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黒船ならぬ黒テポドン

2009年3月3日   田中 宇

 2月25日、民主党の小沢一郎代表が「日本が自分たちのことを自分たちでやる決意を持てば、米軍が部隊をそんなに日本に置いておく必要はなくなる。おおむね第七艦隊の存在で十分ではないか」と発言した。

 この件について、米国ではほとんど問題にならなかったが、日本のマスコミなどでは「日米同盟をないがしろにするものだ」「米に誤解される」という対米従属派の非難から、「日本の軍事拡大を煽っている」という左派からの非難まで、ほとんど批判ばかりだった。対米従属派と中道左派が呉越同舟の民主党内でも、右と左の両方が小沢氏を批判した。

 私は偶然、小沢氏の発言の前日の記事「『アジアの世紀』の光と影」で、米国は覇権を衰退させつつあり、在日米軍がいつまで駐留し続けるかわからないのだから、日本人は自分たちを腐らせている対米従属をやめて自立した方がよい、さもないと、自立的な中国は台頭するのに、対米従属的な日韓は落ち目になる、という趣旨のこと書いた。日本の自立的な防衛力保有に反対している「護憲」の人々も、対米従属派に利用されているとも書いた。 (「アジアの世紀」の光と影

 こうした私の視点からすると、小沢氏の発言は日本の政治家として妥当であり、彼の主張を非難する人々の方が、外務省などが巧妙に発する対米従属のプロパガンダに乗せられてしまっている。小沢氏は、この発言をする一週間前の2月17日、訪日した米クリントン国務長官に会っているが、もしかすると小沢氏は彼女との会談で、米国が日本から出ていく傾向にあることを察知したのではないか。クリントンは、前出の私の記事で紹介したダグ・バンドウの忠告を守って、米国は日本をずっと庇護下に置き続けるつもりはないと、日本側に非公式に示唆したのかもしれない。

▼初の迎撃か?

 おりしも、日本にとって当面の最大の脅威とされている北朝鮮は、今にもテポドン型ミサイルを試射しそうな構えを見せている。韓半島では3月9−20日に米韓軍事演習が行われる予定だが、北朝鮮はそれに対しても「南北間の戦争を挑発するものであり、戦争行為とみなす」と一戦構える態度で怒っている。米国は急遽、南北の境界線上にある板門店で、7年ぶりに米朝間(「国連軍」の代表である米軍と、北朝鮮軍)の直接的な軍事協議を行ったが、米韓軍事演習は予定どおり行われそうで、北は過激な姿勢を改めていない。 (North Korea Requests Rare Meeting With UN Forces

 この点だけを見ると、まだ米軍が日韓に駐留する必要があるともいえる。しかし今後、米国は財政的に日韓に駐留する余力が低下する。日本が今のように見えないふりをしていると、いつの間にか準備もなしに前線にひとりで立たされる状態になりかねない。

 北朝鮮は、予定されているテポドンの発射は、ミサイル試射ではなく人工衛星の打ち上げであると表明している。ミサイルと人工衛星の違いは、ミサイルの先端に乗っているのが爆弾か人工衛星かという違いだけで、発射後も見分けがつかないことが多い(人工衛星だったとしても、衛星軌道に乗ったかどうかも確認しにくい)。北は、以前に発射したテポドンについても、ミサイルではなく人工衛星だったと言い続けている。日本では「あれはミサイルだった」というのが「歴史的事実」になっているが、米政府内には「人工衛星だった」という人もいる。 (北朝鮮ミサイル危機と日本

 北が、今後テポドンを試射した(または人工衛星を打ち上げた)場合、日本はイージス艦から迎撃ミサイル(BMD)を打ち上げて迎撃を初めて試みるかもしれない。日本の防衛省は、その可能性について認めている。この件は、現実になった場合、政治的・技術的に複雑な問題を引き起こす。技術的には、BMDの迎撃能力には大きな疑問がある。政治的には、BMDは日米共同開発なので、日本政府は「日米共同で迎撃を試みた」と発表するだろう。だが、米国や世界の報道では「日本が北のミサイルを迎撃した」という話になる可能性がある。 (Japan May Aim to Down North Korea Missile) (北朝鮮とミサイル防衛システムの裏側

 アジア政策に関して、米政界にはいろんな主張があり、強固な日米同盟を求める勢力も米側にいないわけではない。しかし、米国で最も強い外国系勢力はイスラエル右派であり、彼らは中東における米軍の影響力が低下することを何よりも嫌う。今のように米政府の財政赤字が急増し、米軍の経費を減らせという圧力が米政界で強まり、オバマ政権がイラクからの撤退日程を発表する中で、米政界の軍産イスラエル複合体(ネオコン)は、米軍がイラクから撤退する前に、イランとの戦争を何とか誘発しようと画策している。 (Return of the War Party: Patrick Buchanan) (Iran-Israel nuclear endgame is now much closer

 イスラエルは、ガザ戦争の残虐行為の後、国際社会で急速に立場が悪化している。傷を負った野獣のごとく、彼らは米政界で必死に影響力の低下と戦っており、米政界にはイスラエルからの強い圧力がかかっている。対照的に、日本は米政界における影響力行使のメカニズムをほとんど持っていない。米国の軍産イスラエル複合体は、日本に兵器を高く売りつけたいが、日本を助けるために兵力を派遣したいとは思っていない。 (Israel lobby fails to block key Obama intelligence appointment

▼「日米でやった」ではなく「日本がやった」に

 当然ながら米国では、北朝鮮との対決は日本や韓国に任せ、米国は兵器販売など後方支援に徹するという姿勢が強くなる。北朝鮮がミサイル(もしくは人工衛星)を試射し、日本が(もしくは日米合同で)迎撃ミサイルを発射した場合、米国側では「日米でやった」ではなく「日本がやった」という説明になる可能性が高い。

 北朝鮮は試射したのがミサイルだったとしても「平和利用の人工衛星の打ち上げ」と言い張るだろう。ミサイル迎撃は「自衛」の範疇だが、平和利用の人工衛星への攻撃は「戦争行為」にあたる。日本のマスコミは政府の意を受けて「北はミサイルを試射し、自衛のために日米で迎撃した」と報じ、日本国内ではそれが「事実」となるだろうが、この「事実」は張子の虎で、世界的に通るとは限らない。

 北が発射したのが人工衛星なのかミサイルなのかわかりにくい以上、北の肩を持つ国があらわれても不思議ではない。たとえばベネズエラのチャベス政権は、欧米に頼らない北朝鮮の「主体思想」は自国の「ボリバル主義」と同じく貴重だと、前から北を賞賛している。国連では、チャベスの盟友であるニカラグアのデスコソ元外相が、国連総会議長をつとめており、中南米やイスラム世界の反米勢力が強い発言力を持つようになっている。

 日本は不戦憲法を持つだけに、生まれて初めて発射した迎撃ミサイルが人工衛星を撃墜したとなれば、日本は少なくとも説明に窮する事態に追い込まれる。米国は、表向き日本の肩を持つだろうが、裏では「米軍をアジアから撤退させ、中東に注力させたい」と思っている国防総省のイスラエル右派あたりが、またぞろ「北が打ち上げたのは人工衛星だった」とマスコミにリークするかもしれない。

 北が打ち上げたのがどちらなのか、おそらく最後まで確実な証拠は出てこないだろうから、右派のリークはあながち虚偽ではない。問題がこじれる中で、北は日米分断を意図してこの件で日本だけを敵視するかもしれない。米国は、日本に対してそろそろとはしごを外していく事態になりうる。

▼意図的に曖昧にされてきた日米同盟

 もともと昨今の日米同盟の状況は「日米共同」か「日本は自立の方向」か「日本が米国に従属」なのか、日米ともにはっきりさせていない。米国は、少しずつ日本を自立させたいが、日本は1日でも長く対米従属を続けたいという日米の本音の違いから、日米同盟の状況は意図的に曖昧にされている。だが、テポドン発射や南北開戦といった有事が起きると、曖昧だったものが明確化されざるを得ない。国家的な余力が急速に低下している米国は、日本に自立を求める姿勢を強めるだろう。

「軍産複合体は戦争を欲している」という、よくある見方に基づけば、米軍が米韓合同軍事演習などで北朝鮮を挑発しているのは、朝鮮半島で戦争を起こしたいからだ、という推測もできる。それに、今の朝鮮半島のように緊張と先行き不透明感が高まっている状況下では、戦争は突発的に起こりうる。朝鮮半島で戦争が起きて米軍が出動したら、日米同盟は自動的に強化され、日本の対米従属は安泰になるという考えも成り立つ。 (Starting the Second Korean War?: Doug Bandow

 しかしイラク情勢を見ると、この見方は近視眼的と感じられる。朝鮮半島の戦争は、短期的には日米同盟を強化するが、長期的には米国の覇権衰退を早め、最終的には米軍がアジアから撤退して中国の覇権下に転換することで終わるだろう。米国は戦争だけやって、後片付けは地元の国々に任せかねない。03年のイラク侵攻当時、米国の右派は「これで米軍は永久に中東の警備員となり、イスラエルは安泰だ」と思っていたが、あれから6年後の今、イラク戦争は結局、中東での米国支配の終焉とイスラエルの国家存亡の危機へとつながることが、しだいに確定している。

 米政府は、世界に1000カ所近くある米軍施設のうち、ドイツや日韓などにある施設を閉鎖し、軍事費を節約することを検討している。これらの傾向から判断すると、日本は遅かれ早かれ、軍事政治的に米国から自立した国にならざるを得ない。民主党の小沢代表が言ったのは、おそらくこのことである。 (Start Closing Overseas Bases Now

「オバマはブッシュとは違う」という期待も、まだ人々の間で根強い。ブッシュの北朝鮮政策は、曖昧だった上に「金正日は嘘つきだから交渉しない」という好戦的な極論から「核廃棄を開始しさえすれば、北をテロ支援国家リストから外す」という宥和的すぎる極論へと転換し、日韓など関係国をふりまわした。クリントン新国務長官は、北の核廃棄についてブッシュ前政権よりも具体的で曖昧さを排除した方針を持っていると、訪米した麻生首相が賞賛した。 (Japanese Prime Minister Meets With Obama, Says Economy Complicates North Korea Talks

 米政府の方針としては、ブッシュ政権よりオバマ政権の方がましかもしれないが、置かれている状況は2つの政権で全く異なっている。ブッシュ時代の米国は名実ともに世界で突出して強い覇権国で、単独覇権主義だろうが国際協調主義だろうが、好きな世界戦略を自由に展開できた。

 しかし今の米国は、ブッシュ時代の重過失的な失策の末、覇権崩壊の危機に瀕しており、立場の弱い協調姿勢しかとれなくなっている。覇権主義を貫くと、中国やアラブ産油国が米国債を買わなくなり、米国はまず財政的に破綻する。クリントン国務長官の戦略がどんなに素晴らしくても、米国はオバマ政権の任期満了時には、オバマ就任時よりずっと悪い状態に置かれているだろう。

▼日本も幕末的な大転換期に?

 中国は、すでにこうした米国の状況を見据えて動いている。中国は、北朝鮮がミサイルを試射したら北を経済制裁するだろうと、米国の専門家から指摘(期待?)されている。北は中国から重油や食糧を支援されており、中国から制裁されたらやっていけない。経済問題や中東情勢に忙殺されるオバマ政権としては、北朝鮮を叱ってくれる中国を頼もしく感じているはずだ。米国にとっては、日本より中国の方が役に立つ国になりつつある。こうした状況下で考えると、日本の自立をうながした小沢発言は十分まっとうなものである。 (China to Sanction North Korea in Case of Missile Launch

 私は、小沢氏を礼賛するためにこれを書いているのではない。マスコミや同僚政治家など、彼を非難する他の日本人の「見えないふり」を指摘したいだけだ。国際政治における今の日本の問題の根幹は、対米従属の国是がもう続けられないものになっていることを、多くの人が気づいていない(気づかないように情報操作されている)点にある。小沢氏は「王様は裸だよ」と言ってしまい、まわりの大人たちから叱られる子供と同じ立場だ(私もかつて「アメリカは裸だよ」と書いて「大人たち」からたしなめられた)。

 もしくは、日本の現状は「黒船来航で開国を迫られて大騒ぎする幕末の江戸城の旗本たち」にも見える。殿中の審議で「もう鎖国をやめるしかありませんな」と本音を言ってしまった小沢殿に対して、他の幕臣たちが「なんてことを」「口を慎みなされ」「殿中ですぞ」と慌てて大騒ぎしている。しかし、他の幕臣にもよい知恵はなく、おろおろしつつ、あたかも黒船など来ていないかのように振る舞うばかりだ。

(間もなく北京で行われる日中外相会談で、北朝鮮のことも話し合うようなので、日本政府の現状は、この旗本のたとえのような無能さではないかもしれないが) (Japan, China Seek Agreement Beyond Islands Row

 江戸の旗本(役人)の多くは「鎖国」(政府管理貿易)のほかに「開国」(国際自由貿易)があるとは思っていなかっただろう。同様に今の日本人は「対米従属」ではない選択肢があるとは思っていない。しかし、黒船ならぬ黒テポドンという、たった数発の「太平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)」によって、日本は今後、幕末的な大転換期に入っていきそうな感じが強まっている。

 北朝鮮はミサイルを発射せず、朝鮮半島も戦争にならないかもしれない。各勢力が計算ずくでうまく動き続ければ、一触即発になっても、実際の有事にはならない。しかし、もし有事になった場合、事態は以前のような「日米同盟の強化」にならない可能性が増していることを、あらかじめ認識しておいた方がよい。



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