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安倍辞任は日本転換の好機

2020年8月30日   田中 宇

安倍首相が8月28日に辞任を表明した理由は持病の悪化だと報じられている。マスコミや権威筋で、この辞任理由を疑う見方はないようだ。安倍自身が作った言論統制のシステムが見事に効いている。私から見ると、安倍の辞任の最大の理由は健康問題でない。これまで安倍が作ってきた路線を続けられなくなったからだ。 (安倍辞任の背景にトランプの日米安保破棄?

自民党には、安倍の仲間・同志として麻生や菅がいる。麻生や菅は、安倍がやってきた戦略を熟知し、一緒に考え続け、安倍にアドバイスしてきた。安倍の辞任理由が健康問題で、持病の悪化さえなければまだ首相を続けたいと安倍が思いつつ辞めるのなら、後継者として麻生か菅を公式もしくは非公式に指名し、麻生か菅を次の首相にすることで、自分が立てた戦略の継承を望むはずだ。実際は、安倍は自分の後継者として誰も指名していない。自民党内での選出の決定に一任すると言っている。麻生は、次の首相に立候補しないと表明した。菅は8月30日になって立候補を決めたが、安倍が菅を次期首相にしたくて、菅もその気なら、辞任表明と同時に菅が後継者という話が出てくるはずだ。菅の立候補は安倍が推したものでない。菅の立候補は当て馬的な目くらましかもしれない。

岸田は、麻生や菅のように安倍の「身内」でないが、前から安倍を支持してきた。安倍が後継者を岸田にしたいなら、そのように非公式にでも示唆するはずだ。だが安倍はそれもしない。安倍が後継者を全く指名したがらない理由は、安倍が後継者としてふさわしいと思っている人物が、安倍自身が嫌いだと思っている人だからでないか。次期首相の候補と言われている人々の中で、安倍が嫌いだ、ライバルだと思っている相手は、石破茂である。安倍が「日本のために次の首相を石破にするのが良い」と思っている場合、安倍は後継者を指名せず、自民党の決定に一任したいと言うはずだ。

石破は、安倍が辞任せず続投する予定だった段階から、今秋の自民党総裁選挙に安倍の対立候補として出馬と表明していた。自民党全体が安倍に同調・迎合する状況下で、石破だけが安倍に対抗しようとしてきた。石破はあえて安倍に迎合しない道を選び、自民党内で「村八分」的な生き方をしている。逆に言うと、日本が安倍路線をやめて大転換するなら、石破を次の首相にしてやらせてみるのが良いという話にもなる。安倍自身が、安倍路線の行き詰まりを悟って辞任するなら、後継者を指名せず、その一方で、自民党内の次期首相の選出のやり方を少しいじって石破が選ばれるようにするのが良い。安倍は、その道を進んでいるようだというのが私の今日の見立てだ。安倍は、石破に権力を譲ろうとしているのでないか。

この見立ての上で、安倍路線について考察する。今の日本にとって、最大の問題は「米国覇権の崩壊・放棄と中国の台頭」である。この問題が難問なのは、まず「米国の覇権が崩壊しつつある」「トランプは米国覇権を着々と放棄している」という認識が日本人の中にないからだ。加えて日本人は「中国はけしからん。中国と仲良くなんかできない」「中国はいずれ必ず崩壊する」といった歪曲的な価値観も植え込まれている。マスコミや権威筋は、永遠の対米従属と中国敵視のプロパガンダを充満させ、権威筋自身がそれを軽信しつつ、国民にもそれを軽信させている。永遠の米国覇権と中国敵視を喧伝しない者は「外交専門家」になれない。これは、米国(米英)の軍産複合体(諜報界、深奥国家)が日本など世界中に植え付けてきたプロパガンダである。

プロパガンダ的には「米国覇権は永遠で、日本は永遠に対米従属するのが良い。中国は敵だ」であるが、現実は全く違っていて、米国は覇権を崩壊させつつ、経済や安保の面で、日本など同盟諸国に無茶苦茶な要求をする傾向を強めている。その一方で中国はどんどん成長・台頭し、日本など西側諸国にとって、中国は経済的に仲良くせねばならない相手になっている。このようなプロパガンダ(表向きの見せかけ)と、現実との乖離が、この4半世紀にどんどん拡大してきた。日本は、米国との関係を維持するためプロパガンダを鵜呑みにしつつ、目立たないように中国とも良好な関係を結んで日本の経済発展を維持する必要があった。安倍は、プロパガンダ系の勢力に後押しされて自分の権力を強めつつ、その一方で中国との関係を強化するバランス戦略をやってきた。 (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本

米国の覇権低下が不可逆的になったのは、2003年のイラク侵攻から08年のリーマン危機にかけての時期以降だ。それまでの、米国覇権が永遠に見えた「戦後の時代」に、日本は「米国にいただいた平和憲法があるので、米国に求められても日本は軍事費を増やせません」という左翼平和運動的な「言い訳」を言って米国からの軍拡要求を断り、「自民党は農民など地方の票に握られているので」と言って食料輸入の自由化を断ってきた。米国は、自国の覇権低下とともに、日本の権力層が左翼やマスコミからの批判を無視して自分らの権力を拡大することを容認し、その代わり軍拡(思いやり予算急増)やTPP加盟・輸入自由化など、米国の言うことをもっと聞けと言うようになった。

この、米国が日本を転換させた時期に、たまたま首相だったのが安倍だった。安倍は、日本の首相として未曾有の権力を獲得し、長期政権を築いた。対米従属と中国敵視のプロパガンダが安倍を押し上げた。だが同時に現実は、米国の覇権低下と中国の台頭が続いた。安倍は、表の中国敵視プロパガンダと、裏の対中従属ともいえるような中国への接近の両方をバランスしてきた。このバランスが安倍路線だった。

安倍が石破に権力を継承するのなら、その理由は、表の対米従属・中国敵視と、裏の対中従属とのバランスが維持できなくなったからだ。トランプは今後2期目に入り、日本やその他の同盟諸国に対する要求をさらに引き上げていく。トランプは従来、安倍の日本に対し、米軍駐留費の負担(思いやり予算)の大幅増加は言っていたが、安倍がそれを断っても、それに対するひどい制裁をしてこなかった。トランプが同盟諸国に過大な要求をする真の理由は、同盟諸国に米国との関係を切らざるを得ないように仕向ける覇権放棄策であり、過大な要求を飲ませることが目的でなかった。日本は対米従属一本槍なので、過大な要求でも飲んでしまう。トランプは、日本に要求を飲ませるのでなく、日本を怒らせて拒否させたい。だが、日本はそれをしない。だからトランプはこれまで日本に対して寛容だった。安倍は、トランプの寛容さのおかげでバランス戦略が続けられた。

2期目のトランプは、日本に対する寛容さをやめる。米国側でも、それは指摘されている。トランプは日本に対し「思いやり予算の大幅増額だけでなく、中国と縁を切って敵視することもやれ。両方やらないと在日米軍を撤退する」と言ってくる。その一方で、米国はコロナ対策としての経済停止を続け、どんどん不況がひどくなり、覇権国として必須だった世界からの旺盛な消費ができなくなる。今後、旺盛な消費をしていくのは、米国でなく中国である。日本は、思いやり予算の増額はやれても、中国との本格的な縁切りはできない。日本は経済的に中国と縁を切れない。日本が、これまでのように優柔不断な態度を続けていると、米国は日本から軍事撤退していく。日米安保や日米同盟は不可避的に崩れていく。日米同盟は盤石だと言っているプロパガンダを信じてはならない。対米従属一本槍を変えずに米中のバランスをこっそりとってきた従来の安倍路線は行き詰まっている。

日本が対米従属を続けてきたのは、米国が経済(消費)と安保の両面でダントツ世界最強の覇権国だったからだ。コロナ危機の発生により米国の衰退と中国の台頭が加速し、消費も軍事力も、近年中に米国と中国が肩を並べていく。国際政治経済の力学的に見て、対米従属は日本の国益に合わなくなっている。この現実は、軍産のプロパガンダによって見えにくくされている。安倍には現実が見えているはずだ(だからこそ安倍は、こっそり中国に擦り寄ってきた)。 (米中逆転を意図的に早めるコロナ危機

これからの日本に必要なのは、マスコミなど軍産官僚プロパガンダ勢力や自民党の主流派から攻撃されても負けない指導者だ。トランプに媚を売らずに喧嘩ができ、習近平と対等に渡り合える人物だ。バランス感覚がある人より、昭和の悪ガキみたいな方が良い。安倍は、軍産プロパガンダ勢力からの押しによって権力を拡張してきた。軍産プロパガンダは安倍の弱みも握っており、安倍がこっそり対米従属一本槍を逸脱して中国に擦り寄るたびに、森友だ何だといってスキャンダルが湧き出てくる。日本では、軍産傀儡のネトウヨと同様に、サヨクも軽信的なひどい間抜けなので、左右の軽信者たちがスキャンダルの尻馬に乗って安倍を許すなと騒ぎ出す。安倍自身が今後も続投してプロパガンダ勢力を振りきって対米従属を離脱しようとすると、スキャンダルなどで潰され、犯罪者におとしめられて政治生命を終えることになりかねない。

そんなリスクを追うより、これからトランプが無茶苦茶言ってくることが確実なここいらで、病気になったことにして辞めた方が良い。9月になると米選挙前でトランプが動き出すかもしれないので8月中が良い。安倍は、そう考えて辞任を決めたのでないか。安倍が指導者として日本の国益を重視するなら、自分の後任は、安倍路線のバランスで生きてきた人ではダメだと思うはずだ。この時点で菅や岸田は不適格だ。バランス感覚など無視して自民党内で村八分になる道をあえて歩んでいる石破にやらせてみる方が良い。安倍がすぐれた政治家なら、そう考えても不思議はない。昭和の悪ガキみたいな石破なら、米国の悪ガキであるトランプとも喧嘩できそうだ。石破は近年、右派だった昔と異なり、対米従属一本槍で中国を敵視する政策を否定しつつ、中国に大幅接近している。中国では、国営マスコミの新華社などが石破待望論みたいなものを流している。今の石破は以前と異なり、小沢鳩山に近い位置にいる。 (石破茂氏、安倍氏再任への挑戦者

誰になるにせよ、次の日本の首相が、これまでの軍産プロパガンダまみれの非現実的な対米従属・中国敵視路線を脱却しようと思ったら、トランプが米国でやったような劇的な動きが必要になる。最大の敵は国内の軍産プロパガンダ勢力だ。トランプは2016年の当選時、共和党内で新参者の少数派で、軍産傘下の米マスコミやエスタブ権威筋からボロクソに批判され、ロシアゲートのスキャンダルの濡れ衣を着せられていた。だがその後、トランプはロシアゲートの濡れ衣ぶりを暴いて逆に軍産マスコミの犯罪性を明らかにしていき、共和党を「トランプ党」に変えていった。今では、軍産の中枢にある米諜報界はトランプ側に乗っ取られ、米マスコミの権威も大幅に低下した。トランプは軍産の無力化に成功している。 (続くトランプ革命

これからの日本に必要なのは、トランプみたいな指導者だ。石破は自民党内で少数派なので当選時のトランプに似ているが、石破は自民党を「石破党」に変えられるのか??。米国には自分の頭で考えようとする人がある程度いるが、日本にはほとんどいないので、かなり難しいとは思う。小沢鳩山と同様、石破もほとんど理解されずに潰されそうだ。いつまでもクソな日本人。自業自得の衰退になりそう。しかし、まだわからない。安倍辞任が、小沢鳩山以来の日本転換の好機であるのは確かだ。 (多極化に対応し始めた日本



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