露呈するISISのインチキさ2015年3月8日 田中 宇人質2人の殺害で日本でも一挙に有名になった中東のISIS(イスラム国)は、米国やNATOが全力で倒そうとしているはずの「仇敵」だ。日米欧では、そう報じられている。ところが最近、米軍やイラク軍がISISと戦っているイラクの現場で、米国や英国の飛行機やヘリコプターが、ISISに武器や食料を空輸して投下しているのが多数目撃され、イラクの政府軍や民兵が、こうした利敵行為をする米英の飛行機やヘリを撃墜する事件が相次いでいる。 (Terrorists Supported by America: U.S. Helicopter Delivering Weapons to the Islamic State (ISIS), Shot Down by Iraqi "Popular Forces") イランの通信社の報道によると、イラクのシーア派民兵の一組織であるアルハシャドアルシャビ(Al-Hashad Al-Shabi)が2月26日、イラクのアンバール州のアルバクダディ地区で、ISISに渡すために武器を運んでいた米陸軍のヘリコプターを撃墜し、飛行中と撃墜後のヘリの写真をインターネットで発表した。 (Iraq's Popular Forces Release Photo of Downed US Chopper Carrying Arms for ISIL) アルバグダディ地区では撃墜当時、イラクの政府軍・民兵団がISISに攻撃を仕掛けており、撃墜の翌日(2月27日)には、イラク軍がISISを撤退させて同地区を奪回した。撃墜された米軍ヘリの行動は、イラク軍との戦闘で負けそうになっているISISに武器を補給して加勢する利敵行為だった。イラクは、同盟国であるはずの米国に見事に裏切られている。 その前の週には、イラク議会の国家安全防衛委員長(国会議員、Hakem al-Zameli)が、ISISと戦うためにイラクに来ているはずの米軍の複数のアパッチヘリが、ティクリート市の南郊で、ISISのために武器と食料を投下しているのが目撃されたと、写真を示しながら発表した。ティクリートは従来ISISが占領しており、イラク軍が戦死者を出しながら戦って奪回しようとしている町だ。ここでも米国は利敵行為をしている。 (Iraqi Army Allegedly Downs A US Helicopter For Providing Weapons To ISIS: Report) 同議員によると、2月23日にはイラク軍が、アンバール州でISISに渡す武器を空輸していた英国の飛行機2機を撃墜した。イラク議会は、撃墜された英国機の機体の写真をイラク軍から渡されており、英政府に釈明を求めている。また同議員は、アンバール州では毎日のように、地元の住民や駐留している兵士から、米欧軍の飛行機やヘリがISISのために武器や物資を投下しているところを目撃したとの通報が届いているとも言っている。 イラク議会によると、米軍はISISに対し、地対空砲など高度な武器を投下している。米欧によるISISへの武器食料投下は今年1月から行われており、米欧が利敵行為で供給する武器や食料がなければ、イラクのISISはイラク軍に負けて撤退していたはずだという。イラク軍がISISを撤退させて奪回した地域では、米欧イスラエルがISISに渡したとみられる米欧イスラエル製の武器が多く見つかっている。イラク議会は、米国がISISを支援する目的について、イラクの混乱を長引かせるためだろうと考えており、事態の全容を把握しようと調査を進めている。 (Iraqi Army Downs 2 UK Planes Carrying Weapons for ISIS) 米諜報界には、米国や同盟国(イスラエルやカタールなど)がこっそり裏でISISを育て、支援しているという指摘が昨年からあり、私自身、それを記事にしてきた。それを考えると今回、米英軍機がISISに武器を投下していることも、とてもひどい話ではあるが、驚くことでない。 (敵としてイスラム国を作って戦争する米国) (イスラム国はアルカイダのブランド再編) 反米感情が強いイラク議会の言うことなど信じられない、と考える人がいるかもしれない。1回のみの目撃証言なら、見間違いやウソ、米軍機が味方の軍勢に武器を投下するつもりで間違えてISISに投下してしまったことがあり得る。しかし今回のように、多数の場所で、何度も、米国だけでなく英国までがISISに武器を投下し、証拠写真もあり、一人の議員の主張でなく議会の委員会が事実とみなしているとなれば、ウソや間違いの可能性はかなり低い。米英がISISと敵対するふりをして支援していることが、ほぼ確実になった。 米国防総省は、イラク軍を指揮してISISが占領するイラク第2の都市モスルを攻撃・奪還する計画を発表したが、イラク軍と十分な打ち合わせなしに発表し、しかもISISに知られたらまずい攻撃の時期や軍勢数まで発表してしまった。米軍は、稚拙な発表でイラク政府を起こらせた挙げ句、攻撃遂行が困難とわかったという理由で、あとで計画を棚上げ(延期)した。 (Pentagon Scraps Spring Attack on Mosul; Iraqi Troops Not Ready) 前述のとおり米軍によるISISへの武器支援も暴露され、米国を信用しなくなったイラク政府は、米国の代わりにイランから軍事支援を受けつつ、ISISが占領するティクリートへの攻撃を開始した。政府軍と、イランに訓練されたシーア派民兵団が連合して戦っている。イラクでは、以前の米軍占領時に作られた政府軍より、イランが訓練したシーア派民兵団の方が兵力も戦闘力もまさっている。ティクリート攻略は3万人の規模で行われており、ISISとの戦争が始まって以来のイラク軍(と民兵)による最大の反撃だが、米軍は傍観者にされている。 (US Left Out as Iran-Backed Forces Advance on Iraq's Tikrit) (US general: Iran role in Tikrit assault 'may be positive') ティクリートの戦闘は続行中で、結果がどうなるかわからないが、イラク軍が優勢で、ISISは苦戦している。ISISは、イラク軍のヘリによる攻撃を妨害するため、ティクリート郊外のアジル油田に火をつけて黒煙を上げ、上空の飛行を困難にした。ISISはこの油田から日産2万5千バレルを産油し、外国に密輸して稼いでいた。重要な収入源である油田に火をつけて炎上させないとティクリートを守れないほど、ISISは追い詰められている。 (ISIS Set Iraqi Oil Fields On Fire, Stalls Military Advance) イラク軍が今のように、米軍の支援を受けず、イランの支援だけを受けてティクリートを奪還できたら、それはイラクにおけるISISとの戦争が、米国主導からイラン主導に転換し、イラクが米国からイランの傘下に移る分水嶺の出来事になるだろう。ISISと戦うふりをして支援する米国の悪だくみは、イランによって終わらされるかもしれない。米国が「善」でイランが「悪」という既存の構図が逆転する流れが続いている。 (Pentagon Fears Growing Iran Influence in Iraq) (善悪が逆転するイラン核問題) シリア南部では、最近の記事に書いたように、ISISの兄貴分組織であるアルカイダのアルヌスラ戦線を、停戦ライン越しにイスラエルが支援している。ISISもアルヌスラ(アルカイダ)も人殺しやテロを頻発している。ISISやアルカイダを支援する米英イスラエルは、本来なら経済制裁されるべき「テロ支援国家」だ。テロ支援国家を経済制裁する「テロ戦争」の枠組みを作ったのは米英イスラエルで、彼らが判事役でもあるので、自分たちが決まりを破っても制裁されない。米国はかつてアルカイダを作ったうえ、彼らが911事件をやったことにする自作自演の構図の上にテロ戦争を開始した。今またISISやアルヌスラを使ってテロ戦争を再燃させている。 (ISISと米イスラエルのつながり) (テロ戦争を再燃させる) イスラエルがアルヌスラをこっそり支援していることを最初に報じたのはシリアのテレビ局だった。同局は、アルヌスラがゴラン高原のイスラエル側に入境してイスラエル軍と会議を開いている光景を撮った動画を放映した。動画を撮影してシリアの局に持ち込んだのはイスラエル人(ドルーズ派イスラム教徒のSedki al-Maket。長く投獄され最近出獄した。おそらく諜報要員として動くことを当局から命じられている)で、イスラエル諜報機関は彼を逮捕した。この逮捕によりイスラエルは、アルヌスラ支援を指摘したシリアのテレビ局の報道を事実と認めたことになる(事実でなければ動画撮影者を逮捕しない)。 (Israel's IDF Supports Syrian Opposition Rebels: Shin Bet Secretly Arrests Golani Druze, Accusing Him of Exposing Rebel-IDF Collaboration) イスラエルは、自分たちがテロ組織を支援している犯罪性をうすめるため、アルヌスラに働きかけてアルカイダから決別させ、米国にアルヌスラに対する「テロ組織指定」を解除させる筋書きを考えている。イスラエルの諜報機関はアルヌスラの上層部を操れるだろうが、それを表に出せないので、アルヌスラに資金援助していたカタールがアルヌスラを説得してアルカイダから切り離し、それを受けて米国がテロ指定を解除してアルヌスラを大っぴらに支援できるようにするのが表向きの構想になっている。 (US CONSIDERING OPENLY ARMING SYRIAN AL-QAEDA FACTION, AL-NUSRA) 米国は以前から「穏健派」のシリア反政府勢力を支援してアサド政権と戦わせようとしてきたが、米国が支援してきた「穏健派」勢力を次々と攻撃して潰してきたのは「過激派」のアルヌスラである。アルヌスラに駆逐されて「穏健派」がいなくなったので、米イスラエルがアルヌスラの「過激派」のレッテルをはがして「穏健派」に貼り替えようとしている。そもそもシリアに残っているイスラム武装勢力には、前から穏健派などいない。穏健派の人士はかなり前に全員が海外に亡命するか、殺されている。 (U.S. Syria strategy falters with collapse of rebel group) アルヌスラは13年夏、シリア南部の町で化学兵器(サリン)を使った攻撃を行った(トルコでサリンを製造し、シリアに持ち込んだ)。彼らは、極悪のテロ組織である。しかし当時から、もっとインチキだったのは米国だ。米国は、アルヌスラによる化学兵器の攻撃を、アサド政府軍の仕業だと濡れ衣をかけてシリアを空爆しようとした。しかし濡れ衣作りが成功せず、空爆をあきらめ、後始末をロシアに丸投げした経緯がある。 (無実のシリアを空爆する) (シリア空爆策の崩壊) (中東政治の大転換) 米イスラエルは、極悪のテロ組織を支援した上に「極悪」のレッテルをはがすことまでしてやる半面、無実のシリアやイランやイラク(サダム)に「極悪」の濡れ衣をかけ、挙げ句の果てに濡れ衣作りに失敗して、敵であるはずのロシアに丸投げして影響力拡大を容認するという、悪の上に悪を重ねて自滅していく、理解しにくい行為を続けている。 (The US Government Is Making the Problem of Islamist Extremism Worse) ISISは最近、資金難になっていると報じられている。毎月、戦士たちへの給料で1千万ドルかかる。資金がないので、地元民から罰金を取りまくっている。ISISは喫煙を反イスラム行為とみなし、喫煙者を見つけたら65ドルの罰金を科している。ISISが資金難や、イランに支援されたイラク軍の反撃により撤退・縮小の方向になることに備え、米イスラエルは、もう一つのシリアの大きな反政府勢力であるアルヌスラを「穏健派」にレッテル張り替えし、支援強化しようとしているのかもしれない。 (Fines, sell-offs and subsidy cuts: life under cash-squeezed Isis) 最近何度も書いていることだが、米英イスラエルがISISとアルヌスラ(いずれもスンニ派)を表向き敵視して実は支援する半面、イラクやイラン、シリア(アサド政権)というシーア派系の連合体は、ISISなどを本気で敵視している。さらに細分化すると、米政界の上層部では、ISISをこっそり支援して中東支配を続けたい米議会や軍産複合体と、ISISを本気で潰して中東から軍事撤退して国力の浪費をやめたいオバマ大統領が対立している。オバマは、ISISと本気で戦うイランを強化するため、イランの核疑惑を解決し、イラン制裁をやめようとしている。 この構図の中で、イスラエルのネタニヤフ首相が3月3日に訪米し、オバマがイランと協約することに強く反対する演説を米議会で行った。イランは米欧に制裁されている現状でも、イラクやシリア(アサド政権)、ヒズボラ(レバノン)、最近ではイエメンまで傘下に入れ、中東での勢力を拡大し、ロシアや中国との経済や軍事の関係を強化している。制裁が解除されてイランの台頭が容認されると、地政学的なバランスがさらにイランに有利、米イスラエルに不利になる。オバマはそれを容認したいようだが、米国に去られて中東に残されるイスラエルにとっては亡国の危機だ。 米議会は、さすがイスラエルの傀儡組織だけあって、ネタニヤフの40分の演説時間の4分の1が、聴衆の議員たちによる拍手喝采で費やされた。しかしFT紙は「ネタニヤフ演説を拍手の量で評価するのは間違っている」と題する記事を出している。ネタニヤフは演説で、イランに対する米国の諜報分析が間違っていると強く言ったため、高い諜報能力を持つ米国を侮辱したと民主党の幹部議員らが怒った。 (Bibi's misleading Congress clapometer) (Pelosi slams Netanyahu `insult' to US intelligence) 彼らは、ネタニヤフが演説でオバマ案を酷評するだけで、代わりの現実的なイラン政策を何も出さなかったため、米民主党の議員たちは、オバマ案に代わるものが出てこないと結論づけ、それまで超党派で支援してきた反オバマ的なイラン追加制裁法案への賛成を取り下げた。イランと西側の冷戦構造の永続を狙ったネタニヤフの演説は、軍産と英国が組んで米国に冷戦構造を植えつけた1946年のチャーチルの訪米時の「鉄のカーテン演説」を真似たものだった。しかしネタニヤフの演説は、オバマの対イラン協調策を阻止するどころか、逆に進ませてしまう結果になっている。 (Netanyahu Speech Failed: Senators Withdrawing Support From Iran Bill) (U.S. Congress' backing of Netanyahu on Iran more show than substance) (Bipartisan bill to review Iran deal is now looking a lot less bipartisan) ネタニヤフの訪米演説は、3月17日のイスラエル総選挙で再選されるための活動でもあったが、ネタニヤフのリクードは演説後、世論調査でむしろ劣勢になっている。 (Likud fears it may only win 18 seats in upcoming election) 米国の世論の63%は、米議会がオバマを無視してネタニヤフを招待演説させたことに反対している。今回の件は、自国の議会がイスラエルの傀儡であることを米国民に気づかせる、従来のプロパガンダを無効にする効果を持っている。そのため、米国の3大テレビネットワークはどこもネタニヤフの演説を中継せず、あえて目をそむけた。 (Boehner Stunt Backfires As NBC, CBS and ABC Don't Televise Netanyahu Speech To Congress) ネタニヤフによる阻止は失敗したものの、米政府とイランとの協約も、すぐには実現しそうもない。イラン核開発をめぐる米イラン間の食い違いで残っているのは(1)ウラン濃縮用の遠心分離器の数や、核兵器の材料になりうる低濃縮ウランの量(米国が多数の放棄を求め、イランが拒否)と(2)制裁解除のやり方(米国は段階的な解除、イランは一括解除を主張)の2点だ。 (Kerry responds to Netanyahu: Simply demanding that Iran capitulate is not a plan) イランは先日、自国の遠心分離器の3分の1と、低濃縮ウランの大半を放棄してもかまわないと、異例の大譲歩をした。この件は、イランの譲歩によって解決する可能性が出ている。しかし、もう一方の制裁解除のやり方については平行線で、現在の交渉期限の3月末までの妥結は困難と考えられている。米イランなど(P5+1)は、期限を6月末まで延長して交渉を続けることにしている。 (Iran offer to cut centrifuges by a third led to progress in nuclear talks) (Lavrov notes progress in talks on Iran nuclear program) 最近のイランは強気だ。イラン外相は大詰めの交渉で、制裁が一挙に解除されるのでなければ兵器転用防止策の強化に応じられないと表明した。イランの誠実さを確認しながら少しずつ制裁を解除するという、米国のタカ派が求めるやり方だと、あとでまた濡れ衣をかけられて「不誠実だ」と言われ、せっかくイランがやった転用防止策の強化が無意味になりかねない。 (West must choose between N-deal or continued Iran sanctions: Zarif) (Lifting all sanctions requisite for final nuclear deal: Araqchi) イランは、中露などBRICSとの経済関係を強めており、米欧に制裁を解除されなくても大して困らない状況になりつつある。これがイランの強気の理由だろう。ロシアは、中国などとつくる安保経済の協力体である上海協力機構にイランを正式加盟させることを支持している(現在はオブザーバー)。上海機構の実質的な主導役は中国なので、ロシアだけの支持では不足だが、中国も中東での影響力拡大を画策しているので、イランは来年までに上海機構に入れる可能性が高い。 (`Russia backs Iran membership of SCO') イラン核交渉は「外交」や「国際政治」が世間の一般常識とかけ離れた構図を持つことを象徴している。「イランが核兵器開発をしている」という米欧イスラエルの主張は、無根拠な濡れ衣だ。今まで出された根拠(多くがイスラエル製)は、すべて誇張や歪曲が指摘されている。IAEAの報告書はいつも、まだイランが隠していることがあるかもしれないが、わかっている範囲内でイランは無実だ、と書いている。ネタニヤフや米議会は、この「隠していることがあるかもしれない」と部分と「イランは信用できない国だ」という断定を組み合わせて「イランはこっそり核兵器を開発しているに違いない」と言っている。一般常識で考えると、イラン核問題のまっとうな解決方法は、この誇張に基づくイランへの決めつけを解除し、米欧が「イランは核開発などしていませんでした。米欧の勘違いでした」と認めて謝罪し、対イラン制裁を解除することだ。 (歪曲続くイラン核問題) (イラン核問題:繰り返される不正義) しかし、濡れ衣をかけたことや間違っていたと認めることは、米欧の信用失墜、覇権崩壊につながる。だから外交界は、ロシアやイラン自身も含め、米欧に過ちを認めさせることを必須な落としどころにせず、濡れ衣の構図を黙認したまま、イランが原子力開発を兵器転用できない体制を厳格化して問題解決にしようとしている。核の兵器転用防止策についてイランは「今のままで十分に国際基準を満たしている。IAEAも認めている」と言い、米欧が「まだまだだ」と言い返し、イランがしぶしぶ少し追加の厳格化に応じることが交渉の流れになっている。規則を過剰に守らされるのは、いつも弱者の側だ。強者は無法が許される。米主導の現在の外交界では「弱いものいじめ」が奨励されている(だから米同盟諸国の外交界には、表向き優秀な人格者のように振る舞いながら実は人格破綻した人が多い)。米イスラエルという「悪ガキ」たちの前で、イランは「大人」にならざるを得ない。
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