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バブルでドルを延命させる

2014年3月25日   田中 宇

 3月19日、米国の連銀(FRB)が定例理事会(FOMC)を開き、ドルを大量発行して米国債やジャンク債を買い支える量的緩和策(QE)を今秋に終わらせ、その半年後(来年4月ごろ)から、金利を引き上げる方向に転換することを決めて発表した。連銀は、毎月のQEの規模を100億ドル縮小して550億ドルにした。これまで、QEは来年初めに終わる感じで減額されていくと予測されていたが、それが数カ月早まった。 (Fed rate forecasts undermine Treasuries

 米経済はここ数カ月、かなり粉飾された当局の発表が描く図式の中でさえ、伸び悩んでいる。実体的な失業や貧困はむしろ増える傾向だ。経済数値が景気回復の傾向を示していないのに、連銀が景気回復のためと称してやってきた(実は銀行救済の)QEをやめて利上げに転じると発表したのは、ドルの過剰発行によってインフレが目標値の年率2%を超えてしまう懸念が増しているからだ。加えてQEによるジャンク債の大量購入が連銀の資産状況を悪化させている。連銀は、景気回復という表の目標も、銀行救済という裏の目標も達成できないまま、QEをやめざるを得なくなった。 (Fed points to earlier interest rate rises

 連銀はこれまで失業率が6・5%に下がるまでQEを続ける方針だったが、今回この目標値も放棄した。米国の失業率は6・7%で、連銀の目標値に近づいているが、これは当局が、長期の求職者に職探しをあきらめさせて統計上の「失業者」から外したり、企業がフルタイムを解雇してパートタイムを2人雇った方が税法上有利な状況を作ったりして、統計上の失業者を粉飾的に減らしてきたからだ。米国民の成人総数に占める就労者の比率(労働参加率)は30年ぶりの低さで、事実上の失業率は20%前後と推測されている。米国では、いったん失業すると再就職が難しく、長期失業者が急増している。 (Fed drops 6.5% UE guidance; expects first rate hike next year) (Few of US long-term jobless find work

 このような状況下で、表向きの失業率があてにならないものであることがしだいに常識化している。米当局は、いずれ失業率の算定法を見直さざるを得ず、そうなると再び失業率が高くなり、連銀が不健全なQEをやめられなくなるので、その前にQEを失業率と結びつける政策を放棄した方が良いと、連銀は考えたのだろう。米国では、子供の25%が貧困状態にある。日本など他の先進諸国では子供の貧困率が5%以下だ。米国の経済状態は、すでに先進国でなく発展途上国である。 (Child poverty rate in US is appalling

 08年のリーマン危機以来、米国の金融システム(米国主導の世界の金融システム)は、危機前の儲けがしらだった債券金融に対する一般投資家の信頼感が回復せず、それを穴埋めするため、米政府が財政赤字を増やしたり、連銀がドルを過剰発行(QE)したりして債券を買い支え、見かけ上、債券金融が復活しているかのような状況を作ってきた。米政府の財政赤字が法定上限に達した後、連銀(や追随する日銀など)のQEが、金融システムにとって唯一の延命策となっている。QEが縮小され、終わってしまうと、金融システムを延命させる機能が何もなくなり、債券が売れず金利が上昇し、株も急落して金融危機が再発する。連銀内でも、QEの縮小に反対する声がある。 (Federal Reserve dissenter Kocherlakota attacks new guidance

 実際は、連銀がQEをやめることを発表しても、債券の金利が上がらず、株価も史上最高に近い水準を保っている。そのからくりは、連銀がQEを縮小するのに合わせて、米金融界が債券発行時の担保の掛け目を低くした高リスク高利回りの商品の売れ行きを煽るなどして債券バブルの膨張を加速し、QEが減った分を民間のバブル膨張で補うことで、金融崩壊を防いでいる。そのように指摘する記事をFTが最近出した。 (Fed drains monetary punchbowl but others replenish

 債券はリスクが高いほど高利回りで、人々の間に金融危機の記憶やおそれが強いほど、少しのリスクでも利回りが高くなる(リスクプレミアムが大きくなる)。リーマン(サブプライム)危機の直前、人々はリスクを忘れる傾向が強く、リスクプレミアムが非常に低くなり、投資家は少しの利回りの高さを求めて非常にリスクの高い債券を買っていた。危機発生とともに、人々はリスクに覚醒してリスクプレミアムが急騰し、ジャンク債は売れなくなった。しかし昨年あたりから、QEが終わっていくのに合わせ、再びリスクプレミアムが低下するよう、米金融界が誘導している。通常より少ない担保の裏付けしかない「コブライト」融資債権の債券が急増し、米国の民間債券発行全体の3分の2にもなっている。コブライトの発行は、欧州でも増えている。 (Growth of `cov-lite' loans sparks debate) (米金融バブル再膨張のゆくえ) (European regulators warn as risky loans rise above bubble peak

 担保が少ないと、債券発行者の企業が債務不履行に陥ったとき、債券の見返りに他の資産を受け取ることができず、債券が紙切れになる。米国で発行される債券の平均的な「担保品質率」(1が最高で5が最低)は、昨年後半から悪化し、今年初めの3・84から2月は4・36と、2011年に統計を取り始めて以来の最悪になっている。これは、債券バブルの激しい膨張を示している。金融分析者の間で、現状を危険視する指摘が目立ってきた。 (Strong demand for `junk' bonds erodes investor protection

 リスクをリスクと思わなくなるプレミアム低下が非常に危険であるとの見方は、リーマン危機の発生によって、金融関係者の間に定着しているはずだ。にもかかわらず今、リーマン危機の直前をしのぐリスク軽視が起きているのは、連銀がQEをやめざるを得ない中で、金融界自身がバブルの再燃を煽るしか金融システムを延命させる手がないからだ。 (Klarman warns of impending asset price bubble

 金融界は、危険を承知でバブルを煽っている。慎重な機関投資家はリーマン危機後、ジャンク債に手を出さない。ジャンク債の売れ行き好調は、金融界が売って金融界が買う自作自演的な色彩が強い。米国の大手銀行の投資銀行部門は、JPモルガンもシティも、利益率が大幅に低下している。ドイツ銀行も投資銀行部門で大量解雇を行っている。もしジャンク債が、慎重な投資家を含めた広範な人々に買われているのなら、大手銀行の投資銀行部門が儲からず苦労するはずがない。ジャンク債は、米金融界のごく一部が、システム延命のために大量に売買している。 (Deutsche Bank Said to Plan Job Cuts at Investment Bank

 連銀は「口」でバブル膨張を誘発している。連銀は従来「失業率が6・5%に下がるまでQEを続ける」と表明していた。人々は、失業率が簡単に下がらないのを見て「連銀はQEをずっと続け、低金利がずっと続く。金利上昇(債券崩壊)は起こらない」と考え、ジャンク債の好調につながった。 (Forward guidance threatens to `encourage excessive risk'

 連銀内で最近、失業率とQEを連動する策(Forward guidance)がバブルを煽っているとの指摘が出たため、連動策をやめた。連銀は、代わりに来春の利上げを発表したが、これも投資家に「来年まで金利は上がらない」と思わせ、リスクプレミアム低下とバブル膨張を誘発する効果を持っている。 (Grand Central: How Long is Six Months, Really?

 バブルがずっと続くなら問題ないが、永久に続くバブル膨張などない。バブルが膨張するほど、状況がバブルであることが顕在化して、買いに入る投資家が減り、少しの債券破綻から全体の信用が崩れるバブル崩壊に近づく。リーマン危機の際には、米政府も連銀もQEなどの公的救済策をやれたが、もはや今では米政府と連銀は公的救済策をやりすぎて財政が疲弊し、次に大きなバブル崩壊が起きても、ほとんど救済策をやれない。公的救済がないので、次のバブル崩壊は、リーマン危機より悪影響がはるかに大きくなる。 (Peter Schiff: We're Heading For A Crisis Worse Than 2007

 民間債券の多くは、不動産が担保になっている。米金融界は、債券を発行して作った資金で、住宅ローン破綻が多い地域の住宅を大量に購入し、それを賃貸に回す事業を行うことで、ローン破綻が拡大して債券の債務不履行まで発展するのを防いでいる。これも自作自演の延命策である。 (Wall Street becoming America's biggest landlord: buying up properties for cash and then renting them out

 連銀がQEの終了時期を今秋と明言し、金融システム延命の主導役が連銀から民間金融界に移るのと同時に、このところやや上昇していた金地金の相場に再び大きな売り圧力がかかり、金相場は大きく下がった。金融界が債券発行で作った資金が、金先物市場に投入され、金相場を下げているのだろう。 (Goldman sticks with bearish Gold forecast) (Fed Does Not Want `Disorderly' Rise In Gold Prices: Rickards

 金地金は、ドルや米国債といった「紙切れ資産」の究極のライバルだ。ドルや債券が崩壊するとき、金地金が高騰する。金相場の上昇を防止しておけば、債券バブルが崩壊しかけても資金の逃避先がなく、延命を先延ばしできる。しかし、いずれドルや米国債の崩壊と、金地金の高騰が起きる。少なくとも中国やロシアなどはそう考え、ドル備蓄をやめて、金地金の備蓄をこっそり増やしている。ドイツが米連銀に金地金の返還を求めているのも、その流れだ。 (金地金不正操作めぐるドイツの復讐

 国際政治の分野では、ウクライナ危機で米露対立が強まり、米国がロシアを経済制裁し、ロシアが報復的な対米制裁を行っている。これはいずれ、米露が互いの金融システムを潰そうとする金融戦争になる。年初来、ロシアから700億ドルの資金が流出し、すでに金融戦争が始まっている。 (Russia braced for $70bn in outflows

 今は軍事・外交面でプーチンが優勢だが、今後、経済面でプーチンは苦況に陥るだろう。プーチンは、金融の才覚に恵まれたユダヤ人たちを側近につけているが、どれだけ戦えるかわからない。金融戦争の技能では、債券金融システムを創設した米国が圧倒的に最強だ。しかし米金融界には、金融システムを自滅的に壊して多極化を進めようとする勢力も見え隠れしている。この戦いの本質は「米国対ロシア」と別のところにありそうだ。 (米金融界が米国をつぶす

 注目すべきは、プーチンがどれだけ中国など他の新興諸国を誘って米国の金融システムを無効化する策を打てるかだ。今回の記事で見たように、米国の金融システムはバブル崩壊前の、非常に脆弱な状態にある。プーチンの動きが米国のバブル崩壊を誘発できるかどうかが、今後の一つの注目点になる。 (Will China choose Russia or America in the coming war?



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