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地球温暖化は政治と投機の問題

2013年5月30日   田中 宇

 地球の二酸化炭素の量が、250万年ぶりの多さである400ppmにまで増加している。このままの増加が続くと今世紀末には、二酸化炭素量が今の2倍の800ppmになるとの予測も出ている。250万年前の地球はとても暑かったとされている。だが今、地球は温暖化しておらず、平均気温は10年以上ほぼ横ばいの状態だ。 (400) (CO2 at highest level for millions of years

 これまで、人類が排出した二酸化炭素が引き起こす温暖化で大惨事になると繰り返し書いてきたロイター通信やBBCといった「権威ある」マスコミは最近、地球が温暖化していないことを認める記事を出している。BBCは「1998年以来、説明のつかない気温上昇の減速が起きている。長期的には温暖化で間違いないが、今後数十年はあまり温暖化しないだろう」と書いている。「今後数年は当たらないが、いずれ宝くじに大当たりするのは間違いない。宝くじを買い続けよう!」という感じだ。 (Climate slowdown means extreme rates of warming 'not as likely'

 ロイターは「2000年までの気温上昇がそれ以降止まっており、学者らが説明に窮している。未知の自然の摂理が理由かもしれないとも言われる。学者らは、今後何年か経つとまた気温上昇が再開するとも予測している」と書いている。「今日の相場下落の理由はわかりませんが、明日はきっと値上がりするので、投資した方が良い」と顧客に勧める証券マンのようだ。 (Climate scientists struggle to explain warming slowdown

 米国NASAのラングレー研究所は3月末、二酸化炭素は地球の温暖化でなく冷却化に役立っているとする研究報告を発表した。地球を熱する最大の要素である太陽からの光線は、5%しか地表に届かず、95%は大気圏の上層部で跳ね返されており、これが地球の加熱を防いでいるが、二酸化炭素は、この跳ね返し機能に貢献しているという。二酸化炭素が減るとむしろ大気の温度が上がるという研究だ。 (New Discovery: NASA Study Proves Carbon Dioxide Cools Atmosphere

 英国マンチェスター大学では、水蒸気が集まって雲や雨の粒になる際、二酸化炭素が粒の核になる役割を果たすので、二酸化炭素が増えるほど大気中に雲ができやすく、雲が太陽光線を跳ね返し、地球の気温が下がる傾向になるという趣旨の研究をまとめている。 (World is getting cooler despite increased emission use, Manchester scientists reveal

 二酸化炭素の増加が地球寒冷化につながると断言はできないものの、少なくとも「いずれ必ず温暖化が進む」という、米欧日マスコミが好んで報じたがる学者のコメントは歪曲的であるといえる。地球温暖化を信奉する学者の多くは、知的な探究としてでなく、学内や学界内での地位や権威の上昇を狙ってやっているのだろう。温暖化をめぐる学術的歪曲の総本山である英国では、歪曲手法の一端を垣間見せた「クライメートゲート事件」が2009年に起きている。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(1)

 マスコミは歪曲報道で「ゴミ」扱いされているが、学界もかなりゴミと化している。学界(大学)の人々は、積極的に「御用」化するか、消極的に「小役人」化するかの二者択一をやんわり迫られているようだ(ほとんどは小役人を選択)。以前は日本の学者の中に知的にとがった人がけっこういたが、最近は少ない。日本の大学は、本来持つべき知的ラディカルさ(根本的に考える性向)を失い、人気のキーワードを講義名につけた陳腐な講義を行う場所になっている。経済や政治の分野でいま最重要なことは、覇権や基軸通貨の転換と、金融システムの崩壊についてだが、それらについて深く考察している日本の学者を、私は見たことがない(対米従属一本槍の官僚機構に牛耳られていることが、その主因だろう)。

 話がそれた。地球温暖化の本質は、科学や環境でなく、政治や経済の問題だ。1997年に締結された京都議定書の背景にある先進諸国(米欧日)の政治戦略は、すでに経済が成熟して低成長なので二酸化炭素などの排出量が少なく、排出削減の環境技術も進んでいる先進諸国が、これから高度成長で排出量が増えて環境技術も未熟な中国インドなど新興市場・発展途上諸国から、経済成長の果実の一部をピンハネすることだった。 (地球温暖化の国際政治学

 ピンハネの具体的なシステムとして、二酸化炭素など温室効果ガスを大量に排出する企業が、排出を減らせない場合、排出量が少ない企業から「排出権」を買わねばならない「キャップ&トレード」の規定と「排出権取引所」が用意された。最も先進的なのはEUで、05年から排出権取引が機能し、06年には1トンあたりの二酸化炭素の排出権が31ユーロの最高値をつけた。 (Carbon Falls Most Ever After EU Parliament Rejects Fix

 だが今、ユーロ危機などを受けた欧州の不況の長期化によって、二酸化炭素の排出権相場は1トン3ドル以下まで大幅下落している。EU当局が指定した産業で、排出量が少ない企業は、排出権を市場で売りに出すことができる。排出量の全体的な減少の結果、排出権を売れる企業が増えている。しかし、その売り物が市場に出てくると、欧州の排出権相場がさらに下がる。 (Why Europe's Carbon Market Collapse Won't Kill Cap And Trade

 EUは、企業が排出権を売りに出すことを5年間凍結させ、その間に排出権相場を再上昇させる策を検討した。だが、排出権相場を引き上げると電力料金などの値上げにつながるので反対意見が強く、凍結策を採らないことが今年4月に決まった。排出権相場は急落し、キャップ&トレードの考え方自体が失敗だと言われるようになった。 (Cap and Trade Collapses

 ブッシュ政権以降、米国は、COPなど温暖化対策の国際的な動きの根幹に位置する京都議定書を批准せず、温暖化問題への参加拒否に転じたため、日本やカナダといった対米従属の先進国も、京都議定書を離脱する構えを見せている。「京都」が冠されているので日本は離脱していないが、カナダは一昨年末、COP17のダーバン会議の直後に京都議定書からの離脱を宣言し、1年後の昨年末、正式に離脱した。 (In Unprecedented Move, Canada Withdraws from Kyoto Protocol) (Canada officially becomes first country to withdraw from Kyoto agreement

 二酸化炭素が増えても温暖化が進まない現実、排出権取引の元祖EUでの排出権市場のバブル崩壊、カナダの京都議定書離脱など、二酸化炭素を犯人扱いする温暖化対策の構図は崩れる観がある。 (After Bubbles in Dotcoms and Housing, Here's the Carbon Bubble

 ところが、ここで意外な助っ人が出てきた。温暖化対策の構図の中でピンハネされる側の真ん中にいるはずの中国である。中国は、習近平新政権の戦略として、2020年までに二酸化炭素排出を40%減らす計画を、16-20年の経済5カ年計画に盛り込むことを検討している。中国政府は、全国の7つの大都市で二酸化炭素の排出権取引を開始する。中国は従来、自国の排出削減に目標値を設定して縛られることに消極的だったが、積極姿勢に大転換し、2015年にパリで予定されている国連の気候変動会議で、削減目標値の設定に賛成することを示唆した。 (China eyes cap on carbon emissions by 2016

 中国は、世界の二酸化炭素排出の25%を占める排出大国だ。中国が排出上限の設定を拒否する限り、自国も拒否し続けるというのが米国や日本、カナダなどの姿勢だった。中国の転換は、世界の温暖化対策の流れを劇的に変えうる。中国と並んでBRICSの一員であるブラジルも、排出上限の設定に前向きな姿勢に転換した。これは中国だけでなくBRICS全体の戦略転換とも思える(温暖化対策に消極的だったロシアがどう出るか注目される)。 (China reveals details of first carbon trading scheme

 温暖化に関する私の以前の記事を読んでいる方は、中国の姿勢転換に驚かないだろう。温暖化対策の主導権は、09年末のCOP15以来、先進国から、中国を筆頭とするBRICSや途上諸国へと移っている。温暖化対策は、先進国が途上国からピンハネする構図から、途上国が先進国からピンハネし無償支援させる構図へと転換しつつある。 (新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題

 11年末のダーバンでのCOP17の直後にカナダが離脱を宣言したのは、温暖化対策のCOPやIPCCの主導権が中国など途上諸国に奪われ、これ以上とどまっても国益を失うばかりだとカナダ政府が判断したからだろう。その後、国際政治のさまざまな分野で、米国(米欧、G7)の影響力がさらに低下し、中国やBRICSの影響力が増している。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(2)

 昨年に権力を握った習近平政権が、新政権の国内の新戦略として排出削減を打ち出して「中国が削減しない限りわが国も」と言っている米日加などを黙らせ、BRICSや途上諸国に有利な温暖化対策の構図を国際的に定着させようとするのは自然な動きだ。中国がもたもたしていると、EUの排出権市場崩壊やカナダの離脱などで、せっかく中国などが乗っ取った温暖化対策の国際体制が崩れてしまう。中国やBRICSとしては、体制を保ったまま乗っ取りを完遂する必要がある。

 中国は、国際的で大規模な詐欺の構図に意図的に乗ることをいとわず、むしろ国際詐欺の構図を活用して儲けようとする傾向がある。二酸化炭素と温暖化が関係なくても、排出権市場が作られ、相場が上下し、当局に近い筋の人々が儲けられればそれで良い。排出権市場は、根幹に温暖化問題という国際詐欺が存在するため、相場の乱高下やバブル崩壊があり得るが、その詐欺の構図を知りつつ投棄する上層部の人々は、上がった相場が急落する前に売り抜け、儲けを確定できる。

 温暖化対策として以前、風力発電や太陽光発電が国際的なブームになったが、その時に中国では、風力発電機や充電地、ソーラーパネルのメーカーが乱立してバブル状態となり、大手メーカーが経営破綻してバブル崩壊した。これも温暖化対策の国際詐欺に悪乗りする中国ならではの展開だ。 (Suntech Is Pushed Into Chinese Bankruptcy Court

 以前の記事に書いたように、米国が推進するシェールガス・石油のブームも詐欺的な要素が強い。これにも中国は飛びつき、中国のいくつかの地域でシェールガス・石油の開発が進んでいる。実のところ、シェールの石油ガスの長期的な実際の産出能力は重要でない。アングロサクソンやユダヤ人が考案した国際詐欺の構図に中国人の上層部が乗って短期的に大儲けし、詐欺がバブル崩壊につながる前に売り抜ける。この点で、中国人はアングロサクソン・ユダヤと並ぶ知能犯である。彼らの技能は「夢づくり」「(ねずみ講からOSまでの)システム構想力」にある。「(細部的な)ものづくり」はうまいが軽信的な日本人は、ほぼ恒久的に、だまされる側だ。 (シェールガスのバブル崩壊) (China's ragtag shale army a long way from revolution

 覇権とは「国家を超える権力はない」という建前の後ろにある、黒幕的に行う世界管理である。金融や外交、人権や環境(を口実にした支配)、科学(のふりをした政治)など、各分野の大規模な国際詐欺を理解できる勢力しか、覇権を運営できない。米英仏独と並び、中国やロシアは、覇権運営ができる(北朝鮮やイランなども)。だが、戦後の日本には無理だ。日本は、戦前に覇権運営をやって敗戦した後、この分野から完全に足を洗い、代わりに対米従属をやっている。

 まだ覇権勢力であるアングロサクソンの内部では、高度な闘いが続いている。英国では、これまで温暖化対策の積極推進派だった元環境相の国会議員が突然に「温暖化の原因は特定できず、二酸化炭素人為説への固執は間違いだ。二酸化炭素の増加は悪影響がない」と言い出し、懐疑派に急転向した。その背景は報じられていないが、温暖化対策が中国など途上諸国に乗っ取られ、英国がピンハネされる側になったことに気づいたのかもしれない。 (Humans may not be responsible for global warming, it may just be a natural phase, says climate change MP

 しかし、いまさら気づいて人為説を否定しても「変人」「陰謀論者」のレッテルを張られるだけだ。いったん動き出したプロパガンダは、方向転換できない。かつて隠れ多極主義者のネオコンは、この方向転換不能性を使って、米国のマスコミを過剰に好戦的な方向に引っ張り、過剰な好戦性によって米国の戦略や財政が破綻しかけても、好戦的なプロパガンダを誰も止められない現状を作った。地球温暖化もプロパガンダのまま、受益者が先進国から途上国に移るだろう。 (失効に向かう地球温暖化対策



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