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量的緩和をやめさせられる日銀

2014年4月28日   田中 宇

 昨年から「アベノミクス」の一環として株高誘導、円高ドル安抑止、ドルと米国債の延命支援などの目的で、円を大量発行して債券などを買い支える量的緩和策(QE)を続けている日本銀行に対し、米連銀とG20が最近、相次いでQEを縮小するよう圧力をかけ始めた。米連銀は、すでにQE縮小を決めており、QEを維持拡大する方針なのは日本だけだ。BRICSの影響力が強いG20(G7+BRICSなど新興諸国)は最近、日本のQEが世界経済に悪影響を与えかねないとして、日銀に対し、どのようにQEを縮小していくのか道筋を示せと要求した。日銀の内部からも、QEを続けると国内的に悪影響を与えるとする意見が初めて出てきた。 (The G-20 and the US Tell the Bank of Japan to End Quantitative Easing

 QEは、日米とも、株高や債券高といった金融バブルの膨張を生み出したが、それ以外の実体経済の改善に役立たないことが顕在化している。安倍首相は、経済の改善が政権の存続基盤で、株高=景気回復というマスコミが流布する短絡的な構図に基づくと、QEを縮小して株価が下落すると、安倍政権の失敗色が強まる。そのため政府は日銀に、QEの維持拡大策をとらせてきた。しかし、米連銀とG20からの圧力を受け、日本はQEを減額せざるを得なくなった。 (Central Banks Have Realized Their Worst Nightmares Are Approaching) (G20 Statements, JPY & GBP

 米連銀は、リーマン危機後、凍結状態が続く債券市場の延命策として、08年からドルを大量発行して債券を買い支えるQEを開始した。だがQEは連銀が不良化した巨額の債券を抱えることであり、連銀自身の会計内容が悪化し、昨夏から連銀内でQE続行に反対する意見が強まった。連銀は今年初め、QEによる債券買い支えの月額を850億ドルから650億ドルへと減額した。さらに近々、月550億ドルに減額するだろうと指摘されている。 (米連銀はQEをやめる、やめない、やめる、やめない

 連銀がQEを縮小せねばならない本当の理由は、過剰発行でドルの信頼が揺らいでいることと、連銀の資産内容が悪化していることだが、連銀はQE縮小の理由としてそれを言わず、表向き「米経済が回復基調になり、QEの必要性が低下したから」と言っている。実際のところ米経済は回復していないが、雇用統計の粉飾などによって回復を演出している。最近は回復を粉飾しきれず雇用や消費が伸び悩んでいるが、連銀は「この冬は大寒波と大雪で経済が停滞しただけで、米経済の基調は回復だ」と「ぜんぶ雪のせいだ」主義に頼っている。景気回復を粉飾してもQEを縮小せねばならないほど、QEは連銀とドルに悪影響を与えている。 (Federal Reserve on course for further $10bn taper

 米連銀がQEを縮小する一方で日銀がQEを維持すると、円安ドル高の傾向になり、日米間の貿易バランスが変化したり、日米の金利差が開いてキャリー取引が再燃したりする。それらの短期的な悪影響を看過できない米連銀は、4月に入り、日本に対して、米国と並んでQEを縮小するよう要求している。 (Fed Chair Janet Yellen Demands Japan End Quantitative Easing

 米連銀は11年にQEを開始するにあたり、ドルや金融システムの延命策として、日本以外のEUや英国にもQEの導入を求めた。しかしEUも英国も、自分らの通貨の弱体化につながるQEをやりたがらなかった。先進諸大国の中で、日本だけが安倍政権になって対米従属を再強化するとともにドル延命に協力するQEを急拡大した。日本のQEはドルと米国覇権の延命を助けるものであり、日米同時のQE縮小は長期的に見て、ドルと米覇権にとって危険な展開だ。 (Bundesbank's Weidmann: Deflation risks are 'pretty limited'

 日米がQEを縮小しても、米国債利回りの高騰など金融危機がすぐ再燃するわけでない。米金融界では、QEに代わるものとして、民間の債券バブルの膨張が容認され、担保を十分とらない融資(コブライト)の債券など、ジャンク債の発行増加によって、当局に代わって民間が金あまり状態を維持する役目を引き継いでいる。当分は、このバブル膨張で金融界は延命するだろうが、バブル膨張はリーマン危機の原因であり、バブルを再膨張させることは、いずれリーマン以上の危機の再発につながる。 (In a tech bubble with a twist, the big danger is bonds

 世界的に金あまりを加速して米国中心の金融界を延命する策だったQEは、BRICSなど新興市場にも巨額資金の流入を起こしてバブルを膨張させた。米国がQEを縮小したのでバブルの縮小が始まり、新興市場の金融は不安定になっている。中国はこの不安定さを逆手にとって、これまで当局が債務不履行を全て防いできたジャンク債の破綻を相次いで容認したり、中央銀行が人為的に人民元安を誘導して「人民元は上昇するのみ」という投資家の思い込みを破壊するなど、国内金融市場の規制色を薄めるために使っている。 (Weaker renminbi could be China's subprime) (HSBC chief Gulliver plays down China default danger

 QEの縮小は、短期的にBRICSなど新興市場を不安定にするが、長期的にはドルの基軸通貨性を低下させ、世界経済に対するBRICSの影響力を拡大する。2月のウクライナ危機発生以来、BRICSの中でもロシアが特に、ドルの基軸性低下による米国覇権の崩壊を誘発したがり、BRICSの影響力が強いG20は、ロシアに引っ張られる形で、米国だけでなく日本に対してもQEを縮小するよう圧力をかけ始めた。 (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動

 BRICSの中でも、ロシアはウクライナ危機によって、米国から金融制裁されていく傾向にあるが、この制裁の構図はロシア以外のBRICS(中印ブラジル南ア)や他の新興諸国にとって他人事でない。米国は、01年の911事件後に作った愛国法の311条に、米国と敵対した国に対し、米国の銀行との取引を禁じる条項を設け、これまでイランや北朝鮮(バンコデルタ事件)に対し、その条項を適用する経済制裁を行っている。この制裁を受けた国は、米政府から非難されたくない欧州などの銀行にも取引してもらえなくなり、国際金融システムから外されて窮乏する。 (US financial showdown with Russia is more dangerous than it looks, for both sides

 愛国法311条は、核兵器よりも強い米国の「金融兵器」だ(核兵器は事実上使えないが、金融兵器は簡単に発動できる)。ロシアはまだこの制裁を受けていないが、今後ウクライナ東部が内戦化すると、米国はロシアにこの制裁を発動する。冷戦後のロシアは、金融システムを米欧に依存しているので制裁に対して脆弱だ。制裁されると金融崩壊する可能性が強まる。 (Economic weakness will force Putin to seek detente

 だからプーチン大統領は、何とかBRICSを動かし、IMFに代わるBRICS共同外貨備蓄や、世界銀行に代わるBRICS開発銀行などの設立を急ぎ、米国に金融制裁されても揺らがないBRICS主導の新たな国際金融システムを作ろうとしている。G20はBRICS主導で2010年に、IMFや世銀における米国の圧倒的な決定権の一部をBRICSに移譲するIMF世銀改革を決定したが、米議会が批准を拒否しており改革は頓挫している。BRICSは、米議会が4月中にIMF世銀改革を批准しない場合、IMF世銀に取って代わるBRICS版の2機関の創設を本格化すると言っている。ロシアはこの動きを主導している。 (G20 gives US ultimatum over IMF reform) (Exclusive: Russia wants IMF to move ahead on reforms without U.S. - sources

 もしロシアが米国の金融制裁を受けてイランのような苦境に陥ることを他のBRICS諸国が看過すると、BRICSは結束が崩れ、米国の恣意的な覇権行使に対抗する能力が低下し、いずれ中国やブラジル、モディ政権になって反米国に転じそうなインドまでが米国から金融制裁するぞと脅されかねない。BRICSは、早く米国覇権を潰して金融戦争に勝とうとするロシアの主張を聞く傾向だ。BRICS版IMF(共同外貨準備)は総額1千億ドルの規模にすることが決まり、開発銀行の規約はブラジルが作成している。来年にはBRICS版の2機関が稼働できる。 (BRICS countries to set up their own IMF) (dollar dying; multi-polar world in offing

 米議会は、BRICSに覇権の一部を移譲するIMF世銀改革を強硬に拒否しているが、大統領府(ホワイトハウス)は改革を進めても良いと考えている。オバマ政権は、いずれ世界経済の主導役になるBRICSに米国の覇権を無視する新世界システムを作られるより、BRICSが求めるIMF世銀改革を認めた方が良いと考えている。だから米政府はG20の中で、BRICSとあまり対立しないようにしている。BRICSがG20を通じて日本にQEをやめさせようと圧力をかけると、米連銀がそれに連動して日本に圧力をかけたのは、その一環だろう。

 米議会には対露強硬派が多く、ウクライナをそそのかしてロシアとの戦争を誘発し、愛国法311条に基づく金融制裁をロシアに科し、ロシアを経済面から潰したい。ロシアは米国から追い込まれるほど、BRICSを動かしてドルと米国債が主導する既存の国際決済システムの代替物を作り、米国から金融制裁されてもロシアが潰れないようにしたい。代替システムが作られると、米国が金融制裁で他の国々を潰せる金融兵器の効力が減少し、ドルの信用失墜や米国の覇権低下と多極化にもつながる。ロシアやBRICSが代替システムをうまく作れず、米国が金融制裁でロシアを経済的に潰せると、米国の覇権は延命する。

 覇権転換を賭けた世界規模の戦争を世界大戦というが、第三次世界大戦の主戦場は、核などの兵器によるものでなく、金融システムの主導権や金融兵器(愛国法311条)、QEなどドルの延命策をめぐる、金融の問題だ。第三次世界大戦は、金融戦争として、すでに始まっているともいえる。日銀がQEをどう縮小するか、日米のQE縮小が債券金融システムの延命にどう影響するかは、金融戦争(第三次世界大戦)の一部である。



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