東アジア共同体の意味2009年10月13日 田中 宇10月に入り、ドルの崩壊感が強まり、金相場が高騰している。私は「田中宇プラス」の有料記事として先週「ドルは崩壊過程に入った」「世界システムのリセット」という2本の記事を配信した。今後、私が数年前から予測してきたドルと米国覇権の崩壊と国際政治の多極化が加速するだろうから、これを機会に国際情勢に関心ある読者は、購読料6カ月3000円「田中宇プラス」をお読みいただくと良いと思う(宣伝ですみません)が「ネットコンテンツに金を払うつもりはない」と固く決めている読者のために2本の有料記事の中身について少しだけ書くと、9月25日のG20サミットで、G20がG8に取って代わることを宣言したことが転機となって、ドルは「崩壊に向かう過程」から「崩壊する過程」に入った。FTやウォールストリート・ジャーナルといった米英の大手金融紙も、それを示唆する記事を出している。 (ドルは崩壊過程に入った) (世界システムのリセット) (田中宇プラス申し込み) 10月11日にはフランスAFP通信も、アナリストの分析を紹介しつつ「金融危機によって、世界における経済力(覇権)がG7先進国から新興市場諸国に移転するとともに、ドルの国際基軸通貨としての地位が危うさを増している」と指摘する記事を出した。この記事は「米経済は回復しにくい状態なので、米連銀はドル続落を食い止めるための利上げができない。ドル安は放置される」「先日のIMF世銀総会では国連自身(国連の経済社会担当次官)が、ドルの基軸通貨としての地位低下は、米国の経常赤字増を止め、国際収支の不均衡を是正するという前向きな動きになると発言した」とも書いている。国連までがドル崩壊と通貨の多極化を肯定しているのだから、ドル下落や金高騰に拍車がかかるのは当然だ。 (US facing massive economic "power shift" with dollar's downward spiral) (UN2 calls for new reserve currency) 日本では、民主党の経済顧問である榊原英資・元大蔵省財務官が、以前から「今後の日本には、円安より円高の方が好ましい」と、ドル崩壊の流れを見通すかのような戦略を主張してきた。だが、民主党政権ではもう一人、行天豊雄・元大蔵省財務官も経済顧問である。行天は、民主党政権誕生を受けて円高ドル安が進んだ9月下旬に「日本はドルの基軸通貨制を支えるべきだ」と、榊原とは逆方向の発言を放ち、円高ドル安に歯止めをかけようとした。 (Gyohten Says Japan Should Support Dollar's Key-Currency Status) 榊原と行天は対立しているかのように見えるが、行天は同時に鳩山政権が掲げる「東アジア通貨統合」の構想を評価しており、2人の発言は同じ状況を別の角度から言っている観がある。実はこの2人は大蔵省時代から親密で、後輩の榊原が主流から外されたときには先輩の行天が救っている。2人は80年代のプラザ合意後の政策的な円高局面をうまく演出した「通貨マフィア」「ミスター円」である。あれから20年以上経った今回も、大胆不敵な発言で知られる榊原がアクセル役、兄貴分で慎重派の行天がブレーキ役となって、2人一組で今のドル崩壊過程における円高ドル安を軟着陸させることを民主党政権から頼まれているように見える。 (Gyohten says Hatoyama proposals for Asian integration 'meaningful') ▼世界多極化と米国崩壊の現状 経済面でドル崩壊によって具現化していく覇権多極化は、政治面では、米英が世界中のことに介入する体制から、世界の各地域の主要諸国が協調して自分たちの地域の国際問題を解決する体制への地政学的転換を意味している。その意味で、たとえば10月10日にトルコとアルメニアが国交正常化に調印し、100年以上の対立を終わらせる方向に大きく動いたことが象徴的だ。この動きは、コーカサス地方においてはトルコ・ロシア・イラン、中東においてはトルコ・イラン・サウジアラビアという地域諸大国が協調して安定化を実現していく新体制につながるだろう。 (Armenia-Turkey sign peace deal but pitfalls lie ahead) トルコとアルメニアの和解を仲裁したのは米国とロシアである。グルジアなどコーカサスにおいて利害が対立しているように見える米露が、ここでは多極化に向けて協力した点が重要だ。トルコは、ロシア(反米)がグルジア(親米)から分離独立させたアブハジアを支援する姿勢を強めているが、それでも米国はトルコの影響力拡大を後押ししている。 (Turkey: Ankara Probing for Stronger Ties to Renegade Georgian Region of Abkhazia) 米国では、今年前半までの不況があまりに深かったので失業率の計算モデルが現実と合致せず、実は以前の米国の雇用総数は発表された統計より84万人少なく、今でも失業者数は3万−4万人過小評価されている恐れがあると、米労働省が発表した。米国の失業率は実質的に10%を超えているということだ。有効求人倍率は6倍から6・3倍へと上がり、GEが洗濯機工場で年収約250万円の従業員90人を募集したら2日間で1万人が応募した。 (U.S. Job Losses May Be Even Larger, Model Breaks Down) (Job competition toughest since recession began) (10,000 applications for 90 factory jobs) デトロイトでは市役所が市民の生活費を補助する新事業を開始したところ、申請書をもらうために前夜から行列ができて数千人になり、警備員とのいさかいで暴動が起こりかけた。当局がドルを過剰発行している間は金融市場がテコ入れされ「不況は終わりつつある」と発表され続けるだろうが、この状態は長く続かず、不況の二番底が来るだろう。未来予測で有名なジェラルド・セレンテは最近「2012年には米国で、食糧暴動、税金不払い運動、農民一揆、学生反乱、ホームレス蜂起、家を追われた人々のテント街の拡大、商店街の廃墟化、ストライキ、誘拐、ギャング抗争などが起きる」と予測し、この状態を「オバマゲドン」(オバマのハルマゲドン)と呼んだ。米国は、ドルだけでなく国家ごと崩壊していきそうだ。 (Thousands Stand in Line for Help Paying Bills in Detroit) (Gerald Celente explains "Obamageddon" forecast amid call for The Great American Renaissance) ▼すでに世界は「日中同盟」を気にしている このような米国の崩壊と世界の多極化の流れの中で、日本はどうすればいいか。答えはすでにテレビの画面に出ている。鳩山新政権が推進すると表明した「東アジア共同体」である。日中韓とASEAN、インド、オーストラリア、ニュージーランドまでを入れた、この地域共同体構想は、経済関係の強化から通貨統合や地域安保体制の確立までを含んでおり、1990年にマレーシアのマハティール元首相が最初に提唱した。中国は2005年、日本の小泉首相に対し、この構想を日中主導で進めることを提案したが、小泉は靖国神社参拝でこたえ、提案を拒否した。 (China open to unified East Asia proposal) 東アジア共同体は今のところ、各国間の観光客訪問のビザ免除制度や、公衆衛生、エネルギー、環境問題など、すでに各国が協調している分野で結束を強める予定で、通貨統合(チェンマイ・イニシアチブの具現化)はずっと先のこととされている。だが、今後ドルが崩壊していくと、ドルに代わるアジア域内の決済体制が必要だという話になり、自然と通貨統合が加速されるだろう。鳩山政権が「東アジア共同体」を言い出した最大の理由は、米国崩壊の顕在化が間近だからだと私はみている。日本の政権交代が9月中旬で、G8がG20に取って代わられてドル崩壊の過程に入ったのが9月末だから、日本はぎりぎりで多極化対応の態勢に滑り込んだわけだ。 (China, Japan plan group on EU lines) 岡田外相は、東アジア共同体構想の一環として「日中韓で共同の歴史教科書を作ろう」と韓国と中国の政府に提案した。まずは3カ国の歴史専門家の共同研究の場を作るという。これも画期的なことだが、歴史教科書は、各国のナショナリズム、つまり自国民を結束させて国力を増進する国家メカニズムと不可分に結びついており、複数の国が共同の教科書を使うことは非常に困難だ。教科書の統合は、通貨の統合より難しい。おそらく岡田提案の主眼は、歴史教科書の統合そのものではなく、教科書作成を目標とする共同研究の体制を日中韓で作り、3カ国間で歴史認識をめぐる対立が起きたとき、対立をその研究機関に預けて棚上げすることで、3カ国の対立の芽を減らすことにある。 (E. Asian Nations Seek Common History Textbook) この手の対立抑止機構をいくつも持つことで、日中韓は接近しうる。すでに英国の新聞は「明治維新以来の仇敵だった日本と中国が同盟を組む交渉を始めたので、世界は驚いている。世界第2位と3位の経済規模の日中が組めば、世界最強の勢力となる」と報じている。日本人の多くが自覚しないうちに、すでに世界は「日中同盟」を気にしている。 (China and Japan begin talks on building alliance) いまだに「米国は永久に世界最強」「対米従属こそ日本の最良の国是」と思っている人は「いずれ米国に逆襲され、日本は中国に接近したことを後悔する」「そのうち米国は中国を潰す」と考えるだろう。たしかに「日中同盟」は、戦前の「日独同盟で英国から覇権を奪う」という構想の再来を思わせる。しかし、米英の覇権は急速に衰退している。G20が世界の中心になったことで、世界は米英覇権から多極型へとリセットボタンが押されたと、私は前回の記事「世界システムのリセット」に書いた。今後、数カ月から1年以内に、劇的な崩壊感の顕在化が起きそうだ。万が一、それまでに意外な逆流によって米英覇権が延命・再生し、中国の方が混乱・崩壊させられた場合は、日本で対米従属プロパガンダマシンが再稼動し、小沢や鳩山にスキャンダルをぶつけ辞めさせて方向転換し、自民党が返り咲くだろう。 (世界システムのリセット) 日本以上に米英覇権下のユーラシア包囲網やイスラム敵視に適合して国家運営してきたシンガポールは「東アジア共同体に米国を入れるべきだ」と主張したが、日本の岡田外相は、米国抜きでやりたいと表明した。米国が入ると、アジア各国が対米従属していた既存のAPECと変わらず、アジアが多極型の世界に対応したことにならない。今重要なことは、米国の覇権が崩壊してもアジア諸国ができるだけ困らない新体制を、早急に組むことだ。シンガポールの提案は時代遅れである。 (PM meets new Japan leader in new setting) ASEAN内でもフィリピンは、議会上院で、911以来の米国との軍事協定を今ごろになって「違憲」と考え始め、終わらせることを検討している。米軍はフィリピン南部のミンダナオ島で、イスラム教徒の海賊などを「アルカイダ」と見なして特殊部隊を投入し、対立を煽って軍事駐留を永続化する「テロ戦争」を続けてきた。だが日本と同様にフィリピンも、米国覇権の崩壊感の強まりを受けて、対米従属からの離脱を模索しているようだ。フィリピンの議会上院は大金持ちの集まりで、これまで対米従属でフィリピンを支配してきた人々の組織である。 (Philippines to Review US Military Accord) ▼中国の内需拡大は日本に利益 イタリアの高級ブランド「ヴェルサーチ」は、日本では直営店をすべて閉店したが、中国では急速に店舗網を拡大している。日本より中国の方が経済成長しているだけでなく、日本では若者が金欠で高級品を買うのは中高年が多いが、中国では若者が高級品を買っており、その点でも日本より中国の方が将来性があるという。日本車メーカー各社は、中国での販売台数が史上最高を更新しており、日本企業にとっても、収縮する米国市場に代わって中国市場が稼ぎ頭になっている。 (Versace leaves Japan and courts China) (Japanese automakers get boost in China) 中国は、経済の原動力を対米輸出から内需に転換する流れにある。対米輸出が重要だった従来は、中国にとって人民元安・ドル高が望ましかったが、内需が重要になる今後は、人民元高の方が輸入価格が下がるので歓迎される。ドルの崩壊感が強まると、中国政府は人民元の上昇を容認するだろう。日本の対中国輸出の儲けが大きくなりうる。日中の市場統合を加速するアジア共同体構想は、日本にとって利得がある。 (Shopping habits of China's `suddenly wealthy') (China stands firm against US market scramble) ▼日本も参加して北朝鮮とミャンマー問題を解決 国際政治面で「アジア共同体」の重要案件になりそうなのは、北朝鮮とミャンマーの問題である。北朝鮮の金正日政権は、日米韓を敵視するだけでなく、原油や食糧を恵んでくれる中国に対しても大胆不敵な態度で、温家宝首相が北朝鮮を訪問し、6カ国協議に出て周辺諸国と和解するよう説得して北京に帰った直後にミサイル試射を挙行している。しかし、北朝鮮にとって最大の脅威は米国であり、今後米国が崩壊していき、その過程で在日と在韓の米軍も縮小もしくは撤退したら、北朝鮮の戦略も変わらざるを得ない。 (North Korea 'ready' to resume nuclear talks) 米国崩壊後も北朝鮮は経済難だろうから、中国や韓国からの経済支援は不可欠だ。北朝鮮が中韓から経済支援を受けるには、ミサイル試射や核兵器開発のひけらかしを控えた方が良い。北の国内政治的には、海外に強い敵がいた方が金正日には好都合なので、韓国や日本との対決姿勢を維持したいとも言えるが、米国が崩壊して発言力が低下し、中国の主導力が強まる今後の6カ国協議で、金正日政権の延命が国際的に約束されれば、南北や日朝の和解があり得る。 ミャンマーについては、最近米国が敵対姿勢を突然和らげ「経済制裁は続けるが、ミャンマー政府との対話は再開する」という方針に転じた。米欧からの制裁を受けてきたミャンマー軍事政権は、これまで中国との経済軍事関係を強化して生き延びてきた。ASEANもミャンマーを理解して対応する傾向が強かったが、米国は一貫してミャンマー政府を敵視し、理解を示す中国やASEANを批判してきた。日本は、911以前はミャンマーに理解を示していたが、米国の世界強制民主化策に追随し、ミャンマーに冷たくしていた。 (Embracing Burma's Generals) 米国が、自国の覇権が低下して世界が多極化している今の局面でミャンマーへの敵視を和らげたことは、事実上、米国がミャンマー問題の解決を、中国やASEANなどアジア諸国に任せたことになる。政権交代によってアジア重視策に変わった日本も、再びミャンマーに対して理解を示すようになるだろう。すでに岡田外相は、カンボジアで開かれたメコン川流域諸国と日本との会議でミャンマー外相と会い、ミャンマーが米国から核兵器開発疑惑を持たれていることについて「ミャンマー外相は、核開発は平和利用のみだと言っている」と、ミャンマー政府に理解を示すような発言をしている。今後、東アジア共同体(ASEAN+日中韓)で、ミャンマー問題をミャンマー政府が拒絶しないかたち(欧米式ではなくアジア式)で解決していく可能性が強まっている。 (Japan: Myanmar Says Nuclear Ambitions Are Peaceful) ▼自民党がやりたくてもできなかった転換策をやる民主党政権 日本の民主党政権は、自民党がやりたくてもできなかった転換策を相次いでやっている。中国との親密さは自民党も大事にしていたが、911後は対米従属の維持に飲み込まれ、日中関係を軽視せざるを得なかった。国内問題でも、たとえば成田空港を東京の国際空港、羽田空港を国内空港としておく政策は、ハブ&スポークの国際航空体制の発達の中で、明らかに失策となり、韓国などに旅客を奪われていたが、土建政治の一環として成田空港を作った経緯に縛られる自民党の政権下では、成田の失敗を認めて羽田に再一本化することなど不可能だった。だが、就任したばかりの民主党政権では、すぐに羽田への再一本化の方針が出された。 多極化にぎりぎり間に合って対米従属を離脱できてほっとしている外務省と同様、国土交通省の官僚も、ようやく成田失策のしがらみから逃れられると安堵しているかもしれない。官僚がひそかに感謝する政策を次々と打ち出す民主党政権は、意外と長続きするかもしれない。 原口総務相が担当する「地方分権策」も、その意味は、厳しくなっていく政府財政の地方への配分を減らすことであり、建設事業を通じて東京から地方に金を流すのが存在意義だった自民党では、必要と知りつつ推進が難しかった。元ネオコンの原口や前原国土交通相は、やはり小沢戦略の「実働部隊」「鉄砲玉」であるようだ。以前の記事に書いたが、前原や原口のかつてのネオコン戦略は、小沢一郎がやらせた試行錯誤の一つだったのだろう。 (多極化に対応し始めた日本)
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