意外とデフォルトしにくいギリシャ国債2011年6月18日 田中 宇6月13日、米国の債券格付け機関S&Pが、ギリシャ国債の格付けを3段階引き下げ、デフォルト(D。債務不履行)より一つだけ上のトリプルCにした。この格付けは、ギリシャ政府が国債の利払いを行う資金が足りないデフォルトの一歩手前の状態にあることを示している。S&Pは世界の100カ国近くの国債を格付けしているが、現在トリプルCをつけられているのはギリシャだけだ。ギリシャ国債は「世界最悪」のレッテルを貼られた。 (Greek rating now worst in the world) 投資家に忌避されてギリシャ国債は下落(利回りが上昇)し、2年もの国債の利回りは30%にもなった。債券破綻保険(CDS)の料率が示す、ギリシャ国債が破綻する可能性は81%になった。アイルランドやスペインの国債CDSの相場も悪化した。米国のグリーンスパン前連銀議長は「ギリシャ国債は、ほぼ確実にデフォルトするだろう」と表明した。 (Greenspan Says Greece Default `Almost Certain,' May Trigger U.S. Recession) ギリシャ政府は財政緊縮によって赤字を減らし、国債危機を乗り越えようとしているが、緊縮に伴う賃金引き下げや増税に反対する国民が連日のように大規模なデモを行っている。6月17日には、ギリシャ救済策を進めてきたユーロの主導役であるドイツとフランスが、両国間の意見の対立を緩和し、新たな救済策の策定に向けて一歩進んだと報じられたが、ギリシャ国債がデフォルトし、ユーロが「リーマン化」するのは時間の問題であるという見方が、分析者の間で依然として強い。ギリシャがデフォルトしたら、アイルランドやポルトガル、スペインなどに飛び火し、ギリシャ国債総額の55%を持っている独仏銀行界でも破綻が相次ぎ、独仏政府の手に負えなくなってユーロが崩壊すると予測も出ている。 (Will Greek Default Pull Down Europe?) ▼ギリシャ救済に独仏銀行界を参加させる ギリシャ国債をめぐる状況は悪い。しかし私は、ギリシャ国債がデフォルトする可能性が、実は見かけより低いのではないかと感じている。今の危機は、政治的な交渉過程の一つという側面が強く、交渉がまとまればとりあえず危機が去るからだ。 ユーロ圏諸国は昨年、ギリシャ救済のために1100億ユーロの基金を作ったが、その後も危機が沈静化せず、基金が底を尽きかけており、新たに1200億ユーロを基金に加算する案を持っている。しかし、救済の主役であるドイツの国内では、自国の公金で「怠慢な南方の人々」であるギリシャを救済することへの反対意見が強い。そこで独政府は、ギリシャ国債を保有しているユーロ圏諸国(主に独仏)の民間銀行に、ギリシャ国債の償還を自主的に最大7年間繰り延べさせ、政府だけでなく民間もギリシャ救済に参加する態勢を作ることで、ドイツ国内の世論を納得させようとしている。 独仏政府が銀行界に「繰り延べに応じよ」と命じることは、不健全とみなされるので不可能だ。独仏に対して冷ややかな米英系の格付け機関やマスコミが「実際にはギリシャ国債がデフォルト状態なのに、独仏政府は、銀行界に圧力をかけて無理矢理に国債償還を繰り延べさせている」と批判され、ギリシャ国債の立場をより悪くしてしまう。独仏政府は、銀行界に対し、隠然と圧力をかけ、表向きは銀行界が自主的に繰り延べを決めたことにしたい。 (Trichet: Clear Position Is Greek Default Should Be Avoided - Report) ドイツ主導の欧州中央銀行(ECB)は「ギリシャ国債がデフォルトしたら、他のユーロ圏周縁諸国の国債も危険になる」と、ユーロが非常に危険な状態にあることを進んで認める指摘を放っている。こうした発言は、独仏などの銀行に対する「君たちがギリシャ国債の自主的な繰り延べをしてくれないと、君たちが持っている他のユーロ圏諸国の国債もデフォルトしてしまい、君たち銀行界そのものの破綻につながるよ。それでも良いのかね」という脅しである。 (ECB member: default would need bigger rescue fund) 6月29日には、昨年から続いているEU基金からギリシャに対する月々の救済金の最後の1カ月分120億ユーロが支払われる予定だったが、再来月分以降の新たな1200億ユーロの救済基金が決まらないと、この120億ユーロの支払いも遅れ、ギリシャ政府は7月中旬に予定されている次回の国債利払いの原資を得られず、デフォルトしかねない。そのため「ギリシャは間もなくデフォルトする」という予測が渦巻いている。 (Quick Guide to the Greek crisis) だが、ギリシャ国債がデフォルトするとユーロ圏内の連鎖破綻につながりかねず、独仏の銀行界だけでなく政府にとっても大損失だ。だから、ギリシャをデフォルトさせる前に、独仏政府と銀行界の間で、何らかの譲歩と合意が得られ、ギリシャに新たな救済金が渡されてデフォルトを防ぐ展開になるだろう。もうすぐデフォルトしそうだという騒ぎは、独仏政府と銀行界との政治的な駆け引きの材料となっている。 (French banks face ratings downgrade over Greek debt) ギリシャ国債危機は、ドルに対抗しうる基軸通貨になる可能性を秘めているユーロを潰すことで、ドルを延命させようとする米英の投機筋や債券格付け機関による「金融戦争」の側面がある。だから、米英の格付け機関やマスコミは、今にもユーロが崩壊しそうだと騒ぐ。ムーディーズは、ギリシャ国債がデフォルトしたらフランスの主要銀行を格下げすると表明した。だがこうした騒ぎは、独仏政府やECBが銀行界に「ギリシャ救済に協力しろ」と圧力をかける仕掛けとしても使われており、米英勢が騒ぐほど、独仏が助かる構図になっている。 (ギリシャからユーロが崩れる?) ▼EUを助ける中国 ユーロを潰してドルを延命させようとする米英対EUの金融覇権戦争であるギリシャ国債危機は、覇権をめぐる対立であるがゆえに、もう一カ国、重要な役者がいる。それは中国である。中国からは昨年、温家宝首相が欧州を歴訪し、中国がギリシャでインフラ関連事業をやって支援したり、スペイン国債を買い支えると宣言したりした。今年もまた、温家宝は6月24日から欧州を訪問し、EUが自力でギリシャ危機を克服できない場合、中国が支援することを伝える予定だと、中国外務次官の傅瑩が発表した。 (China cites "vital" self-interests in EU debt fix) (世界システムの転換と中国) 温家宝の右腕として知られる傅瑩外務次官は、先日スイスで開かれたビルダーバーグ会議に中国代表の一人として出席した人物だ。欧米の有力者たちが覇権体制を議論する秘密会議であるビルダーバーグは今年、ユーロの危機を含む世界経済の問題も議論している。出席者の過半は欧州人であり、彼らは傅瑩に対し、中国がギリシャ危機の解決に協力してほしいという話もしたのではないか。ギリシャ危機を抱えるEUに対し、米英は冷ややかだが、中国は協力的だ。EUが危機を乗り越えたら、米英でなく中国を重視する姿勢を強めそうだ。 (Euro's fate rests with China) (◆中国を招いたビルダーバーグ) ECBのトリシェ総裁は、ユーロ危機の再発を防ぐには、財政経済政策の権限をEU加盟各国からEU当局に委譲してもらい、EU当局の権力を強める必要があると述べている。EUは、ユーロ危機を乗り越えることによって、財政政策の政治統合を進め、統合体として自分たちを強化しようとしている。これはEUが、今後の多極型の世界の中で、ユーラシア西部地域の極となることを意味している。 (Trichet seeks single EU finance ministry) 軍事面では先日、米国のゲーツ国防長官が、ブリュッセルのNATO本部に乗り込んで行った演説で、欧州諸国がアフガニスタンやリビアの戦争で十分な兵力や資金を出さず、米国にばかり頼るのであれば、米国は欧州に対して愛想が尽き、NATOは解体していかざるを得ないと言い放っている。 (Gates blasts NATO, questions future of alliance) ゲーツは欧州を批判するが、その一方で米国自身、連邦議会ではアフガンやリビアからの軍事撤退が議論されており、米国も世界から撤兵する方向にある。経済的にも軍事的にも、欧州が米英に従属する状態が崩れていく流れが、紆余曲折の中で進んでいる。 (Afghanistan: To go or not to go)
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