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アフガニスタン紀行(3)禁断の音楽

2000年6月1日   田中 宇

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この記事は
「(1)カブールの朝」
「(2)地雷の話」
の続きです。

 アフガニスタンの国道には、数キロ間隔で「検問所」がある。道にロープのようなものが張ってあり、問題がありそうな車がくると、傍らの詰め所のタリバン兵士らがロープを引っ張ってぴんと張り、車を止める。普段はロープは弛緩しており、その上を車が徐行して通る。1992−95年の内戦時代、ムジャヘディン各派が「通行税」を巻き上げていた場所だが、今ではタリバンが守っており、お金を巻き上げられることはない。

 とはいえ今も、検問所はドライバーたちを少し不安にさせる。カブールから地方の村へと車で向かった時、2つ目の検問を過ぎた後、私の傍らにいた運転手は、おもむろに片足を上げ、靴下とすねの間に挟まっていたカセットテープを取り出した。彼は、それをカーステレオのテープの穴に入れた後、こちらをちらりと見て、いたずらっぽく笑った。車内には、スパイスの効いたアフガンの歌謡曲が流れ始めた。

 タリバンは、音楽を聞くことを「イスラム教に反する」として禁止している。検問所を通過する際に音楽を聞いているのが見つかると、カセットを没収された上、お咎めを受ける。(カーステレオの機械自体はなぜか、車についていても問題にされない)

 検問所の脇には、土に刺した棒の先に長いテープが巻き付けられ、はためいていたりする。タリバンの兵士が「見せしめ」のため、没収したカセットからテープを全部引き出し、もつれた毛糸の玉のようにして、棒の先につけて立てたのだろう。砂漠の快晴の空の下、日光を反射してテープがきらきらとはためく光景は、幻想的だ。アフガニスタンでは、お墓の上に金銀のモールをつけておく習慣があり、この「音楽の墓場」は、それとも似ている。

 タリバンによる規制は、カブールなど主要都市では強いが、都市から外に出てしまうと、タリバンの存在自体がまばらになるので、監視役がおらず、カーステレオを聞いていても問題にならない。運転手は、カブールから2つ目の検問所が、規制のある地域とない地域の境界であることを経験上知っており、そこを過ぎた後に安心してカセットを取り出したのだった。それ以前は、たとえ検問に引っ掛かっても、足の先まで身体検査されることはまずないので、靴下の中にテープを隠していたのだろう。

▼遊牧民の演歌は「旅」がテーマ

 車内に流れる音楽は、アフガニスタンの公用語であるダリ語(隣国イランの公用語であるペルシャ語とほぼ同じ言語)と、アフガニスタン中東部からパキスタン西部に住んでいるパシュトン人の言葉であるパシュトゥ語の歌謡曲が混ざっていた。

 歌詞の意味を同乗のアフガン人に尋ねると、男性歌手によるパシュトゥ語の曲は「僕はこれから長い旅に出る。これでお別れなのだから、ここに来てキスをさせておくれ。たとえ君がこっちに来てくれなくても、君の目を見れば、僕のことが好きだということが分かる・・・」といった感じだと教えてくれて、「自信満々の男だよな」と言って笑った。パシュトン人はもともと遊牧民なので、長い旅は人生の基調となっている。

 女性が「次はいつ、私のお客さんとして来ていただけるのですか・・・」と歌っているのもあった。これは売春婦の歌ではない。パシュトン人は、来客を過剰なまでに暖かくもてなす伝統があり、その関係で「お客さん」という表現が出てくるということらしい。日本の演歌が「酒と情けと男と女」をテーマにしているように、アフガンの演歌は「旅と客人と男と女」がテーマなのだ、といえるかもしれない。

 ダリ語の歌の方は「君の素敵な笑顔、笑顔、笑顔。ちらりと見ただけで、僕の心はちりぢりだ・・・」といった内容だという。いずれにしても、男女の恋の歌が多いようで、もともと真面目なイスラム学生たちの集団であったタリバンは、そのあたりを嫌悪して、音楽を禁止してしまったのだろう。

 いずれも、かつて有名だった歌手の曲を、闇業者がタビングして売っているとのことだが、歌手自身はもうアフガニスタンにはおらず、パキスタンやヨーロッパに逃げ出してしまっているという。テープの質が悪いのか、ときどき回転が狂ってしまい、運転手はそのたびに取り出してカセットを叩いていた。

 タリバンの音楽規制に対する、運転手たちの安全感覚は、人によって少しずつ異なっているらしく、ある日の人は慎重で、検問所に近づくたびにカセットを抜いて内ポケットに入れていたが、別の日の人はカブールを出たらかけっぱなしだった。

▼こっそり衛星テレビを見るカブール市民

 カブールなど都市の住民は、自宅でもこっそり音楽を聞く人がけっこういる。音楽だけでなく、タリバン政府はテレビも禁止しているが、衛星放送のパラボラアンテナを家の中庭などに出し、インドや中央アジア諸国の放送を見ている人も多いという。

 何百ドルか出せば、カブール市内でも闇で衛星放送の受信機とアンテナ、それに有料放送のスクランブルを外す装置までつけて買えるそうだ。「ロシアの衛星放送は、ポルノのチャンネルまである」とのこと。それを聞いて、昨年秋に行ったイランを思い出した。イスラム共和国であるイランでも、恋愛シーンなどが出てくる番組は禁止されているが、人々は規制のゆるいトルコやロシアの衛星放送で、きわどい番組を見ていた。

 私が会ったカブール在住の若い医者によると、タリバン政権は96年にカブールへと進攻した後、市街地の全世帯に立入調査し、テレビやラジカセなどを見つけ次第、没収したのだそうだ。

 だが立入調査の情報は、口コミですぐに市民の間に伝わり、彼自身の自宅がある地域にタリバンがやって来た時には、すでにテレビなどは、目立たない地下のカギがかかる部屋にしまってあったという。今ではその地下室が、ビデオや衛星放送を見るためのリビングルームのようになっているそうだ。

 このお医者さんは、アフガニスタンでは裕福な方らしく「一眼レフのカメラを2台持っているが、タリバン政権になってから写真撮影が厳禁され、カメラは無用の長物と化してしまった」と力なく笑った。彼は、長いこと学校の同級生とつきあっていたが、タリバン政権になって恋人どうしで歩くことも難しくなりそうだったので、結婚を早めたのだが、周りの知人には同様に結婚を早めた人が何人かいたという。彼は「去年、長男が生まれた」と、うれしそうに話していた。

 彼はタジク系の人で、タリバン政権を担っているパシュトン系とは民族が違う。タリバンには良い感情を持っていない理由の一つは、そういうことらしかった。しかも彼は、イスラム教徒に求められているお祈りもほとんどしないそうで、イスラム教自体を馬鹿馬鹿しいと感じているらしかった。こうした都市住民の生活態度は、隣国イランの首都テヘランで私が会った知識人たちと同じだった。

▼感銘を受けた車内のお祈り

 とはいえアフガン人の中には、敬虔なイスラム教徒も多い。タリバンの厳格な宗教政治があるので、表面だけ信心深くしているとは限らない。ある日、アフガニスタンからパキスタンへと車で移動中に、私の隣に座っていた案内役のアフガン人が、居ずまいを正して座り直したのに気づいた。ずっと姿勢を正したまま、時々口の中で何かを唱えている。静かにお祈りを始めたのだった。夕方6時すぎのことだった。

 彼は、右手の親指の先を、人差し指、中指と、薬指と、他の指の節に順番に触れながら移動させていき、何かを唱え続けていた。イスラム教のお祈りの際は、神様の名を99回唱えることになっており、33個の玉がついた数珠の玉を一つずつ触りながら3回転、神の名を唱え続けるという行為を見かけるが、車中の彼は数珠を持っていなかったので、指の節を使って数えつつ、神の名を99回、唱えているらしかった。

 最後に両手で顔をぬぐうしぐさをして、彼はお祈りを終えた。高速で走る車内での、その静かな光景は、何か感銘を受けるもので、私は終了後に「お祈りしたのですか」と尋ねるのもはばかられ、盗み見するだけだった。

 イスラム教では、旅行中はお祈りをしなくても良いことになっていると聞いたが、アフガニスタン国内を移動中には、午後2時ごろ、川の橋を渡るところで車を止め、車中のアフガン人たちはそろって河原に降りていき、川で手足と顔を清めた後、橋のたもとに並んでお祈りをしていた。周りにも何台か車が止まり、同様のことをしていた。

 だが、そうはいうものの、私はそんな光景を毎日見たわけではない。お祈りなしに1日のフィールドトリップを終えた日の方が多かったし、車中でお祈りに遭遇した際も、同じ車内にいた他のアフガン人は何もしていなかった。結局のところ、タリバンがどんなに厳格な宗教行政を敷こうとも、信仰の深さは各自の意志に基づき、ある人は信心深く、他の人はそうでないという、自然な状態は変わらないのだった。

(続く)



    アフガニスタン紀行(1)カブールの朝
    ・・・車は、カブール市内を南に向かっていた。中心街は内戦で廃墟になっていた。破壊から7年しか経っていないのに、何百年も打ち捨てられた古代遺跡のようだ。とはいえ逆に、7年もたつのに復興は始まらず、きのう戦争が終わったかのようで、商人は路上に粗末な小屋を作り、営業している。悲惨な状況だが、美しい朝の光に照らされて人々がうごめいている光景には活気が感じられた。

    アフガニスタン紀行(2)地雷の話
    ・・・道端で立ち小便をする場合は、注意が必要だ。道路の近くに崩れた建物の壁があったりすると、ついその物陰に行って用を足そうとしてしまうが、それは危険である。その建物がかつてソ連軍の検問所だったりした場合、周囲に対人地雷が敷設されている可能性があるからだ。



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