なので、緩和策の縮小時でなく、緩和策をまだまだ続けると当局が言っている状況下でも、タントラムが起きる。 (`Super taper tantrum' ahead, warns IMF) (Greenspan sees another taper tantrum once rates rise

 4月に入り、欧州中央銀行(ECB)がQEを開始したところ、ドイツの長期国債金利(10年もの)は、いったん下落したものの、2週間後から反転して上昇した。4月下旬以降、日本や米国の国債も、金利が反転上昇しており、これはテーパータントラムの発生でないかと懸念されている。 (Is this a repeat of the 2013 taper tantrum?) (US government bond market hit by sell-off

 従来は、先進諸国全体として緩和策を持続拡大する方向だったが、来年になると、日本やEUがQEをやめる方向に転じ、米連銀は昨年までのQEで買い貯めた債券を売却する予定だ。その前後に、巨大な「超テーパータントラム」「トリプル(米日欧)テーパータントラム」が起きるとの予測もある(実のところ今のような先行き不透明な状況下で「来年の予測」は無意味だが)。タントラムはいつ起きても不思議でない。来週なのか来年なのか、といった時期的な違いだ。 (Analysts are talking about a 'triple taper tantrum' that would spark market turmoil

 QEなどでゼロ金利状態が続くと、預金と融資の金利差で儲けてきた銀行業全体が薄利となり、経営が行き詰まる。今の超緩和策を縮小すると「タントラム」で金融危機が起きて銀行が「突然死」的に潰れるが、超緩和策を持続すると、銀行を経営難によって業界ごと「緩慢な死」に追いやることになる。

 米国の銀行が破綻した場合に、失われた預金を穴埋めして預金者を守る預金保険公社FDICは、穴埋めに使える資金(保険金)の総額が、全米の保険対象の預金総額の1%しかない。それ以上の比率で銀行が破綻したら、預金を保護しきれない。米国では預金者保護策の強化と称し、預金保険の対象上限額が、リーマン危機前の10万ドルから25万ドルに引き上げられたが、預金保険の基金の総額自体が足りないのだから、1件あたりの上限額の引き上げは意味がない。米欧では、次に金融危機が起きて銀行が連鎖的に潰れたら、預金を守る「ベイルアウト」でなく、預金を預金者に返さないことで銀行を取りつぶす「ベイルイン」で対応するしかない。日本も同様の傾向だ。 (Even The FDIC Admits It's Not Ready For The Next Banking Crisis

 米国中心の世界の銀行システムは、すでにリーマン後の超緩和策によって緩和中毒、QE中毒になっており、緩和策から抜け出して健全性を取り戻すことはたぶん無理だ。米欧の当局は、超緩和策を維持しつつ、銀行を延命させる方法を考えている。その一つは、銀行が預金者から口座維持手数料を取り、手数料収入で銀行を運営することだ。米国のJPモルガンチェース、シティや、英HSBCなどが、手始めに他の金融機関が自行に預けている大口預金から、残高に応じて口座維持手数料を取り始めている。 (HSBC to charge for holding deposits) (Negative Interest Rates Become the Norm in Europe

 バブル膨張によって資金を株や債券で運用するリスクと不透明さが増し、投資家は資産を現金(普通預金)で持っておこうとする傾向だ。その流れで預金を増やした投資家から、銀行が口座維持手数料を取り始めている。これは「現金として置いておかずに株や債券を買え」という銀行から投資家への「尻たたき」でもあり、株高や債券高を押し上げる効果がある。 (The cash crisis begins as Chase to start charging 1% fee on bank deposits starting May 1

 マイナス金利が長く続きそうなEUでは、もっと広範で根本的な銀行経営の転換策が急いで検討されている。それは「現金の廃止」だ。従来は多くの場合、小売店は購入者から現金決済を求められたら応じねばならなかったが、EU各国は、小売店が現金決済を拒否し、デビットカードやクレジットカードでの決済しか応じなくてもかまわない法改定を検討・開始している。 (Denmark Central Bank to Stop Printing Money: Shops Can Refuse to Accept Notes and Coins

 人々は、銀行が提供する決済システムを利用せざるを得なくなり、銀行は従来の預金と融資の金利差でなく、決済システムの利用料を国民から取ることで経営していくかたちに転換する。フランスなどは、すでに現金決済の上限額を厳しく定めており、EUの最終目的地は現金の廃止だ。 (現金廃止と近現代の終わり) (German Economist: `Stand Up for the Abolition of Cash,' Stand Up for Central Banks

 これは「現金を使わない決済の方が便利で効率的だ」「マイナス金利をいやがって人々が現金を貯め込むのを抑止し、中央銀行のマイナス金利策の効果を維持できる」「現金決済に固執するのは脱税者やテロリストだ」といった理論で推奨されている。だが、実のところ現金廃止論は、マイナス金利策の長期化で経営が行き詰まっている銀行業界への救済策だ。 (France to restrict movement of cash, gold and crypto-currencies) (Here It Comes: Denmark Moving to a Totally Cashless Society

 現金は、決済や資産備蓄を匿名でやれる手段だ。カード類や電子決済は、誰がいつどこで何にいくら払ったか、政府がその気になればぜんぶ把握できる隠然独裁体制の始まりだ。現金の廃止は「プライバシーの廃止」「自由の廃止」でもある。現金は残すが、すべての紙幣に磁気テープを印字し、いつ誰の銀行口座から引き出された現金なのかわかるようにして、再びどこかの銀行口座に入金されたとき、現金であった時期の長さに応じて手数料を差し引くという、現金保有を不利にする案も出されている。日本ではまだ話題になっていないが、欧米とくに欧州では最近、現金廃止の是非が急にやかましく論じられるようになった。 (The Secret Fed Paper That Advocated a "Carry Tax" on All Physical Cash

 電子決済の中にも、暗号化技術によって匿名性を保持できる「ビットコイン」などの手法もある。ビットコインはこれまで、匿名性を保持できるがゆえに米欧当局から敵視され、ハッカー(を装った米イスラエル当局筋の者?)がビットコインのシステムを破壊する事象が相次いだ。しかし先日、スウェーデン政府がストックホルムの取引所で、ナスダックに世界初のビットコインの先物取引の相場を開設させた。これは現金廃止をめざす欧州諸国が、ビットコインをまっとうな決済手段として認知したことを意味しているように見える。 (Trading in Bitcoin Made Simpler Through New Exchange

 米国中心の世界の金融システムは全体としてリスクが高まっており、テーパータントラムなど危機の再発による突然死の可能性がある。突然死が起きない場合、金融機関はQEの永続化や現金廃止などによって延命していく。だが、リーマン危機前にあった、金融の儲けが金融業界以外の一般市民の生活を少しずつ押し上げるトリックル効果は、危機後に失われた。金融以外の実体経済は、米日欧の全体で不振だ。米日欧ともに、小売店の儲けが減り、雇用はフルタイムが減ってパート・派遣・低賃金が増加し、多くの人々が中産階級から貧困層に転落している。今、世界の就業者の4分の1しか、安定した仕事を持っていない。金融相場の上昇で儲けられる大金持ちと、トリックルが失われた一般市民との貧富格差の拡大に拍車がかかっている。その一因は、QEなど金融緩和策にある。 (Only one in four workers worldwide has a stable job) (Economic Disinformation Keeps Financial Markets Up) (Major U.S. Retailers Are Closing More Than 6,000 Stores

 米国では、一昨年に財政破綻したデトロイトに続き、シカゴ市と、同市が属するイリノイ州が財政破綻に瀕している。いずれも、公務員年金の運用失敗の穴埋め負担で、市財政が圧迫されている。シカゴ市は最近、債券格付けがジャンクに引き下げられ、破綻が時間の問題になってきた。米国政府は、国債金利の高騰を防ぐため、国債発行を減らしている。そのしわよせが社会保障や教育、インフラ整備の減少となり、貧困層の救済や、実体経済の再生を阻んでいる。債券金融を守るため、国民の生活が犠牲にされている。 (Chicago "Junking" Triggers $2.2 Billion Payment, Deepening Financial Crisis

 米日欧は、今の超緩和策をやめると債券金利の高騰など金融危機が引き起こされるのでやめられない。危険な金融バブル膨張を承知で、超緩和策を続けるしかない。しかし、永遠に破裂せず膨張し続けるバブルなどない。後になるほどひどいバブル崩壊、金融危機に見舞われる。国債金利を引き下げる日銀のQEは、日本政府の国債利払いの額を減らしている。ロイター通信によると、日本政府は日銀のQEが今後ずっと続くことを前提に、少ない利払い額ですませる計画を立てている。ここで垣間見えるのは、安倍政権がQEをやめるつもりなどないことだ。しかし、QEは永続できない。いずれバブルが崩壊し、財政破綻する。 (Japan debt plan needs BOJ to keep rates low for years -sources) (QEやめたらバブル大崩壊

 米国中心の戦後の世界の金融システムは、1971年のニクソンの金ドル交換停止でいったん破綻したが、その後、債券金融システム主導で蘇生し、今に至っている。08年のリーマン倒産は、この70年代からの金融システムの破綻の始まりだった。今の超緩和策と、きたるべきバブル再崩壊はおそらく、現行の世界の金融システムの終焉になる。その後、人類は、中国などBRICS(G20)が準備している、金融が肥大化しすぎない実体経済主導の経済システムを使うことになると考えられる。 (David Stockman: "We Are Entering The Terminal Phase Of The Global Financial System") (CIA Economist: Bank Accounts will be frozen; spontaneous collapse coming, IMF to rescue



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