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続くトランプ革命

2018年11月9日   田中 宇

11月6日に投開票された米国の中間選挙(議会選挙)は、まだ未決の選挙区が上下院合計で6か所残っているものの、上下院とも共和党が多数派だった選挙前の状態から、上院は共和党、下院は民主党が多数派の「ねじれ状態」に変わることが確定した。現時点で、上院は共和党が議席を2つ増やし、下院は民主党が30議席を増やした。 (Live midterm election results 2018

トランプ大統領は、共和党が下院で議席を減らして少数派(野党)に転じた(敗北した)のに「勝利した」と宣言したので、やっぱり馬鹿でお門違いだといった印象を持たれている。だが実のところ、トランプの勝利宣言は、2つの点で正しい。 (Trump is 'delusional' to claim midterms victory

ひとつは、今回の中間選挙の過程を通じて、共和党を2016年以前の「軍産エスタブの党」から「米国第一主義(覇権放棄)のトランプの党」に変身させることに成功した点だ。共和党では、エスタブをまとめていたポール・ライアン下院議長や、トランプを批判してきたジェフ・フレーク上院議員が今回立候補せず議員を辞めた。共和党の軍産を率いていた反トランプなジョン・マケイン上院議員は8月に死去した。それらと対照的に、今回の選挙で共和党から議員になった人々の中にはトランプ支持者が多い。トランプは党内の軍産エスタブとの戦いに勝って共和党を乗っ取った。その意味で、トランプの勝利宣言は正しい。 (The Midterms Prove Only One Thing: Trump Owns the GOP) (The cliché is true: this is the most important US midterm, ever

トランプ「勝利」の2点目は、米国の歴代政権の多くが(1期目の)中間選挙で上下院とも議席を大幅に減らしたのに比べ、今回の共和党の敗北の幅が小さかったことだ。2010年の中間選挙で、オバマ大統領の民主党は、上院で6議席、下院で62議席を失っている。この時は、オバマやペロシといった民主党上層部への米国民の嫌悪感が強く、それをテコに共和党が「赤い潮流 crimson tide」の政治運動で中間選挙に勝った。今回、今度は民主党が、8年前の赤い潮流のシナリオを使い、トランプへの米国民の嫌悪感をテコに「青い波 blue wave」の政治運動を起こした。民主党がトランプの共和党に報復したと言うためには、同じ数を増やさねばならなかったが、今回の実際の民主党の議席増加数は、上院がマイナス2、下院が30であり、オバマの時の喪失分を全く埋められていない。民主党は今回「最低限の勝利」しかできなかった。 (A Big Night for Democrats, but Not Progressives) (Trump Won the Midterms. Here's Why.

今回の選挙戦中、民主党支持が圧倒的に多い米国のマスコミは、民主党が「青い波」を喧伝(誇張)したが、ふたを開けてみると「青い波」は弱々しい「さざ波」でしかなかった、と共和党の政策立案者であるドブ・ザケイムが揶揄している。中間選挙の終了とともに、米政界は2020年の大統領選挙への日程に入ったが、今回の「青い波」が意外に弱かったので、民主党は今後も、少なくとも大統領選挙への序盤戦(来夏ぐらいまで)において、政治運動としての大波を起こせそうもない。民主党の力が弱いことは、トランプの再選に道を開く。トランプは、2020年に再選できる可能性が強まったので「勝利した」と宣言した。これが2点目だ。 (What Happened to that "Blue Wave"?

ザケイムは、民主党の青い波が意外にしょぼかった理由について、今後の民主党の指導層になりそうだったベト・オローク(テキサス州の下院選挙区で落選)、アンドリュー・ギラム(フロリダ州知事選で落選)といった若手の落選した候補たちが、違法移民の全面的な受け入れ継続や、公的資金を原資とする国民皆保険的な健康保険制度の改革など、左翼リベラル方向の過激な政策を打ち出し、これが穏健な政策を好む一般の民主党支持の有権者に受け入れられにくかったからだと分析している。今回の選挙で民主党は、左翼的な主張をあまりしない「穏健派」の候補が各地で勝利した半面、左翼的な主張の候補は、ジョージア、オハイオなどでも共和党に負けている。民主党は、中道を離れて左傾化を強めるほど支持が減る。 (This is why Andrew Gillum lost the Florida governor race to Ron DeSantis

民主党の左翼が主張することの一つに、違法移民の積極的な受け入れがある。これは今回の選挙の争点の一つになった。米政府は、ブッシュ政権時代やもっと前から、メキシコなど中南米からの違法移民を野放図に受け入れてきた。それは「人権擁護」の観点からでなく、経済界(エスタブ)が安価な労働力を求めていたからだ。トランプは、エスタブ(マスコミ)が意図的に無視してきたこの構図を問題にし「違法移民を野放図に受け入れてきた政策をやめて、国民の貧困層が雇用を違法移民に奪われてきた状態をなくし、外国人でなく米国民が雇用されるようにする」と主張し、貧困層の有権者の支持を集めた。トランプに対抗する民主党は「移民の人権擁護」を掲げ、この流れで党内の左翼が力を持った。だが、話の道理として、違法入国者の人権を守る主張よりも、違法入国者をとりしまる主張の方が説得性がある。民主党の新たなスターたち(=左翼)が主張する違法移民の全面的な受け入れ継続は「過激」とみなされがちだ。

民主党の左翼が主張するもう一点の国民皆保険は、日本でこそ生活に必須な「常識」である(戦後日本の権力を握ってきた官僚組織が安定的な徴税体制と国民皆保険を維持してきた)。だが、米国には私企業(市場原理)を抑圧して社会的な原資を長期に確保維持する官僚独裁的な機能がなく、今の米国で公金による国民皆保険をやると、金持ちでなく縮小傾向の中産階級から徴税した資金を、保険料を負担できない貧困層の無償医療のために使う構図になり、中産階級がますます困窮し、貧富格差の拡大に拍車をかけるだけで失敗する。米国では、国民皆保険の構想が中産階級の支持を得られない。金持ちは民間の健康保険の方が良いので皆保険に反対だ。

▼この2年で軍産との戦い方を身につけ、すでに危ない時期を乗り切ったトランプ

トランプは17年1月、覇権を持っていた国際主義の軍産エスタブを打ち負かすこと(=米国第一主義。トランプ革命)を掲げて大統領に就任した。トランプの目標は、内政面のエスタブ支配体制の破壊と、外交面の覇権放棄・多極化誘導だった。当初は、周りが敵ばかりだった。自分の党である共和党は軍産エスタブの牙城だったし、民主党も軍産エスタブが主力だった。政府内でも国務省、CIA、国防総省などが軍産の巣窟だった。マスコミも軍産の傘下だった。トランプは、誰も味方がいなかった。大統領の実質的な権限はトランプが思っていたほど強くなく、あらゆる面で軍産が政策の決定履行の過程にはさまっていた。トランプは共和党内で折り合いをつけるため、政権中枢の側近たちの中に、ペンス副大統領を筆頭に軍産系を多く入れねばならなかった。子飼いの側近は、ロシアゲートの濡れ衣を着せられて辞任させられた。 (Paul Craig Roberts: What This Election Is Really About) (軍産の世界支配を壊すトランプ

だがトランプは、得意の威嚇や喧嘩と、称賛やカネばらまき(予算配分)、常識離脱などの独自の政治手法を駆使して、軍産の牙城を切り崩していった。就任から2年かけて、共和党が軍産エスタブの党から、米国第一主義のトランプの党に衣替えした。大統領府の軍産系の側近たちを外し、自分の言うことを聞く人々と交代させた。国務省の外交官たちに冷や飯を食わせ、トランプの傀儡であるポンペオを国務長官にして国務省を無力化した。CIAと国防総省は予算増加でたらしこんだ。今回の中間選挙までの間に、トランプの敵は、民主党とマスコミぐらいしか残っていない状態になった。 (House Dems to Turn the Screws on Trump’s State Department) (US Intelligence Budget Soars Under Trump

この2年間、共和党で右からの草の根的な米国第一主義(トランプ支持)の運動が出てきて、党内の軍産エスタブを押しのけたように、民主党では左からの草の根的な左翼運動が出てきて、党内の軍産エスタブとのせめぎ合いが起きている。民主党での左派の勃興も、トランプが就任演説などで「エスタブ支配を打ち破れ」と民意を扇動したことに影響されている。 (トランプ革命の檄文としての就任演説

トランプが共和党内ですら異端だった16年の大統領選挙から、共和党の乗っ取りと、米国政府の掌握が完了した今回の中間選挙までの2年間は「トランプ革命の第1節(始動期)」だったといえる。これからは、トランプ革命の第2節だ。第2節では、これまでよりトランプの敵の数が減る。軍産は、政府中枢からかなり外され、そのぶんトランプの裁量が拡大した。内政面のエスタブ支配の破壊は、かなり進んでいる。外交面の覇権放棄や多極化誘導も、北朝鮮、イラン、米中貿易戦争(=中国を対米自立に押しやること)など、全面的に進んでいる。トランプ革命は、成功裏に続いている。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ

議会下院の多数派を奪還した民主党は、手中にした議会運営権を使って、トランプの不正行為を暴き、弾劾・辞職に持ち込もうとしている。トランプが16年の大統領選でロシアと組んで不正をやって当選したという話にしたい「ロシアゲート」や、トランプが以前の不動産屋だった時代に脱税していた疑惑など、何でも良いからトランプの不正や不倫を暴き、弾劾するのが民主党の目標だ。下院を取られたのでトランプはやばくなってきた、と報じられている。 (Democrats prepare to launch investigations into Donald Trump) (潰されそうで潰れないトランプ

しかし、私はそう考えていない。米国の諜報界(=軍産の中枢)は、16年初めの大統領選初盤にトランプが仇敵として登場して以来、トランプと関係者の身辺や過去、税務資料などを洗いざらい調べ、さかんに盗聴などもやって、トランプを法的、社会的、倫理的に潰せそうなネタを探し続けたはずだ。それなりのものが出てきたのなら、すでに軍産傘下のマスコミが尾ひれをつけて報道しているはずだ。実際は、まったくの濡れ衣でしかないロシアゲートや、いくつかの曖昧な不貞行為ぐらいしか出てきていない。軍産側は、トランプを政治的に潰せるネタを見つけられていない。すでに洗いざらい調べたはずだから、今後新たに出てくるものは、過去の話の2番煎じか、過度に誇張された話だろう。議会民主党は、トランプを弾劾できない。トランプにとって最もやばい時期は、すでに過ぎている。 (トランプと諜報機関の戦い) (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党

トランプは中間選挙の翌日、ロシアゲートの捜査の推進役だったセッションズ司法長官を解任した。トランプは何度かセッションズのロシアゲートの捜査がトランプ敵視の方向にねじ曲がっていると批判してきた。後任の司法長官は、ロシアゲートの捜査に反対してきた親トランプ的なマシュー・ウィテカーだ。民主党やマスコミは「トランプは、事件をもみ消すためにセッションズを辞めさせたのだ」と非難しているが、この事件の「ロシアとトランプが共謀して米大統領選挙で不正をした」という疑惑自体がまったく無根拠であり、起訴された人はすべて「別件」でやられている(それをまたマスコミが歪曲して報じてきた)。ロシアゲートそのものが、トランプを潰すための軍産マスコミによる捏造なので、トランプが司法省のインチキ捜査をやめさせるために司法長官を交代させたことは、当然の行為といえる。マスコミは今後もロシアゲートについて誇張歪曲した報道を続けるだろうが、それがトランプ政権を弱めることはなくなっていく。 (The new acting AG Whitaker penned this Op-Ed last year.) (Mueller Has Begun Writing "Final Report" On Trump-Russia Amid DOJ Shakeup

中間選挙の翌日には、トランプが記者会見でCNNのジム・アコスタ記者の偏向報道ぶりを非難し、大統領府に入れる記者証を没収する事件が起きた。マスコミは「トランプが報道の自由を侵害した」と喧伝した。だが意外なことに、トランプへの誹謗中傷を報じるマスコミの総本山とも言うべきワシントンポストのコラムは、この件について「米国民の多くは、トランプでなく(偏向報道でトランプを誹謗中傷する)マスコミの方を嫌っているので、アコスタ事件は、トランプよりマスコミを不利にするのでないか」という論調を載せている。 (Trump is our combatant in chief. And he keeps getting better at it.

このコラムは同時に、トランプがこの2年間で、大統領として巧みな言動をする技能を身につけており、マスコミや政敵がトランプを攻撃すると、トランプは、その攻撃を逆手に取って自分が有利になるように事態の方向性を転換してしまうという趣旨を書いている。アコスタ事件で「トランプがCNNの取材を阻止した」という話を「偏向報道ばかりやるCNNの馬鹿記者をトランプが叱りつけて追い出した」という話に転換する技能をトランプが身につけたということだ。トランプ敵視のはずのワシントンポストのコラムは、2020年のトランプ再選まで予測している。 (White House Posted Video That Exaggerated Incident With CNN Reporter, Social-Media Firm Says

違法移民の受け入れを拒否するトランプを糾弾して苦境に陥れるはずの「移民キャラバン」は、逆に、米国民から雇用を奪う違法移民の流入を阻止するためトランプを支持するという有権者の増加につながっている。これも、攻撃を逆手にとって自分の有利に転換するトランプの手腕だ。共和党系の最高裁判事の就任をニセの強姦事件で阻止しようとする、民主党を優勢にするはずの事件も、強姦されたと主張していた女性たちの証言がウソだったことがばれていき、「白人男性が一番悪いんだ」という濡れ衣を(民主党系の人々から)かけられて怒る白人男性たちが、トランプ支持に回る結果を生んでいる。濡れ衣をかけられた被害者の側は激怒して投票しに行くが、濡れ衣をかけている側は無意識なので投票に行かない。これも逆手の構図だ。(米国では政界以外でも、大学などで、女性が強姦されたとウソの証言をして、濡れ衣をかけられた男性を窮地に陥れる悪質な行為が指摘されている) (Paul Craig Roberts Fears "Western Civilization No Longer Exists") (Paul Craig Roberts: The White Heterosexual Male Has Been Renditioned To The Punishment Hole

トランプは大統領就任前、テレビドラマの脚本演出を手がけ、自分も悪っぽい上司の配役でドラマに登場している。トランプはもともと、テレビで自分を演出する技能を持っている。その技能が、大統領になっていかんなく発揮されている。トランプは、政敵たちが攻撃を仕掛けてくるほど、その攻撃を逆手にとって反撃する。トランプは、そういう喧嘩が大好きだ。中間選挙で起きた米議会の「ねじれ現象」は、政治プロレスラーのトランプにとって、とてもやり甲斐がある新たなリングを提供している。これまでの2年間で、トランプはすでに軍産との戦い方を身につけている。最も危ない時期はすでに乗り切った。トランプは今後の2年間、かなり余裕を持って政争を展開できる。再選への勝算も上がる。 (Split Congress Poses New Obstacles to Trump) (Washington in battle mode as Trump vows retaliation against Democratic probes

このあと、トランプ革命第2節の外交分野について分析しようと思っていたのだが、これ以上長くなると読むのも大変だろうから、ここでいったん切って配信する。



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