ユーロは強化され来年復活する?2012年6月23日 田中 宇財政難と国債危機が続くギリシャで、6月17日に出直し選挙が行われ、EUが求めている財政緊縮策に賛成する新民主党が第一党になり、同じく緊縮策に賛成している政党パソックと連立政権を組むことが6月20日に決まった。連立与党は、300議席のギリシャ議会で過半数の179議席を占め、何とか安定した政権運営ができそうだ。 (Greece 'forms coalition government') ギリシャは一昨年から投機筋に国債先物市場を攻撃され続け、国債利回りが高騰して、国債の元利返済資金が不足している。今年2月、ギリシャ政府が公務員削減など支出を削減して財政緊縮する代わりにEUが救済金を貸す協約がまとまったが、5月6日の総選挙で、財政緊縮を拒否する左翼連合シリザが第一党になった。このままシリザ主導の連立与党ができると、EUが金を貸さず、ギリシャは国債償還できずデフォルトしてユーロから離脱し、ユーロそのものの解体につながると懸念された。しかしシリザは、政権作りに必要な他党との連立による議会の多数派形成ができず、議会が再解散してやり直し選挙になり、今度は緊縮推進派が第一党になり、連立政権作りにも成功した。 (◆ユーロ危機と欧州統合の表裏関係) ギリシャでは、2年以上続く金融財政危機で経済が疲弊したうえ、財政緊縮策によって多くの国民が雇用や福利厚生を失って困窮し、緊縮策を押しつけるEUへの反発が強い。ギリシャ新政権は、EUの緊縮策に賛成の立場だが、国民をなだめるため、EUと再交渉し、緊縮策を進める速度を以前の計画より遅くすることを考えている。EUを主導するドイツも、緊縮策の支出削減額を減らすことには反対だが、計画の実施にかける時間を長くして、緊縮の速度を遅くすることには前向きだ。 (Relieved Europe hints at more time for Greece) 加えてEUはフランス主導で、EU共通のインフラ整備事業として1500億ユーロ規模の基金を新設する「成長協約」を検討しており、6月28日のEUサミットで正式決定する流れだ。この基金の一部をギリシャにつぎ込むことで、EUは、財政緊縮だけでなく将来のギリシャ経済の成長にも関与する姿勢を示そうとしている。EUにとっては、財政緊縮を定めた「財政協約」で加盟各国の政府と議会から予算編成権を剥奪し、公共事業について定めた「成長協約」で景気対策の執行権まで剥奪し、EUに権力が集中し、統合統合が進むことになる。 (Euro's big four seek way out of crisis in Rome) このように、ギリシャの危機は選挙によって一段落した。だが、すでにユーロ圏の危機の中心は、ギリシャから、もっと経済規模が大きいスペインやイタリアに移転している。スペインはリーマンショック以前から、不動産投資のバブル崩壊が指摘され、金融機関の不良債権が多かった。ユーロ圏の危機が続く中、スペインの銀行界が経営難に陥り、5月に政府が銀行を国有化したが、今度は政府の財政難が懸念され、スペイン国債の信用が急落し、国債金利が急騰した。 (Desperately seeking a bailout for Spain and its banks) スペインの危機と連動して、イタリアの国債相場も悪化している。イタリアは、累積財政赤字がGDPの120%と高水準にある点が懸念され、国債相場に対する引き下げ圧力がかかっている。スペインやイタリアといった、EUの中で大きな国々が同時に国債の償還ができなくなると、規模が大きいだけに、ドイツ主導のEUがIMFと協力しても救済しきれないかもしれない。スペインやイタリアが国債を償還できなくなって財政破綻し、ユーロ圏から離脱して、これがユーロの終わりになるとの指摘がマスコミのあちこちから出ている。 (14 reasons to worry about Italy) (The End Of The Euro: A Survivor's Guide) ▼意外と余裕があるEU側 ユーロはもうダメかとも思うが、その一方でEUの対応を見ると、あまり追い詰められていないことがわかる。スペインやイタリアの国債の信用失墜への究極の対策は、これまで加盟諸国が個別に国債を発行していたのをやめて、ドイツを含むユーロ圏諸国が統一された共通国債を発行する体制に切り替えることだ。だが、ユーロ圏で最も国債の信用が高いドイツがこれに反対している。ドイツは、状況がもっと悪化してからこの切り札を使いたい。まだ切り札を使うときでないと考えているようだ。 (Merkel Rejects Debt Sharing as Obama Urges End to Crisis) 独仏伊などEUの中枢では、ユーロ危機を逆手にとって、これまで各国のナショナリズムに邪魔されてなかなか進められなかったEUの政治統合をどさくさ紛れに推進しようとする動きが続いている。EU政治統合の推進は、長期的に、南欧諸国の放漫財政に歯止めをかけるとともに、投機筋の攻撃を規制するので、ユーロを強化するが、短期的なユーロ危機対策になるとは考えにくい。それなのに独メルケル首相らEUの首脳たちは、危機がひどくなるたびに「EU統合を加速することこそがユーロ危機の対策になる」と強調し、予算編成や金融行政、金融取引課税などのEU統合を進めようとしている。 (Merkel open to idea of European banking union) スペインの危機がひどくなった6月初旬、スペインの首相が「EUの財政を早く統合すべきだ」と提案した。独仏が、スペインに対し、救済してやるから財政統合の積極推進者になれとせっついた感じだ。ドイツのメルケル自身も「通貨同盟や財政同盟だけでなく、政治同盟が必要だ」と言い切っている。このように、EUが金融危機対策よりも、危機を口実にした政治統合の推進に熱心である限り、EUはそれほど追い詰められていない感じがする。 (Spain seeks centralised budget control) (Europe needs political union: Merkel) メルケルらEUの首脳陣が、政治統合に熱心なあまり危機対策を怠っており、その結果むしろ近いうちにユーロが本当に破綻すると考えることもできなくはない。だが同時に、EUの首脳陣がやっていることを見ると、加盟国が財政難になったら加盟国から予算編成権を奪い、金融界が危険になったら金融監督権を奪い、公共事業が必要だという声が強まると景気対策権も奪うというように、危機が新たな分野に拡大すると、その分野の権限を加盟国から奪取してEU統合を進める策略をやっている。危機が続くことは、EU統合派にとって、統合推進の口実が増えて好都合だ。EU自身が、統合推進のために、EUの危機を放置ないし扇動しているとすら言える。マスコミでは「EUの危機対策は失敗している」という論調が目立つが、危機対策を口実にEU統合が進められている限り、政策は失敗していない。 (Europe needs its own US fiscal union moment) 6月28日のEUサミットに向けて、EUの財政統合だけでなく、欧州に統合された財務大臣の職位を新設すすることや、すでにある欧州大統領を直接選挙制の職位に改定すること、欧州各国の軍隊を欧州統合軍にする軍事統合、今の欧州議会と閣僚委員会を全欧的な正真正銘の二院制の議会に改組することなど、どさくさまぎれに非常に露骨な政治統合の企てが、ドイツ主導の10カ国外相会議で検討されている。 (EU foreign ministers discuss integration) 英国は、欧州が政治統合して米英覇権と対抗できる強い世界の極になることを嫌い、これらの統合策の多くに反対している。だから英国は、昨年末にEUの財政協約に反対して以来、ドイツ主導の外相会議から排除されている。昨年末以降のEUは、全加盟国の同意が必要な局面で英国など一部の国々が反対しても、それらの国々を除いた残りの加盟国間で協約を結ぶことで、英国などの拒否権発動を回避し無効化している。 (◆EU財政統合で英国の孤立) EUは6月末のサミットで、金融取引課税についても検討する。EU内で行われる株式や債券、デリバティブの取引に対して低率の課税を行う構想だ。これはEUにとって、初めての独自財源となるだけでなく、ユーロを攻撃している投機筋の債券先物取引の動きを詳細につかむことができ、今後のユーロ国債危機の広がりを阻止できる。英国はこの課税に反対しているので除外される。オランダなども反対しているが、独仏伊西が強く推進しており、何らかの形で課税が具現化していくだろう。 (Push for EU-wide `Robin Hood tax' ends) ▼来年の「米財政の断崖」とユーロ EUがユーロ危機を口実に政治統合を進め、長期的に自分たちを強化しようとしていることは説明したが、EUの政治統合が力を発揮するのは、EUが危機を乗り越えたあとだ。EUがどのように今の危機を乗り越えていくのか、これだけでは見えない。投機筋がユーロ圏諸国の国債を次々に攻撃し続けている限り、危機は終わらない。この件については、ユーロを攻撃している米英投機筋の資金がいつまで続くかを見る必要がある。米英投機筋の正体はよく見えないところがあるが、その資金源は、米国の債券金融システムにおける起債だろう。 (◆見えてきたユーロ危機の打開策) 米国の再建金融システムは、08年のリーマンショックで破綻しかけたが、その後蘇生し、今は、米連銀が塩漬けにしていたAIG(リーマンショックで破綻した米大手保険会社。債券保険CDSを巨額に扱っていた)の不良債権が、利益を出して売却できる状態まで復活している。この好調のなか、米英金融界が低利で資金調達し、その資金でユーロ圏の国債先物を次々に売り放ち、ユーロ危機を演出していると考えられる。米国の債券金融システムが今のように好調である限り、ユーロ圏に対する攻撃が続くだろう。 (NY Fed to auction $7bn AIG toxic assets) しかし同時に言えるのは、米英の投機筋がユーロ圏を攻撃せず、欧州経済が堅調だと、人々の目がドルや米国債、米英金融界のリスクに向いてしまうことだ。米国の金融システムは、リーマンショック後に必要とされた構造改革ができず、ショック前のバブル的な構造を再生しただけだ。米国経済も、いまだに債券金融の儲けが経済成長のほとんど唯一の原動力で、オバマがめざした構造改革(製造業など堅実な産業の復活)ができていない。IT産業の再活況も、本質は金融バブルだ。米経済は金融バブルを維持することに依存している。今のようにバブルが破裂せず維持されている間は良いが、何らかのきっかけで破裂すると、リーマン倒産時のショックの再来となる。金融界は世界的に脆弱で、最近、主要銀行の債券格付けがどんどん下がっている。金融界を救うため、国際的な銀行の資本基準を緩和する動きもある。 (Moody's cuts credit ratings of 15 major banks) (Regulators Weigh Easing of Global Bank Rules) 米国では、来年から米政府の財政赤字を強制的に切り詰める法律がすでに制定されている。昨年夏、米議会が財政赤字の削減策を議論したが、二大政党間の対立が解けず、議論の最初に用意した「2013年からの強制的な赤字削減」の条項が発動され、今に至っている。この条項は来年の元旦に自動発効する。この問題は米国の金融界や政界で「財政の断崖」(fiscal cliff)と呼ばれ、最近また話題になっている。昨年夏、米議会が財政緊縮に失敗した時、S&Pが米国債を格下げしたが、あの事態が再発することになる。 (米国債の格下げ) 米国債はすべての債券の原点なので、その格下げは、債券金融システムの全体に破壊的な悪影響を与える。米国は今秋に大統領選挙だから、今年中はもう財政再建について米議会で本気の議論がなされない。米議会が本気の議論を再開するのは、米財政が断崖から落ち始めた後の来年1月以降になる。来年1月20日に、米国の次期大統領が就任する。オバマが再選されれば、政策が継続されるだろうが、共和党のロムニーが当選すると、ロムニー自身の能力に疑問があることを含め、就任早々大混乱になるかもしれない。来年早々から、米国の金融財政が危機になる可能性がある。 (Fiscal cliff is closer than you think) (Convergence of four explosive factors: Banks-Stock Exchanges-Pensions-Debts) そうなると、米国の投機筋がユーロ圏を攻撃する資金も調達できなくなり、危機が欧州から米国に移転する。リーマンショックの再来は、欧州など米国以外の金融界や実体経済に打撃を与え、世界を再び不況に引っ張り込むだろうが、危機が引き起こす長期的、不可逆的な動きとして最大のものは、ドルの基軸通貨性が減退し、米国の財政危機が顕在化し、覇権が米英中心から多極化することである。その中で、EUは危機から脱し、政治統合の効果が見え始めるだろう。来年はNATO軍がアフガニスタンから撤退する年でもある。アフガン撤退を機に、EUは統合軍を具現化していき、静かにNATOを軽視する傾向を強めるだろう。 (Europe Will Emerge Stronger Than Ever: Mark Mobius) 逆に、今後もし米国が「財政の断崖」の問題をうまく切り抜け、債券金融システムがバブル崩壊を起こさなければ、米経済は金融主導で何とか延命し、ユーロ危機は来年も続く。危機が延々と続けば、ドイツはいずれ力尽き、EUが解体していく方向になりうる。どちらにしても、ドルとユーロの果し合いは来年まで決着がつきそうもない。 それから蛇足だが、これから金融市場は見通しが悪い時期が続きそうだ。先日モナコでヘッジファンド業界の国際大会が開かれ、この2年ほど、高い技術を持っている資金管理者たちが市場のリスクに圧倒され、業界として利益を出せない時期が続いていることが指摘された。インサイダー的な情報と、自作自演的な動きを含む高い投資技能を持っているヘッジファンド業界ですら、先行きが見通せなくなっている。読者の中には個人投資家も多いだろうが、投資全般のリスクが従来よりずっと高くなっていることを知っておいた方が良い。できれば投資をしない方が良いだろう。 (Hedge funds battered by euro crisis)
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