負けるためにやる露中イランとの新冷戦2015年5月17日 田中 宇5月14日、米国メリーランド州の大統領の別荘キャンプデービッドで、オバマ大統領と、サウジアラビアを筆頭とするペルシャ湾岸アラブ産油諸国(GCC)の国王らとのサミットが開かれ、米国とGCCとの軍事安保関係の強化を決めた。サミット開催の理由は「イラン」だ。6月末にイランの核開発問題をめぐるP5+1(米露中英仏独)との協議が正式解決する可能性がある。それを受け、ペルシャ湾をはさんでイランの対岸にあるGCC諸国(サウジ、クウェート、バーレーン、カタール、UAE、オマーン)は、中東におけるイランの台頭と、GCCの不利を予測し、イランとの関係改善を強く望むオバマの姿勢を懸念している。その懸念にオバマが応え、今回のサミットが開かれた。 (U.S. may raise Arab states to 'major' ally status) (US, Gulf states to deepen military ties: White House) サミットでは、対空迎撃ミサイルの配備や、米国からGCCへの兵器売却手続きの簡素化など、軍事関係の強化を決めた。米政府は、GCC諸国を「NATO外重要同盟国(MNNA)」に指定することも検討している。GCCのうちクウェートとバーレーンは、イラク戦争後の2004年にMNNAになったが、サウジは「アルカイダ」と関係があることが米国側に嫌われ、GCC内でサウジとその傘下の3カ国はMNNAになっていない。MNNAに入り、米国との軍事関係を強めると、サウジは、日本、韓国、イスラエル、パキスタンなどと並ぶ米国の本格的な同盟国になる。 (US Likely to Designate Gulf States as `Major Allies') (US, Gulf States to Develop Regional Ballistic Missile Defense System) 米国上層部は最近、ロシア、中国、イランをひとくくりにして長期に敵視する「新冷戦」とも呼ぶべき新たな世界体制を模索している。その一環が、5月初めに日本から安倍首相を招待し、中国を敵として日米安保体制を強化する策だった。そして今回、米国がサウジなどGCCの首脳を米国に招待し、イランを敵とする新冷戦体制として、米GCC間の軍事同盟を強化した。米欧のロシア敵視策は、昨年初めにビクトリア・ヌーランド国務次官補ら米政府がウクライナの政権転覆を支援し、ウクライナを内戦にして以来、続いている。 (The Pentagon's "Long War" Pitches NATO Against China, Russia, & Iran) (US led NATO now firmly pitted against Russia-China-Iran) 米国がNATOや日本、サウジなどGCCを率いて、露中イランをまとめて敵視する新冷戦策は、今回のサミットでGCCが米国との軍事関係の強化を決めたことで、いっそう明確化した。来年の米大統領選挙に出馬する共和党候補マルコ・ルビオ上院議員は先日、権威あるシンクタンクCFRで行った外交方針演説で、敵は露中イランであり、防衛に必要な軍事費を無制限に出すと表明した。露中イランを敵視する新冷戦体制が、すでに米国の新たな世界戦略として確定している感じだ。 (GOP presidential candidate lashes out at Russia, China, Iran) 米国やNATO(欧州)、日本、GCCが、露中イランを敵視する構造は、ユーラシア大陸の海洋側の諸国が、内陸側の諸国を敵視する地政学の構図に合致している。米欧がソ連や中国を敵視した1940-80年代の冷戦も、地政学の構図を持っていた。地政学的な意味でも、今の展開は「新冷戦」と呼べる。冷戦が45年続いたように、新冷戦も何十年も続き、最終的に米国側が露中イランを打ち負かすなら、安倍政権が世論を押し切って必死に米国にすり寄ってよかった、という話になる。 (US Forcing Russia, China And Iran Into Eurasian Military Alliance) (日本をだしに中国の台頭を誘発する) しかし、事態を詳細に見ていくと、この米国の新冷戦戦略は、最初から米国側の負けで終わりそうなことが透けて見える。米国は、わざわざ自分たちが勝てない状況を作った上で、新冷戦を構築し始めている。米国は、新冷戦体制を、勝つためでなく負けるために構築しているように見える。米国が負けそうな状況で過激に露中イランを敵視するほど、露中イランは結束して強くなり、インドや中南米、トルコなど「非米」的な勢力が露中イランの側に取り込まれ、EU、ASEAN、韓国など、もともと親米だった諸国が、米国の無茶な好戦策の敗北を予測し、露中イラン敵視への参加を控えるようになる(4月のAIIB創設騒動が象徴的だった)。米国の新冷戦策は、米国覇権の解体と多極化にしかつながらず、日本など、新冷戦に積極的に乗る諸国は馬鹿を見る。 (多極化への捨て駒にされる日本) (日本から中国に交代するアジアの盟主) 米サウジがイランと敵対する新冷戦の中東戦線では、米国の中枢が、イランと和解したいオバマ大統領と、イラン敵視を維持したい米議会の共和党などイスラエル傀儡の勢力が対立している。オバマ政権が、議会の反対を押し切ってイランとの和解を進めるので、GCCが懸念して米国との安保体制の強化を求めてきたのが今回のサミットの背景だ。米国は、制裁を解除してイランを強化しつつ、イランを敵視するという大矛盾をやっている。サウジのサルマン国王は、すでに米国を信用していないようで、今回のオバマとのサミットをドタキャンし、UAEとバーレーン、オマーンの君主もサルマンに追随して欠席を発表した。 (イランとオバマとプーチンの勝利) (イラン核問題の解決) 今回の米GCCサミットの「成果」の一つは、米国がGCCにPAC3など新型のミサイル迎撃システムを購入し、対イランの防衛力を高めたことだが、新システムの導入には数年かかり、その間にGCC6カ国が相互信頼や協調関係を強化する必要がある。協調関係が足りないと、GCCのある国の飛行機が別の国の空域を飛んでいるときに、敵機と誤認され迎撃されかねない。GCCは相互に反目してきた歴史がある。その要素の一つは、GCC内に、イランを許容する傾向が強いUAEやオマーンなどと、イランを敵視する傾向が強いサウジなどの2派が存在することだ。 (Missile shield for Gulf to take years, and heavy U.S. commitment) イランへの経済制裁が解かれると、UAEなどGCC内のイラン許容派は、イラン敵視をやめ、経済関係を強化して儲けようとする。すでにUAEのドバイは、イランと欧州などとの投資や貿易の商談をどんどん仲介している。商談の仲介は、国際商都ドバイの生命線だ。今後、イランが経済成長を再開するほど、GCC内は親イランと反イランとの相克が激しくなり、相互信用の醸成と逆方向に事態が進む。イランが政治戦略としてGCC内の結束を崩そうとする動きも強まる。新型ミサイル防衛システムの稼働に必要なGCC内の相互信用は、うまく醸成されない可能性が高い。 (Dubai poised to act as bridgehead for Iranian investment) イエメンでは、サウジ軍が、イランを慕うシーア派の武装勢力フーシ派と戦っている。米国は、イエメンのハディ政権に合計5億ドルの兵器類を支援したが、ハディ大統領は民意の支持が弱く、昨秋、首都サナアをフーシ派に乗っ取られた。ハディは今年2月に第2の都市アデンに移動し、フーシへの反攻を開始した。だがその直後、ハディの政府軍を軍事支援するはずだった米国の大使館や軍事顧問団が、事態の悪化を理由にイエメンから総撤退してしまった。米国の後ろ盾を失った政府軍は敗退し、フーシは戦闘せずに政府軍の基地を接収し、政府軍が米国からもらった戦闘機やミサイルを含む大量の兵器類を手に入れた。この件は以前の記事に書いた。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) サウジアラビアは、米国が誘発した突然のフーシ派の軍事台頭(抑止力の飛躍的な強化)に驚愕した。フーシの居住地域はサウジと国境を接している。サウジ軍は、シーア派で親イランのフーシを敵とみなし、フーシが軍事力をつけるたびに戦闘機などで越境攻撃してきた。これまでフーシは戦闘機やミサイルを持たず、サウジ軍が簡単に空爆できた。だが、フーシがハディの政府軍の戦闘機やミサイルを大量に入手すると、状況が大きく変わる。サウジは、フーシからサウジ本土を空爆される反撃を覚悟しないとフーシを攻撃できなくなる。放置すると、サウジはフーシを空爆できなくなり、外交交渉しか手がなくなる。そのためサウジは、フーシがイエメン政府軍の基地を占領して米国製の兵器類を得た直後、フーシが兵器を使いこなす態勢を整える前に、イエメン軍の基地の多くに対して大規模な空爆を加え、フーシが得た兵器類を破壊した。これがイエメン侵攻の本質だった。 (US armed the Houthis, not Iran) サウジは、米政府に直前まで知らせず、イエメンに侵攻した。米国が軍事顧問団を突然に引き揚げ、フーシが大量の兵器を得るように仕向け、サウジに脅威を与えたのだから、サウジ王政は米国を信用できなくなった。しかし同時にサウジは、軍事的に米国に依存している。サウジ王政は、強い国軍を作ると、1950年代のエジプトやイラクのように、将軍が王政転覆のクーデターを起こしかねないと懸念し、政府軍を比較的弱いままにしておき、その分、防衛や安全保障を、石油利権と引き替えに米国に依存してきた。サウジは、軍事面の対米依存をやめられない。 だが半面、サウジは、今後も軍事の対米依存を続けると、今回のイエメン侵攻のような事態を、再び米国から誘発されかねない。昨年から勃興したイラクのISIS(イスラム国)は占領地域がサウジと接し、まだサウジを敵視していないが、いつサウジに戦いを挑むかわからない。ISISも、米軍が創設を誘導し、米軍がこっそり武器支援している組織だ。ここでも、米国がサウジに脅威を与えている。中東の国際政治においてサウジのライバルであるイランを強化しているのも、米オバマ政権だ。 (露呈するISISのインチキさ) (イスラム国はアルカイダのブランド再編) サウジはイエメン侵攻開始後、アラブ諸国を集めてエジプトでサミットを開き、エジプトやヨルダン、スーダン、パキスタンなど、これまで巨額の資金援助をしてきた国々に兵力を出すよう要請し、米軍に頼る代わりに、にわか仕立ての傭兵団「アラブ連合軍」を結成して対応した。サウジ軍は、傭兵集団なので弱く、イエメンに地上軍侵攻してフーシと戦う泥沼の占領を長く続けることなどできない。サウジは、親イランのフーシと和解するしか道がない。 (Saudi military almost entirely staffed by mercenaries) (Egyptian Pilot Arrested for Refusing to Bomb Yemen) サウジ主導のGCC諸国は、今回のオバマとのサミットに際し、GCCが外国から侵攻されたら米軍が防衛する義務を明文化した安保条約の締結を求めたと報じられている(これまで米国はGCCに対し、守ってやると口約束してきただけだった)。安保条約の要求を、イエメン戦争との関係で考えると、米国がイエメンのフーシをこっそり強化してサウジに攻撃を仕掛けられる事態を作った場合、米国自身がフーシと戦わねばならなくなる安保条約の締結をサウジが求め、米国がイエメン戦争のような脅威をサウジに与えられないようにする策と考えられる。 (US-Gulf summit: Obama's balancing act) (Obama Becoming Global Joke? King Of Bahrain Snubs US President, Meets Horse Instead) しかし米国は、GCCと安保条約の締結を拒否した。すると、サウジのサルマン国王は5月10日、オバマとのサミットに、自分でなく代理人を派遣すると発表した。開催4日前のドタキャンだ。欠席の理由は発表されていないが、サウジ国王が欠席を表明した後、UAEとバーレーン、オマーンの君主も欠席を表明した。サウジが安保関連で米国に求めていた最重要の何らかの提案を米国が断ったことは間違いない。米政府は「サウジは、NATO外重要同盟国(MNNA)に入れてもらうだけで、安保条約締結国とほとんど同じになる」と言っているが、サウジら国王の集団欠席は、MNNAなど要らない、MNNAでは不足だとサウジ側が考えていることを示している。 (Saudis Snub Obama Over Iran Deal) (Saudi Obama's hard truths for the Gulf states on Iran) 米国は、サウジやNATOを率いてロシアやイランを敵視する新冷戦体制を作っているのに、その一方で、オバマ政権は、シリアやイエメンの内戦を終わらせるためにロシアやイランの仲裁による和平交渉が必要だと言っている。米国のケリー国務長官が4月末、イランのザリフ外相と会談し、イエメン停戦の仲裁を正式に頼んだ。イランとロシアは、サウジがイエメンに侵攻した直後から、停戦案を出し続けている。 (Kerry to raise Yemen conflict directly with Iran FM) (US Asks Iran to Help With Yemen Peace Talks) 米国がイランやロシアにイエメン停戦の調停役を頼むのは、筋として間違っていない。だが米国は、サウジから見ると、一方でイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて敵視し続けてきたくせに、他方で親イランのフーシ派がサウジに脅威を与える大量の武器を得るよう仕向け、サウジが国際法違反を犯してイエメンに侵攻せざるを得ないようにしたうえ、その侵攻の停戦仲裁を、フーシ派の擁護者でサウジのライバルであるイランに頼むという、サウジに脅威を与える頓珍漢なことをやり続けている。傭兵団しか持たないサウジは、イエメンで軍事的に勝利できず、米国の動きがいくら頓珍漢でもそれに乗り、イエメン紛争の解決をイランに頼むしかない。 (Iran Foreign Minister Urges Talks With West to Solve Crisis in Yemen) (Russia to throw weight behind Iran's Yemen initiative at UN) オバマはイランへの制裁解除を望んでいる。イランとP5+1は6月末、核問題の解決と経済制裁の解除を協約し、国連がイラン制裁を解除する可能性が高い。しかし、米議会は超党派でイラン制裁の解除に反対している。米国だけイラン制裁が残り、EUなど他の諸国は国連の決定に基づいてイラン制裁を解除する展開になりそうだ。国際社会は、米国を無視してイランとの経済関係を再強化し、イランは経済的、国際政治的に台頭する。すでに欧州などの企業が、イランからの石油ガス輸入やイランへの航空機販売などの商談を開始している。 (Iran, European companies to discuss gas exports to Europe next month: Official) (Iran plane deal show sanctions collapsing) インドは、米国の制止を無視して、イランのチャバハルに港湾を建設している。中国の習近平主席が4月にパキスタンを訪問して巨額の経済インフラ建設を約束し、中国がパキスタン経由でイランやアフガニスタンに貿易路を伸ばそうとする中で、インドは対抗して、パキスタン沖を海路で迂回し、チャバハル港からイラン国内を通ってアフガニスタン西部に至る道路を建設する計画だ。インドは、米国に止められても、中国に対抗するためイランに接近せざるを得ない。イランは漁夫の利を得ている。 (India to sign port deal with Iran, ignoring U.S. warning against haste) (Chinese president to launch economic corridor link in Pakistan) 米国以外の諸国が制裁を解いてイランとの経済関係を強化すると、イランが中東での影響力を拡大するために使える資金が急増する。シリアのアサド政権は資金力が低下し、内戦に使える資金が減って、米イスラエルがこっそり支援するISISやアルカイダに負けそうになっており、イランに資金援助を求めている。シリアの国防相が最近イランを訪問し、60億ドルの戦費が必要だと懇願したが、イランは10億ドルしか出せず、あとは精神論で頑張れと説教するだけだった。イラン傘下のレバノンのヒズボラがシリア政府軍へのテコ入れを本格化したが、このままだとアサド政権は苦しくなる。しかし今後、制裁が解除されてイランが資金を持つと、アサドに支援する軍資金も増え、シリア内戦でアサドが再び優勢になる。 (Gulf Arabs fear Iran with cash as much as Iran with the bomb) (The Middle East map may be redrawn before Iran's June 30 nuclear deadline) イランは、経済制裁されていた従来も、シーア派の宗教団結などを活用し、あまり軍資金を使わずに、イラクやシリア、レバノン、イエメンなどで影響力を拡大してきた。たとえばイランは、アフガニスタンからイランに逃げてきたアフガン難民に「イランの居住権をやるからシリアに行け」と言ってアサドの政府軍の傘下で戦わせたりしている。 (Syria's Mercenaries: The Afghans Fighting Assad's War) 対照的に、サウジやカタールなどGCC諸国は、石油収入で巨額の軍資金があるのに、レバノンやシリアなどでイランとの影響力の争いにおいて、せいぜいイランと互角か、ともするとイランより劣勢だった。今後、イランが資金力をつけると、イラク、シリア、レバノン、イエメン、パレスチナなど、中東の多くの場所で、イランが今より優勢になり、サウジなどGCCは不利になる。そのようにGCC自身が懸念している。中東における「新冷戦」は、米サウジがイランを打ち負かすどころか、逆に、サウジが頓珍漢な米国に尽かしつつ、イランへの対抗をあきらめて協調せざるを得なくなる結末が、すでに見えている。 (いずれ和解するサウジとイラン) 新冷戦の一環である、米国のロシア敵視策も、矛盾が目立っている。米国のケリー国務長官が5月13日にロシアを訪問し、プーチン大統領らと8時間会談した。米高官のロシア訪問は、ウクライナ危機勃発以来2年ぶりだ。ケリーの訪露は、オバマ政権がロシアとの敵対を緩和する動きとして注目され、米議会やマスコミを席巻する好戦派(新冷戦派)は、ケリーの訪露を強く非難した。 (Kerry's pointless diplomacy in Russia) (Kerry holds 'frank' talks with Putin in bid to improve ties) ケリーがプーチンと話し合った主な議題は、ウクライナとシリアだったと報じられている。ウクライナに関しては、露独仏がまとめた「ミンスク2合意」の停戦体制に対し、米国が初めて正式に支持を表明した点が注目されている。ウクライナの停戦・連邦化・再安定化が実現すると、ミンスク2の体制は、ロシアとEUの相互信頼体制に格上げされ、ロシアとEUが、米英の介入なしに直接協調し、東欧やバルカン、コーカサス、地中海沿岸(中東北アフリカ)などユーラシア西部の安定化を米英抜きで実現する多極型の世界体制の一部になる。米国が、ミンスク2を破壊したがるのでなく支持したことは、米国がEUをしたがえてロシアと長期対立する新冷戦体制と正反対の方向だ。 (Yet another huge diplomatic victory for Russia) (ウクライナ再停戦の経緯) (ユーラシアは独露中の主導になる?) (Return to pragmatism in Russia-West ties? Kerry-Putin talks hint that way) またケリーはプーチンとの会談で、ロシアにシリア内戦の和解を仲裁してほしいとあらためて要請した。ロシアは、国連の支持を得た上で、昨年から何回かシリアのアサド政権と反政府派の代表をモスクワに集め、和平会議を開いている。アサド政権は、ロシア仲裁の停戦に積極賛成しているが、反露的な米国のタカ派(軍産複合体)に支援されているシリア反政府派は、交渉など無意味だと言って欠席気味だ。 (Kerry Arrives in Russia for Talks With Vladimir Putin on Cooperation) (Syria Rebels Reject UN Offer for Peace Talks) 7月以降、イランに対する経済制裁が解除されていくと、イランからシリアに流入する軍資金が増え、内戦でアサド政府軍が再び優勢になる。その前にアサドの軍を倒してしまおうと、ISISやアルカイダ(ヌスラ戦線)など、米軍産イスラエルに支援された反政府勢力が攻勢をかけている。ISISやヌスラはテロリストなので、露主導・国連主催の停戦交渉に呼ばれていない。停戦交渉に呼ばれている反政府勢力は、シリア国内の軍事部隊が少ない非力な亡命シリア人組織だ。 (ISISと米イスラエルのつながり) (Assad's Loss Could Be ISIS's Gain, US Officials Warn) 要するにシリアの停戦交渉は、ロシア主導で国際社会がアサド政権に正統性を再付与し、経済制裁を解かれたアサドやイランが、ISISやヌスラと存分に戦って潰せるようにすることを目的にしている。米軍産イスラエル(米単独覇権勢力)はISISやヌスラを支援し、オバマや露中イラン(多極化勢力)はISISやヌスラを潰そうとしている。ケリーがこの時期にロシアを訪問し、プーチンにシリア停戦交渉を頼んだのは、アサド政権が倒される前にシリア停戦を進めてくれという意図だろう。これは新冷戦体制、つまり米単独覇権の維持と逆方向だ。 (Obama's overture to Putin has paid off) (ISIS' Strategy Leak Reveals Syrian Takeover Plot, US "Created A Group Of Very Intelligent Enemies") オバマ政権は最近、以前は言っていなかった「ISISと戦うため、アサド政権の存続を容認せざるを得ない」という理屈を表明するようになった。米イスラエル傀儡色が強いヨルダンはこれまで、反アサド策の一環としてヌスラを支援してきたが、先日、ヌスラを敵視する政策に転換した。事態はしだいに、アサド政権が存続してシリア内戦が終わる方向になっている。 (Jordan Shifts Policy, Fearing al-Qaeda's Growth in Syria) (State Dept: US Might Talk With Iran About Syria) シリア内戦がアサド政権の存続で終わると、中東におけるイランなどシーア派、露中の影響力が増す。半面、アサド潰しに荷担してきた米国、サウジなどGCC、トルコ、イスラエルの影響力が低下する。サウジはますますイランと和解せざるを得なくなる。イランでなくイスラエルの核武装が問題にされる。イスラエルのネタニヤフ政権は、それを見越して、選挙が右派の勝利だったにも関わらず、パレスチナ和平に積極的な中道派と連立政権を組む道を模索していたが、失敗し、右派と連立を組んだ。 (Lapid: Herzog is waiting for call to join coalition) 延々と書いてしまったが、事態は、米国が同盟国を率いて露中イランを封じ込める新冷戦体制の成功に向かっていない。数年前なら、まだ露中イランが弱かったので、新冷戦体制が組みやすかったが、米国は露中イランの優勢が増した今のタイミングをわざわざ選んで、新冷戦体制を構築している。米国はあまりに馬鹿だ。意図的に馬鹿をやっている。新冷戦体制は、失敗することを予定して開始された、隠れ多極主義の戦略だろう。 (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国) 中国に関しても、米国は中国敵視を延々と続けそうな半面、世界一の消費市場になっていく中国と本格戦争するわけにいかず、敵視しつつ協調し、これが外交軍事面での中国の台頭を誘発する結果になる。 (Financial summit opens to discuss the 'new normal') 米国の露中イラン敵視策は、露中イランが結束によって十分に強化され、米国の覇権の力が金融危機再燃などで低下し、国際社会(日本以外)が敵視策に固執する米国を見限って多極型の新世界秩序を支持するまで続くだろう。米国の露中イラン敵視策は、米国が世界(日本以外)に軽視されることで終わる。それがいつになるか、今は見えない。米政界は依然として軍産イスラエルの力が強いので、次期大統領になっても露中イラン敵視が続くだろう。 (The Choice Before Europe) (India, China successfully address some differences) 露中イランは、敵視されるほど結束して強くなり、インドや中南米、ASEANなどを自陣営に引っぱり込もうとする策を続け、これが覇権構造の多極化に拍車をかける。モディ首相の訪中など、中印の接近が注目される。サウジなどGCCも、いずれこの流れに抵抗するのをやめざるを得ない。日本は最後までこの流れを無視して対米従属に固執しそうだが、転換があとになるほど国際政治的に軽視され、経済的にも困窮する。
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