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起きそうもない今秋の米金融危機

2012年8月17日   田中 宇

 米国の分析者たちの間で、今秋に金融危機が起きるのでないかという見方が出ている。米金融の最大の要素である債券金融システムが信用不安に陥った08年秋のリーマンショック以来、米金融界は何とか持っているものの、いつ再崩壊するかわからない事態が続いている。米当局は、国内5大銀行に対し、危機が発生した場合、銀行の図体が大きすぎて米当局が救済しきれない可能性があるので、どうやって自己救済するか考えて報告せよと命じた。米国の企業経営者は、自社株を売り続けている。各国の中央銀行は、ドル崩壊に備えるかのように金地金を貯め込んでいる。 (U.S. banks told to make plans for preventing collapse) (Are The Government And The Big Banks Quietly Preparing For An Imminent Financial Collapse?

 米国の雇用回復を示す統計が発表されたが、増加した雇用の多くは一時的なもので、実質的な雇用は復活していない。雇用統計を好感して米国株相場が上昇したが、上昇の根拠は薄い。米国の実体経済は悪化しており、年末までに不況に再突入すると予測されている。いや米経済はすでに不況だ、という話もある。 (Money Anxiety Index: Stock Market Rally 'Totally Irrational') (Shilling: New recession has begun

 米国株は上がりすぎなのでいずれ急落するという分析がマーケットウォッチに出たり、米国債の相場が下がっているのを見てウォールストリート・ジャーナルが「連銀は終わりか?」と題する短いブログ記事を出したりしている(大した内容でないが)。 (Watch out for a correction - or worse) (Is the Fed Finished?

 米議会は二大政党の対立が解けず、増え続ける財政赤字を減らせない。昨夏にS&Pが米国債を格下げし、その後も財政削減策は実行されてない。だが、米金融界が債券金融のバブルを再燃させて債券相場の上昇機運を維持し、金融システムを延命している。米国債は、財政再建という根本的な解決でなく、バブル再燃という小手先の対策によって堅調を維持している。歴史的に、米国の金融危機は秋に起きることが多いので、今年の秋に債券金融バブルの再崩壊が起きるのでないかという見方が出ている。 (17 Reasons To Be EXTREMELY Concerned About The Second Half Of 2012

 とはいえ、秋に大きな金融危機が起きるなら、夏の間に何か兆候があってしかるべきだ。昨年を先例とするなら、8月にS&Pが米国債を格下げしたのに、9月には事態が平穏に戻っている。以前より、危機が拡大しにくくなっている感じだ。サブプライム危機やリーマンショックなどの金融危機は自然に起きたものでなく、危機を誘発した勢力が金融界にいたと考えられる。リーマンショックまでは誘発派による作戦が成功したが、その後、危機の拡大を阻止する対抗勢力が誘発派の危機拡大のやり口を掌握したのか、危機が起きても抑止されるようになっている。11月には米大統領選挙があるので、オバマ政権は、その前に危機が起きないよう、抑止策を強めているはずだ。 (格下げされても減価しない米国債) (米金融界が米国をつぶす

 今秋に金融危機が再発しなくても、米経済が回復に向かうわけではない。問題は先送りされているだけで、解決されていない。オバマ政権の財政再建は失敗するだろう。オバマは防衛予算を減らしたいが、削減に反対する米軍は、ロムニーへの支持を強めている。再選を目指すオバマは防衛費の削減に手をつけられなくなり、米国内の米軍基地を一つも閉鎖しないと決めざるを得なくなった。米軍基地は全米各州にあり、各州の経済と雇用を下支えしており、議員の多くが基地閉鎖に反対している。 (Pentagon Drops Plan to Close Domestic Military Bases

 議会は、軍事支出の実績を維持するため、米軍がほしくない兵器をどんどん買わせている。オスプレイの日本配備も、その関連だろう。ロムニー陣営は、防衛費の削減をやらず、代わりに国務省の費用を削るといっている。外交軽視、軍事重視が加速する。 (Senate forces Pentagon to buy drones and ships it doesn't need

 米国の社会保障は黒字が急速に減り、公的医療保険の赤字も増えている。これらは、いずれ公金で補填せざるを得ない。地方の市町の財政破綻も広がっている。道路などインフラの老朽化も問題になっている。米国は税制と財政の再建が必要だが、二大政党の対立で、ほとんど進んでいない。事態の悪さは日本以上だ。米国の財政難はドルと米国債の信用不安を招き、全世界に悪影響を与える。今のところ、信用不安は顕在化せず、先送りされている。 (Current Social Security surplus dwarfed by deficit ahead) (American Cities Going Bankrupt

 中国などBRICS諸国は、貿易決済に自国通貨を使う非ドル化を進めている。中国は金地金も買い貯めている半面、中国企業は最近、株価や会計基準が納得できないので米国での株式上場をやめて、中国市場の上場に集中させる方針転換を進めている。中国政府もこの傾向を奨励している。とはいえ、貿易の非ドル化や金地金の活用は、ドル崩壊を引き起こす動きでなく、崩壊に備える動きだ。ドルや米国債の崩壊自体は、中国の手によって起こされるのでなく、米国内の事情で起きる。(米国が南沙群島問題などで中国の怒りを煽動し続けると、そのうち中国がドルの覇権を潰したがるかもしれないが) (Chinese companies pull out of US stock markets) (Central bank pledges financial push in Africa

 ドイツでは議員らが、第二次大戦の敗戦以来ずっと米NY連銀の金庫に保管されているはずの金地金を取り戻そうとする政治運動を開始している。独政界は、米連銀がドイツの金を返却の目途もなく勝手に米金融界に貸し出したままでないか懸念している。独議員が連銀に頼んだが、金庫を見せてもらえなかったうことを拒否された。米議会も7月、NY連銀が保管しているはずの金地金が本当に保管されているかどうか、史上初の査察を行う法律を可決し、すでに査察が実施されている。査察の結果については全く発表されておらず、年末までに発表する予定で、こちらもどうなるか注目される。 (What's in your vault? Uncle Sam audits its stash of gold at the New York Fed

 英国ではLIBORの金利操作スキャンダルが続いている。国際金融界が基準金利を不正に操作していたことがわかり、投資家たちが英米などの銀行に対し、操作された金利で利息の払いすぎが起きたのだから返してくれと訴訟を起こしている。訴訟の行方いかんでは、米英銀行が巨額の支払いを命じられ、経営破綻につながるかもしれない。しかしこれも、米国の裁判所が、全体状況が明らかになるまで訴訟を進めないと表明し、金融界を救うかのような訴訟手続きに入っている。おそらく裁判所は政府から圧力を受け、金融界を守る動きをしている。同様の構図で、米国の住宅ローンをめぐる提訴の多くも裁判所で塩漬けにされている。 (U.S. judge in Libor cases puts new lawsuits on hold) (◆英国金利歪曲スキャンダルの意味

 米国は50年ぶりといわれる大干ばつで、トウモロコシや大豆の相場が史上最高値を更新している。ロシアも不作だ。米国で収穫したトウモロコシの4割が、車の燃料用エタノールの生産に使われている。国連は、トウモロコシの国際価格を下げるため、米政府に対し、国内のエタノール製造を減らすよう要請した。食糧価格の高騰で、世界的なインフレや食糧難が懸念されている。食糧価格の高騰は08年にも起こり、前回は、債券の代わりに穀物が買われているのでないかと、金融危機との関連が指摘された。食糧の再高騰は、国際基軸通貨としてのドルに対する懸念を再発するかもしれない。イラン制裁など、原油相場の高騰も同様だ。 (UN urges US to cut ethanol production

 欧州はユーロ危機が続いており、ユーロの解体が不可避だという報道が延々と続いている。だがこれらは、ドルの地位を守るためにユーロを危険にしておく米国側の策略の結果だ。ギリシャなどがユーロから離脱すると、独仏など欧州全体の長期戦略の失敗になるので、独仏などが全力で回避するはずだ。ユーロからの離脱が起きるとは考えにくい。欧州の高官がユーロ崩壊に言及するのは、危機を煽って政治統合を促進するためだろう。いずれEUの政治統合によってユーロ危機が乗り越えられると、その後はユーロよりドルの弱さが問題になる。 (Finland prepares for break-up of eurozone

 全体として、これらの各要素が今後の世界と米国の金融界にどんな影響を与えるか、米金融界の延命がいつまで続くか、延命が蘇生につながるのか(今のところその兆候はない)見えにくい状態だ。全体像が見えないので、今回は散漫な記事になったことをおわびする。リーマンショック後の状況は、米国覇権の崩壊過程という前代未聞の事態なので、先読みが難しい。何も起きそうもない状況から、短期間で危機的状態に変わるかもしれない。危機が起きそうな兆候が出てきたら、改めて記事を書く。



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