イスラエルを悪者に仕立てるトルコ2011年9月5日 田中 宇昨年5月、ガザに向かうトルコの支援船をイスラエル軍が襲撃して死者が出た事件で、トルコが国際司法裁判所でイスラエルを提訴することを決めた。法廷では、イスラエル軍が支援船を襲撃したことの合法性だけでなく、イスラエルがガザを封鎖し続けている政策の合法性についても審議されるだろう。 (Gaza flotilla: Turkey to take Israel to UN court) 支援船襲撃事件をめぐり、国連では、親イスラエルのニュージーランド元首相らが作った調査委員会が、イスラエル軍の行為は違法でなかったと結論づける報告書を出している。これについてトルコ政府は、報告書は国連事務総長に提出されただけで、国連が承認したわけでないので、国際司法裁判所の決定の方が重要であり、だから提訴すると言っている。 (Turkey says it will challenge Gaza blockade) トルコのエルドアン政権は2年ほど前から、それ以前のイスラエルとの親密さを捨て、中東イスラム世界から英雄として見られることをめざす「ネオ・オスマン戦略」ともいうべき戦略をしだいに強めてきた。パレスチナ人に対する弾圧など、イスラエルの国家行為のうち世界から非難されるべきものを声高に非難していくやり方だ。今回の提訴は、その流れの一環で、国際法廷に引っ張り出して裁くことで、イスラエルに公式に「悪」のレッテルを貼ろうとする新たな展開だ。トルコ政府は今回、提訴と同時に、イスラエルとの軍事協力をすべて中止し、自国に駐在するイスラエル大使を追放した。 (近現代の終わりとトルコの転換) またトルコ政府は、支援船事件で死亡したトルコ人の遺族を原告に、欧州のいくつかの国でイスラエルを相手に裁判を起こすことも検討している。エルドアン首相は、イスラエルを非難する意味でガザを訪問することも検討中だ。イスラエルに封鎖されたガザに、これまで外国の国家元首が訪れたことはない。エルドアンがガザを訪問するとしたら画期的だ。 (Turkey plans diplomatic assault on Israel after its refusal to apologize for Gaza flotilla raid) イスラエルに対する敵視を強めるトルコの戦略に対し、イスラエルは政府として全く反撃していない。リーバーマン外相らイスラエルの右派が時折トルコを敵視し返す発言を放ったが、そのたびにネタニヤフ首相らイスラエル政府内の主流派がそうした発言を打ち消した。「トルコの和解は、やりたくないけど、やらなきゃいけないんだ」的な発言も政府内から出て、イスラエル全体としてトルコを敵視しないようにしている。 (Israeli DM: We Must Apologize for Flotilla Errors) 負けず嫌いのイスラエルが、トルコにやられっ放しである理由は、トルコの背後に米国がいるからだという見方がある。在米イスラエル右派のロビー活動によって、オバマ大統領を筆頭とする米政界の人々は、イスラエルを批判することが全く許されなくなっており、米政界が丸ごとイスラエルの傀儡のようにふるまっている。今夏、80人以上の米国会議員がイスラエル政府の招待でイスラエルを訪問している。米政界では、表向きイスラエルに全力でゴマをすっても、腹の中はイスラエルに対する嫌悪で煮えくり返っている政治家がたくさんいるはずだ。彼らは、イスラエルが滅亡すれば良いとか、イスラエルとイランが戦争して相互に滅ぼしあえば良いとか思っている。 (Congress members' summer trips to Israel a headache for Obama?) オバマ政権がトルコにこっそり決起をうながし、それに乗ってエルドアン政権がイスラエル敵視を強めている。イスラエルは、裏に米国がいるのを感じているので、トルコと敵対関係になることを避け、事を穏便にすませようとしている。その分、イスラエルは悪者にされっ放しになっている。 (How Turkey Alone Rebuffs Arrogant Israel) (反イスラエルの本性をあらわすアメリカ) ▼パレスチナ国連加盟の前哨戦 パレスチナ自治政府(PA)を国家承認して国連加盟を認めることが、9月20日の国連総会で提起される予定になっている。トルコの提訴は、日程的に見て、PAの国連提案と連動している。PAは、国連への国家承認申請を安保理に提起せず、多数決で決まる国連総会に提起する。安保理に提起されると、米国が拒否権を発動するからだ。国連加盟の約190カ国のうち、130−140カ国がPAの国家承認と国連への加盟に賛成する見通しだ。 (UN rep. Prosor: Israel has no chance of stopping recognition of Palestinian state) 最近では、中国やスペインがパレスチナの国連加盟を認める表明をしている。パレスチナが国家承認されて国連加盟すると、パレスチナがイスラエルの悪事を国際司法裁判所や人権理事会、安保理などに訴えることができるようになる。パレスチナ問題は、イスラエルの「国内問題」から、イスラエルが「隣国」パレスチナを侵略する「国際法違反」の行為に変質する。イスラエルは国際的に「悪」のレッテルを貼られ、かつてのイラクや最近のシリアのように経済制裁される可能性が高まる。 (Israel Objects to Palestinian Statehood to Avoid War Crimes Investigations) 同時に、国連のIAEA(国際原子力機関)が、イスラエルとアラブ諸国の両方を招き、中東非核化の会議を再開したいと言い出している。この会議の標的は、こっそり核武装して200発以上の核弾頭を隠し持っているイスラエルである。イスラエルは今のところ出席を拒否しているが、ずっと拒否し続けられるとは思えない。 (UN nuclear agency seeks rare Mideast nuclear talks) この会議は以前、日本やオーストラリアが議長となってカイロで開かれたことがあるが、その後、今回のようなイスラエルに譲歩を強いる良いタイミングを見計らうためなのか、しばらく進展がなかった。(日本はその後、内向的な傾向をますます強め、国際社会でこの手のダイナミックな活動をすべてやめて「いないふり」に徹している) (オバマの核廃絶策の一翼を担う日本) リビアのカダフィは数年前、米国との関係改善の見返りとして、核兵器開発の設備を米国に供出して核廃絶したが、その挙げ句に今回、米欧軍から攻撃されて政権を失った。核廃絶は、丸腰になることを意味する。イスラエルが核廃絶したら、アラブ側から戦争を仕掛けられて滅びる可能性が高まる。イスラエルは決して核を手放さないだろうが、その代わり悪者にされる。 米オバマ政権は、こっそりトルコをけしかけてイスラエルを攻撃させているだけでなく、今年2月に市民革命の波に乗って、イスラエルの傀儡だったエジプトのムバラク大統領に辞任を求めて辞めさせ、その後のエジプトが反イスラエルのイスラム主義政治に傾注していくことを誘発し、トルコとエジプトという、イスラム世界の南北の雄をイスラエル敵視の方向に傾けている。エジプトとイスラエルの軍隊は先日、国境で戦闘してしまっており、エジプトがイスラエルを敵視する傾向も強まるばかりだ。 (Israel must act quickly to end the crisis with Egypt) イスラエル国内では、政府のインフレ対策などの国内政策に不満を募らせた50万人規模の市民が反政府集会を開いている。イスラエルは、国際的にも国内的にも追い込まれた状態で、パレスチナが世界から国家として認められる日を迎えようとしている。 (Some 450,000 Israelis march at massive 'March of the Million' rallies across country)
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