金融戦争で中国に勝てない米国2013年12月26日 田中 宇リーマンショックから半年後の2009年3月の雨の火曜日、米政府の軍事と諜報の専門家たちが、米ワシントンDC北郊にある米政府の戦略立案室の一つに集まり、コンピューターを操作していた。おこなわれていたのは、もし米国と中国が金融市場を舞台に相手国の資産を潰し合う金融戦争をやったら、どちらが勝つかを調べるシミュレーションだった。結論は、米国がどう戦っても中国に勝てないということだった。米国が中国を潰しにかかると、中国は手持ちのドル建て資産を売り放ち、米国と同盟諸国の経済を混乱させ、米政府が政治的に譲歩せざるを得ない状況を作り出す。専門家たちが条件を入力すると、コンピューターはそんなシナリオを描き出したという。米国のジャーナリスト、エリック・ワイナーが、そのように指摘している。 (China Guts dollar, Crushes U.S. in Alarming Financial War Game) 米当局が、対中金融戦争の敗戦を予測するこのシミュレーションをおこなったのは、今から4年以上も前のことだ。米政府はその後、米国債を大量発行し、リーマン危機の後遺症(債券金融システムの凍結状態)から米金融界を救う資金を作ったが、その米国債を最も多く買ったのは中国だった。金融戦争における中国の優勢は、シミュレーション時よりも増している。 (◆米国が中国を怒らせるほどドルが危なくなる) 米政府が国債を発行しすぎて潜在的な危険が増した後、救済役は米連銀に交代し、連銀はドルを過剰発行して米国債と、金融界の不良債権(ジャンク債)を買うQE(量的緩和策)を拡大した。そのQEも、連銀の勘定(バランスシート)を危機的に膨張させ、前回の記事に書いたように、12月18日にQEの縮小が決定された。 (◆米連銀QE縮小で増すリスク) 米国では、かつて旺盛に消費していた中産階級が、ほとんど消費できない貧困層に転落する流れが続いている。米欧日の先進諸国が金融危機や経済難で消費が伸び悩んでいるのと対照的に、中国は経済を輸出主導型から内需主導型に転換し始めた。米欧日の内需に代わり、中国をはじめとする新興市場諸国の内需が世界経済の牽引役になる時代が来ている。全体として、シミュレーション当時と比べ、経済的に、中国の優勢と、米国の劣勢が拡大している。 (世界経済の構造転換) 中国と金融戦争した場合の米国の敗北が09年から予測され、その後も米国の不利が拡大する一方なので、ふつうに考えれば米国は、中国との対立を回避するのがかしこい戦略だ。しかし、それと正反対に、オバマ政権は11年から、軍事的な中国包囲網の強化である「アジア重視策」を開始し、日本やフィリピン、ベトナムなどをけしかけて、中国との軍事対立を煽った。 (中国包囲網の虚実) 「米国は、経済で勝てないから軍事で中国を包囲したのだ」と思う人が多いかもしれない。これは時代遅れの考え方だ。匿名性の高い自由な金融市場が席巻する最近の20年ほどの世界では、軍事より経済の方が、国家の安全保障にとってはるかに重要だ。投機の手法を使って相手国の金融や為替の崩壊させる「金融兵器」は、すでに世界で何度も使われているが、いつも誰が攻撃者なのかわからない状況で宣戦布告もないまま発動され、やられた側の国家経済を破綻させる。 (激化する金融世界大戦) 軍事による戦争は、まず外交的な敵対があり、軍事的な小競り合いに発展し、その後ようやく戦争になるという明示的な経過が必要だ。刀を抜いて「われこそは」と名乗り合って戦う昔のチャンバラのようなものだ。それに比べると金融兵器は、隠し持ったサイレンサつきの小さな拳銃で後ろから音もなく殺す暗殺や、スパイによる毒殺のようなもので、やられた方は往々にして「殺された」ことすらわからず死に体になっている。「戦争は悪だ」という価値観が定着している今の世界では、兵器は持っているだけで使うべきものでない。相手国に「悪」のイメージをなすりつけて「平和のために戦争が必要だ」と言って勧善懲悪の戦争をやる米英式の手法は、米イラク侵攻後、無効になっている。 米国が中国と戦争するなら、その前に、米国債を中国に買ってもらわずにすむ米政府財政の建て直しが必要で、それには軍事費の大幅削減が必須だ。米国で中国を敵視する勢力の筆頭は軍産複合体で、彼らは米政府の軍事費削減を阻止している。米国が中国と戦争する姿勢をとるほど、米国は中国に勝てなくなる 前回記事でかきそびれたが、連銀がQEを縮小すると、その分、バブルを膨張させることで債券金融システムを回す代替策をとるしかない。すでに、不十分な担保しかとらず融資した「コブライト(軽担保融資)」債権など、リーマンショック前のバブル崩壊につながった高リスクの危険な債券類の発行が増加している。来年は、金融を回すためにバブルを再膨張させる動きがもっと加速するだろう。このバブルはいずれ再崩壊、リーマンショックが再来する。再崩壊が来年中に起きるかどうかわからないが、すでに「起きるかどうか」でなく「いつ起きるか」の状況に入っている。 (米金融バブル再膨張のゆくえ) リーマン危機の元凶となった06年のサブプライム危機発生時の先例から考えて、バブル崩壊はおそらく、債券に対する信用が悪化してジャンク債の利回りが高騰するリスクプレミアムの上昇から始まる。これまでの金あまり・ゼロ金利から、一転して高金利の時代になる。今日の時点で2・98%である10年もの米国債の利回りが、3%を大きく越えたまま下がらないと、債券バブル崩壊の懸念が増す。米国債が格下げされた11年夏に起きたような、債券市場に資金を流入させて守るため株式相場の急落を誘発することもおこなわれるかもしれない。 (サブプライム危機の再燃) (格下げされても減価しない米国債) リーマン危機の後、金融界が保有する価値が急落した債券を、米当局が財政出動やドル増刷(QE)で買い支えたが、連銀のQE減額が象徴するように、当局による買い支えはすでに限界だ。次回のバブル崩壊時、米当局は不十分な金融救済しかできず、リーマン危機後も何とか延命している債券金融システムが、次回は不可逆的に機能停止するかもしれない。どこまでのことが起きるか予測困難だが、債券の価値が暴落して紙切れに近づき、債券を発行して資金調達できた時代が終わるかもしれない。 (Asset managers could blow us all up) 米国で金融危機が再発すると、世界的な金融危機になる。中国も経済難になる。米国で大量発行されたドル建て資金の一部は、中国をはじめとする新興市場諸国に投資されているが、その資金が突然引き揚げる事態が起きる。連銀のQE縮小によってひどい資金流出が起きそうな「脆弱な5カ国」として、ブラジル、インド、南アフリカとBRICSの3カ国と、トルコ、インドネシアが名指しされている。金融危機が再発して米国が崩れる前に、これらの国々が経済崩壊する可能性がある。 (`Fragile five' countries face taper crunch) 中国は、国連などの国際社会において、他のBRICSや発展途上諸国と組んで多極型の新世界秩序を作りつつ、米国の覇権に対抗している。米国の金融システムが再崩壊する過程で、先にBRICSが資金流出に見舞われて潰れると、相対的に中国も弱くなり、金融戦争で中国が米国に勝つ流れにならない。 しかし半面、中国などBRICS諸国はリーマン危機後、米国中心の金融や為替のシステムへの依存を低下させる動きを続けている。中国はまだ人民元の為替相場を基本的にドルに連動させているが、このドルペグをやめていく流れになっている。ドルでなく人民元で決済される貿易の額が増加している。中国と外国の貿易で元で決済される分が、今年の4兆元弱から、来年は6兆元へと5割増になると予測されている(比率的には17%から20%への増加)。中国政府は、2017年ごろまでに人民元の国際利用の自由化を完了しようとしているという。中国とロシアが、経済崩壊しつつある米国のドルを使うことをやめる動きを強めているとの指摘もある。 (Yuan trade settlement to grow by 50% in 2014: Deutsche Bank) (China, Russia 'moving away' from dollar) 中国など新興諸国は今後、時間がたつほど、米国の金融システムやドルに頼らず経済を回していく新世界秩序を確立していく。いますぐ米国の金融が再崩壊すると、中国などへの悪影響が大きいが、3年後ぐらいに再崩壊するなら悪影響はかなり少ないだろう。 (しだいに多極化する世界) 今の国際金融市場を創設したのは米国(米英)だ。だから、先物市場などを使って資金の国際移動を制御する投機や金融兵器の技能は、BRICSより米国の方がはるかにうまい。しかし今後しだいに、為替や先物を使った投機が、国際的に禁止されていくだろう。米国内では、銀行の自己勘定取引を禁止する「ボルカー規制」が、金融界の猛反対を受けて換骨奪胎されつつも、導入されようとしている。米議会では「TPPなどあらゆる貿易協定に、為替投機禁止の条項を入れるべきだ」との主張も出ている。EUの統合策の一環である銀行同盟も、投機をやりにくくする方向だ。 (Our chance to slash the high costs of currency manipulation) 米国の最近の中国戦略は自滅的だ。米国の中国敵視が、中国の台頭を誘発しているともいえる。中国自身は、米国を押しのけて単独覇権国になるつもりがなく、米国と仲良くした方が中国の発展にプラスだとずっと考えてきた。米国が、G8に中国を入れてG9にするなど、対中協調的な単独覇権運営をしていたら、今のように中国がBRICSを誘って米国の覇権に代わる多極型の世界体制を作ろうとすることもなかっただろう。今からでも米国が対中政策を転換すれば、米国の覇権が守られるかもしれないが、米国は来年以降も対中敵視をやめないだろう。米国は、中国に譲歩しつつも中国敵視を続け、さらなる譲歩を余儀なくされる。いずれ米国の金融再崩壊が起こり、覇権が多極型に転換していくだろう。 (中国の台頭を誘発する包囲網) 米国が中国を敵視している限り、敵視策がいかに脆弱なものでも、日本は米国に追随して中国敵視を続けざるを得ない。中国は政治面で、米国を譲歩させるとともに日本を弱い立場に追い込もうとしている。先日の防空識別圏の設定が象徴的だ。米政府の高官たちは、中国の防衛識別圏の設定自体が問題なのでなく、中国大陸と並行して飛ぶだけの民間機にも飛行計画の提出を義務づけた点だけが問題だと言っている。 (頼れなくなる米国との同盟) 対照的に日本は、中国の識別圏に、日本が領土と主張する尖閣諸島が入っている以上、識別圏の設定自体を認めるわけにいかない。米国は、デンプシー統合参謀議長が記者会見で「中国の識別圏設定自体が問題なのではない」と言った時点で、尖閣諸島が日本の領土だという立場をとらないことを明確にしてしまっている。米政府は、尖閣諸島は日本の領土だと明言していない。尖閣は日本が実効支配しているので日米安保条約の対象地だと米政府は表明しているが、もし中国軍が尖閣を奪って中国の実効支配下に入ったら、自動的に日米安保の対象地から外れかねない。 (米国にはしごを外されそうな日本) 中国の識別圏設定は、こういった日本と米国の立場の違いを浮き彫りにした。日本が米国にはしごを外され、日本の航空会社だけが飛行計画の提出を拒否している日本の孤立が顕在化した時点で、識別圏を設定した中国の策略が成功したことになる。中国政府は、識別圏問題で日本を不利に立場に追い込んだ後、次は南シナ海に識別圏を設定するのかと恐れる東南アジア諸国に対し「識別圏は日本をおとしめるためのものであり、南シナ海には設定しない」と示唆し、東南アジアを安堵させている。日本だけが窮している。尖閣紛争は、棚上げしたままの方が日本にとって得策だった。 (中国敵視は日本を孤立させる) (尖閣で中国と対立するのは愚策) 米国の金融再崩壊が来年起きるとは限らない。だが、米金融界は崩壊に近づいており、来年、市場が世界的に不安定さを増すことは間違いない。金融崩壊は、米国の覇権体制が崩れることをも意味する。崩れゆく米国の覇権にすがろうとして、日本政府は、米国が「辺野古に基地を作って普天間の部隊が移動できるようにしてくれないと、海兵隊を日本から撤退させる」と脅すのに押され、かつてない大きさの圧力を沖縄にかけ、辺野古の基地建設を進めようとしている。長期的に、米国の金融と覇権の崩壊は不可避だろうから、日本政府の今の対米従属の努力は最終的に無駄になる。沖縄の人々は68年前と同様、世界情勢を読めない東京の政府によって、無駄で過酷な苦しみを受けさせられている。 (従属のための自立)
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