根強い金融危機間近の予測2012年9月3日 田中 宇米国で今秋に金融危機が再燃するとの予測が出ているが、危機につながる具体的な兆候が感じらないし、オバマ政権は大統領選挙前の危機発生を全力で抑止するだろうから、今秋の金融危機は起きそうもないと、2週間前に書いた。その後、暗雲が垂れ込める感じが増している。 (◆起きそうもない今秋の米金融危機) 08年のリーマンショックによって、G7が象徴する米英中心の世界体制が、G20に象徴される先進国と新興諸国が肩を並べる多極型の世界体制への転換が始まった。その流れからみて、今後、米国で大きな金融危機が再燃したら、ドルの基軸通貨性の喪失や米国債の大減価などで米国が覇権を失い、世界の政治構造の多極化が進むだろう。逆に、今後3年ぐらい金融危機が再燃しなければ、25年前に債券金融システムが発案され米覇権が復活した時のように、米国を蘇生させる次の仕掛けが立ち現れるかもしれない。来年にかけて米国で金融危機が再燃するかどうかで、今後何十年かの世界の構図が大きく変わる。「今秋、米国で金融危機が再燃する」という見方が分析者の間で出ているので、危機につながる明確な動きがなくても、米国の金融情勢が気になる。 8月末、米国の投資家ピーター・シフが「今後2年以内にドルや米国債の危機が起こる。その結果、いずれ米国は金本位制になる。米経済の回復は見かけだけのニセモノであり、米連銀は間もなく米国債買い支えなど金融テコ入れ策(QE3)を余儀なくされるが、回復がニセモノなのでQE3は効果を上げない。来年1月の財政の断崖(米議会がうまく財政赤字削減策をまとめられなかったので、1月に自動的に発動される米政府支出大削減と増税)を機に、危機が再燃する。財政赤字が増えてドルと米国債の信頼が失墜し、金本位制に移行せざるを得なくなる」と語った。 (SCHIFF: Our Government Is Leading Us Toward A Currency Crisis) シフの予測が正しいなら、共和党が金本位制の復活を議論し始めたことは、党内の極論派をなだめるだけのものでなく、これから起きる危機に対する備えだったことになる。 (◆金地金の復権) 連銀が9月中旬の理事会でQE3の発動を決めそうだということは、ウォールストリート・ジャーナルなども最近書いている。QE3によって株価は一時的に上がるものの、米国債とドルの増刷に拍車がかかり、来年初めの「財政の断崖」で金融危機が再発するというシフの予測は当たっているかもしれない。財政の断崖が迫っているのでQE3をやっても効かないという分析も出ている。 (Fed Sets Stage for Stimulus) (QE3 is pointless as we head over the cliff) 投資家のジョージ・ソロスは6月末に米当局に提出した報告書で、JPモルガンやシティなどの金融株を売り、代わりに金地金の関連証券を買ったと明らかにした。英国のヤコブ・ロスチャイルドらは、ユーロを売って金地金の上昇に賭けている。独仏にとってEU統合が国策の根幹に関わる重要策なので、ギリシャなどのユーロ離脱とユーロ崩壊は起こりくにいが、米欧の経済難が続くので金地金の上昇傾向は続くと私は予測している。 (Jacob Rothschild, John Paulson And George Soros Are All Betting That Financial Disaster Is Coming) 米投資家のジム・ロジャースは「11月の米選挙後、金融財政のハルマゲドンが起きる。米国民は準備をしておけ」と言っている。彼は「ねずみ講は、崩壊直前まで好調に見えるが、一線を越えて事態が悪化すると突然にシステムごと崩壊する。米経済も同じだ」と述べている。世論調査によると、米国民の61%は、崩壊が迫りつつあると感じているという。 (Jim Rogers: It's Going To Get Really "Bad After The Next Election") 連銀には「経済が回復してもゼロ金利政策を続けろ」と金融界から圧力がかかっている。裏から見ると、経済回復が、財政赤字増や債券発行、統計のごまかしなどによるニセモノで、中産階級の実体経済としての経済が回復していないからこそ、金融界は連銀にゼロ金利策を続けさせないと不況に戻ってしまうのだと考えることもできる。 (Expert calls on Fed to clarify its guidance) 債券相場は上昇している。8月には、8月として米国で史上最高額のジャンク債が発行された。昨年8月に12億ドルだったのに、今年8月は313億ドルも発行された。連銀も、リーマンショック時に米保険大手のAIGを救済した時に買い取って塩漬けにしてあった債券を全部売り、利益を出している。これらは、債券市場の活況が今後も続くと見るよりも、いずれ下落するから相場が高いうちに債券を発行して儲けようとする金融界の思惑と見た方が良いかもしれない。 (It's a Record-Setting August For Junk Bonds) (NY Fed closes the door on Maiden Lane) 米議会の予算局によると「財政の断崖」が回避できず現実化した場合、来年の米政府の財政赤字が1兆1000億ドルから6400億ドルへと半減するが、財政出動による経済効果が減り、米経済がマイナス0・5%成長の不況に逆戻りするという。財政の断崖を回避するには、米2大政党が議会の財政議論で合意する必要があるが、11月の大統領選挙後まで議論は進まない。金持ち増税を主張する民主党と、貧困対策などの支出減を主張する共和党の隔たりは大きく、合意は困難だ。 (Stakes rise as US warned of double-dip) 株価の下落も予測されている。シティの分析者は、株価の予測変動率を示すVIX指数の最近の動きを、過去30年間の同指数の動きに照らして考えると、今後、米株価が下落しそうだと述べている。11月までにS&Pの平均株価が25%下落するとの予測も出ている。 (VIX Chart Suggests Stock Sell-Off: Citi Analyst) (アメリカ経済の延命策の終わりとその後) (Is There Going To Be A Stock Market Crash In The Fall?) 最近、米金融界で特に危険だと言われ始めているのがモルガンスタンレーだ。なぜモルスタが危険なのか、中身のある説明がなされていないものの、今春以降、米国の平均株価が上昇したのに同行株は下がっている。同行は、上場直後に急落したフェイスブックの上場の幹事を引き受け、その関連で損失を抱えたとも言われている。 (Morgan Stanley is Insolvent ) (Get Your Money Out of Morgan Stanley - Fast!) 最近、米政界が、シティやJPモルガンといった最大手の銀行群に対し、巨大銀行が今後の金融危機で経営破綻した場合、公金で救済するだけの財政の余裕がないので、あらかじめ小さな銀行群に分割しておくべきだという圧力を強めている。巨大銀行を分割すべきとの議論は、リーマンショック後、米政界でずっと続いてきたが、これまで銀行側は無視して沈黙を守ってきた。だが最近、きたるべき金融危機を意識してのことなのか、金融界から分割について賛否両論の意見が公表されるようになっている。 (Why Are the Big Banks Suddenly Afraid?) 7月下旬、シティの前会長が「シティは大きすぎるので、商業銀行部門と投資銀行部門に分割した方が良い」と表明した。これに対し、シティの現会長が8月下旬になって「何も問題がないので、分割する必要はない」と反論した。金融界は最近、関係各方面に対し、銀行の規模が大きいからといって分割せねばならないとか、分割したら問題がなくなるなどと考えるのは間違いだとするメールを送りつけている。 (Ex-Citi chief Weill urges bank break-up) (Citi chief rejects calls for bank splits) 米国の6大銀行の総資産は、1995年に米GDPの15%だったが、2008年に60%にまで増加した。預金保険体制の力には限度があり、巨大銀行が破綻したら政府救済は難しいのは事実だろう。ここにきて分割議論が強まった背景に、これから金融危機が起きるとの予測があるのかどうか、モルガンスタンレーが本当に危険なのかどうか、今後さらにウォッチしていく。
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