米国債格下げ危機が再燃へ2011年10月25日 田中 宇今年8月5日、米国の債券格付け機関S&Pが米国債を格下げした。その理由は、7月いっぱいかけて米議会が米政府の財政赤字の削減を鳴り物入りで議論したのに、十分な赤字削減策に至らなかったので、急増する米国の財政赤字を米政界がうまく削減できそうもないとS&Pがみなしたからだった。 (米国債の格下げ) オバマ政権は10年間で4兆ドルの赤字削減を目標としている。7月に米議会が決めたのは、このうち1兆ドル分でしかない。残りは、共和党と民主党から6人ずつ議員を出して特別委員会を作り、9月から審議を始め、11月23日の期日までに追加の赤字削減策を決めることになっている。米議会の全体で議論すると、2大政党間の主張が対立してうまく決まらないので、代表者による非公開の特別委員会を作って少人数で議論し、赤字削減をまとめようとしてきた。 (延命した米財政) この委員会が、1・2兆ドル以上の削減を期日まで決められない場合、来年から防衛費やメディケア(官制健康保険)などの分野で自動的に支出を削減するトリガー条項が発動される。防衛費は共和党、メディケアは民主党が削減に反対している分野で、トリガー条項は、米議会が自分たちに課した罰則だ。S&Pは米国債を格下げしたが、3大格付け機関の残る2社であるムーディーズとフィッチは、特別委員会の審議がうまくいくと予測し、米国債を格下げしていない。 (Army, Marines could cut 150K troops) しかし、期日まで残すところ1か月となるのに、特別委員会の議論は、2大政党間の対立が残ったまま、ほとんど進展がない。増税など歳出増と、支出削減をどう組み合わせるのか、削減するならどの分野なのかといった、基本的な方針すら決まっていない。共和党は増税に反対し、民主党は増税しないならメディケアなどの支出削減は絶対拒否だと主張している。米議会で7月にまとまらなかった議論の範囲を出ていない。 (Supercommittee's insuperable timidity) 議会の全体で議論しても対立が解けないので、少人数の特別委員会で議論して談合的に決めようとしたのだが、同委員会の内部は、議会全体よりも対立が大きくなっている。12人の委員には、議会の各派や、各界のロビー団体から大きな圧力がかかっており、各委員とも簡単に妥協できない。特別委員会に対し、18万件の要望書が提出されている。民主党の支持基盤である公務員労組は、これ以上の公務員削減は容認できないと言っている。オバマが再選を狙う来年の大統領選挙に影響する話だ。 (Deficit Panel May Need Push, Lawmakers Say) ('Super committee' on deficit reduction is getting an earful) このような事態を見て、メリルリンチ(バンカメ)の分析者は、特別委員会が予定通り赤字削減を実現できる可能性は低く、期日がすぎた11月末から12月にかけての時期に、3大格付け機関のいずれかが、赤字削減に対する米政界の能力に疑問をいだき、米国債の格下げに踏み切るとの予測を発表した。 (Monster Prediction From BofA: Another US Debt Downgrade Is Coming In Just A Few Weeks) 格下げ予測と対照的に、米金融界には「特別委員会が赤字削減を決められなくても、トリガー条項が発動されて自動的に赤字削減が行われるのだから、格下げはないだろう」「たとえ格下げされても、8月のS&Pの格下げ時と同様、米国債が急落する事態にならず、せいぜい一時的に株価が下がる程度ですむだろう」といった見方もある。 (US in possible downgrade encore shock) たしかに、米金融界には債券金融システム(影の銀行システム)など裏の構図があり、それをうまく使って、8月の時と同様に、格下げされても米国債の下落が起きない展開も考えられる。だが8月に比べ、米国の金融システムの基盤をなす住宅相場が悪化しており、米経済が不況に陥る可能性も増している。ユーロ危機がひどくなると米国に金融危機が感染する懸念もある。米金融界は全体的に、裏の構図を使って米国債の格下げによる危機の顕在化を防ぐ力が落ちている。 (Improvement in US mortgage delinquencies ends) 11月に入ると、特別委員会が赤字削減をまとめられそうもないという指摘が、米マスコミでしだいに大きく出てきて、夏にあった米政界の騒動が再演されるだろう。今後、米国債が再び格下げされるという予測があちこちから出てきそうだ。
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