他の記事を読む

CIA拷問報告書の深意

2014年12月18日   田中 宇

 米議会上院の諜報委員会が12月9日、米政府の諜報機関CIAがテロ容疑者らを米国外で尋問する際、水攻めや長時間の起立、食事制限、睡眠妨害などの拷問をしていたと指摘する報告書を発表した。上院委員会は、CIAの600万件の文書を調査し、発表までの調査検討に6年間を要した。報告書は6千ページの大作だが、公開されたのはそのうち機密部分をのぞく6百ページのみだ。議会や元高官、米政府内など、多くの筋から報告書の一部書き換えや機密部分の増加、発表の差し止めなどの圧力がかかった末の発表とされる。 (CIA torture report: spy agency braces for global impact of inquiry as release date nears) (Ahead of Senate Report, CIA and GOP Circle Wagons To Defend Bush-Era Torture

 米マスコミが見る報告書の要点は「CIAは違法な拷問をしていたし、議会や大統領に対してしばしばウソもついていたのに、無能なのでテロ対策にほとんど成果を出せなかった」ということだ。拷問自体の「悪」と、拷問したのに効果的な尋問ができなかったCIAの無能さの「悪」という二段階の批判になっている。 (Report: CIA Tortured Many, Lied Often, Gained Little Intel

 報告書の見どころとされる部分は以下の通りだ。米軍は2011年に911事件の首謀者である(と米当局が決めつけた)オサマ・ビンラディンを殺害した(ことにした)が、CIAが拷問で得た情報はオサマ殺害にまったく役立っていなかった。現場のCIA捜査官は拷問に反対したが、上層部に命じられてしかたなくやっていた。拷問政策の立案に貢献した2人の心理学者は、報酬として8100万ドルもらった。ブッシュ政権は、パウエル国務長官が激怒しそうなので尋問方法について報告するなとCIAに命じていた。CIAは尋問対象の人々を殺してしまった係官を罰しなかった。CIAは無実の人々を拷問した。CIAは意図的にマスコミをだました。CIAは尋問相手に「母親を強姦するぞ」と脅した。CIAは昆虫を使った拷問をした。などなど。 (17 Disgraceful Facts Buried In The Senate's 600 Page Torture Report) (ビンラディン殺害の意味

(911からイラク侵攻にかけてのブッシュ政権の時代、政権中枢で中道派のパウエルとタカ派のチェイニー副大統領の権力争いがあり、チェイニーが勝ってパウエルが負け、イラク侵攻が挙行された。後述するが、チェイニーは今回の報告書を機に国際的に戦争犯罪者として訴追されそうな流れだ。報告書がパウエルの無罪性に言及していることは、忠臣蔵の仇討ち的で興味深い) (消えた単独覇権主義

 報告書によると、CIAが1963年に発行した尋問のやり方に関するマニュアルに、すでに拷問について書かれている。1980年代、CIAは中南米の左翼活動家を拷問することが多かったという。テロ戦争やイラクやイランとの戦争をさかんに煽ってきた「ニューズウィーク」が、今回だけは反戦活動家じみた指摘をしている。 (CIA `Torture' Practices Started Long Before 9/11 Attacks

 今回の拷問報告書は、マスコミぐるみでCIAを「悪の化身」「極悪非道」に仕立てる内容になっている。報告書を読んだ人々に、CIAがいかに悪い奴らかを印象づける内容だ。書かれていることは事実だろうし、CIAが悪くないとは思わないが、報告書はCIAをことさら悪者っぽく描くことで、CIAの権限を縮小させようとする意図が感じられる。報告書によって、CIA内のやる気が大幅に低下しているという。 (CIA morale 'deeply hurt' following Senate report

 米議会は911以来の好戦性や濡れ衣戦争の戦略を変えておらず、むしろ最近ロシアなどへの敵視を増加し、滑稽なまでに過激な好戦性を増している。報告書の発表は、米議会が従来の不正な戦争戦略をやめて善人集団に転向したことを意味しない。米議会は最近、無実のイスラム教徒をつかまえて無期限に勾留しているキューバ島のグアンタナモ基地から、拘留者を移動することを禁じ、グアンタナモの冤罪構造を隠蔽する法制を行っている。米議会は今もCIAと同罪なままだ。拷問報告書は、CIAを攻撃・無力化しようとする米当局の内紛の一部であると考えた方が良い。 (US Defense Bill, Passed by Congress, Bans Transfer of Guantanamo Prisoners

 米当局がやった拷問として有名なものに、イラクで米軍が運営するアブグレイブ拘置所で、米兵らがイラク人の容疑者(尋問対象者)に恥ずかしい格好をさせたり犬に食いつかせたりしている光景を撮った写真が漏洩・公表されたことがある。イラクにスパイを送り込むことはもともとCIAの仕事だったが、03年のイラク侵攻後、米軍がCIAを追い出し、イラクでの全諜報活動を国防総省が担当する形に変わった(アフガニスタンも似たようなものだろう)。占領下のイラクにはCIAがいなかった。米占領下のイラクで行われた拷問は、すべて米軍が行ったものだ。 (イラク虐待写真をめぐる権力闘争

 占領下のイラクでの拷問にCIAが関与していたとしたら、それは人的なものでなく、拷問担当の米兵がCIAの尋問マニュアルを読んで拷問のやり方を勉強しただろうという点ぐらいだ。それなのに今回、拷問を問題にされたのはCIAだけで、国防総省や米軍は「無実」のままだ。軍産傘下の米マスコミは、CIAだけ非難している。米軍も同罪だと示唆しているのは英国の中東専門記者ロバート・フィスクぐらいだ。 (Robert Fisk on the CIA 'torture report': Once again language is distorted in order to hide US state wrongdoing

 軍事行動で最も重要なことは武器の使用でなく諜報活動だ。CIAと国防総省は、昔から対立的な位置にいる。CIAが大統領の直轄機関であるのと対照的に、国防総省は形式こそ大統領が最高司令官だが、実のところ軍産複合体(軍需産業、議会のタカ派議員、英イスラエル、マスコミや学界のプロパガンダ機関)の牙城であり、大統領は軍産に騙されたり(議会から)へこまされたりする側だ。現場の兵士の士気を落とすと安全保障に関わるという理屈もあり、諜報上の失策は大体いつも米軍でなくCIAのせいにされる。CIAをやり玉に挙げる米議会の拷問報告書は今回が初めてでなく、過去15年間に3回出された。

 伝統的にはCIAも軍産の一部だ。軍産系が強い共和党の議員たちの中には、今回の件でCIAを擁護する者もいる。しかし、軍産系議員の筆頭である共和党のマケイン上院議員は、自分がベトナム戦争に従軍してベトコンから拷問された経験があることを理由に、CIAの拷問を強く批判した。上手に立場を転換したマケインの動きからも、報告書が軍産によるCIA潰しであると感じられる。 (John McCain, Former Prisoner of War, Says Torture Doesn't Work) (CFR:CIA Interrogation Report

 米上院のCIA拷問調査は6年前からで、報告書の発表は何度か延期されてきた。国防総省や軍産複合体がCIAを無力化するために報告書が出されたのであれば、報告書が今のタイミングで出されたことに意味があるはずだ。それはどんな意味なのか。国防総省が最近困っていることは、同省やイスラエルが中東での米軍駐留を恒久化するための「とろ火の戦争」の敵として育てたISIS(イスラム国)を、オバマ大統領が本気で早急に潰そうとしていることだ。 (Isis: the inside story) (イスラム国はアルカイダのブランド再編

 米議会は、CIA拷問問題を使って、オバマがイラクに米兵を派遣してISISと戦わせることができる法案に制限をかけようとしている。オバマがISISを本気で潰すための秘密作戦をCIAにやらせているかどうかわからないが、そうした作戦が計画されているのなら、それを潰すために軍産傘下の議会でCIA拷問報告書が発表されたともいえる。 (Report on CIA Torture Shows Need for Limiting ISIS AUMF) (ますます好戦的になる米政界

 ISISなどのイスラム過激派は、今回のCIA拷問問題を機に、米国への非難を強めている。上院の報告書は、拷問や尋問の対象になったイスラム世界の人々の怒りを誘う書き方になっている。CIAを擁護する勢力は、こんな報告書を作ったのでテロリストが強化されてしまうと言って米上院を逆批判している。報告書は、軍産が敵として涵養したISISが協力者を増やすために好都合だ。 (Military Braces for Possible ISIS Backlash over CIA Torture Report) (中東覇権の多極化

 今回の問題を田中宇流にさらに深く分析すると「親イスラエルのふりをした反イスラエル」の策かもしれないという見方も出てくる。国連では最近、パレスチナが自治政府(PA)が、ヨルダン川西岸地域で不当な占領を続けるイスラエルを戦争犯罪国として国際刑事裁判所に訴追しようとしている。米国の反対でPAは同裁判所の加盟国でないが、最近オブザーバーの地位を認められた。加えて国連の安全保障理事会では、パレスチナ国家を支持するアラブ諸国やEUが、イスラエルに対して2年以内の占領地撤退もしくはパレスチナ和平の締結を求める決議案を提出しようとしている。 (International Criminal Court gives Palestinians observer status) (Arabs, Europeans move to fill US void on Israeli-Palestinian conflict

 イスラエルは従来、国連を舞台にしたパレスチナ側からの非難攻勢に対し、国連で強大な権限を持つ米国に圧力をかけ、米国からパレスチナ自治政府やアラブ諸国、EUに圧力をかけて提案を潰したり、安保理で米国に拒否権を発動させたりして、パレスチナ側の動きを潰してきた。今回もイスラエルは米政府に拒否権発動を要請している。そんな中で起きた米国のCIA拷問問題は、国際刑事裁判所における米国の立場を弱めることにつながりそうだ。上院の報告書発表を受け、国連のテロ対策人権担当官(Ben Emmerson)が、CIAの拷問を許したブッシュ政権の高官らを国際刑事裁判所に訴追すべきだと表明している。 (UN counterterrorism expert says U.S. officials must be prosecuted for CIA torture

 CIAの拷問を指摘した報告書はこれまでにもあるが、今回の報告書の特徴の一つは、CIAの拷問が国際的・国内的に違法な行為であると示唆している点だ。今回は「拷問」という言葉を、主に「拷問等禁止条約」への言及という形ながら、初めて使っている。今回の報告書で米国は国家として、自国政府の一部であるCIAが国際法に違反する拷問をやっていたことを、初めて公式に認めて(示唆して)いる。今回の報告書を機に、米国の国連(特に国際刑事裁判所)での法的な立場が大幅に弱まる可能性がある。 (US Expects Blowback After CIA Torture Report Released

 米議会自身がCIAによる拷問を認めた以上、テロ戦争やイラク侵攻推進の主導役だったチェイニー元副大統領らブッシュ政権の高官を、国際刑事裁判所などの法廷で訴追せよという国際的な要求が高まる一方だろう。拷問など人権侵害は「全人類に対する罪」なので、どこの国の裁判所でも裁ける。自国の裁判所にチェイニーらを提訴する政治運動も広がりそうだ。その際、米上院の報告書が格好の証拠になる。米議会は国際戦略上、大間抜けなことをしてしまった。 (CIA torture report: Chief John Brennan defends agency's practices

 米国とイスラエルは両国とも、国際刑事裁判所(ICC)の規定に加盟していない。これまで米国は、非加盟国なのに覇権の力でイスラエルの訴追を阻止してきた。しかし今後、米国自身(元副大統領ら)が訴追されそうな中、米国はICCに圧力をかけるのでなく疎遠にして逃げる傾向にならざるを得ない。米国はイスラエルが訴追されるのを防げなくなる。ICCより前からある、戦争犯罪について定めたジュネーブ条約の加盟諸国も最近、イスラエルの西岸占領が戦争犯罪の疑いがあると非難する決議を出している(米イスラエルは決議に不参加)。 (Geneva Conventions invoke rights of Palestinians

 国連安保理では、パレスチナ問題について2種類の提案が出されている。一つ目のヨルダン案は、2年以内にイスラエルが西岸占領地から撤退することを求めている。これに対しては、米政府が拒否権を発動することを表明している。 (US Will Veto Jordan's UN Resolution to End West Bank Occupation) (Israel tries to head off UN resolution calling for West Bank withdrawal in two years

 二つ目のフランス案は、2年以内にイスラエルが西岸とガザにパレスチナ国家を創設する中東和平交渉を完了することを求めている。イスラエルは米国に、こちらにも拒否権を発動して葬り去ってくれと求めている。しかし米大統領府(ホワイトハウス)では、国連が中東和平に期限を区切るのは間違いだとして拒否権を発動すべきと主張する高官と、米国が賛成してきたパレスチナ国家創設を急ぐのは良いことだとして拒否すべきでないと主張する高官がいて、議論に収拾がつかないと報じられている。米国が仏案に拒否権を発動しないと、中東和平に強制的な期限を設けられることになり、これまでのようにイスラエルが和平交渉するふりをして永久に引き延ばす策が続けられなくなる。 (U.S. administration divided over response to Palestinian, French moves in UN

 オバマは自国を牛耳るイスラエルが嫌いで、イスラエルも反抗的なオバマを嫌っている。米上院の拷問報告書は、大統領の傘下にあるCIAを攻撃するものなので、大統領府は一応発表に反対したが、オバマは報告書について沈黙している。米議会も、表向きイスラエルを熱烈支持しているが、誇り高き米国の議員たちが、自分たちを脅して牛耳る勢力を心底支持するとは思えない。軍産とイスラエルが一枚岩であるとは言い切れない。その意味で、米上院の拷問報告書は、米国が昔から時折やってきた「親イスラエルのふりをした反イスラエル」「過激にやって好戦的な策を自滅につなげる隠れ多極主義」の一つなのではないかと疑われる。 (だまされた単独覇権主義) (ユダヤロビーの敗北

「テロ容疑者」たちに対するCIAの尋問や拷問は米国外で行われ、54の同盟国がCIAに尋問場所を提供したと報告書が指摘している。発表された報告書では国名が伏せてあるが、英国やポーランド、アラブ諸国、トルコなどが入っていると報じられている。今後、国名が暴露されていくと、同盟諸国にとばっちりが及び、米国の諜報活動に協力すると危険だという話になる。この点でも、報告書は米国自身を不利にしている。

 欧州各国の議会では、次々とパレスチナを国家承認する決議が出されている。多くは、自国政府に対する拘束力がなく、各国がパレスチナと外交関係を結ぶわけでない。象徴的な意味しかない決議だが、イスラエルを非難し、国際的に孤立させる意味を持っている。 (EU Parliament Recognizes Palestinian Statehood) (イスラエルがロシアに頼る?

 このような中、イスラエルでは右派のネタニヤフ首相が、アラブ系国民を追い出してパレスチナ問題の「一国式解決」に備える策で苦戦し、連立政権内の中道左派を追い出して右派と極右の連立政権に組み替える目的で解散総選挙に打って出た。投票は来年3月だが、解散して世論調査をしてみたところ、リブニ前法相(イスラエル政界のジャンヌダルク)ら中道派と、左派の労働党が連立すると、右派と極右の連立より議席数が多くなりそうだと判明した。 (New poll: Labor-Livni bloc would beat Netanyahu) (Netanyahu's `Jewish state' bill would be a crippling blow to Israel

 極右だったはずのリーバーマン外相のロシア出身者の政党も、中道右派との連携に転じるかもしれないなどと言い出している(リーバーマンは以前から極右のふりをした中道派の疑いがあった)。中道左派が政権をとると、イスラエル内政の大転換が試みられる。イスラエル人は(日本人と大違いで)自国の危機と対策に敏感だから、大転換があり得る。 (The end of the Netanyahu era?) (63% of Israelis favor peace talks



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ