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米覇権下から出てBRICSと組みそうなEU

2014年8月4日   田中 宇

 ドイツのメルケル首相が、ロシアのプーチン大統領との間で、ウクライナ問題の解決案について密約を交わしていることが明らかになった。英インディペンデント紙の特ダネによると、ロシアは3月に自国領に編入したクリミア自治共和国をウクライナに返さず、ウクライナはそれを承認する代わりに、ロシアから天然ガスを長期に販売してもらう契約を結び、加えてロシアから経済援助を得る(以前のクリミア軍港使用料の代替)。ウクライナ東部の親露派が武装解除する代わりに、ウクライナ政府は自治の拡大を得る。ウクライナ大統領はNATOに加盟しないことを誓約し、代わりにロシアはウクライナが6月にEUと経済協定を結んだことに反対していたのをやめる。これらの条件のもとに、ロシアとウクライナが和解する解決案になっている。 (Land for gas: Merkel and Putin discussed secret deal could end Ukraine crisis

 この案は、メルケルの方からプーチンに提案したものとされている。プーチンは、クリミアをウクライナに返すことを含んだ案を了承する気がない。メルケルはプーチンに配慮して、クリミアをロシア領にしたままの解決案を出した。ウクライナ政府は、クリミアをロシアに渡すことに絶対反対だが、その一方でウクライナは経済的な困窮度が急増している。ウクライナは今年4-6月期の経済成長がマイナス4・7%で、1-3月期のマイナス1・1%から、減速の大きさが4倍になった。IMFは、融資の条件である厳しい財政緊縮をウクライナ政府が了承しないため、予定していた融資を延期している。 (Ukraine's economy contracts 4 times faster in Q2 losing 4.7%

 財政緊縮に反対する極右政党スボボダなど2党が離脱して連立政権が崩壊し、ヤツェニュク首相が7月24日に議会に辞表を提出したが、議会はポロシェンコ大統領からの圧力を受け、辞表を受理しないことを何とか決議した(449全議席のうち335人が棄権)。ウクライナ政府は、最低限の政府の形式を保っているが、財政が困窮し、意見が対立している。対露和解の見返りにロシアから金をもらって経済を立て直すことが解決策として浮上しても不思議でない状態だ。 (Ukrainian Parliament Votes to Keep PM Yatsenyuk

 しかし、ウクライナの政権転覆や内戦を誘発した黒幕である米国政府は、ウクライナ問題を口実にロシアと米欧の敵対を激化させることが目的だから、和解策に賛成しない。米国はウクライナ政府に圧力をかけ、クリミアが戻ってこない限り停戦に同意できないと言わせるだろう。国連などでは、ロシアによるクリミア編入を認めると民族の状況を理由とした世界各地の領有権紛争の先例になりかねず、多くの国々が反対することも予測される。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び

 メルケルのウクライナ和平案は、7月17日のウクライナ東部でのマレーシア機撃墜事件よりも前に出されている。事件後、国際社会は捜索のため、撃墜現場周辺での戦闘禁止を内戦当事者双方に要請したが、ウクライナ軍は停戦を無視し、撃墜現場周辺で親露派を攻撃する戦闘を続けている。マレー機を撃墜した犯人がウクライナ軍だから、犯行の証拠を隠すため墜落現場でわざと戦闘して犯人特定につながる捜索を妨害しているのだろうと思えてくる。捜索が一段落して原因が究明されるまで、メルケルが提案した和解策も棚上げせざるを得ない。 (Ukraine Offensive Grows Around MH17 Disaster Site

 このように、メルケルのウクライナ和平案は簡単に具現化しそうもない。しかしメルケルが、対露制裁を強化してロシア敵視を強めたい米国からの強い圧力を無視し、プーチンの要求に沿ったウクライナ和平案を作っていたことは、ドイツやEUの国際政治上の立場の問題として、非常に重要だ。今回の和解案は「1939年の独ソ不可侵条約以来の独露間の大きな密約だ」とまで言われている。メルケルのドイツは、今年初めからのウクライナ危機を転機として、米国との同盟関係よりも、プーチンのロシアとの協調関係を重視するようになっている。 (Europe Agrees To Disagree Over New Russian Sanctions

 米独間では、NSAスパイ事件で米国がメルケル本人の電話を盗聴していたことが暴露され、7月初めにはドイツ諜報機関内にいた米国のスパイが逮捕された。ドイツは、軍事外交の根幹に位置する諜報分野で、米国に対して不信感をつのらせている。ドイツは、戦後米国と結んでいた諜報協約を事実上破棄した。 (Germany to spy on US for first time since 1945 after `double agent' scandal) (日本は中国に戦争を仕掛けるか

 経済分野でも、米国は先日、ロシアの石油会社ロスネフチに対する金融制裁を発動し、EU諸国にも対露経済制裁を強化せよと圧力をかけている。しかし米国のロスネフチ制裁は債券発行のみが対象で、モルガンスタンレーのグループ会社がロスネフチに株を買ってもらう関係で、株式が制裁対象から外されている。米政府は、大事なところで自国の大企業の利権を守りつつロシア制裁をやる一方で、ドイツやフランスなどEU諸国には、自国企業の利益を削っても対露制裁しろといっている。 (Sanctions cast doubt on Rosneft's plans for world domination

 米国がEUに対露制裁に協力しろと無茶な圧力をかけているのを尻目に、プーチンは、EU諸国に対し、米国なんか放っておいて欧露で協調しようと秋波を送っている。EUのうち、独仏西伊ギリシャが親露的である半面、英ポーランド、バルト3国は反露的だ。EUは独仏中心で、英国はEUから離脱する方向なので、EUが親露的になる傾向が強まっている。欧州が米国覇権の傘下から外れてロシアとの協調を強めるという地政学的転換こそ、ウクライナ危機の本質だと考える分析者もいる。表層的なマスコミ報道では、米欧が協調してロシアを制裁するのがウクライナ危機であると描かれているが、本質は全く違うわけだ。 (New World Order at Stake of US-Russia Geopolitical Competition - Political Analyst

 米当局は、金融面からもドイツに嫌がらせをしている。その一つは、以前から知られている、ドイツが敗戦後にニューヨークの米連銀に預けた大量の金塊のほとんどが、米連銀が米金融界に依頼してやらせた金相場抑制のための道具として勝手に使われて消失し(民間銀行に貸し出されて戻ってこない)、ドイツ政府の返還請求が無視されていることだ。 (金地金不正操作めぐるドイツの復讐) (金塊を取り返すドイツ

 また最近では、米連銀がドイツ銀行の米国支店に対し、収支報告書が質が悪く、不正確で信用できないと攻撃してきている。これは今年2月のウクライナ危機発生以前の昨年末のことで、ロシア制裁への協力をしぶるドイツに圧力をかけるための嫌がらせではないが、ウクライナ危機前からドイツは親露的であり、米国はそれに批判的だった。 (NY Fed Slams Deutsche Bank (And Its ?55 Trillion In Derivatives): Accuses It Of "Significant Operational Risk"

 これに似た事件として最近、フランスのBNPパリバ銀行がスーダンやキューバの資金洗浄に協力していたとして、米政府がパリバに巨額の罰金を科し、ドル取引を禁止したことがある。フランスの上層部はこの件を機に、ドルでなくユーロで国際決済する体制を強化する動きを加速している。ドイツやフランスの銀行に対する米国の嫌がらせは、ちょうど国際基軸通貨としてのドルに対する信用が揺らぐ中で起きており、独仏は窮するどころか、良い機会だからドル決済を減らしてユーロ決済を増やそうという姿勢になっている。 (米国自身を危うくする経済制裁策

 フランスでは、ロシアとの戦略協調や多極化を進めるべきだと語る極右政治家マリー・ルペンが、2017年の次期大統領選挙の候補者として最も人気がある状態だ。ルペンの支持率は4月調査時より2ポイント増えて26%となり、6ポイント下落して25%となったサルコジを抜いた。フランスではまた、経済学者のジャック・サピールが最近、EUが統合と成長を維持するにはロシアやBRICSを敵視せず協調を強めねばならないと言っている。 (Marine Le Pen takes poll lead in race for next French presidential election) (欧州極右の本質) (EU Must Work With Russia to Prevent Global Sundering - French Economist

 EUがロシアと敵対するか協調するかという問題は、EUが米国とBRICSのどちらを重視するか、既存の米国覇権の世界秩序と新興の多極型の世界秩序のどちらに加勢するかという問題になっている。以前は、多極型の世界体制など絵空事だと多くの人が思っていたが、いまやIMF世銀と対比されるBRICS開発銀行も立ち上がり、中露の戦略関係の強化や人民元の国際化も進んだ。半面、EU(や日本などの米国の同盟諸国)は、米国と協調していても、米企業が得するだけのTPPやTTIPに参加を強要され、ロシアやイランに濡れ衣をかけて制裁するのに付き合わされるだけだ。独仏が、EUを引き連れて中露に接近し、BRICSの仲間になることを検討しても、何の不思議もない。(マスコミは、かなり後までそうした動きを無視するだろうが) (It Has Begun- Germany to Break From US/UK, Join Russia/China Alliance!

 かつて「日独伊」が「米英」の覇権を潰そうとして第二次大戦が起き、日独伊は敗北し、米英覇権が70年続いた。今後EUが米英覇権下から静かに出て中露との協調を強めると「独伊仏中露」が「米英」の覇権を、潰しにかかる構造になる。しかし次回の覇権争奪戦は、たぶん兵器による世界大戦にならない。すでに金融戦争が世界規模で激化しているからだ。 (金融世界大戦の実態

 ウクライナの内戦開始当初「第三次世界大戦になる」と騒がれたが、そうなっていない。日本が中国に戦争を仕掛けて第三次世界大戦が始まる可能性も低い。米国の金融バブルが崩壊し、米国の覇権の源泉であるドルや米国債が国際信用を失い、米国の覇権低下とともにBRICS+EUの多極型覇権が顕在化していく可能性の方が高い(数年から10年以上の時間がかかるだろうが)。米国はいったん混乱した後「北米同盟」として自らを再編し、世界の地域覇権勢力の一つに衣替えしそうだ。その流れの一つの始まりが米国の違法移民危機なのではないかと、前回の記事に書いた。 (バブルな米国覇権を潰しにかかるBRICS) (日本は中国に戦争を仕掛けるか) (移民危機を煽る米国政府

 覇権構造をデザインする人々は、主に米国におり、英国にもいる。米金融界やCFR、英王室研究所あたりにつどうユダヤ系を中心とする人々だ。キッシンジャーやブレジンスキー、ネオコン諸氏の本質は、覇権デザイナーである(あとからネオコンに入った人々には学界政界での出世重視だけの者も多いが)。彼らはおそらく、歴史的な教訓から、経済が大きく破壊される世界大戦を起こしたくない。大戦なしに覇権構造を転換するため、プーチンや中国を怒らせたり、けしかけたりして、BRICSがブレトンウッズやG7といった米国覇権体制に取って代わるよう誘導し、同時に米国の巨大な金融バブルを潰してドルと米国債の基軸制を倒壊させようとしている。世界は、戦争で壊されて物理的にリセットしてゼロから覇権構造を作り直すのでなく、店舗の所有者だけ代わって看板や内装はそのままという「居抜き」のやり方で、転換しようとしている。ユダヤ人資本家と、中国共産党の両方が、居抜きの覇権転換を望んでいる。 (China seeks to modify global governance through BRICS

 米国に威嚇され続けている中国やロシアが居抜き転換を望むのは理解しやすいが、米国の資本家が自国の覇権崩壊を望んでいることは理解されにくい。彼らが覇権転換を望むのは、既存の米英覇権だと、冷戦構造の恒久化によって世界の半分以上の地域が経済成長を長期に抑制されるなど、米英の国家としての政治力の維持が重視され、世界全体の経済成長を長期的に最大化したいという資本の論理が軽視されるからだ。第二次大戦後の米国の覇権は、最初英国に、後からはイスラエルに牛耳られ、食い物にされた。それに隠然と対抗し、イスラエルの意のままに動いているうちに過激にやりすぎて米覇権が自滅的に崩壊するのが、ネオコンなどが考案した多極化の「政治編」のシナリオだ。03年のイラク侵攻がその走りだ。並行して、リーマン危機とその後の対策で米国債とドルを過剰発行して自滅するという「経済編」のシナリオが実施された。 (Internationalists Are Pushing The World Towards Globally Engineered Economic Warfare

 日本人は、冷戦構造のおかげで戦後の経済成長を実現したので、冷戦や軍産英複合体を肯定的にしかとらえられず「多極化なんか必要ない。米国覇権で十分だ。日米が中露と恒久対決する構図は日本に幸福をもたらす」としか思わず、覇権に対する理解が欠けたままになっている。しかし、ロックフェラーが作った国連が「安保理常任理事国」の5大国による多極型の意思決定になっていたことに象徴されるように、米国の資本家は多極型の世界構造を昔から好んでいた。今後の「独伊仏中露」と「米英」の対決では、米英が負け組だ。前回、独伊と組んで米英に負けたので、その後は米英にずっと従属していれば大丈夫だと思い込んでいる日本人は、自分らが従属する米英が負け組になりつつあることに気づいていない(外務省など日本の上層部は、今回も、負けそうなことをうすうす知りながら無視している)。 (ウクライナ危機は日英イスラエルの転機

 7月31日には、アルゼンチンの国債がデフォルトした。02年にデフォルトしたアルゼンチン国債の再編問題で、米国の裁判所が6月、債務再編に協力しない投資家に満額の返済をせねばならないとの判決を下した。再編策が崩壊し、アルゼンチン政府は他の債権者にも満額返済せねばならなくなり、最終的に交渉を拒否してデフォルトに至った。重要なのは、アルゼンチン政府が債権者との交渉を途中で蹴ったことだ。 (Argentina Bonds/Currency Tumble As Delegation Snubs Mediation) (米国自身を危うくする経済制裁策

 先日のブラジルでのBRICSサミットに付随して、プーチンと習近平が相次いでアルゼンチンを訪問し、中国はアルゼンチンへの経済協力を申し出た。国債をデフォルトさせたことで、アルゼンチン政府は今後、米欧の投資家から資金調達できなくなる。しかし、代わりに中国をはじめとする新興諸国から、ドルでなく自国通貨や、人民元など相手国の通貨建てで融資を受けられる。中国の債券格付け機関「大公」は、アルゼンチンのドル建て国債を、投資不適格の「D」に引き下げたが、アルゼンチンペソ建ての国債の格付けは投資適格の「CCC」のままだ。アルゼンチンはデフォルトによって、米国覇権下のドル建ての金融システムから離脱し、BRICSが作る相互通貨建ての金融システムに移行した。中国など新興諸国にとってアルゼンチンは、新たに有望な投資先となっている。この件は、国際金融が多極型に転換しつつある一例だ。 (Argentina's default : In which world?

 米議会では、ニューヨークの裁判所が02年のアルゼンチン国債の債務再編策を認めない判決を下したことが、今後の悪しき判例となり、各国の政府や企業などが米国で起債するのを思いとどまらせる悪影響を持つのでないかと議論されている。米国で起債すると、返済難になっても債権者に債務の再編をお願いできなくなり、米国の金融界にとって自滅的な判決だったという懸念だ。英国やベルギーは、6月の米国での判決を受け、一部の債務者が再編策を拒否し続けることができないようにする新法を作った。「米国でなくわが国で起債すれば、返済難になってもうまく再編策をやれますよ」という宣伝のための法律だ。米国は、いろんな面で覇権の自滅を続々とやっている。ドイツやフランスが、米国覇権を離脱してBRICSと組みたいと考えるのは当然だ。 (Economists Call on Congress to Mitigate Fallout from Ruling on Argentine Debt

 米国では、ジャンク債などの高利回り債の金利が上昇している。高利回り債の市場から、資金が逃げ出している。かつてリーマン危機の始まりとなったサブプライムローン債券の市場が崩壊する時も、このような高利回り債市場からの資金逃避で始まった。今回も同様にバブル崩壊につながるかどうかわからないが、危険な兆候である。 (High-Yield Credit Crashes To 6-Month Lows As Outflows Continue



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