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イランにテロの濡れ衣を着せる米当局

2011年10月17日   田中 宇

 9月29日、米国の捜査当局が、ニューヨークの空港で、56歳のイラン系米国人マンソール・アルバブシアを、駐米サウジアラビア大使を暗殺する計画を立てた容疑で逮捕した。アルバブシアはイランと米国の二重国籍者で、イランに住んでいる親戚が革命防衛隊の国外活動組織である「クッズ軍」の幹部をしている。アルバブシアは、その親戚からの指示で、メキシコの麻薬組織にわたりをつけ、麻薬組織の殺し屋を雇って駐米サウジ大使が出入りするレストランに爆弾を仕掛けて殺す計画を進めており、メキシコから米国に帰ってきたところを逮捕したと、米当局が発表している。

 革命防衛隊は、イランで国軍(イラン革命前の体制の残滓であるとして革命後に無力化された)よりも強い立場にある軍隊だ。防衛隊の傘下にあるクッズ軍(クッズはエルサレムのこと)は、最高指導者ハメネイ直轄の軍事・諜報組織で、イラク、レバノン、アフガニスタンなどの外国で、親イラン勢力(主にシーア派)の武装組織を支援し、軍事訓練や非正規戦(テロなど)を行わせている。

 シーア派の盟主イランは、スンニ派の盟主サウジアラビアと伝統的なライバルで、ペルシャ湾岸地域の覇権をめぐり、長く対立してきた。その意味では、イランがサウジの駐米大使の暗殺を試みるのは不思議でない。だが、そこから一歩、今回の容疑の詳細に立ち入ると、急に疑問に満ちた、根拠の曖昧な話になる。

 第1の疑問は、今回の検挙が、米政府の捜査当局であるFBI(捜査局)とDEA(麻薬取締局)のおとり捜査によって行われたことに関係している。メキシコの麻薬組織の代理人と称してアルバブシアに接触していた人物が、実はDEAの要員で、その要員がアルバブシアに対し、メキシコの麻薬組織を紹介するから、彼らにサウジ大使を暗殺させようと勧めて計画を伝授していたことが、米当局が発表した訴状などからわかっている。 (FBI account of 'terror plot' suggests sting By Gareth Porter

 DEAとFBIは、自分たちの要員がアルバブシアと話した会話をひそかに録音し、それを証拠として裁判所に提出したが、録音された内容には、DEAの要員がアルバブシアに暗殺計画を持ちかける場面が多い半面、アルバブシア自身が計画を推進したがっている様子がない。DEAがアルバブシアに計画をけしかけ、アルバブシアがメキシコに行って帰ってきたところで検挙している。

 米国で過去にあったテロ事件の中には、1993年のニューヨークの世界貿易センタービル爆破計画事件(911とは別の事件)や95年のオクラホマ連邦ビル爆破事件など、FBIやDEAがおとり捜査と称し、容疑者の側にテロをけしかけてやらせて起こした事件がある。これらの先例を踏まえると、今回の暗殺計画も、アルバブシアやその背後にいるとされるイラン側が企てたことでなく、米当局がけしかけてやらせようとした疑いが濃くなる。 (サウジアラビアとアメリカ) (オクラホマ爆破事件と911

 アルバブシアは、計画を進める資金として、イラン側から10万ドルの送金を受領していたと米当局が主張している。しかしイランから米国への銀行送金は、以前から、米当局によるイラン経済制裁の対象となっており、送金することができない。クッズ軍がイラン以外の国からアルバブシアに送金した可能性は残るが、米当局は、10万ドルがどこから送金されてきたのかを示しておらず、なぜその送金がクッズ軍からのものと判定できるのかという理由も公開していない。 (Unanswered questions over the alleged Iranian assassination plot

 第2の疑問は、イランの姿勢を見ると、今回のテロ計画をやると思えないことだ。クッズ軍は、イラン国外で軍事諜報活動をする際に、自分たちがやったことを示す痕跡を全く残さないことで知られている。彼らは、テロなどの軍事行動を起こす際、自分たちで表立った動きをせず、レバノンのヒズボラやイラクのサドル派、アフガニスタンの北部同盟など、在外の武装組織を動かして行い、自分らは黒幕に徹するという、巧妙なやり方をしている。クッズ軍や革命防衛隊の総責任者である最高指導者ハメネイは、慎重な行動を好むことで知られている。このような特性を考えると、クッズ軍が自らアルバブシアにテロ計画の遂行を命じてやらせるとは考えにくい。 (Link Between Iran's Quds Force And Bomb Plot 'Doesn't Seem To Fit'

 米国には、79年のイラン革命後、多くのイラン人が亡命的に移住してきたが、イラン系米国人の社会には、FBIなどのスパイがたくさん入り込んでいる。メキシコの麻薬組織の在米関係者の中にも、DEAなど米当局のスパイが多く紛れ込んでいる。そうした状況はイラン側もよく知っているはずだ。クッズ軍が、アルバブシアという、米国に30年も住んで十分信用できるかどうかわからない人物に、テロ計画の遂行を依頼し、しかもメキシコの麻薬組織に殺し屋を頼む手法をとるのは、全く奇妙である。 (Some U.S. officials question response to Iran plot

 サウジ政府の外交官を暗殺する場所として、イラン側が、当局の捜査が厳しい米国を選んだ点もおかしい。中南米などの方が、ずっと簡単に暗殺を遂行できる。米国より欧州の方がやりやすい。イラン側が、米国で、メキシコの麻薬組織を殺し屋として雇って暗殺をやるというのは、飛んで火に入る夏の虫である。 (Alleged Iran Plot Is More 'Caper Novel' Than Spy Novel

 アルバブシアは、本業が中古車ディーラーなのだが、これまでに何度も事業に失敗し、知人らから「無能」のレッテルを貼られている人物だ。秘密主義で慎重なイランの軍事諜報組織が、そんな無能な人物にテロ遂行を依頼するのもおかしい。これらのことはすべて、米政府内の関係者が、マスコミにリークした疑問点である。米当局者の中から、FBIが起訴した容疑に対する疑問が噴出している。しかもアルバブシア自身、裁判官に対し、容疑を否認している。 (Manssor Arbabsiar, Charged In D.C. Assassination Plot, To Plead Not Guilty

 今回の事件とは別に、革命防衛隊などイラン当局が、隣国アフガニスタンから地元の麻薬組織がイランに密輸入してきた麻薬を没収し、それをレバノンのヒズボラなど中東の代理勢力がコロンビアなど中南米に輸出し、メキシコの麻薬組織が米国に持ち込んで売りさばいていることが以前から知られている。今回の事件で米当局が作った調書の中に、アルバブシアが麻薬組織(実はDEAの要員)と、麻薬取引の話をするくだりがある。しかし今回の事件での記者会見では、麻薬取引の話は一切発表がなく、DEAの長官が記者会見に同席しようとしたところ、FBIから出ないでくれと頼まれたと報じられている。 (Does Iran's Qods Force Smuggle Drugs?

 米政府は今回の事件を、あくまでもイランが駐米サウジ大使を暗殺しようとした事件に仕立てたいので、イランがアフガンの麻薬をメキシコ経由で米国に密輸している話にしたくないようだ。イラン、サウジ、麻薬、中南米、というキーワードを並べると、1980年代後半に起きたイラン・コントラ事件と似ている。米当局がテロを誘発しようとしていた点は、911事件とも共通している。CIA長官のペトラウスは、ことのほかイランを憎んでいるという。だからCIAがイランを犯人にでっち上げて今回のテロ事件を仕立てたと見る向きもある。 (Petraeus's CIA Fuels Iran Murder Plot

▼イランと戦争すると米国は中東覇権を失う

 米政府内では、今回のイランに対する容疑について疑問視する声が上がっている。だが対照的に、オバマ大統領やバイデン副大統領といった米政府の首脳たちは、イランが犯人だという確証を持っていると表明し、イランを非難し続けており、米政府はイランに対する経済制裁を強めようとしている。すでに米政府はイランとの経済関係をほとんど断絶し、EUなど同盟国にもイラン制裁をやらせている。米欧はこれ以上、イランを制裁する余地がない。イランは、中国やロシアといった新興諸国・発展途上諸国との関係を強めることで、米欧から制裁されたことによる悪影響を穴埋めしている。米政府は、新興諸国や発展途上国に対し、イラン制裁に協力してくれと要請している。 (U.S. Playing the Saudi Envoy Game

 だが、新興諸国や発展途上国は、米国がイランに核兵器開発疑惑などで濡れ衣をかけて制裁していると考える傾向が強く、米国の要請に応じたがらない。先日、米欧がシリアに対する制裁を強化しようと国連安保理で提案したが、中国とロシアが合同で拒否権を発動し、制裁案を葬り去った(中露合同の拒否権発動は3年ぶり)。シリアの例が象徴するように、中国やロシアは、米国が中東への支配を強める目的で制裁を発動しようとすることに乗らない傾向を強めている。今後、米国が安保理にイラン制裁強化を提案しても、シリア制裁案と同様、中露の反対を受ける可能性が高い。イランのサウジ大使暗殺容疑が米当局のでっち上げであることが暴露されていくほど、その傾向が強まる。 ('Outraged' US leads Security Council walkout

 米国がイランを制裁する戦略は失敗色が強まり、中東における米国の覇権を減退させる方向に行きそうだ。米政府が覇権の減退を防止しようと、強硬にイランへの制裁を強めようとし続けると、何らかの計算違いから、米国とイランの間で戦争が起きてしまうかもしれないという指摘も出ている。外交的な「言い換え」として「中東覇権を失いそうな米国がイランに戦争を仕掛ける」と言うべきところを「イランが核兵器開発を続けるので、米国がイランに戦争を仕掛ける」という指摘が発せられたりしている(イランが核兵器を開発している証拠がないことは、すでに関係者の間では常識だ)。 (Will the Washington Bomb Plot Force Obama into War with Iran?) ('French UN envoy warns of 'strong' risk of strike on Iran'

 実際のところ、米国は財政難で、イランと戦争する余力がない。米政府は財政支出を減らすため、米軍を今年中にイラクから撤退する動きを続けている。イラク側は、米軍の訓練要員がイラクに来年以降残ることすら嫌がっており、米政府はこれを好機として、イラクから全面撤退しようとしている(報道的には、米国の弱さを見せないようにするため、米軍は撤退したくないが、イラク側が要求するので仕方なく撤退する話になっている)。イラン系の民兵勢力(マホディ軍など)が、すでにイラクを席巻している。レバノンでもイラン系の勢力(ヒズボラ)が与党になっている。米国がイランと戦争すると、短期的にイランの諸都市を空爆で破壊できるものの、長期的には中東での政治面の闘争でイランを優勢にし、米国の影響力を減退させる。 (Iraq's Sadr Aims to Find Alternative to US Trainers) (U.S. puts Iraq withdrawal plans under wraps to discourage attacks

 米政府は前ブッシュ政権時代の02−03年、イラク政府が大量破壊兵器を持っていなかったにもかかわらず、政権中枢にいた強硬派(ネオコン)が大量破壊兵器に関するでっち上げの証拠(ニジェールウラン問題など)を捏造し、それを根拠に米軍をイラクに侵攻させ、大失敗に至ったイラク戦争を引き起こした。当時の米政府内には、証拠がでっち上げであることをふまえ、イラクに侵攻しない方が良いという意見が多かったが、無視された。今回の、イランによるサウジ大使暗殺計画の問題にも、それと似た米政府によるでっち上げの構造が感じられる。イラク戦争当時のブッシュ政権は共和党で、今のオバマ政権は民主党だ。ネオコンも、すでに影響力を失って久しい。オバマは、ブッシュの失敗を繰り返さぬよう、強硬策を避ける傾向を持っている。 (諜報戦争の闇

 それなのになぜ米政府は、前政権と同じ、でっち上げによる失敗を繰り返すのか。これに対する一つの説明として、オバマは来年再選を目指す選挙であり、右派や親イスラエル派が強い米政界の信任を勝ち取るため、オバマはイランに対して強硬な姿勢をとらねばならないからだ、というのがある。これは一理あるかもしれない。だが実際のところ、オバマが今回のでっち上げの事件を使ってイランに強硬姿勢をとり続けると、いずれでっち上げが暴露されていき、国際社会でのオバマの信頼性が落ちて外交政策がうまくいかなくなり、オバマにとって不利な事態につながる。これは得策でない。 (Some U.S. officials question response to Iran plot

▼米国はイスラエルとハマスの和解を妨害したい?

 タイミング的な視点を見ると、別の背景が見えてくる。イスラエルがパレスチナのハマスと和解しようとしていることとの関係だ。イスラエルのネタニヤフ政権は先週、06年以来ハマスの捕虜になっているイスラエル軍兵士ギルアド・シャリートの釈放と引き換えに、イスラエルが拘束している約1千人のパレスチナ人(ハマス系の民兵や政治活動家)を釈放する捕虜交換を行い、これを機にハマスとの緊張関係を解いていくことを決めた。シャリートは、早ければ10月18-19日に釈放される見通しだ。 (Gilad Shalit to be returned to Israel within a week

 イスラエルはこれまで何度か、ハマスとの捕虜交換によってシャリートを釈放する計画を進めており、ドイツとエジプトが仲裁を続けてきた。シャリート奪還は、イスラエル右派の強い要望だったが、その一方で「凶悪なハマスのテロリストを大量釈放するとイスラエルに不利だ」と反発する右派も多く、話がまとまらなかった。 (中東の中心に戻るエジプト

 しかしイスラエルは国際社会で悪者にされる傾向が強まり、以前はイスラエルの見方だったトルコやエジプトが次々とイスラエルに厳しい姿勢をとるようになった。パレスチナ自治政府は国連に加盟申請して途上諸国から強く支持されている。唯一の後ろ盾だった米国は、中東での影響力を減退させている。そんな中、イスラエル政府は、ハマスとの捕虜交換によってハマスと緊張を緩和し、米国に頼らず自前でパレスチナ側と和解していく方向に歩みだしている。西岸では、イスラエル軍が、入植者の猛反発を受けながら、違法な入植地を撤去し始めている。 (◆入植地を撤去できないイスラエル

 米当局がイランにサウジ大使暗殺の怪しげな容疑をかけ、イランとの緊張感を高めているのは、まさにイスラエルがハマスとの捕虜交換で独自にパレスチナ和平を推進しようとし始めた矢先に起きている。ハマスはイランから支援を受ける親イラン勢力だ。米国とイランの緊張が高まると、イスラエルは米国に味方してイランを非難し、ハマスはイランに味方して米イスラエルを非難する傾向を強めざるを得ない。今の状況下で米国がイランとの敵対を煽るのは、イスラエルにとって迷惑なことだ。しかも米政府は最近、イスラエルに「冬がくる前の2カ月以内に、イスラエルがイスラエルの核施設を空爆した方が良い。ぼやぼやしていると、ドイツなど欧州諸国がイランと仲直りしてしまう」と、イランとの戦争をけしかけている。 (Sources: US Gives Israel Green Light For Iran Strike

 中東諸国の敵対に囲まれているイスラエルが何とか国家存続をして行こうと苦戦していると、米国がイスラエルに「早くイランと戦争した方が良い」「シリアを空爆しろ」とけしかけるのは、前からのことだ。イスラエルは06年に米国(チェイニー前副大統領)からけしかけられてレバノンと戦争し、イランやシリアを巻き込んで自滅的な中東大戦争にまで発展する直前、当時のリブニ外相の手腕で何とか停戦にこぎつけ、国家的な滅亡に至る道を寸前で阻止したこともある。 (大戦争になる中東(2)

 米国の中枢には、親イスラエルのふりをした反イスラエル勢力が巣食っている。米政界はイスラエルに牛耳られて久しい。選挙を控えるオバマは、イスラエルを正面から批判することができない。しかし、イスラエルの傀儡にされているだけに、米政界には、口でイスラエル万歳を叫びつつも、本心でイスラエルを嫌い、イスラエルをイランと戦争させて自滅させたい勢力がいる。そのような勢力が、でっち上げの事件でイランと米国の対立を高め、イスラエルとハマスとの和平を潰そうとしているように見える。



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