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ヨーロッパで流浪する移民、迷う政府

2000年9月18日   田中 宇

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 イギリスのドーバーで今年6月、オランダからフェリーに載ってやってきたトラックの積荷の奥に隠れて密航してきた中国人58人が窒息死し、2人が瀕死の状態になっているのが見つかった。この事件の後でイギリス当局は、被害者の集団が中国からオランダまでどんなルートでやってきたか調べた。

 すると事件の2か月前、同人数(60人)の中国人密航者が、ベルギーのブリュッセルで当局に捕まっていたことが分かった。ところが、このところ密航者があまりに多いので、収容所のスペースも不足しているベルギー当局は、捕まえた60人を留置せず、指紋を取るなど簡単に取調べをしただけで、そのままアントワープ行きの列車に乗せ、立ち去らせた。

 アントワープはイギリス行きの船が出ている港町で、ベルギー当局は密航者集団に対し、イギリスに渡るよう示唆した可能性が高い。指紋照合の結果、この60人は死んだ60人とは別のグループであることが分かったが、密航者を押しつけられたイギリス政府は、ベルギーに強く抗議した。

▼密航者の押しつけ合いをする各国政府

 こうした当局間の密航者の押しつけ合いは最近、ヨーロッパのあちこちで起きている。7月末には、イタリア南部カラブリア地方の港に、アフガニスタン人やシエラレオネ人、クルド人、スリランカ人など約400人の密航者を乗せた船が到着した。

 この船はトルコからやってきたもので、イタリア当局の調べによると、非合法移民の流入に手を焼いたトルコ当局の暗黙の了解を受け、密航仲介組織が仕立てたものだった。5日間の航海の途中、ギリシャの港に寄ったが、ギリシャ当局も密航者を取り締まらず、食糧の調達を許し、出航させていた。

 同様の例で、ユニークなのはユーゴスラビア(セルビア)である。ユーゴの首都ベオグラードと中国の北京の間には、週に2便の旅客機が飛んでおり、ベオグラードから北京に向かう便には客がほとんどいないが、逆方向の北京からベオグラード行きの便は、いつも満席だ。乗客は中国人の若い男性たちで、北京か上海のユーゴスラビア領事館(大使館)で観光ビザを取得し、飛行機に乗り込んでくる。

 中国でユーゴの観光ビザを取るのは、他のヨーロッパ諸国のビザに比べて簡単だ。ユーゴはボスニア紛争に介入した1992年以来、欧米から経済制裁を受けており、日用品などが輸入できず経済難が続いているが、欧米に対抗する外交政策をとる中国は、ユーゴとの経済関係を強化した。多くの中国商人がベオグラードで中国製品を売るようになり、大きな中国人マーケットもできた。

 その延長で1−2年前から、ユーゴを通って西欧を目指す中国人の非合法移民の流れが始まった。北京からベオグラードまでは、航空運賃が5万円ほどで比較的安い。その後は地下組織「蛇頭」の手引きで、ベオグラードからクロアチアなどを通り、イタリアには船で、オーストリアには車と徒歩で向かう。

 欧米当局はこうした流れを「欧米と敵対するユーゴ政府が、西欧諸国を困らせるため、わざと中国人密航者の動きを奨励している」と批判している。

▼満員の収容所から釈放される人々

 統合を進めているEUでは、経済を活性化するため、域内の商品や人の動きを自由化し、すでに国境での出入国管理をやめている。密航者は、いったんEUのどこかの国に入れば、EUのどこにでも行けるようになったため、バルカン半島からイタリアやオーストリア、アフリカからスペインなどのルートで、昨年に比べて密航者が倍増している。

 多くの西欧諸国で、密航者の収容所が満員になっているが、緊縮財政のため、収容所を拡大する予算を取れない。そのため、当局が密航者を見つけても、自国の外に追い出すだけの状況となっている。

 スペインでは8月末、約千人の密航者を収容所から釈放した。その多くは、モロッコやナイジェリアなどから渡ってきた人々で、彼らはスペイン国内に留まり、定期的に警察に所在を連絡することを義務づけられているが、国境管理がない以上、多くは勝手にドイツなどに行ってしまうと予測されている。密航者の釈放は、イタリアでもときどき行われている。

 密航者をアフリカや南アジアなどの母国に強制送還する方法もあるが、それらの国の多くは内戦や圧政などにより、住民の人権がおびやかされている。ヨーロッパ社会は人権問題に敏感なため、強制送還を行うと政府が野党や市民団体から非難され、政治的にマイナスなので、どこの与党もやりたがらない。

 最近は欧州だけでなくオーストラリアでも、中東や南アジア、中国から小船に乗ってくる密航者が増えたため、収容所不足が起きている。8月末には、サウスオーストラリア州の奥地にある収容所で、強制送還にされそうなイラク人やアフガン人が暴動を起こした。

 オリンピック開催を間近に控えた時期だったため、この事件は世界的に注目された。オーストラリアは西欧諸国より積極的に強制送還の政策をとっていることもあり、オーストラリア政府の人権政策は、欧州のマスコミや市民団体から批判されている。

▼移民なしでは立ち行かないヨーロッパ

 西欧では、移民を嫌う主張を展開して人気を集める政治家が目立つようになり、「移民危機」を報じる新聞記事も毎日のように出ている。ところが経済の現実を見ると、西欧諸国の多くは、農業やサービス業などの分野で、移民なしでは立ち行かなくなっている。

 イギリス、ドイツ、スペインなどの国々で、農業では果物や麦の収穫、サービス業では清掃業やベビーシッター、宅配便の配達人、建設現場のレンガ積みなどが外国人による労働によって支えられている。

 歴史的にみると、イギリスは1950年代まで、ドイツは50−70年代に、経済成長によって仕事が増え、その人手不足を補うため移民を積極的に受け入れていた。ドイツではすでに人口の9%が外国人である。高度成長をしていた時は、移民をどんどん受け入れていたが、今では低成長になったため、西欧諸国の多くは、すでに国内に住んでいる外国人が家族を呼び寄せる場合しか、移民を受け入れていない。

 唯一、合法的に西欧に住める方法は難民申請をすることだが、申請しても認められる確率は1割前後でしかなく、多くの密航者は、非合法のまま定住している。イギリスだけは例外で、難民申請の6割を認める人権政策をとっているが、この寛容さは多くの密航者がイギリスに向かう結果を生んでいる。

 6月のドーバーでの中国人大量死者事件もその一端だし、2月にアフガン人集団がアフガニスタン国内線の飛行機をハイジャックしてロンドンまで飛来し、難民申請したのも、寛容な難民認定に引き付けられたものだ。イギリスでは、難民認定を難しくすべきだとの世論が出ている。

▼EUを拡大すると移民が増えるか

 移民を受け入れると失業が増える、と一般には考えられているが、移民を積極的に受け入れることは、逆に国内産業を保護して失業を防ぐ良い政策だという主張もある。低賃金で働いてくれる移民を受け入れない限り、ヨーロッパの農産物や工業製品の値段が上がり、東欧やその他の国々で作られた輸入品に負けて「産業空洞化」が起きてしまうからである。「商品を輸入するより、労働を輸入した方が、国内の経済のために良い」という考え方だ。

 2003年にはポーランド、チェコ、ハンガリーなど5か国が、新たにEUに加盟する。スペインが1986年にEUに加盟した時、隣国フランスの平均収入は2倍だったが、国境を自由化しても出稼ぎ者がフランスに大量流入しなかった。

 2003年に加盟する国の中で最も収入格差が大きいのは、ポーランド・ドイツ間の6倍である。賃金差が2倍だと人々は動かないが、6倍もあると大量の出稼ぎや移民がポーランドからドイツに行くのではないか、という議論が起きている。しかも、ポーランドと隣国ウクライナの賃金格差は8倍で、ポーランドは年率6%の経済成長を続けているが、ウクライナはマイナス成長となっている。

 このため、ドイツ政府はポーランドのEU加盟は支持しつつも、自国との間の国境自由化には抵抗し、ポーランドとウクライナ・ベラルーシ間の国境に密入国を不可能にする防護壁を作るよう、ポーランドに求めている。ポーランドとウクライナ・ベラルーシは人的交流が以前から盛んだったため「ドイツはベルリンの壁が非人道的なものだと痛感していたはずなのに、今や隣国に壁を作らせようとしている」と批判されている。

 一方、EUが拡大して東欧から西欧にたくさんの人々が移住しても、その流入は今後15年間にEUの人口を0・8%増やすだけと予測されている。アメリカでは、外国人労働者が2倍に増えても、賃金は2−3%しか減らなかった歴史があり、ヨーロッパでも経済が成長している限り、移民が増えても失業増や賃金の低下にはつながらない可能性も大きい。

 このように、移民の受け入れはマイナス面ばかりではないため、西欧諸国は密航者に対する態度を決めかねたまま、その場しのぎの対応をしているのが現状だ。EU各国では現在、移民受け入れ政策に関する意見の擦り合わせを続けている。



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