トランプのバブル膨張策2018年3月31日 田中 宇米国で、08年のリーマン危機の元凶となった「サブプライム住宅ローン債券」の発行が再び増加している。この債券は、借金の返済が滞った経歴がある人々(個人の格付けがプライム以下の人)に対する住宅ローンの債権を集めて証券化したものだ(返済履歴が良い人が「プライム=第一級」で、それ以下の人が「サブプライム=プライム以下」)。延滞履歴がある人へのローンは高リスクなので金利が高く、サブプライム債券は、リーマン危機前の金融バブルの時期、高利回りな投資対象としてもてはやされた。 (Subprime mortgage bonds are making a comeback) リーマン危機後、サブプライム債券は一時、発行がほとんどゼロだったが、15年ごろから再び増加し、昨年後半から増加傾向が拡大した。昨年1年間で41億ドルの発行高だったが、今年は1-3月だけですでに13億ドル分が発行されている。昨年同期は6・7億ドルの発行であり、1年で倍増した。「サブプライム」という名称はイメージが悪いので、優良な先にしか投資ししない機関投資家にとって投資適格でないという意味で「QMローン(non-qualified loans、非適格ローン)」などという名前もつけられている。 (US subprime mortgage bonds back in fashion) もう一つ、リーマン危機前のバブル膨張の時代の再来を象徴する最近の事態として「コブライト・ローン」の再増加がある。コブライト(Cov-Lite、Covenant-Lite)は「担保が軽い」という意味で、資金を融資する際の担保物件の評価を甘くしたり、担保の状態の確認作業を軽度にする(担保が曖昧な状態でも貸してしまう)融資や債券発行の形態だ。債務者の担保管理のコストが低い代わりに、債権者にとってリスクが高く金利も高い。平時には、通常とコブライトのローンの破綻率がほぼ同じだが、リーマンのような金融危機が起こり、債務者が返済不能になった時、コブライトだと担保権を行使しても回収額が意外に少なくて債権者が連鎖破綻したりする。 ("Recklessness Prevails" - Covenant-Lite Loan Issuance Hits New Record) コブライトの融資は、リーマン後に発行が減ったが、16年ごろから再び増え、15年にすべての融資の60%がコブライトだったものが、今では米国の担保つき融資総残高9700億ドルの76%を占めている。この占有率は史上最大で、しかも10か月連続で史上最大を更新している。次に金融危機が起きると、担保権を行使しても債権者が融資を取り戻せずに連鎖破綻する事態が多発するだろう。 (Covenant-Lite Credits Continue To Dominate U.S. Leveraged Loan Market) サブプライム債券やコブライト融資といった、リーマン前の金融バブルの再来を思わせる金融商品が昨年来増加し続けている最大の原因は、トランプ政権の就任以来、米当局が金融監督を甘くしているためだ。米国ではリーマン危機直後の09年に就任したオバマ政権が、金融界がリスクをかえりみずに投資してバブルの膨張と崩壊を引き起こし金融界自身が破滅する事態を繰り返さぬよう、10年制定のドッド・フランク法などで金融規制を強化した。だがトランプは、オバマ時代に行われた金融規制をすべて撤去すると公言し続けた。 (Wall Street welcomes Trump’s shift on regulation) 米財務省はトランプ就任後、オバマ時代なら当局に咎められた高リスクの取引を金融界が行なっても何も言わない方針を発表した。ドッドフランク法の体制に行政運用上、多くの抜け穴が意図的に作られた。低金利の状況下で利回りに飢えていた金融界は高リスク高利回りの投資を急増し、それがサブプライムやコブライトの再増加につながっている。 (Wall Street welcomes Trump’s shift on regulation) トランプはドッドフランク法の日々の運用だけでなく、法律の中身を骨抜きにする改定も、就任当初から計画してきた。まず中小の金融機関を法律の適用範囲から除外し、自由に高リスク投資ができるようにする。この手の骨抜きをやると、バブルが膨張して金融危機が再発しやすくなる。トランプ政権内でも、米国覇権の維持を重視する勢力(軍産)はドッドフランク法の骨抜きに反対し、特に経済担当大統領補佐官のゲイリー・コーンが反対していた。 (Cohn resigns from White House | Senate moves forward on Dodd-Frank rollback) (Senate Poised to Ease Dodd-Frank Rules for Most Banks) コーンは、NAFTAの離脱、鉄鋼アルミへの輸入関税の開始、中国との貿易戦争など、米国覇権の放棄につながるトランプによる自由貿易体制の破壊策の多くに反対してきた。だが今年に入り、トランプが軍産との戦いに勝ち、3月初めに鉄鋼アルミ関税や中国との貿易戦争の開始に踏み切るとともに、コーンは大統領補佐官を辞任した。コーン辞任の直後から、トランプから頼まれた米議会は、ドッドフランク法を骨抜きにする法案の審議を本格化し、3月14日には議会上院で可決されている。金融界は、自分たちの儲けが増えるドッドフランク法の骨抜きに大賛成で、この件で金融界から米議会に多額の献金が行われている。今年の中間選挙で再選されたい議員たちが民主党からも、ドッドフランク法の骨抜きに賛成している。 (With Rollback, Dodd-Frank Is Now Officially A Dud) (Senate votes to roll back parts of Dodd-Frank banking law) ▼バブルを膨張・崩壊させ、大統領の任期が終わるころに米国の金融覇権を破壊して出て行こうとする覇権放棄策 ドッドフランク法が抜け穴だらけになり、金融界はサブプライム債券やコブライト融資といったバブリーな投資を増やしている。これらのバブル膨張で作られた巨額資金は、企業が債券発行した資金による自社株買いなどによって株式相場を吊り上げている。米国の自社株買いは、昨年より2割増しの趨勢だ。これまで先進諸国の株価を吊り上げてきた中銀群によるQEは終わりに向かっているが、代わりにトランプが仕掛けた金融界のバブル膨張が進み、株価の上昇傾向を維持している。コーンの後任として任命されたラリー・クドローは、3月14日に「私はドルを買って金地金を売る」と発言し、即座に金相場が急落した。トランプのバブル膨張は、金相場を引き下げる不正操作も含んでいるようだ。 (This Year's Stock Buybacks Are Already Bigger Than All Of 2009's) (Larry Kudlow: "I Would Buy The Dollar And Sell Gold") 株式や債券の相場の上昇は、政策的なバブル膨張が原因であり、景気が好転しているからでない。米国では賃金上昇が景気好転の証拠だと喧伝されてきたが、実のところそうでない。賃金上昇は、トランプが、それまで放置されてきたメキシコなどからの違法移民の流入を取り締まり、移民が減った分だけ米国の労働者の実質的な総数が減り、企業は従業員の確保が難しくなって賃金を上げざるを得なくなったからだ。ほかに、1人のフルタイムを解雇して2人のパートタイムを雇うと納税額が少なくなるような企業税制が意図的に採られたことも、見かけ上のみの雇用増大をもたらしている。 (American Small Business Workers See Historic Wage Increases Secured by Strict Immigration Enforcement) 米国の実体経済は悪いままだ。レストランの売り上げは2か月連続で減少している。映画の興行成績も、3月は前年同月比28%の大幅下落だった。近年まれに見る悪さだ。小売りは3か月連続の売り上げ減。これも6年ぶりの悪さだ。米国ではクレジットカードの利用も昨年末に増えた後、急減している。飲酒、麻薬、売春など「悪いこと」に米国人が使うお金の総額までが減っている。米国は不況だ。 (Upward Momentum Stalls As Restaurant Sales Slide In February) (Box Office: Hollywood Suffers Worst March Downturn in Recent Memory) (Spending On Hookers, Drugs And Booze Tumbles) トランプの意図的な金融バブル膨張は、中銀群によるQEの代わりとして出てきたが、QEよりも不完全な金融テコ入れ策である。ドッドフランク法の骨抜きなどによって金融界に対して高リスクな投資を扇動した結果、金融機関は危険な資産を多く持つようになり、相互に信用できなくなり、銀行間の融資の市場金利であるLIBORが上昇し続けている。年初来、銀行間の融資総額も急減した。最近の記事に書いたように、LIBORの上昇は、連動して米連銀が公定歩合(ff金利)を引き上げざるを得ない状況を生み出している。短期・長期の金利上昇は、実体経済の景気の足を引っ張るだけでなく、ローンや債券の金利を上昇させ、サブプライムやコブライトの債務の返済不能、金融危機の発生につながりかねない。 (米銀行間の信用不安) (米国の金融システムはすでに崩壊している) バブル膨張による資金供給があるものの、株価はいつまた急落するかわからない状態だ。今週から10年もの米国債の金利が下がっており、米国債市場への資金流入が見られる。これは株式市場からの資金流出になりかねない。今年に入り、米国など先進諸国の金融市場は不安定化している。 (Trader: "The Probability Of 10Y Yields Collapsing Is Much Higher Than Most Realize") バブル膨張による矛盾の拡大は、不動産市場でも起きている。サブプライムやコブライトの拡大は、住宅や商業地の不動産需要を拡大させ、米国各地でリーマン前に似た不動産価格の高騰を招いている。市民が住宅を買えなくなり、家賃が上がり、商業地のテナント料が高すぎて店の儲けを出せない状態が拡大している。マンハッタンの商店街にテナントが入らずゴーストタウンになっている。これはいずれリーマン的な、不動産金融から始まるバブル崩壊につながる。 (Starbucks Chairman: "We Took A Walk On Madison Avenue. It Reminded Me Of The Financial Crisis In 2008") (In Nearly 70% Of US Counties, The Average Worker Can't Afford To Buy A Home) トランプのバブル膨張策は、近視眼的な人気を保持して再選につなげるための、彼自身の保身策にすぎないと考えることもできる。だが、鉄鋼アルミへの関税や中国との貿易戦争、TPP・NAFTA離脱など自由貿易体制の破壊、同盟諸国との関係の軽視、中東からの足抜け策(シリア、パレスチナ、イラン)など、トランプの覇権放棄策の全体像と合わせて考えると、バブルを膨張・崩壊させて、自分の任期が終わるころに米国の金融覇権を破壊して出て行こうとする覇権放棄策に見えてくる。 (自由貿易の本質とトランプ) 歴史を振り返ると、米国の覇権は、英国やイスラエルといった諜報活動(米国中枢への入り込み)が得意な諸国に牛耳られ続けてきた。英国は冷戦構造を作って米国を支配したし、イスラエルは911事件を機に米中枢に入り込んだ。覇権運営を乗っ取られないようにする究極の手は、米国が世界を単独で支配する覇権構造を壊し、覇権体制を多極化することだ。多くの人が勘違いしているが、覇権争いは単独覇権体制下で起きる。多極化してしまえば、覇権争いもなくなる(BRICSが象徴している)。 ニクソンは金ドル交換停止によって経済面で米覇権を自滅させた後、中国やロシアをテコ入れし、日本やドイツを対米自立させようとした。ブッシュ(チェイニー)は911で覇権をイスラエルに乗っ取られたものの、その後イラク戦争で意図的に自滅して中東覇権の喪失に道筋をつけ、バブルを扇動してリーマン危機を起こし、米国の金融覇権を潰そうとした。トランプは、このブッシュ・チェイニー路線を踏襲している。ブッシュ政権が無茶苦茶をやってくれたおかげで、トランプが無茶苦茶を言うほど、米国の信用が下がり、多極化が進む構図になっている。 トランプは中国からの輸入品に高関税をかけ始めているが、中国はこれに対抗し、石油輸入など自国の貿易決済をドルから人民元に変えていく動きを強めている。米国覇権の外に、非米的な国際経済システムができていく。これは、米国が金融崩壊した後の世界にとって重要な代替システムとなる。中国やロシアなど、より多くの国々が貿易で米国に依存しなくなり、ドルや米国債が必要なくなり、米国債からジャンク債までの金利上昇傾向がこれから進む。こうした流れと同期して、トランプが膨張させた米国の金融バブルが2-3年後に崩壊し始める。金融バブルの再崩壊とともに米連銀がQEとゼロ金利を再開し、米経済はその後しばらく延命するだろうが、トランプの任期末ぐらいに終わりが来る。 (As Trade War Heats Up, China Hints at Early ‘Petro-Yuan’)
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