覇権国に戻らない米国2021年2月7日 田中 宇バイデン米大統領が2月4日、外交政策について就任後初の演説を行い、ロシアを「米国と世界にとっての民主主義の敵」、中国を「世界運営(グローバル・ガバナンス)の敵」であると規定した。ロシアに対しては従来通りだが、中国に対して覇権運営上のライバルであると規定し、中国がすでに覇権運営・世界運営を行なっていることを米国が正式に認めたのはたぶん史上初めてだ。 (Remarks by President Biden on America's Place in the World | The White House) (Biden Vows to Confront Russia, Enemy of Democracy, and China, Enemy of ‘Global Governance’) この件は、前回の記事で書いた、先日のバーチャルなダボス会議で中国の習近平が主導役になった半面、バイデンが欠席したことと関連しているだろう。バイデンが発表した中国に関する規定は、私の前回の記事の分析が正しかったことを示している(私自身の中で半信半疑なところがあったが払拭された)。中国はダボス会議以外の、国連やその他の国際機関などでも、日常的に主導権を発揮する場面が多くなり、覇権運営上の米国のライバルになっている。バイデンは中国に対し、人権や著作権や経済(貿易戦争)の面でも米国の脅威だと述べたが、これらは従来と同じだ。中国は、すでに得ている世界運営権(覇権)を手放さないだろうし、米国は中国を潰せないから、米国が唯一の覇権国である状態に世界が戻ることは二度とない。世界は不可逆的に多極化した。 (中国主導の多極型世界を示したダボス会議) ("American Exceptionalism Is Back", Except...) 米単独覇権体制の崩壊と多極化は通貨の面でも進んでいる。米国の投資会社ダブルラインは、1月に発表した報告書で、ドルを世界の単独基軸通貨とする通貨の米国覇権体制が崩壊し、多極型の基軸通貨体制に移行しつつあると指摘した。報告書は「米国が、中国やロシアなど非米諸国に対してドルの使用を禁止・制限する経済制裁を多用しすぎるため、制裁された非米諸国だけでなく、中国などと貿易や投資の関係を持たざるを得ない米同盟諸国も、増え続ける非米諸国との経済関係においてドルを使うことを控え、世界的にドルの使用や備蓄が減っている。対照的に、人民元や円、ユーロなど、他の主要通貨の使用や備蓄が増え、基軸通貨の多極化が進んでいる」という趣旨だ。 (Taking Aim at the U.S. Dollar, the World Builds a Multipolar Trade-and-Payments Order) (DoubleLine Warns Events Are In Motion To Remove Dollar As Reserve Currency) ここ数年、とくにコロナ危機下の昨年来、経済的に米欧が横ばいやマイナスな半面、中国の成長がいちじるしく、世界経済において中国が占める割合が拡大している。世界の諸国、とくに日韓豪など東アジア諸国は、中国との経済関係を拡大していかざるを得ない。だが、米国はバイデン政権になっても中国敵視を続けている。同盟諸国は、中国とドル建てで取引すると米国にばれて問題にされかねないので、中国との取引はドルでなく、人民元や円など相互の通貨で行った方が良い状況になっている。この流れの中で昨年11月に締結されたのが、中国と日韓豪NzアセアンによるRCEPの貿易圏だった。RCEPは多極化の具体例の一つだ。RCEP締結前から、この貿易圏内での決済の非ドル化が進んでいる。昨年末にSWIFT(銀行間の通貨決済用の国際ネットワーク)が発表した世界の資金決済の統計でも、ドルの総額が減っている。 (Will China overthrow US dollar hegemony in East Asia?) (China Shouldn’t Take Global Payment Network SWIFT for Granted) 同盟諸国の多くは、トランプからバイデンになった米国が、非米諸国、とくに中国に対する不合理な敵視政策をやめて、同盟諸国が中国と取引しやすい状況にしてくれるのでないかと期待した。中国の台頭をある程度容認することが、米国覇権を蘇生・延命する良い方法でもあった。だが、バイデン政権はトランプの中国敵視の多くの部分を継承した。同盟諸国は米国に失望し、静かに米国を無視し、目立たないように中国との取引を拡大していく道を選び始めている。それがRCEPであり、前出のダブルラインの報告書となって現れている。ドル覇権のツールのように言われてきたSWIFTも、国際化やデジタル化が進む人民元の中国と本格的に組まざるを得なくなり、中国人民銀行と合弁することになった。 (SWIFT Sets Up Joint Venture With China Central Bank) トランプは覇権放棄の隠れ多極主義者だったが、軍産はそれが嫌だったので(不正選挙によって)大統領をバイデンにすげ替えた。バイデンは覇権蘇生屋になるはずだった。しかし実際は、中国やその他の非米諸国を不合理に敵視する策を全力で続ける姿勢を見せている。バイデン政権は、トランプと別な形の(オバマやブッシュと似た)隠れ多極主義にとりつかれている。同盟諸国は失望し、多極化が進む。 (Fed Chair Powell: Inflation Can Rise In 2021…So What Happens to Gold?) (U.S. will take on challenges posed by China directly: Biden) SWIFTの統計によると、ドルだけでなく人民元の国際決済の総額も減っている。統計に出てくるのは、人民元の決済総額のうちの一部だ。中国の政府や企業は、米国などからの批判をかわすため、諸外国との人民元決済をできるだけ非公式に隠然とやっている。米国が中国を敵視するほど、中国は外国勢との人民元決済を統計に載らないようにやり、統計上の元決済の総額が増えないよう努力する。中国の覇権拡大や経済成長の度合いから考えて、実際の人民元の国際決済の総額は増え続けているはずだ。米国が覇権を振り回すほど、みんな本当のことを言わなくなり、統計が信用できなくなる。 (Coming Soon: The Demise of the U.S. Dollar?) ドルの基軸性喪失や通貨の多極化は12年前のリーマン危機のころから言われていたが、潜在的な流れであり、今のように各所で指摘されるようになったのはトランプの4年間とコロナ危機を経てからだ。私は、03年のイラク戦争直後から多極化を指摘・予測して書いてきたが、ずっと妄想扱いされていた。実は、マスコミ権威筋で描かれてきた米国覇権の永続のイメージの方が集団的な妄想(権威に従いたがる小役人的な脳内状態)だった。イラク戦争が隠れ多極主義的な故意の失策だった可能性は、今考えても高い。当時から潜在的な多極化の流れがあった。 (多極化の本質を考える) (中露の大国化、世界の多極化) 2月1日、ミャンマーの軍部がクーデターを起こし、政権をとっていたアウンサン・スーチーらNLD幹部たちを拘束する事件が起きた。ミャンマー軍部から見ると、スーチーは英国MI6の要員で「英米のスパイ」だ。これまで軍部は、内外で人気があるスーチーといやいやながら組んできたが、米国が昨秋以来の政治混乱で覇権が弱まっているのを見て、中国から黙認的な了解を取り付けた上で、スーチーから政治権力を奪う試みとして、スーチー政権が2期目に入った日にクーデターを挙行した。ミャンマーは、地政学的に米英と中国の綱引きの場である。ミャンマーのクーデターは、米覇権の衰退と中国覇権の台頭を示している。 (Coup Puts Myanmar at the Center of U.S.-China Clash) 米国はミャンマー軍部を非難し、日本やASEAN諸国など、アジアの同盟諸国を通じてミャンマー軍部に圧力をかける策をとると言っている。だが米国と、日本ASEASなど同盟国の間には、ミャンマー軍部に対する姿勢に齟齬がある。ミャンマー軍部に対し、米国は強硬姿勢で非難するが、日本などアジア諸国は非難したがらず、事情をお尋ねする対話を続けつつ、軍部を説得しようとしている。中国も、似たような姿勢だ。日本は、どちらかというとスーチー寄り、中国はどちらかというと軍部寄りで、日本と中国は裏で連絡を取りつつ、それぞれの姿勢でミャンマーを説得し、政情の再安定をめざしている。 (China 'notes' Myanmar coup, hopes for stability) マスコミ(=軍産)には「日本はミャンマー軍部に甘いので米国に批判されそうだ」などと、いまだに米単独覇権が続いていると妄想する稚拙な「解説記事」もあり、それを真に受ける軽信者も多そうだが、日本はもう米国から批判されても受け流すだけだ。ミャンマーに関して、米国はすでに主たるプレイヤーでなく、後ろの方で軍部を非難して騒いでいるだけだ(だから軍部がクーデターを起こした)。ミャンマーの問題解決は、米国でなく中国の世界運営の領域に取り込まれている。中国は、覇権国に戻りたいバイデン政権に替わった米国がどのぐらい強く出てくるかを見るために、ミャンマー軍部のクーデターを容認したとも思える。東南アジアは以前から中国の覇権下で、近年は東アジア(日韓朝)も中国の覇権下に入る傾向が強まっている。 (Japan seeks dialogue with Myanmar military after coup) 米国の政治的な混乱や不安定化は今後も続く。ネット大企業がトランプや共和党支持者を排除して、民主党政権を牛耳っているのがネット大企業であることを見せつけた。大リセットはネット大企業の独裁強化策であるとも言われている。だが、この独裁がずっと続くかどうか怪しい。先日、ネット大企業の筆頭であるアマゾンのジェフベゾスがCEO(最高経営責任者)から取締役会長に「退いた」。実のところ、ベゾスは退いたのでない。アマゾン社内における権力はすべて保持し、自分の肩書きだけを替えた。 (At last, the regime that enabled Amazon's monopoly power is crumbling) この動きは多分、これからアマゾンが独占禁止法違反を米政界から問われ、解体を強いられるかもしれないことと関係している。ベゾスはCEOを退くことで、米政界からの攻撃が自分のところに直接来ないようにしたようだ。今はまだ民主党政権内の、ネット大企業と左翼の対立が表面化していないが、いずれ左翼がネット大企業を「大金持ち」として攻撃する傾向が強まる。共和党支持者の過半を占めるトランプ派も、自分たちを追放したことへの復讐としてネット大企業を解体・無力化する政治運動に参加してくる。ネット大企業の独裁は、昨秋来の米選挙騒動で顕在化してしまっただけに、左右から攻撃の対象にされ、長続きできなくなっている。独裁を顕在化させた内部勢力が、ネット大企業群を自滅に導いている。 (Jeff Bezos Exits as CEO, but His Role at Amazon Will Likely Be Little Changed) バイデン自身も、たぶん不安定な存在だ。バイデンは認知症で、大統領としての署名ができないときに妻のジル・バイデンが代わりに署名しているのでないかという疑いを、筆跡を鑑定した人が指摘している。バイデンの署名の冒頭の「B」の字が、彼自身が以前から書いていた字体(Bの左側の縦棒が離れている)でなく、妻のジルの字体(Bが一筆で書かれている)と同じになっていることに基づく疑惑だ。バイデンは認知症で、ときどき自分が何をしているかわからなくなる時があると、以前から共和党支持者などが指摘してきた。バイデンが認知症だとしたら、コロナで直接人に会わず、演説も調子が良い時に撮っておいた動画を配信すれば良い現状は、認知症がばれないので好都合だ。バイデンが本当に認知症なのかどうか確認できないが、今後も疑惑の指摘が続く可能性が高い。バイデンが認知症なら、軍産系や隠れ多極主義系などの側近たちのやり放題になり、側近どうしの野放図な権力闘争が続き、米政治の不安定化が加速していく。 (This is Odd: Joe Biden’s Signature on Latest Official Documents Is Raising Eyebrows)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |