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ソーシャルメディア革命の裏側

2011年2月18日   田中 宇

 エジプト革命を主導した若者主導の市民組織の一つに「4月6日運動」がある。08年4月6日、エジプトの地方都市エルマハラエルクブラ(El-Mahalla El-Kubra)の工場で労働者が賃上げ要求のストライキを起こしたが、それを支援する市民運動として4月6日運動が作られた。この運動体は、フェイスブック、ツイッター、フリッカー、ウェブログなど、ソーシャルメディアと総称されるインターネットの交流ツールを活用して運動を拡大したのが特徴だ。 (What is Egypt's April 6 movement?

 エジプト初のソーシャルメディア型市民運動と呼ばれたこの運動体は、言論の自由の要求(当局に拘束された記者の釈放運動)や、当局の選挙妨害活動への反対、イスラエルのガザ空爆に対する非難など、幅広い運動を展開してきた。同運動は、今回の革命の指導役の一人となったエルバラダイIAEA前事務局長が昨年、母国の政治運動に参加すると表明した当初からエルバラダイと連携して動き、タハリル広場の反政府運動を組織した。ムバラクから政権を奪ったエジプト軍が反政府運動の側と話し合いを持ったとき、イスラム同胞団と並んで、同運動の代表者が呼ばれた(エルバラダイは呼ばれなかった)。同運動と、運動の中心的創設者であるアハマド・マヘルは世界的に有名になった。 (Egypt Today, Thailand Tomorrow

 4月6日運動のもう一つの特徴は、早い段階から米当局筋に支援されてきたことだ。08年12月、米政府の国務省や、ホワイトハウスで世界戦略を練る安全保障関係者、米国の世界戦略を立案する外交問題評議会(CFR)、グーグル、フェイスブック、米3大テレビ局、AT&Tなどの米国のメディア関係大企業などが後援・関与し、ソーシャルメディアを活用する若者らの市民運動体を世界各国から招待して「国際青年運動連盟」(AYM)の初めてのサミットがニューヨークで開かれた。結成から間もない4月6日運動は、このサミットに呼ばれている。 (Google's Revolution Factory; Alliance of Youth Movements: Color Revolution 2.0

 米国の国益に沿う形で世界各国の「民主化」を支援するカーネギー財団も4月6日運動に注目し、その指導者であるアハマド・マヘルのインタビューを載せている。 (Interview with Ahmed Maher, Co-founder of the April 6 Youth Movement

 カーネギー財団や米国務省などの米当局筋は10年以上前から、米国の言うことを聞かない指導者が率いている外国の政権を、その国の市民運動を支援することによって転覆させる「カラー革命」の戦略を採ってきた。その皮切りは00年にセルビアの市民運動「オトポール」(Otpor!)がミロシェビッチ政権を倒した時で、その後、04−05年にグルジア、ウクライナ、ベラルーシなどで、米当局に支援された地元の市民運動がオートポールのやり方を真似て政権転覆を画策する動きが起きた。 (ウクライナ民主主義の戦いのウソ

 セルビアのオトポールは、米当局に支援されて政権転覆を画策する市民運動のはしりである。エジプトの4月6日運動は、このオトポールと同じ、拳骨を振り上げたデザインをシンボルマークとして使っている。 (April 6 Youth Movement From Wikipedia

▼カラー革命のブローバック?

 4月6日運動は、早い段階から米当局筋に支援されてきたが、だからといってこの運動体が米当局の傀儡やスパイであると「悪い」方向に考える必要はない。この運動体は、自分たちのまわりの社会を良くしようと純粋かつ真摯に考えるエジプトの若者らが参加・推進していると考えた方が自然だ。私にとって分析が必要だと思うのは、4月6日運動そのものに関するものでなく、4月6日運動を支援し、ムバラク政権を転覆するところまで容認してしまった米当局筋の意図に関するものである。

 腐敗した独裁体制を30年間も続けてきたムバラク政権は転覆されて当然であり、米当局筋が4月6日運動を支援してエジプト革命を扇動ないし誘発したことは「良いこと」であり、そのことを不思議に思う必要などない、と思う人もいるかもしれない。だが、ムバラク政権が30年も続いたのは、米国が同政権を支持していたからだ。

 エジプトが真に民主化されてしまうと、イスラム主義や汎アラブ民族主義を標榜する政権ができかねず、エジプトは、中東から米国の影響力を排除し、イスラエルを敵視する動きを始めかねない。だから米国は、イスラエルとの和平を維持してくれて、腐敗した独裁だが米国の言うことを良く聞くムバラクを支援してきた。米当局は、最近副大統領になったスレイマンが率いる諜報機関に治安維持のやり方を伝授し、スレイマンがエジプトのイスラム主義者やリベラル派を弾圧するのを支持してきた。米国は1960年代からエジプトの内政に関与している。米政府は、この関与をやめるだけで、40年前にエジプトを民主化できたはずだ。

 米当局筋がこの10年、世界的に扇動してきた「カラー革命」は、反米諸国の政権を転覆するのが目的だったと考えられるが、それを表に出してしまうと、米政府は内外から非難される。だから米当局は、反米政権の国々だけでなく、エジプトのような親米政権の国々の市民運動も形だけ支援し、格好をつけてきた。だが、それが誤算を生み、エジプトの4月6日運動などが率いる反政府運動が意外にもエジプト国民の圧倒的な支持を受けてしまった。米国が望まないムバラク追放が現実のものとなり、仕方なく米政府はそれを支持せざるを得なかった、という「ブローバック」(戦略の予期せぬ反動による逆流的な悪影響)の仮説も成り立ちうる。

 しかし、私はこの仮説にも懐疑的だ。エジプト革命が成就した直後の2月15日、米国務省は、ネットのソーシャルメディアを活用した各国の市民運動による民主化運動を全面的に支援し続けると宣言した。これは、中国やイラン、ロシア、キューバなど反米諸国の政権を転覆することが主眼であると説明され、国務省はアラビア語、ペルシャ語、中国語、ロシア語などを使ってツイッターで直接に各国の市民に民主化運動をした方がよいと呼びかける活動を開始した。 (US to boost support for cyber dissidents

 しかし同時に国務省は、親米政権の国であるインドのヒンドゥ語でもツイッターでの語りかけを開始したほか、同じく親米政権のベトナムについても、市民の反政府運動を支援すると表明している。米当局がエジプト革命を、反米政権だけを転覆するつもりが親米政権まで転覆してしまったブローバックと考えるのなら、このような無差別な政権転覆扇動の乱発をするはずがない。同じ過ちを繰り返すのは、プロフェッショナルとしてあってはならない「未必の故意」とみなされる。 (US launching Chinese, Russian, Hindi Twitter feeds

 昨年まで、米政府は「エジプトは民主主義の国だ。ムバラクは良い指導者だ」と言っていた。しかし1月末にエジプト国民の反政府運動が激化すると、米政府や、米国の著名な言論人の多くが「ムバラクは腐敗した独裁者だから追放されて当然だ」という言い方に転じ、米国がムバラク追放を扇動してしまうことになった。イスラエルやサウジアラビアの要人たちは、米国に警告したが容れられなかったので怒り、驚愕している。この展開を見ると、エジプト革命がブローバックとして起きたとは考えにくい。米政府は、意図を持ってムバラクの失脚を容認したと考えられる (やがてイスラム主義の国になるエジプト

▼反米政権でなく親米政権が転覆される

 米政府は、中国やイランの反米政権を転覆する目的でエジプト型のソーシャルメディア革命を世界的に扇動しているが、その結果はおそらく、親米政権の転覆による悪影響の方が大きくなるだろう。 (U.S. Boosts Web Freedom Efforts in China, Iran

 エジプト革命は、中国の民主化運動にほとんど影響を与えていない。中国の人々は、物価高騰や、地方の役人が都市計画などで私腹を肥やすことに腹を立て、デモや暴動もよく起きるが、それらは経済的な利害に基づく不満であり、共産党独裁をやめて民主選挙をやらないと解決できない問題だと考える人は少ない。エジプト型の革命は中国に伝播しそうもない。 (Why the Chinese are not inspired by Egypt

 ロシアでは、エジプト革命の余波で政府に向かうかもしれない市民の怒りの鉾先を、日本に向けるように仕向ける努力が、露当局によって行われている。中露との対立を激化することで日本の対米従属姿勢を強化したい前原外相が訪露したが、ロシア政府は前原の戦略を逆手にとり、北方領土問題で反日デモを青年組織にやらせたりして、ロシア国民の反日感情を煽っている。日本の外務省傀儡系の論者たちは、前原の訪露を「意外にうまくいった」と書いているが、実際には、前原はロシアにやられっぱなしだ。日本の後ろ盾である米国の覇権が衰退する中で、北方領土が一島も返ってこないで終わる可能性が増している。 (Longtime Japanese-Russian feud over islands reaches new diplomatic low

 イランでは反政府運動が起きており、政権転覆まで至る可能性がないわけではない。しかしイランの反政府運動は05年ごろから断続的に続いており、イラン政府は運動が激化しても何とか抑圧してきた。イラン政府は、反政府運動への対策についてかなり経験がある。反政府運動が従来をはるかに超える大規模にならない限り、イランの政権転覆は起きないだろう。

 イランからペルシャ湾をはさんだ対岸にあるバーレーンでも反政府運動が激化している。バーレーンでは内閣が総辞職するなど、イランより先に政権転覆が起きそうだ。バーレーンで政権転覆が起き、スンニ派の国王が、国民の多数を占めるシーア派によって追放されると、大変なことになる。バーレーン同様にシーア派が多数派であるサウジアラビア東部に反政府運動が伝播し、サウジの油田の大半が存在する東部地域がサウジから分離独立を目指しかねない。それについて説明していくと長くなるので改めて書く。ソーシャルメディア革命の本質についても、書き残していることがある。

【「覇権とインターネット」(田中宇プラス)に続く】



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