他の記事を読む

中国の対米離脱で加速するドル崩壊

2020年8月7日   田中 宇

マスコミでは報道されないが、ドルの基軸性が崩壊が加速している。報じられない理由は、皆がドル崩壊を認めざるを得ない顕著な兆候がないからだ。「またもや田中宇の妄想か」と言われそうだが、そうではない。リーマン危機から始まったドルの崩壊過程は、今まさに加速している。ドルの基軸性は米国覇権の基盤だ。ドル崩壊は米覇権の崩壊を意味する。ドル崩壊の加速を私が感じる根拠は3つある。(1)金地金が高騰し、今後さらに高騰しそうなこと。(1)ゴールドマンサックスが7月28日にドルの基軸性の喪失を予測したこと(ゴールドマンは「かもしれない」をつけたが、内容的に断定的な予測といえる)。(3)中国がドル建ての貿易決済や資産保有を減らすと決めたこと、の3点だ。いずれも最近の記事に書いた。 (US dollar’s grip on global markets might be over, warns Goldman) (急接近するドル崩壊) (中国が内需型に転換し世界経済を主導する?

今起きているドル崩壊の加速を感知しにくい理由は、米国中心の株や債券のバブルが崩壊せず高値が保たれているからだ。ナスダックや米国債10年ものが最近、史上最高値を更新した。加えて、ドルの過剰発行である米連銀のQE(量的緩和策)はこの2週間ほど増加が止まり、微減を続けている。連銀は資産総額が7兆ドルを超えないことにしたのかもしれない。日欧中銀は、少しずつQEを増額する前からの動きを変えていない。以前のように、米国が日欧に肩代わりさせてバブルを維持しているとも思えるが、日欧も自国のコロナ経済対策の財政赤字増・国債増発をQEで買い支える必要があり、米国を助ける余力が減っている。 (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances) (Bank of Japan Accounts (Every Ten Days)) (ECB Weekly financial statements

株や債券のバブル崩壊を止めるためにQEを急増せねばならなくなると、ドルの危険が増す。QEを急増しても株や債券のバブル崩壊を止められなくなると、ドル崩壊が加速する。現状は全くそうでない。QEを減らしても株や債券の高値が維持できており、米金融界とや連銀としてはいい感じだ。金融的な状況はドル崩壊から遠い。今後、コロナ第2波の都市閉鎖で米国などの実体経済が再崩壊し、株や債券が暴落したら事態が変わるが、今は小康状態が保たれている。 (コロナ第2波で金融危機の再燃へ) (Futures Jump, Gold Soars As Dollar Destruction Accelerates

株や債券、QEの小康状態はコロナ危機前と同じだ。相場的に、現状が以前と違う点は、金地金の高騰が容認されていることだ。株や債券、QEの維持に余裕があるのだから、以前なら、その余裕資金を使って金地金の売り先物を買って金相場を上昇抑止するのが常態だった。今年3月、暴落した株や債券をV字反騰させるために連銀がQEを急増したが、その時に同時に行われたのが金の暴落だった。金はドルの究極のライバルだから、金の高騰を容認するとドルの覇権低下を世界に感じさせてしまう。今まさにそれが起きている。 (Gold’s Hot Streak Has Legs to Continue to $3,500 (Or Higher)

先日まで1600ドルだった金相場は今や2000ドルを超え、今後は意外と早く2500ドルに達するとゴールドマンが予測している。金相場の抑止は放棄されている。米国債が金利が不健全に低すぎて安全な資産の置き場所と思えなくなったため、機関投資家は安全資産として米国債の代わりに金地金を買うようになっている。前代未聞だ。いずれ(今秋?)コロナ不況の再来で株や債券が暴落してQEの増額が再開されたら、その資金で金相場をいったん下落させる(そしてV字回復する)のかもしれないが、それまでは株や債券と金の両方が上がり続ける。 (ずっと世界恐慌、いずれドル安、インフレ、金高騰、金融破綻) (King Dollar? Rabobank Warns "Staying On Thrones Means A Battle At Some Point"

ゴールドマンがドルの基軸性の低下を予測した意味は、私の読み解きでは、中国がドルを使わなくなるという地政学的な分析として発している。株や債券のバブル崩壊、コロナの都市閉鎖による米経済の自滅といった金融経済の要因よりも、中国が米国覇権のシステムから離脱するという国際政治面が、ドルと米覇権の崩壊の最大要因になるという話だ。地政学は、相場の違って数値化されないので変化が見えにくい。米中対立の政治の話になると日本人は「米国が中国に負けるはずがない」という対米従属の洗脳に妨害されて現実が見えなくなる。私が説明してもわかってもらえない。 (ドル崩壊への準備を強める中国

私が今回、新たな分析としてこの記事に書きたいことは、これからのドルと米覇権の崩壊の引き金を引く要素が、金融のバブル崩壊や実体経済のコロナ不況でなく、トランプが煽っている米中対立に押されて中国が経済的に米国やドルから離脱していく「中国の対米自立」だという点だ。 (Russia-China "Dedollarization" Reaches "Breakthrough Moment" As Countries Ditch Greenback For Bilateral Trade

中国とロシアは、2国間貿易の決済の通貨に占めるドルの割合を減らし、ユーロや自国通貨建て(人民元とルーブル)を増やしている。中露貿易は2015年まで決済の90%がドルだったが、ドル比率は昨年に51%、今年上半期は46%に減り、史上初めてドルが半分以下になった。上半期は、ユーロ30%、人民元などその他通貨24%となっている。トランプがロシアや中国をSWIFTから外すと言っているのでドル利用が減っている。自滅的だ。 (Russia and China ‘ditch’ dollar and increase use of euro) (China and Russia ditch dollar in move toward 'financial alliance'

トランプ政権は、米国の株式市場に上場している中国企業に対し、米当局が厳しい調査を行い、従わない場合は上場廃止にすることを検討している。トランプは、中国が非ドル化を決心した途端、台湾に兵器を売ったり閣僚を派遣したり、南シナ海で米軍をうろうろさせたりして中国を怒らせる。トランプは、米中間の経済の連携を片っ端から切断していく。中国は、それで経済破綻していくのでなく、対米自立し、ロシアやイランを筆頭に多くの非米諸国を取り込み、儲けを増やしつつ米国と別の経済システムを作っていく。 (White House Seeks Crackdown on U.S.-Listed Chinese Firms) (Shaping Eurasia: Russia – China Bilateral Trade And Cooperation

それが成功すると、日韓や欧州も中国中心の新世界システムへの参加を余儀なくされる。トランプは、中国を潰すためでなく、中国の対米自立を成功させ(米国を自滅させ)るために中国敵視をやっている。これは、1945年に米国(国連P5を作ったロックフェラーとか)が作ろうとして英軍産に冷戦で阻止された多極型の世界体制を実現するための策略だ。この転換は、今後の均衡のとれた世界経済の長期的な発展のために必要なのだろう。半信半疑で良いから、時々このシナリオを思い出しつつ、これからの国際政治経済の展開を見ていくと良い。10年後に振り返ってみると、なぜか当たっているだろう。 (多極化の目的は世界の安定化と経済成長) (田中宇史観:世界帝国から多極化へ) (隠れ多極主義の歴史

米議会の民主党は、米連銀の目的として「貧困救済」を追加しようとしている。QEでドルを大量発行し、そのカネでUBIやMMTといった資金ばらまき政策をやらせようとする左翼の理論だ。この手の政策は必ず失敗する。貧困層や中産階級にあまり資金がいかず、多くの資金は議会に影響力を行使できる投資家や企業に入る。むしろ貧富格差を広げて終わる。ドルの過剰発行に拍車がかかり、ドル安から米国でインフレが激しくなり、庶民の生活が悪化する。左翼とトランプが寄ってたかって非効率な財政拡大を展開し、米国を自滅に追い込んでいく。 (Congressional Democrats Are Trying to Politicize the Federal Reserve) (Dems Increase Stimulus Demands Despite White House Concessions; Trump Weighs Executive Order For Extensions



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ