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反イスラエルの本性をあらわすアメリカ

2009年5月8日   田中 宇

 5月5日、ニューヨークで開かれた核拡散防止条約(NPT)締結国(189カ国)の年次総会で、米国の代表であるゴッテモーラー国務次官補(Rose Gottemoeller)が演説し、その中で「(NPTに入らず核兵器を開発している)インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルは、NPTに入るべきだ」という趣旨の主張を行った。印パと北朝鮮は、米国が従来から核武装を批判してきた国々だが、イスラエルが含まれているのは異例だったので、イスラエルや米国のマスコミやウォッチャーの間に驚きが広がった。 (U.S. urges Israel to sign anti-nuclear arms treaty

 イスラエル外務省はまず「本当にゴッテモーラーの演説が報じられている通りかどうか確認している」という時間稼ぎの態度をとり、その後、確認がとれると「米国は以前からこの手の表明しており、目新しい話ではない」「イスラエルに対するオバマ政権の政策に変更がないことを確認した」と表明した。米政府も「イスラエルにNPT加盟を求める話と、イランに核開発をやめさせる話は、関連性がない」と釈明した。 (Will Obama's denuclearization plan mean 'Dimona for Natanz'?) (White House Official: Iranian, Israeli Nukes Unrelated Issues

 しかし、イスラエルのマスコミでは「オバマはイスラエルの安全を重視すると約束しているのだから、イスラエルを危険にさらすNPT加盟を強く要求するはずがない」「いや、オバマはひょっとすると、イスラエルをNPTに入れることで、イランに核兵器開発を止めさせる交換条件とし、イランを納得させて核開発をやめさせる戦略ではないか」「クリントン政権時代に、すでに秘密裏に核兵器を持っている国を容認する形の、NPTに代わる新たな核拡散防止体制が検討されていたので、オバマはそれを復活するつもりで、イスラエルにそこに入れと言うつもりではないか」など、いろいろと分析されている。イスラエルでの議論百出の様子からは、分析者たちがこのニュースに驚いていることがうかがえ、目新しい話ではないとするイスラエル政府の発表は、事態を沈静化するための作り話の観がある。 (Analysis: Israel sees no reason to sign 'ineffective' NPT) (Israel scorns US call to sign Non-Proliferation Treaty

 イスラエルは1960年代、英仏などから密かに技術協力を受けて核兵器を作り、今では150−400発の核弾頭を持っているとみられている。米国のケネディ大統領(1961−63年)は、イスラエルのディモナにある核施設を査察しようとしたが暗殺されて終わり、次のジョンソン政権も査察を試みた。イスラエル側は、全く同じ配置の核施設を2つ作り、そのうちの一つは平和利用の開発しかやらず、米国から査察団が来るとそちらだけを見せるという騙しを展開し、米国を煙に巻いた(米側もすすんで騙されるつもりだったという説もある)。この査察を全くやめたのは、1969年からのニクソン・キッシンジャーの政権だった。

(キッシンジャーはイスラエル寄りだとして、今でもアラブ諸国から嫌われている。ネオコンはキッシンジャーを嫌っていたが、実はキッシンジャーがやってきたことは、イスラエルを米政界に招き入れ、英国を押しのけてイスラエルが米国を牛耳る新体制を作ることで冷戦を終わらせ、最後にはイスラム主義を煽ってイスラエルとイランを喧嘩させてイスラエルをも潰し、世界を多極化するという40年戦略なのかもしれない) (Israel join NPT shows America's special protection is ending

 これ以来、米国は、イスラエルの「核兵器を保有しつつも、核を持っているかどうかは意図的に曖昧にし、査察を受けたくないのでNPTは署名しない」という曖昧戦略を認知してきた。国連などの場で、イスラエルの核兵器が問題になると毎回、米国が出てきて議論をもみ消してくれていた。米イスラエル間に、イスラエル核をめぐる秘密協定があったとの報道も出てきた。今回のNPT年次総会での米代表の発言は、このイスラエルに対する米国の協力体制の終わりを宣言したものではないかと、イスラエルは恐れている。 (A secret U.S.-Israel accord on nukes?

 イスラエルの分析者が疑う、イスラエルがNPTに入る代わりにイランも核開発をやめるという戦略が、現実の米政府の戦略かどうかわからないが、これもイスラエルにとっては破壊的である。イランはすでにNPTに加盟し、何度もIAEAの査察を受け、核兵器を開発していないことが確認されている。イランが核兵器を開発していると報じられるのは、イスラエル右派の影響力が強い米英マスコミによる歪曲報道の結果である。イランの核は幻影だが、イスラエルの核は本物である。両国が核を同時に放棄することになって困るのはイスラエルの方である。イスラエルは、自分たちが仕掛けた「イランに核兵器の濡れ衣をかけて潰す」という戦略が裏目に出ている。 (イラン核問題:繰り返される不正義

(余談だが、イラン政府は、核兵器を作れる技術を持っているがあえて作らず、核技術は平和利用にのみ使っている自国の状況を「日本と同じである」と宣言している。欧米や中東の人々は、日本を「その気になればすぐ核武装できる国」として見ている) (Iran asks for Japan's nuclear treatment

▼イスラエルは米政界を牛耳っているはずが・・・

 とはいえ、イスラエル政府がNPTでの米代表の演説を大したことないと思うのも、一理ある。米政界におけるイスラエルの影響力はいまだに圧倒的だからである。先日、米国におけるイスラエル右派の圧力団体であるAIPACの年次総会が開かれたが、そこには米国の国会議員の半分以上が参列し、各議員は、いかにイスラエルのために働いているかを競って宣伝した。 (Netanyahu to AIPAC: We want peace with Arab world

 米当局は05年以来、AIPACの幹部がイランに関する米政府の国家機密を盗んでイスラエルに漏洩した容疑を捜査していたが、この「AIPACスパイ事件」も5月1日、検察側が主要部分の訴えを取り下げ、事件を幕引きにしてしまった。この件も、AIPACの政治力がまだ強いことを示している。 (U.S. to Drop Spy Case Against Pro-Israel Lobbyists

 しかし、議会を中心とする米政界がごりごりの親イスラエルであり続けている中で、オバマのホワイトハウスは、イスラエルに圧力をかける傾向を強めている。その顕著な例は、パレスチナ和平である。イスラエル政府は、4月からネタニヤフ政権になって、パレスチナ人との和解は不可能だという態度を強めたが、米政府は「イスラエルはパレスチナでの占領をやめて、パレスチナ人が新国家を作れるようにすべきだ」という「2国式」(イスラエルとは別にパレスチナを建国する)を明確な方針として打ち出し、この点で米イスラエル間の食い違いが拡大している。 (Netanyahu aides fear 'surprise' demands from Obama

 中東和平を推進する主体となっているカルテット(米・露・国連・EU)の特使をしているブレア英国前首相によると、カルテットは5−6週間以内に新たな中東和平策を打ち出す予定になっている。 (Blair: Quartet to unveil new Mideast peace plan

 ネタニヤフ新首相は5月17日に訪米する予定だが、そこでオバマ大統領から、占領地撤退とパレスチナ国家建設について厳しく言われそうだと、イスラエルは懸念している。「オバマは(ケネディ以来)数十年ぶりに、イスラエルと正面切って戦う大統領になる」とも指摘されている(オバマも暗殺されるのではないかという懸念にもつながる)。 (Israeli leaders face Washington crunch on Palestinians, Iran

 訪米を控えたネタニヤフは、AIPACの年次総会にビデオ演説を送ってきたが、その中身は「パレスチナ国家の建設を推進します」という内容で、ネタニヤフの本意から離れており、時間もわずか5分と短かかった。ネタニヤフは、訪米時にオバマに批判されるのを避けようとしたのだろう。米国民よりイスラエルを重視する米国会議員がずらりと並んで尻尾を振っていても、イスラエルは、好きなようにやれる状態ではない。米国は、イスラエルに牛耳られながらも、イスラエルと暗闘している。 (Netanyahu to AIPAC: We want peace with Arab world

 4月初めに就任したイスラエルの極右的なリーバーマン外相も、当初パレスチナ人との和平交渉は「完全に死んだ」と強く拒否していたのに、欧州訪問時の5月6日には「パレスチナ人との和平の締結に向けて努力する」という趣旨の発言を行い、態度を大転換させている。 (In Massive Switch, Lieberman Suddenly Open to Peace

(とはいえ、リーバーマン外相には裏がある感じだ。極右のリーバーマンは米英中心主義に乗ってパレスチナ人の弾圧を続けるという戦略かと思いきや、そうではなくて「ロシアが重要だ。イスラエルは米露関係の橋渡し役になる」といった多極主義的な発言をしている。極右だったのにガザ撤退をやったシャロン元首相と同様、実はリーバーマンも現実派で、米英の覇権力が低下して世界が多極化する中、ロシアにも接近し、多極的な新世界秩序の中でのイスラエルの生き残りを画策しているようだ。大転換的な政治決断を期待できるのは左翼ではなく右翼だというのは、イスラエルも日本も同じだ) (Lieberman: U.S. to accept any Israeli policy decision

▼強化されるイスラエルの敵たち

 オバマ政権の反イスラエルぶりは、直接的なイスラエルへの圧力よりも、イスラエルの敵を間接的に支援する隠然とした戦略の方が大きい。たとえばオバマの米国は、NATO加盟国であるトルコが、4月末にシリアと異例の合同軍事演習を行うことを認めた。NATO加盟国がシリアと軍事演習をやるのは、これが初めてである。 (NATO member Turkey and Syria hold first joint military exercise

 イスラエルとしては、米欧にシリア制裁を持続させ、シリアを孤立させた状態でイスラエルに有利な対シリア和平を結び、シリアをイランから引き剥がして自国の北方を安定させようとしていた。しかし今、シリアはイランとの友好関係を保ったまま、トルコを通じてNATOと一定の関係を結ぶことを許されてしまった。米国からは国務省の代表がシリア訪問を繰り返している。 (US Envoys Head Back to Syria as Ties Warm

 また米政府は、トルコがレバノン政府軍に大量の武器を売却し、軍事訓練をほどこすことを認めた。モサド(イスラエル諜報機関)の情報発信サイトであるデブカファイルによると、イスラエル政府は、米国がトルコからレバノンへの武器売却を認めたことを裏切りと考えている。従来のレバノン政府は親米だが、レバノン軍の兵力の過半数はシーア派で、反米反イスラエル・親イラン親シリアのシーア派武装勢力ヒズボラを支持している。06年に起きたイスラエル・ヒズボラ間の戦争が再発したら、レバノン軍はヒズボラに合流し、トルコがレバノン軍に売った武器は、イスラエルに向かって発砲される。06年の戦争当時、レバノン軍はろくな装備を持たず、訓練もされていなかったので、兵舎にこもるだけだったが、次の戦争があるとしたら、レバノン軍の対応は全く違うものになる。 (Israel shocked by Obama's approval of large Turkish arms sale to Lebanon

 トルコは従来、親イスラエルの世俗主義の国だったが、01年の911事件以来の米国の無茶苦茶なテロ戦争で中東全域にイスラム主義が広がり、トルコの政府もイスラム色の強いエルドアン政権になって、しだいに親イスラム・親イラン・反イスラエルの傾向になり、今年2月のダボス会議でエルドアンとペレス(イスラエル大統領)が激突したあたりから、トルコは反イスラエル色が鮮明になった。ところがオバマ大統領は、反イスラエル化したトルコを「イスラム世界の代表」と認知し、4月の訪欧時にトルコで融和的な演説を行い、トルコ国民から賞賛された。オバマは、トルコが親イラン・親シリア、そして親ヒズボラの傾向を強めることをも容認し、イスラエルに危機感を抱かせている。 (変容する中東政治

 レバノンでは、05年に同国のカリスマ的なハリリ首相が暗殺された事件の裁判でも、ヒズボラやシリアに有利な展開が起きている。レバノンは1990年代以降、シリアの影響下にあるが、ハリリ首相は反シリアではなかったもののサウジアラビアと親しく、サウジはレバノンがシリア色を強めすぎることを嫌っていたため、米欧は、ハリリを暗殺したのはシリアの情報機関に違いないと決めつけた。ハリリ暗殺後、国連に作られた捜査組織は、シリアの傘下にあったレバノン軍の諜報機関の幹部4人などを逮捕し、捜査を進めていた。だが国連の捜査官は5月1日、4人は事件に関与していないという決定を下し、4人を釈放した。 (Lebanon Releases Generals in Hariri Case

 そもそもハリリ暗殺当時、すでにシリアは欧米から制裁されており、アサド政権は、何とか制裁を解除してもらって欧米と仲直りしたいと必死だった。そんなシリアが、欧米を激怒させるハリリ暗殺を決行したとは考えにくく、シリアを犯人扱いするのは濡れ衣の観がある。シリアは、ハリリを殺したのはイスラエルの諜報機関で、その目的はシリアに濡れ衣を着せるためだったと主張している。 (シリアの危機

 今回、レバノン諜報機関の4人が釈放されたことで、シリア犯人説は弱くなった。レバノンの政界は、すすんで欧米の傀儡となろうとする反シリア系の連合(キリスト教徒、ドルーズ派など)と、親シリア系の連合(ヒズボラと一部のキリスト教系勢力)との対立となっており、6月に選挙が予定されている。選挙まで1カ月のタイミングで、ハリリ暗殺はシリアの仕業ではないことを象徴する4人の釈放が決定されたことは、ヒズボラなど親シリア系が選挙で躍進することにつながる。 (A shot in the arm for Hezbollah

 ここで気になるのが、なぜこのタイミングで4人の釈放が決定したのかということだ。そもそもシリア犯人説は米国主導の濡れ衣色が強く、国連は事件以来3年以上もシリア犯人説に基づいて捜査を続けてきたのだから、あと半年や1年ぐらいシリアを犯人扱いし続けるのは可能だったはずだ。4人の釈放は、米国の容認がなければ実現しない。選挙でヒズボラを勝たせたいかのようなタイミングで4人が釈放されるのは、米オバマ政権の隠れ反イスラエル・隠れ多極主義的な戦略の結果ではないかと思われる。

【続く】



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