EU統合と分離独立、ノーベル平和賞の関係2012年10月23日 田中 宇10月15日、英国のキャメロン首相と、スコットランド(地方自治政府)のサモンド首相が、スコットランドで2014年10月に英国からの分離独立を問う住民投票をおこなうことで合意し、合意書に調印した。投票で独立支持が多ければ、スコットランドは300年ぶりに英連合王国から離脱する。日本にたとえると北海道と東北地方が「蝦夷」のアイデンティティに立脚して日本(ヤマト)から分離独立することにも似た、常識を超える出来事となる。 (UK, Scotland seal referendum deal) スペインでは9月11日、バルセロナがある地中海岸のカタルーニャ州で、分離独立を求める150万人の集会が開かれた。参加者数は、州の総人口750万人の2割にあたる。9月11日は1714年にそれまで独立国だったカタルーニャがスペインに破れて併合された敗戦記念日(DIADA)だ。以前から分離独立を求める集会が毎年この日に開かれてきたが、今年は事前の予測を大幅に上回る大盛況となった。カタルーニャはスペインで最も豊かな州の一つで、中央政府への納税総額が、中央から分配される財政金よりずっと多い。差額は州のGDPの8%にあたる。ユーロ危機への対策として中央政府がおこなう財政緊縮で分配金が減り、中央政府への不満と分離独立の要求が一気に増した。 (To Keep Catalonia In, Spain Should Allow a Vote to Secede) 分離独立の方向性を穏健に求めてきたカタルーニャ議会の与党である民主集中党は、民意の高まりを受け、11月下旬の州議会選挙に分離独立を問う住民投票の意味を持たせることにした。この選挙で独立を求める諸政党が勝てば、カタルーニャの分離独立を問う住民投票が、スコットランドと同時期の2014年に実施される。スペインでは、大西洋岸のバスク地方も以前からスペインからの分離独立を求める世論が強い。カタルーニャの動きを見て、バスクの独立運動も再燃している。 (Catalonia leader threatens to draw EU into independence row with Spain) イタリアでは、北部のベネチアで分離独立の気運が高まっている。カタルーニャと同様、ベネチアもイタリアの中では豊かな地方で中央政府に取られる金が多く、以前から独立運動がある。今回、ユーロ危機を受けた伊政府の緊縮財政を嫌い「ベネタ共和国」として分離独立を求める声が高まっている。地元紙の世論調査では、住民の7-8割が分離独立を支持している。 (Europe's independence seekers: Scotland, Catalonia, and now ... Venice) (Venice to rally for independence from Italy) その他、フランス系とオランダ系の2つの地方が合併して成立してきたベルギー王国でも、フランス系のフランドルが分離独立していく運動を続けている。ベルギーでは2つの地方を代表する意見がまとまらず、昨年から連立政権を組閣できない状態が続いてきた。 (Scotland leads charge as Europe's separatists push for change) このように、EUのユーロ圏諸国のあちこちで、従来からくすぶってきた分離独立運動がここに来て強まっている理由は、EUがユーロ危機の対策として政治統合を加速しているからだ。EUを主導するドイツとフランスは、通貨を統合して政治(行政)を統合しないことが投機筋に付け入られ、ユーロ圏諸国の国債市場を下落させられて、ユーロ危機につながっていると考えている。独仏は危機対策として、ユーロ各国が持つ予算編成権、金融監督権、国債発行権などを剥奪してEUに統合することをEUに提案して了承され、統合が進んでいる。さらに最近では、EUの外交と軍事の部門を強化し、各国の外交軍事権をEUに統合したり、これまで各国政府が談合して決めていたEUの大統領を直接選挙制にして権限を強化するなど、EUの政治統合が本格化している。EU統合は欧州を国際的に強くするので、統合論者は独仏だけでなくイタリアやスペインの上層部にも多い。 (EU proposals for a European Army would destroy Nato and threaten the transatlantic alliance) EU統合が進むほど、各国の国家権力はEUに剥奪されて縮小する。英国やスペインの政府が持っていた権限がEUに移譲される。スコットランドやカタルーニャといった地方政府から見ると、自分たちが英国やスペインの中央政府に預けていた外交や国債発行などの権限がEUに移ることで、中央政府の意味が薄れ、分離独立してEUに加盟した方が良いと思える傾向が強くなる。EU統合が完全に進むと、英国やスペインのような連合・連邦型の国家の中央政府は、地方政府とEUにはさまれた余計な権力階層になっていく。スコットランドやカタルーニャで分離独立を求めてきた人々は、EUで起きている政治状況の大変革を機敏に感じとり、今こそ分離独立の好機だと判断し、巨大な集会や政治運動のうねりを作り出している。 (Euro Zone Starts Talks Over Centralized Budget) 現実的には、スコットランドやカタルーニャの分離独立が実現するまでに、まだ長い道のりがある。英政府は、スコットランドで強い独立推進論を受け、いやいやながら住民投票の実施を了承したが、投票時に有権者に問う文言について、スコットランド側のサモンド首相が求めた「独立しないが自治権を拡大する」という第3の選択肢を入れることを拒否し、独立か否かと二者択一にすることで、不安を持つ有権者を「否」の方に投票するようにし向け、投票を否決に持ち込もうとしている。 ユーロ危機を受け、スコットランドでは、英国から独立してポンドを捨ててユーロを通貨にすることの危険を指摘する声も多い。今後EUが政治統合により自らを再強化してユーロが危機を乗り越えたら、ポンドよりユーロを好む人々が再び増えるだろうが、それにはまだ時間がかかる。だから英政府は、住民投票をするならできるだけ早くすべきだと主張し、ゆっくりやりたがるスコットランド政府と意見が対立し、交渉の結果、14年10月にやることに落ち着いた。 (Scotland a step closer to UK breakup) カタルーニャの状況はスコットランドより悪い。スペインは憲法で地方の分離独立を禁止しており、中央政府が地方政府に機能停止を命じることすらできる(対照的に英国は憲法を持たない)。カタルーニャの750万人の住民のうち、スペイン国外から来た定住外国人労働者が100万人で、残りの人々の中には、スペイン国内のカタルーニャ以外の地方の出身者が多く含まれる。州の住民の44%は、地元の言葉であるカタルーニャ語を使えない。今は勢いに乗る分離独立論が声高だが、冷静に分離独立が検討され始めると、反対論が多くなりそうだ。 (To Keep Catalonia In, Spain Should Allow a Vote to Secede) 分離独立できても、同時にEUに加盟できるかどうかもわからない。EU内で、分離独立しそうな州を抱える各国が談合し、他の加盟国から分離独立した州のEU加盟に反対するかもしれない。 (Catalonia Independence Is a Myth: Report) とはいえEU統合を推進してきた欧州のエリート層は、EUが統合されて欧州が強くなれるなら、各国で分離独立運動が激しくなってもかまわないと思っているだろう。欧州では、国家の分裂や統合がめずらしいことでない。冷戦直後にユーゴスラビアやチェコスロバキアが解体され、東西ドイツが統合された。そもそもユーゴやチェコの連邦成立自体、第一次大戦でオーストリアハンガリー帝国が解体する前後の政治交渉の産物だし、ドイツやイタリアも、ナポレオン戦争後の政治秩序回復の交渉の中で、バラバラだった諸侯領を統合して近代国家にする目的で作られた。 万世一系1列島1国家1民族の傾向が強い(詳述するならヤマト+蝦夷+沖縄だが、すでに強い力で同化されている)日本と大違いで、欧州では、政治家が国家を粘土細工のようにくっつけたり切り刻んだりしてきた。EU統合も、現在進行形の「政治粘土工作」の一つである。英国やスペインといった「国家」という名の既存の土人形たちを壊して練り直し、EUという大きな人形に作り替えようとしている。その時にスコットランドやカタルーニャといった人形の部品が離れ落ちても、最終的にEUに統合されるのだから大した話でない。 (ユーロは強化され来年復活する?) マスコミは「いずれユーロは危機がひどくなって解体する」という見方を根強く流しているが、私が見るところ、ユーロは解体まで至らず、EUが統合されていくと危機が終わるだろう。EUや独仏の当局者は、各国のナショナリストに不評なEU統合を推進するために、米英投機筋が扇動するユーロ危機をあえて否定せず「危機だから統合が必要だ」という理屈につなげている。フランスのオランド大統領は最近「ユーロ危機は峠を越えた」と表明した。政治統合の加速も決まったし、そろそろ危機を終わりにするか、という感じでないか。投資家のジョージ・ソロスは9月に「ドイツが主導してEUの政治統合が進めばユーロは危機から離脱できる」と表明をしている。 (Hollande: Europe is close to ending crisis) (ドル過剰発行の加速) 万世一系一体型の日本は、粘土細工の欧州とは全く別物だと書いたが、それは「これまでのところ」の話だ。今のところ全く想像を絶する話ではあるが、世界の多極化の一環として、いずれ日本にも「東アジア共同体」というEU型の諸国統合の流れが再び押し寄せる可能性がある。鳩山元首相が提唱していたやつだ。 (東アジア共同体の意味) EU統合は、国連改革のモデルになるものと評されている。その意味するところは、諸国間の親睦団体のように考えられている国連を、諸国の国権(の一部)を統合する「世界政府」のようなものに転換していくことだ。 (The United Nations: On the Brink of Becoming a World Government) 国連は創設時に世界政府の機能を持たせる案があったが、米英覇権体制が優先され、国連は自主財源を持たず、権限も少ない格落ちの組織にされた。しかしリーマンショックで米英覇権の崩壊が現実に近づき、G7に取って代わったG20と国連が合体して、今後の多極型の覇権システムの中で世界政府の機能を持つことが模索され始めた。 (G20は世界政府になる) 国連に自主財源を持たせる案として、二酸化炭素の大量排出者や金融取引をおこなう者たち、旅客機の国際航路を使う者たちなどに微少な比率の課税をおこなう世界的な炭素税や金融取引税を新設し、これを国連が直接に徴収する「トービン税」の構想がある。EUは最近、航空会社を対象にした炭素税と、金融取引課税の制度を開始し、トービン税の世界化に先鞭をつけた(米議会はEUの航空炭素税に反対している)。EUが国連改革のモデルになると思われるゆえんの一つだ。 (EU financial transactions tax gets enough support to take off) (Are the U.S. and Europe headed for a trade war over airline carbon fees?) EUは冷戦後の20年あまり、各国の国権を剥奪して超国家機関に統合するノウハウを蓄積してきた。この技能は今後、国連を世界政府に格上げする際に使えるはずだ。米英は国連改革に反対だから、EUが政治統合を完成させてNATOが無意味になった後、EUは中露やBRICS、非同盟諸国などに目立たないように接近していくだろう。英国は、従来の覇権戦略を全面放棄するのでない限り、EUに入らず離脱していくだろう。 EUやBRICSが国連改革(世界政府化)を進めていくと、EUや東アジア共同体、アフリカ連合、NAFTAなどが、国連傘下の世界政府支部のような機能を持つようになる。東アジア共同体の主導役は中国になり、日本や韓国は、国家権力の一部を共同体に剥奪されることを了承しなければならなくなる。日本が尖閣を国有化して中国との対立を煽ったり、李明博大統領が竹島を訪問して日韓対立を煽ったりするのは、日韓がナショナリズムを強化して多極化の波に流されないようにするための策かもしれない。 (東アジア共同体と中国覇権) (民主党の隠れ多極主義) 世界は戦後70年間、米英覇権下にあったが、米英覇権は、英国が冷戦を誘発して自国好みの世界戦略を米国に採らせた経緯から、対立を扇動して覇権を維持する構図になっており、朝鮮戦争からシリア内戦まで、世界はこの間、戦争が絶えない。米英覇権が崩れ、国連やBRICS、EUが作る新たな多極型の世界体制に移行すると、米英覇権の構造に起因してきた戦争が減っていくだろう(他の種類の対立が増えるかもしれないが)。 (多極化の本質を考える) そのような理由で、今進んでいる覇権の解体再編が、世界の平和につながるという見方ができる(中露より米英の方が平和主義だというイメージを刷り込まれている多くの日本人には理解できないだろうが)。先日、政治統合を進めているEUがノーベル平和賞を受賞したが、その理由は上記のような、EU統合が世界政府のモデルになっていることと関係しているのだろう(当然ながら、米英マスコミにはEU授賞を揶揄する記事が目立つ)。 (The wrong Europe wins the Nobel Peace Prize) (EU awarded Nobel Peace Prize) ついでに書くなら、09年に米オバマ大統領が「核廃絶」でノーベル平和賞をもらったのも、多極化と関係ある。国連を改革するには既存の安保理常任理事国の5大国制度を変える必要がある。5大国だけが核兵器を正式保有してよいという核拡散防止条約(NPT)の体制は、国連の既存体制の根幹だ。国連改革には、5大国だけが核兵器を持つことを許された体制をやめることが必須だ。NPTを改定するなら「すべての国」に核兵器保有を「許す」か「禁じる」しかないだろう。世界平和のためには「禁じる」しかなく、核兵器の全面廃絶が必要になる。オバマは核廃絶についてほとんど何もできなかったが、概念的に上記のようなことなので、先走るかたちでノーベル授賞された。 (オバマのノーベル受賞とイスラエル) 国連の世界政府化、米覇権の終焉、核廃絶、EUがNATOを捨ててBRICSと組むことなど、私は何年か前からこの手のことを「多極化」「覇権の転換」として書いてきたが、なかなか現実化していない。しかし、最近起きているEU統合の推進は、多極化の一環として考えられる事象だ。米国が覇権蘇生の新たな戦略をやりだした感じもなく、米国は金融的に延命を続けているだけだ。覇権の転換は水面下で進み、具現化するときには、圧倒的、不可逆的なものになっているのでないかと考えられる。
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