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債務帳消しでアフリカを救えるか

2000年7月24日   田中 宇

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 私たち日本人の生活が、終戦直後と同じという状態を想像できるだろうか。日本はこの50年間、急速な経済成長を続けたが、これと対照的なのがアフリカ大陸である。第二次大戦後に独立した国が多いのだが、それから50年たったのに、独立時よりも今の方が貧しくなった国がいくつもあるのだ。世界で最も貧しい25カ国のうち、22カ国がアフリカにある。アフリカの人々の55%は、国連が定めた貧困水準以下の生活をしている。

 しかもアフリカの悩みが深いのは、今後もますます貧しくなりそうだということだ。国連によると、アジアや中南米など世界の他の地域の国々は、地域全体で見ると少しずつでも豊かになっていくと予測されるが、アフリカだけは別で、何か特別な対策が打たれない限り、今後8−10年間、さらに貧しくなる傾向が続く見通しだ。

▼役に立たなかったアフリカへの援助

 そんなアフリカを豊かにさせるための「特別な対策」として、貧しい国々が先進国や国際機関から借りている債務を帳消しにする計画が進んでいる。これは「重債務貧国イニシアチブ」と呼ばれ、沖縄で開かれた先進国のサミット会議でもとり上げられた。

 この構想は、債務の割合が特に多く、その返済が貧困をひどくしていると思われる約40カ国に対し、借金の大部分を帳消しにするもので、対象国は、ボリビアやニカラグア、ミャンマーなど数カ国以外、すべてアフリカだ。10年ほど前にアメリカやイギリスなどの提案で始まり、毎年のサミットの場などで、帳消しの対象を次第に広げてきた。

 アフリカ諸国が植民地から独立して以来、欧米諸国は、アフリカを貧困から救うための援助を続け、援助を通じてアフリカに対する影響力を維持してきた。米ソの冷戦が厳しくなると、アメリカはアフリカが社会主義に傾注するのを防ぐために援助をばらまいたが、その多くはアフリカの独裁的な政治家や、エリート層の私腹を肥やしただけで、一般の人々の生活向上にあまり役立たなかった。

 今では、アフリカは欧米など世界の他の地域から3000億ドル(30兆円強)以上の借金を抱え、アフリカが世界に輸出する商品の年間総額の3倍近くになっている。元利の返済が国家の支出の4分の1以上を占める国も多い。

▼変わりにくい独裁構造

 債務が帳消しされれば、アフリカの為政者たちは国の運営が楽になる。だが問題は、それが一般の人々の暮らしを楽にするとは限らないことだ。アフリカ諸国がこれまで先進国から借りた資金で豊かになれなかった主因は、政府が独裁的だったり、一部のエリートに特権が集中していたからなのだが、その構造は今もあまり変わっていない。いったん借金を帳消しにしても、また同じことが繰り返される可能性が大きい。

 誰がその国の政権を取るかは、その国の人々が決めることで、IMFや国連などの国際機関も内政干渉になるので介入できない。最近は「民主的な選挙をやらないと援助しない」という政策も取られているが、民主的な選挙で独裁者を選ぶ国もある。

 IMFなどでは重債務国に対し、債務帳消しで浮いた金を教育の振興や医療の充実など国民生活の向上に使うよう指導し、ウガンダなどで今のところ成功している。だがこのように先進国が途上国政府の金の使いみちに注文をつけることも、長期にわたれば内政干渉と言われるだろう。

 IMFはここ数年、途上国の政府支出を切り詰めさせて借金を返済させてきたが、独裁的な国では民意が弱いので、教育費など一般の人々に対する支出を削ることが簡単で、IMFのやり方は貧しい人々に大きな被害を与えることになった。そのため「むしろ借金の返済を求めない方が貧しい人々のために良い」という考えが出てきた。

 だが借金の帳消しは、当面の対策にはなったとしても、根本的な解決にはならない。根本的には、アフリカの人々自身が、内戦や汚職を止めて国民のための経済発展を実現できる政府を作れるようになるしかない。アジア諸国の多くは、50年前はアフリカ同様に貧しかったが、今では自分たちの生活を豊かにできる政府を持っている。アジアでも汚職は多いが、独立時より貧しくなった国はほとんどない。

▼もともと返ってこないお金

 先進国はなぜ、根本的な解決にならないのに、重債務国に対する債務を放棄するのだろうか。先進国は総額で1000億ドルの債務を放棄する構想になっている。だが実は、このうち本気で放棄することになるのはごく一部であり、残りはもともと返ってくる当てのないお金であった。

 貧しい国々への融資には、大きく分けて3種類がある。

(1)IMFや世界銀行など国際機関からの貸し出し。これを返済しないと債務国の格付けが下げられ、国際的な信用を失うので、他の債務に優先して返済される傾向がある。

(2)先進国から発展途上国へと個別に貸し出される二国間援助(ODA)。貸す側の国の企業から商品を買うことなどを条件にする「ひもつき」援助や、政治的な意図による援助が多く、かなりの部分が返済されずに焦げついている。

(3)先進国の商社が発展途上国に商品を輸出する場合、代金が回収できない場合に備え、先進国の政府が貿易保険を引き受けてくれるが、本当に回収できなくなった場合、先進国政府が買い手の途上国に売上代金分の資金を貸し、それで途上国が商社に代金を払う。この分も、もともと返済される見込みは少ない。

 先進国は昨年までに、重債務国に対する貸し出しのうち(2)の総額と(3)の9割、(1)の何割かを帳消しにすることを決め、その総額が1000億ドルにのぼる。だが(2)と(3)はもともと返済される見込みが少ないもので、それを大仰に「帳消しにする」と言うことで、アメリカのクリントン大統領やイギリスのブレア首相らの政治家は、自分の政権の宣伝にしたという側面がある。

▼宣伝が下手な日本政府

 半面、宣伝があまりに下手なのが日本政府である。日本はフランスと並んで、政府が債務帳消しに対して消極的な態度をとっている。フランスの場合、文明的なライバルである英米が主導している重債務国イニシアチブに乗ることに反発し、独自のアフリカ政策を進めてきた。

 一方、日本は敗戦後、一貫して外交政策の根幹をアメリカに任せてきた国である。ここ50年間、日本独自の外交などほとんど存在せず、アメリカの世界戦略の一端を担っただけである。(外交を国内の政治家ではなく、アメリカに任せることにより、日本の官僚は戦後、日本国内での権力を握ることができた。これは終戦直後の日本の官僚とアメリカ側との合意の結果であろう)

 冷戦時代を通じて日本は、「平和国家」なので軍事面でアジアやアフリカの西側諸国を援助することができないという理由から、ODAという資金面の援助でアメリカの冷戦政策を助ける、という戦略が日本の海外援助の根幹にあった。

 だからアメリカが債務を放棄するのなら、日本が同様に放棄しない理由はない。だが、日本政府はどうやら、冷戦後に英米が中心となって進めている新たな世界戦略の本質を十分に理解し、その上で日本がとるべき進路を決めるというプロセスを怠っているようだ。英米やカナダなどの政治家が貧しい国への債務を放棄してイメージアップに成功している傍らで、状況の変化を察知できないまま「貸した金は返してもらわねば・・・」などと言っているように見える。

 日本政府は、今は債権放棄を渋ってものの、いずれアメリカなどに諭されて放棄すると思われる。これではイメージアップとはあまりに縁遠い。

▼国際市民運動に裏の意図?

 もう一つ、債務帳消し計画で重要なのは、イギリスを中心とした「ジュビリー2000」という国際市民運動の存在で、帳消しを渋る日本政府に圧力をかけるため、日本にも支部的なNGOが作られた。

 この運動に参加している人の多くは「貧しい人々を救いたい」という善意からスタートしていると思われるが、私にとっては、そもそも債務帳消しの計画自体に、すでに述べた問題点を感じるため、英米の政治家が主導する政治ショーにいろどりを添えているだけのように見えてしまう。

 この運動はIMF批判を伴っているのだが、以前の記事「復活する国際運動左翼:IMF乗っ取り計画」でも書いたように、この種の市民運動には、欧米における左右の政治理念の対立があり、右派に支配されたIMFなど国際機関を、左派が乗っ取ろうとする意図が読み取れる。「人助け」も地球規模になるとイメージが先行しがちなだけに、純粋な善意からかけ離れた裏側があるかもしれないと疑った方が良いことは確かだろう。



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