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米国覇権自壊の瀬戸際

2013年10月15日   田中 宇

 米国の政治や社会を分析する際、150年前の南北戦争の国内対立を今も引きずっているという見方がときどき出てくる。米国の首都ワシントンDCは、南北戦争より100年近く前に制定されたが、すでに当時からあった南北対立を緩和するため、DCは南部と北部の境界に作られた。DCの米政府や議会、米政界は、南北和解の象徴だ。しかし同時に、この背景ゆえに議会と政府は、しばしば対立を解消できないまま米国を引き裂き、米国家を機能不全におとしいれてきた。いまDCで展開している米政府の閉鎖や米国債デフォルト危機は、この歴史的対立の最新版といえる。

 そもそも黒人のオバマが、米国民の頂点である大統領になったこと自体、南北戦争の対立軸だった黒人奴隷解放の究極の目標達成であり、リベラルで民主党支持の北部の勝利である。オバマが国民皆保険制度の導入をめざしてオバマケアを創設したこともまた「奴隷解放以来の大きなリベラル政策の成果」と言われる。 (China strides, US shrinks in Asia

 共和党はオバマケアに猛反対し、党内でも草の根で非金持ち系のリバタリアンなどは、政府閉鎖や米国債デフォルトを招いてもオバマケアに反対だと言って、米国家を機能不全におとしいれている。共和党支持はもととも南部諸州で強いが、特にオバマケアに強く反対している議員の多くは南部出身である。今の米国政府は、南北戦争で北部が勝ち、南部が負けた歴史の上に作られている。南部から見れば、北部が優勢な今の連邦政府など潰してもかまわないということになり、これがリバタリアンの小さな政府主義と重なって、政府閉鎖や米国債デフォルトをひそかに歓迎する政治運動になっている。 (America flirts with self-destruction

 とはいえ、共和党がオバマケアに反対している理由は、それが北部的なリベラル政策に根ざしているからだけでない。リバタリアンにあがめられている共和党のロン・ポール元下院議員は、オバマケアが米国の健康保険制度をむしろ破綻させると指摘している。1960年代に作られた従来の米国の官制健康保険制度であるメディケアは、政治家や業界団体に食い物にされ、製薬業界や医師界に多くの儲けが入り、メディケア自体の会計の赤字が拡大する仕掛けになっている。官制保険は、平時に米政府と別会計だが、保険制度が破綻すると米政府の金で赤字補填せねばならず、保険会計の赤字は米政府の財政赤字と同じである。 (Ron Paul: A Grand Bargain for Liberty?

 今後、米経済の低成長が続き、団塊の世代(ベビーブーマー)の定年が増えるにしたがい、赤字が巨額化し、最終的に破綻すると予測されてきた。メディケアの悪しき構図をそっくり引き継いでいるオバマケアは、国民皆保険を義務づけているだけに、赤字肥大化に拍車をかけ、米国の健康保険制度の破綻を早める。リバタリアンの中には「オバマケアに反対せず始動させ、破綻を看過した方が、連邦政府の崩壊が早まるので良い」と言っている者すらいる(破綻まで何年もかかるが)。 (アメリカ財政破綻への道) (アメリカは破産する?) (Why Implementing Obamacare and Allowing it to Collapse is a Bad Idea

「オバマケアは奴隷解放以来の快挙」と自慢する民主党側の言葉を逆手にとって、共和党側からは「オバマケアは奴隷解放以来のひどい制度だ」という非難が出ている。とはいえ、もともとオバマケアの悪弊を作ったのは共和党だ。オバマケアの前身であるメディケアの破綻の構図を早めたのは、共和党のブッシュ前政権だ。同政権は、メディケアの処方箋薬への適用を拡大し、赤字が急増するよう仕組んだ。 (Ben Carson: Obamacare Worst Thing Since Slavery

 ブッシュの策は、単に製薬業界からの政治圧力に対応しただけともいえるが、もっと深読みして、米国の財政破綻を早めて、米国覇権の代わりに世界政府を樹立しようとするロックフェラーなど共和党のグローバリスト(世界政府主義者)の政策だと分析する向きもある。世界政府主義者は、私の用語に置き換えると多極主義者である。「世界政府」は、国連やG20として、すでに組織ができている。 (The Possible Outcomes Of The Shutdown Theater

 オバマは民主党だが、若いころからロックフェラー家とつながりがあり、実はグローバリスト(隠れ多極主義者)なのだと言う指摘がある。だから、潜在的な財政赤字拡大につながるオバマケアの制度を作ったうえ、米国債がデフォルトして(米国の覇権が自壊して)もオバマケアを守ると強気を貫いているのだという。ロックフェラーは伝統的に共和党で、オバマはその超党派的な別働隊というわけだ。 (Obamacare sign-up crash: what's really behind it?

 オバマケアの申し込みは10月1日から開始され、主にウェブサイト( <URL> )で申請するようになっている。しかし、同サイトは開始当日から不具合がひどく、サイト内の一部スクリプトが動かないうえ、申し込みページに用意された事項が不十分で、申請者がぜんぶ記入して申し込んでもオバマケアの事務局としては情報が不十分で保険に入れない状態だ。オバマケアは数千万人が申し込む予定なのに、まだ数人しか申し込めていないと米政府も認めている。政府閉鎖の影響で、サイトの不具合が何日も未解決のままだ。 (We paid over $500 million for the Obamacare sites and all we got was this lousy 404) (Rush of interest continues on insurance Web sites

 オバマケアはウェブ申し込みが前提なので、サイトの完成度は米政府にとって何より大事なはずだが、ひどい状態のまま公開された。これは「過失」を超えた未必の故意であり、グローバリスト的な意図的なものだとみる向きもある。 (Obamacare sign-up crash: what's really behind it?

 一般に米国のグローバリストという言い方には、世界を支配して儲けようとする金融界、多国籍企業、軍産複合体も含まれてしまっている。彼らは米国の覇権の永続化を希求する勢力(米英中心主義者)であり、米国を自滅させても世界政府を樹立したいロックフェラー的グローバリスト(多極主義者)とは対照的な存在だ。米英中心主義者は共和党にも民主党にもいる半面、多極主義者は共和党に多い。共和党のタカ派(ネオコン)は、米英中心主義のエージェントとして登場し、世界支配を過激にやって失敗させ、中露などの台頭を誘発して最終的に世界政府を強化した隠れ多極主義者である。 (歴史を繰り返させる人々

 今の米政界は、北部リベラルと南部保守という伝統的で明確な対立軸だけでない。伝統的な軸のうえに、どんな国際社会をデザインしたいかをめぐり、米国の覇権を永続化させようとする勢力と、多極型に転換しようとする勢力がいて、誰がどちらであるか見えにくい状態で暗闘している。

 オバマ自身、米国の覇権を守りたいのか自壊させたいのか、どちらかわからないような態度をとっている。オバマは、ブッシュ前政権が軍事策を過剰にやって半ば破綻させた米国の覇権戦略を立て直すべく、米国の外交力(ソフトパワー)を復活させようとしたが、結局のところ、イランやロシアに譲歩しすぎ、中東での米国の覇権力(影響力)を大幅に低下させている。 (中東政治の大転換

 今回の財政問題でも「議会と赤字上限引き上げ交渉をしない。議会は見返りなしに赤字上限を引き上げろ」というオバマの強硬姿勢は、一方で、10月10日に、共和党が見返りなしの赤字上限引き上げを了承するという譲歩を引き出した。しかし、あろうことか、オバマは共和党の譲歩を拒否した。「共和党が同時に、未可決の10月1日からの今年度予算案を通すなら、共和党の提案を飲む」というのが拒否の理由だ。 (Wow: Obama rejects Boehner's proposal for short-term debt-ceiling hike; Update: Or did he?

 オバマが拒否した理由は、デフォルト寸前まで赤字上限問題を引っ張り、デフォルトしたら崩壊する金融界からの圧力に弱い共和党から全面譲歩を引き出す戦略といわれている。オバマの強硬策は、共和党内で「デフォルトしたら小さな政府を実現できるので好都合だ」と考える茶会派やリバタリアンが台頭している危険を(わざと)軽視している。 (Power Mad Obama Offers Two Choices: Unconditional Surrender Or Default

 米国の分析者の間でここ数日「誤算によるデフォルト」が語られているが、それは上記のような、共和党内で「デフォルト歓迎」の茶会派が席巻しているのに、オバマが「共和党はデフォルト直前に全面譲歩する」と考えて突っ走ることの誤算をさしている。 (A fiscal farrago that could yet prove good for the US economy

 10月11日には、プロパガンダ色が強いワシントンポストすら「デフォルトは不可避だ」とする記事を出した。同紙は「米国債のデフォルトは20世紀前半に何度か起きており、前代未聞の危機でない」とする論調だ。しかし、これは金融相場を短期的にテコ入れするだけの策で、相場はいずれデフォルトが起きた後に暴落しかねない。20世紀前半には、金融部門(債権債務)が経済全体に占める割合が低く、金本位制だったため、米国債がデフォルトして長期金利が上がっても被害が比較的軽かった。しかし21世紀前半の今は、経済における金融の影響力が非常に強く、デフォルトによる長期金利の高騰が世界的にリーマンショックを超える巨大な悪影響を与える。米国債のデフォルトが史上初でないから大したことないというのは間抜けな見方だ。 (America's default on its debt is inevitable

 中国の新華社通信は10月14日、政治混乱で国債デフォルトの危機にさらされるドル中心の既存の基軸通貨体制に頼らないですむような、新たな国際通貨体制を作る必要があると提案する記事を出した。事態は国際政治的にみて、ドル基軸(ブレトンウッズ)体制の終焉と、G20の機能強化など通貨の多極化が語られた08年のリーマン危機に似てきている。 (China Calls For New Reserve Currency, And New World Order) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序



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