東エルサレムが来年パレスチナの首都になる?2018年11月7日 田中 宇パレスチナのヨルダン川西岸地域の事態をどう解決するかは、国際政治の最も重要な問題の一つだ。米国のトランプは、世界に対する米国の関与を大幅に低める覇権放棄策をとっているが、中東ではイスラエルが冷戦時代から米政界に取り憑き、米国がイスラエルに好都合な中東戦略をとり続けるように仕向け(ねじ曲げ)てきた(911後に加速した)。イスラエルに好都合な米国の中東戦略の大黒柱が「パレスチナ問題を永遠に解決しない(解決しそうでしない)状態にし続け、米国を永久に中東問題に関与させる」ことだった。トランプは、永久に解決しない構造を持つパレスチナ問題を、何らかの方法で解決しないと、目標とする覇権放棄策を完成できない。 (米国に頼れずロシアと組むイスラエル) パレスチナは西岸とガザという、つながっていない2地域から成るが、ガザはイスラエルが、統治者のハマスと停戦・和平していく方向だ。和平に反対するイスラエル国内の右派(入植者集団)に邪魔され、ネタニヤフ政権はハマスとの和解をなかなか実現できないが、エジプトなどの仲介を受け、いずれ和解停戦していく流れだ。ガザは、解決の道筋が見えてきている。だが西岸は、解決への道筋が見えていない。 (Netanyahu needs Hamas to rule Gaza, not Abbas) 西岸問題の解決策の選択肢は、パレスチナ国家を樹立する「2国式」だけでない。西岸のパレスチナ人をすべてイスラエル国民にしてしまう「1国式」や、西岸とヨルダンを合邦させる策、今のイスラエルによる占領を永久に続ける策など、パレスチナ国家の樹立を認めないやり方もある。だが、それらは実現すると不都合がある。1国式は、選挙を通じてイスラエルの国家権力をパレスチナ人に奪われてしまう可能性がある。パレスチナ人にイスラエル国籍を付与した後のイスラエルは、ユダヤ人700万人、パレスチナ人(パレスチナ人と、今すでにいるアラブ系イスラエル人)400万人で、単純計算だとユダヤ人が権力を保持できるが、ユダヤ人は政治信条が多様で、常に政界内部が分裂している。パレスチナ人がうまく団結できると、イスラエルが「アラブ国家」になってしまう(レバノンと同格に成り下がる)。1国式は危険だ。 (西岸を併合するイスラエル) 西岸とヨルダンの合邦は、ヨルダン国王が強く反対している。ヨルダンは現状でも国民(1千万人)の半分がパレスチナ人(中東戦争で難民として流入して定住)であり、そこに西岸の人々が加わると、国民の大半がパレスチナ人になり、彼らが作るハマス=ムスリム同胞団に王政を転覆されかねない。王政は米英イスラエルの傀儡(仲間)だが、同胞団は違う。合邦の後、ヨルダンが、王政から同胞団の国へと転換すると、イスラエルにとってヨルダンが仲間から仇敵へと変わる。合邦も危険だ。(入植者の中には、ヨルダン政界を諜報的にいじれるので合邦が最良だという者たちもいる) (イスラエルのパレスチナ解体計画) (Two states? One state? How about a federation?) 現状のイスラエルによる軍事占領の恒久化は、米国が中東の唯一の覇権国であり、イスラエルが米政界を牛耳っている限り、イスラエルにとって「良い策」だったが、今(911以降)のように米国が覇権放棄やら覇権低下を続け、米国が中東の覇権国でなくなっていくと、軍事占領に対する国際批判が強まり、米国に依存してきたイスラエルの軍事力や財政力も低下して占領継続が困難になる。軍事占領の永続を叫ぶ入植者集団は、米国とつながっているのでイスラエルで最強の政治力を持つが、彼らの政治力も今後、米国の覇権低下と比例して弱まる。西岸の占領は、早くやめねばならないし、しだいにやめやすくなる。 (イスラエルとの闘いの熾烈化) 結局、イスラエルにとって最も良いのは2国式(パレスチナ国家の樹立)になるが、パレスチナ国家に完全な国家主権を持たせると、軍事力をつけてイスラエルを威嚇する存在になりかねない。それを防ぐため、入植者集団が西岸のパレスチナ人の土地をどんどん奪って入植し、将来のパレスチナ国家の国土をできるだけ狭くする謀略を続けてきた。イスラエルは、パレスチナにおいてイスラム主義のハマス(ムスリム同胞団パレスチナ支部)を隠然とテコ入れし、パレスチナ政界内で与党PLO主流派(ファタハ。世俗派・元左翼)とハマスが対立して分裂するよう仕向けた。その結果、07年の選挙以降、ハマスがガザを統治、西岸をファタハ(パレスチナ自治政府=PA)が統治する分裂状態が固定化した。2国式の骨格を決めた93年のオスロ合意後、イスラエルがやってきたのは、いずれ認めざるを得ないパレスチナ国家をできるだけ弱いものにする策略だったとも言える。 (ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」) ▼この2年間でイスラエルがエルサレム分割を容認するようになった。それに来年トランプが乗るのか ここまでは「これまでのあらすじ」。ここからが本題だ。昨年から米国の権力を握ったトランプは、2国式を放棄するような姿勢を見せてきた。2国式の大黒柱の一つである「西エルサレムをイスラエルの首都、東エルサレムをパレスチナの首都にする」という構想をぶち壊すかのように、トランプは、パレスチナ国家を機能不全に陥らせたまま、米国の駐イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転した。また、米国首都DCにあったパレスチナの代表部を閉鎖に追い込んだ。東エルサレムにあった、パレスチナ人に対する窓口だった米国の領事館も、最近閉鎖された。トランプは、2国式を放棄した(かのようなそぶりをとり続けている)。 (トランプのエルサレム首都宣言の意図) しかしイスラエルの味方だと豪語するトランプは、2国式でないなら、どのような方法でイスラエルの安全と繁栄を守ってやるつもりなのか。すでに書いたように、2国式以外の方法はイスラエルを危険にする。トランプは、北朝鮮や対中貿易戦争、イラン、シリア、サウジ、ロシア、NAFTA、金融バブルなど、他の諸問題については、目くらましの背後に、独自の戦略目標(多くは覇権放棄・多極化)をこっそり置いている。だが、パレスチナ(西岸)問題については、なるほどと思える目標が設定されていない。 そう思ってネット上の英文記事をつらつら見ていると、中東分析サイトのアルモニターに、驚くべき内容を含む記事が出ていた。ネタニヤフ首相のオマーン訪問など、アラブ諸国に対する最近のイスラエルの外交攻勢について分析した記事(Mossad chief, Israel’s secret diplomat to the Mideast)の後半に「イスラエルの外交攻勢の背後には、来年のイスラエル総選挙の後に、トランプが新たな中東和平案を発表しそうなことがある。来年のトランプの和平案には、米国が東エルサレムをパレスチナ国家の首都と認めることが含まれている」というくだりがあった。記事を書いたのはイスラエルの政治記者(Ben Caspit)だ。 (Mossad chief, Israel’s secret diplomat to the Mideast) (イスラエルの与党リクードは、中東和平を拒否する入植者組織に牛耳られており、彼らは「外交界=国際社会」を中東和平の手先とみなして嫌っている。イスラエル外務省は、国際社会の手先と見なされて徹底的に無力化され、2015年以来、外務大臣を置かせてもらえない。外相はネタニヤフ首相が兼務している。ゴリゴリの入植者である外務次官 Tzipi Hotovelyが、外務省内を監視して動かないようにしている。だが、米国の中東覇権が低下する中、ネタニヤフはイスラム諸国との外交関係を強化せねばならない。ネタニヤフは、外務省の代わりに軍事諜報機関であるモサドの長官を各国に派遣して外交をやっている。というのが、アルモニターのくだんの記事の私なりの解読) (国家と戦争、軍産イスラエル) トランプは今年、米大使館をエルサレムに移し、パレスチナとの外交関係を縮小することで、2国式を放棄したかのように見せている。だがアルモニターの記事のくだりが正しいとすると、それは、イスラエル右派と在米傀儡者に「トランプは2国式を捨てたんだ」と思わせるための目くらましだ。今はまだ全体像が隠されている実際のトランプの戦略は、今年、米大使館を「西エルサレム」に移転するとともに、来年、パレスチナ国家の樹立を認めて東エルサレムを首都と認定し、2国式を推進することになる。 (軍産の世界支配を壊すトランプ) 目くらましは、西岸を統治するアッバース議長のパレスチナ自治政府(PA)に向けたものでもある。PAは従来、西岸のすべてをパレスチナ国家の領土とすると主張し、イスラエル入植地の総撤退を求めてきた(イスラエルとの一部の土地交換は認めていた)。しかし昨年来、トランプがPAを徹底的に冷遇したので、トランプが来年、2国式に基づく交渉を再開した時に、アッバースのPAは、東エルサレムを首都と認められるなら、従来の目標よりかなり狭い国土であっても、トランプ発案のパレスチナ国家の樹立案を受け入れると予測できる。いったん交渉を拒否した後、交渉の座に戻り、相手から譲歩を引き出すのがトランプの策略でないか。これが成功すると、西岸入植地の多くがイスラエル側に残った状態でイスラエルは和平と国家安全を得られ、トランプは公約どおりイスラエルに恩を売れる。 (Netanyahu visits Oman in dramatic sign of warming ties with Persian Gulf states) (トランプワールドの1年) サウジなどイスラム諸国は、イスラム教の聖地である(東)エルサレムがイスラム側(パレスチナ国家)に入るなら満足であり、パレスチナ国家の国土が狭くても、パレスチナ人がそれを認めるならかまわない。逆に、東エルサレムがパレスチナ国家(イスラム側)に入らずイスラエル側のままだと、イスラム世界には強い不満が残る。 アルモニターの記事の問題のくだりは、さらりと1行入っているだけで、情報源の言及もない。事実でないことを紛れ込ませた懸念がある。「来年、エルサレムで(会いましょう)」という言い方(あいさつ)は、近代まで長くエルサレムから追放され分散していたユダヤ人にとって「あり得ないことだけど夢見よう」という意味の格言だ。「来年、エルサレム(をパレスチナの首都としてトランプが認める)」というくだりは、その格言を意識した冗談にも見える。信じたゴイム(間抜けな異教徒)を嘲笑するためのユダヤ人の罠かもしれない。 そう思いつつ、このテーマで少し広く記事を漁ってみると、ゴイム騙しでなく事実かもしれないと思えてきた。ひとつは豪州の新政権が最近、駐イスラエル大使館をテルアビブから西エルサレムに移すことを検討していることに関してだ。豪州の動きは、トランプに追随したもののように受け止められているが、トランプが「エルサレム全体をイスラエルの首都として認める」という印象を発しつつ大使館移転を発表したのと対照的に、豪州は、西エルサレムをイスラエルの首都、東エルサレムをパレスチナの首都とみなすという2国式支持の立場の一環として、西エルサレムへの大使館移転を検討していると明言している。イスラエルは、豪州の動きに歓迎を表明している。 (Jakarta and Jerusalem: Australia's Israel Embassy Decision) トランプが大使館移転を発表したのは昨年12月だが、それより前の昨年4月には、ロシアが、豪州と同様の「西エルサレムをイスラエルの首都、東エルサレムをパレスチナ国家の首都とみなす」という発表をしている。ロシアは大使館を移転せず、概念的な発表をしただけだが、当時、イスラエルはロシアの発表を非難する声明を出している。イスラエルは、東エルサレムをパレスチナの首都にすること(エルサレム分割)を、昨年は認めず非難していたが、今は認めて歓迎している。 (Australia may also recognize East Jerusalem as future Palestinian capital) 最近は、米国の主要なキリスト教会の代表者たちも、トランプに対し、西エルサレムをイスラエルの首都と認めるだけでなく、東エルサレムをパレスチナの首都として認めよという要求を決議している(東エルサレムや西岸のベツレヘムなどは、キリスト教の聖地でもある)。ヨルダンやサウジアラビアなどアラブ連盟も、同種の決議をしている。世界の世論は最近、東エルサレムをパレスチナの首都にする方向に動いており、イスラエルもそれを歓迎している。 (US faith leaders call on their president to recognize East Jerusalem as capital of Palestine) (Arab states to seek recognition of East Jerusalem as Palestinian capital) アルモニターの記事は、トランプが東エルサレムをパレスチナの首都と認めつつ新たな中東和平案を発表するのは、来年(たぶん2-3月)、イスラエルで総選挙が行われてネタニヤフが勝ち、ネタニヤフが政治力を強めて与党内の右派入植者から攻撃を受けにくくなった後の時期だと書いている。イスラエルはいま地方選挙をしており、これが終わるとネタニヤフが議会を解散して総選挙に打って出ると言われている。トランプは、その総選挙でネタニヤフを全力で応援する。イスラエルの総選挙後、トランプが中東和平をやるという見通しは、米国のマスコミでも広く出されており、確度が高い。 (Netanyahu decision on general election expected soon) (Is Trump helping Netanyahu win elections?) その中東和平にエルサレム分割が含まれているかどうかは確定的でないが、ネタニヤフが選挙に勝って強くなった後でないとできないものといえば、エルサレム分割ぐらいしかない。入植者は、エルサレム分割を飲む代わりに、自分たちが住んでいる入植地をパレスチナに返さずにすむ。中東和平が進むと、イスラエルとアラブ諸国、ひいてはイラン側との和解に道が開ける。トランプは米国抜きの中東を安定化し、目標である覇権放棄の達成する。東エルサレムをパレスチナの首都とみなすエルサレム分割は、意外とうまく実現するかもしれない(私はこれまで何度も「和平が進みそうだ」というニセ情報を事実と思い込んで記事を書いたゴイムなので、今回も騙されている可能性があるが)。逆に、右派入植者が納得しきれないと、ネタニヤフはラビンになる、つまり暗殺されうる。 (The second assassination of Yitzhak Rabin) (よみがえる中東和平) イスラエルの右派入植者は、幹部の多くが米国からの移住者で、諜報要員が多く含まれていると考えられる。彼らは、アラブとイスラエルの対立を扇動して中東の戦争状態を維持してきた軍産複合体(=米英イスラエル諜報界)の一部だ。アルモニターの分析が正しいなら、ネタニヤフは来年、国内の軍産を出し抜いて中東和平をやろうとしている。これは日本において、軍産の一部である外務省を外しつつ、中国に接近している安倍首相と、やっていることが似ている。ネタニヤフも安倍も、トランプの覇権放棄に呼応して、以前に激しく拒否していた中東和平や対中和解を、国内の反対派(軍産)を出し抜いて進めている。ネタニヤフも安倍も、右派の政権を形成しているが、中東和平や対中和解という、かつて左派がやっていたことを、まわりを騙しつつ進めている。 (世界を揺るがすイスラエル入植者) (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |