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興奮高まる台湾選挙

2000年3月17日   田中 宇

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(3月15日から21日までの日程で、総統(大統領)選挙を見るために台湾にきています)

 投票を間近に控えた台湾は、選挙一色の状態とは聞いていたが、これほどとは思わなかった。新聞はどこも、報道ページの半分以上が全面、選挙に関することだ。

 たとえば、大手紙である中国時報の3月14日付けは、1面から9面までのすべての記事と広告が選挙に関するものだ。10面は日産自動車の全面広告だが、11面(株暴落)と12面(宋楚瑜候補の全面広告)は再び選挙のこと、その後は文化面と国際面をはさんで、15面が選挙に関する社説、最後の16面は、医師会の重鎮が連名で国民党を支持する全面広告だ。

 また、3月16日付け自由時報は、16ページのうち、社会面と国際面の計2面を除くほとんどすべてが、選挙の記事もしくは全面広告だった。中国時報と同様、1面の下半分と最後の全面は、国民党の広告になっており、国民党の資金力をうかがわせる。

▼支持政党が違うと大喧嘩

 タクシーに乗っても、運転手と話す機会があると、大体は、どの候補が良いかという話題になる。「日本人は誰を支持しているのか」とも尋ねられた。

 そもそも、台北のタクシーは政治的な存在だ。台湾では、独裁与党であった国民党に反対する民主進歩党(民進党)が本格的に活動を始めてから10年ほどになるが、当初、野党の活動の多くは非合法とされていたので、ゲリラ的に活動せねばならなかった。その際、野党を支持するタクシー運転手の機動力が役立った。

 そんな歴史を持つ台北のタクシー業界は、今回の選挙でも活躍し、車体中に緑色の民進党候補の旗を林立させた黄色いタクシーが、街宣車のあとを何十台も連なって走る光景は壮観だ。国民党もタクシーに旗を立てさせているが、こちらは立ててくれたタクシーにお金を出しているので、運転手の小遣い稼ぎになっている。

 一般の台湾の人々も、選挙に対する熱意はすさまじい。3月18日の選挙の一週間ほど前から、主要3候補は連日のように、10万-40万人規模の大集会を開いている。

 支持政党が違うカップルが口論の末に刃傷沙汰に及んだり、嫌いな候補者の宣伝の旗を引っこ抜くところを支持者に見つかり、殴られた挙句、殴られた方は怒りのあまり灯油をかぶって焼身自殺したという話も聞いた。

▼人々の生死を変える選挙

 なぜ台湾の人々は、こんなに選挙に熱くなるのか。その理由の一つは、誰が勝つかによって、台湾の人々の多くにとって、人生全体の明暗が変わってしまうからだろう。

 台湾では1949年以来、国民党の独裁政権が続いてきた。国民党は政府の全利権だけでなく、系列企業や公共企業を通じて、経済の大半を支配している。この統制力は台湾の経済成長の一因となったが、同時に「国民党を支持しなければ満足に暮らせない」という状況を作った。

 ところが国民党は「外省人」の党であった。「外省人」は1949年以降、国民党とともに中国全土からやってきた人々で、台湾の人口の1割前後を占めるにすぎない少数派である。国民党より前からいた「本省人」(最近では「台湾人」と自称している)は、圧倒的な多数派であるにもかかわらず、政府の要職にもつけず、反抗すれば投獄された。

 10年ほど前からの民主化によって、台湾人の意識を代表する民進党の力が増し、多数決の原理で行くと、民進党が政権をとってもおかしくない状況になってきた。同時期に国民党も「民主化しないと国際的に生き残れない」と考えた蒋経国(蒋介石の息子で2代目総統)の考えで、党の中枢部が李登輝を中心とする台湾人に変わった。

 国民党は、台湾人をトップに据える「台湾化」によって、独裁政治から民主政治に変わっても、有権者の支持される政党を目指したが、外省人を中心とする旧主流派は、この改革によって利権を削られ、不満を募らせた。何年か前、彼らは「新党」という党を作って国民党から分立し、選挙に臨んだが、外省人以外の支持を得られず惨敗し、支持者の多くが国民党に戻った。

 今回の総統選挙の3人の主要候補者のうち、連戦が「台湾化」した国民党の主流派(李登輝派)、陳水扁が民進党、そして宋楚瑜は事実上、外省人を中心とする国民党の反李登輝派を代表している。つまりこの選挙は、候補者個人どうしの戦いではなく、台湾の50年間の歴史が生んだ3つの勢力がぶつかり合う戦となっている。

▼国民党内部にいる隠れ反対派

 しかも、台湾の利権の多くを握る国民党の内部には、「表向きは国民党支持だが、実は外省人系を支持」「心は民進党だけど、表向きは国民党」などという「隠れ宋楚瑜支持」「隠れ民進党」がかなりおり、党内には疑心暗鬼が渦巻いている。李登輝自身が「隠れ民進党」の筆頭と思われている。

 国民党の選挙集会では、主流派となった台湾人は台湾語でスピーチし、その前後は司会も台湾語だが、外省人が出てくると北京語(大陸の標準語)で演説を始め、司会の言葉も北京語に変わる。

 台湾独立支持の傾向が強い李登輝は、台中統一を求める外相人の幹部とは、集会でも同席せず、李登輝が台湾語で台湾人の意識についてまくしたて、帰った後、外省人(台北市長や元監察官など)が相次いで登壇し、下手な台湾語でつっかえながら、あるいは台湾語ができないことを詫びながら北京語で、統一の必要性を力説する、というちぐはぐさだった。

 政治家は「言葉の力」が命だ。台湾語を使わないと支持を得にくい状況になった今、外省人の政治家は頼りなく見えた。おそろいのジャケットを着て動員された1万人ほどの観衆は、どこで歓声を挙げるべきなのか分からず、当惑しているようだった。外省人の演説が終わり、再び台湾語の演説が始まると、人々の歓声が大きくなった。

 第3の候補、宋楚瑜は昨年秋まで国民党首脳だったが、党の方針に逆らって総統選に立候補したので除名され、無所属で立候補した。彼が勝てば、国民党の大半の勢力はそっくり彼になびくという勝算もあり、そのためにわざと新しい党を作らなかった。彼が目指しているのは、選挙を通じた党内クーデターであるといえる。

▼煽られる中国の脅威

 こうした三つ巴に、中国(共産党政府)による威嚇という要素が加わり、人々の政治行動をいっそう複雑にしている。普通に考えれば、国民の大半は民進党支持となり、陳水扁が圧勝しそうだが、10日ほど前の世論調査では、3人の主要候補はそれぞれ25%前後ずつの得票予測で、残る25%はまだ誰に入れるか決めていない状況だ。

 民進党が政権をとると中国が攻撃してくるという不安や、政権運営の経験がない民進党だと、経済政策が失敗して不況になるという懸念が、民進党への支持が過半数にならない主因となっている。

 半面、宋楚瑜は、かつて台湾省長(知事)という要職にあった際、売名行為的な公共事業のばらまきを行い、それ以来、外省人であるにもかかわらず、「外省・本省」という対立を超えて、地方の人々に支持されている。都会でも、すでにある程度豊かな暮らしをしている人々の中に支持者が多い。

 彼らは「国民党はもうたくさんだが、民進党も現状の反映を維持できない可能性があるので避けたい」と考えて、宋を支持している。宋楚瑜は中国寄りと言われ、彼が当選したら5年以内に「一国二制度」方式で台湾は中国に併合され、台湾人の民意は無視されるだろう、と民進党は批判している。

 台湾では、投票日の10日前より後に世論調査を行うことを禁止しており、現在の3候補の支持率は正式には不明だが、陳水扁の集会は何回も30万-40万人を集めているのに対し、他の主要2候補は10万人規模であり、マスコミの人などは、陳水扁が有利だと感じている。だが、集会に行くのは「積極派」もしくは「動員された人々」であり、それ以外の人々の意志ははっきり分からない。

 私が見るところ、実際に中国(中共)が台湾に「演習」以上の本物の攻撃をしてくる可能性は低く、中共政府の威嚇は、北京の政権内の保革対立という事情から発している部分が大きい。国民党や宋楚瑜は、そのことを知りながら、陳水扁を不利にするために、あえて「中共の脅威」を煽っているように見える。

(続く)

 なお、今回の取材では、台北・Eメディアの川上東さん(「謝小姐の台湾日記」 )、ケーブルテレビTVBSの記者である小林伊織さん、輔仁大学翻訳学研究所の安西真理子さんらにお世話になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。



●各候補者のサイト

     いずれも中国語Big5フォントのサイト。各候補のウェブサイトは、18日夕方の投票終了まで、台湾の有権者からのアクセスが集中し、つながらないおそれがあります。支持を決めかねている人が多いからかもしれません。

  • 連戦

  • 陳水扁

  • 宋楚瑜

●日本語のページ



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